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闇堕ちの騎士

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 不規則に並ぶ鋭い歯を噛みしめるセブンの前で、俺は装置を容赦なく拳骨で叩き潰した。

「これでミッション完了だ!」

 縦長の瞳の奥から、屋上手前の階段にいる宇宙野を見て、そう喜ぶと竜人が喚く。

「ちくしょぉぉぉぉ!!」

 フフフ。残念だったな。お前らにとって、今回の計画でイレギュラーな存在である俺らは、相当憎いだろう。憎くて結構。これで地球は安泰だ。なにせ、お前らの敵は俺たちだけじゃねぇ。自衛隊もいれば、プレアデス星人だっている。

 一つの綻びで、全てが瓦解するなんてのはよくある事。日本を起点として、世界は宇宙同盟だか銀河連合だかに傾くと俺は信じている。

 ドラコニアンに操られていた中国も、正気を取り戻すだろう。

 そう思って安堵していると、セブンは咄嗟に亜空間からレーザー銃を出して、むき出しのラケルの頭を狙った。

「お前がぼんやりしていある間に、シールドの周波数を変えた。きっちり落とし前をつけてもらうぜ。ラケル。軍法会議? クソ喰らえだ。戦死扱いにしてやる」

「だめぇ!」

 引き金を引こうとしたその時――――、どこからともなく、カラスの群れが現れてセブンに纏わり付く。

「くそ! なんだ? こいつらは!」

 なんだこいつらは、だってか? そのカラスは、魔物使いのムクが操っているんですよ、セブンさん。ホッホッホ。

 ――――ザン!

 と音がして、いきなりセブンの両腕が切り落とされた。

「ぎゃあああ!! ば、馬鹿な! 俺のフォースシールドは物理攻撃無効のはず・・・」

 離れた場所から斬撃を飛ばしたトウスに向かって、セブンは驚愕する。

「初見殺しのトリックなんてのはよぉ、S級冒険者の俺らに、そう何度も通用しねぇんだわ」

 よく見ると、トウスさんの魔剣が光り輝いていた。【光の剣】の魔法が付与されているのだ。

「なるほど、いい連携だ。詠唱魔法ではセブンの攻撃に間に合わないから、サーカの無詠唱魔法【光の剣】をトウスさんの剣に付与して、魔法の斬撃を飛ばしたってわけか。よく打ち合わせもなしにできたな」

 俺が関心していると、トウスさんは魔剣必中を背中に浮かせて、「ガハハ!」と笑った。

「一年以上一緒にいて、この粋に達しなかったら、流石にパーティを解散したほうがいいレベルだぜ」

「そっか、そりゃそうだよな」

 両腕を失ったセブンは、慌てて空に向かって叫ぶ。

「転送だ! レプタリアン共と俺を船に戻せ!」

 早くしないと、失血死するもんな。そりゃ焦るわ。

「ラケルさん!」

 俺は光の粒子になりかけのラケルさんに、声をかけた。

「俺、絶対にまた会いに行くから! それまで希望を捨てないで!」

「はい!」

 モデルのような体型のラケルさんは、ニコリと笑って消えていった。

「大丈夫かなぁ、ラケルさん・・・」

 そう呟くと、サーカが赤竜となった俺のゴツゴツした顔を撫でる。

「処刑されるまでに、時間はある。それまでにきっと霧が彼女らを包むだろう」

「だよな。でも待てよ。ラケルさんはなんで、森で初めて合った時に俺たちの事、気づかなかったんだ?」

「気づいていたのではないか? ただ、言わなかっただけだ。妙に友好的だったのは、そのせいだろう」

 そうか。賢いラケルさんだからこそ、気づいていたんだ。余計な事を言えば、俺たちの行動に影響を与えるかもしれない。俺たちがこれから、何が起こるかを知っていれば、そこに隙きが生まれて、怪我をするだろうしさ。未来は変わらなくても、その過程で多少の誤差は生まれる。それをラケルさんは考慮していたんだ。やっぱ優しい人、いやカッパだな。

「ふふふ」

 おっと、笑っている場合じゃなかった。今は優先事項がある。

「これで、約束は果たしたぞ、コズミック・ペン!」

「うむ」

 なにが、「うむ」だ。女子高生の姿で、その返事は違和感しかねぇ。

「それで?」

 宇宙野は、後ろ手を組んで屋上に出てきて、俺からの要求を待っている。

「これに、名前を書いてほしいんだ」

 俺はビルに張り付いたまま、ぶっといドラゴンの手を亜空間ポケットに突っ込んで、コスモチタニウムの結晶を取り出し、宇宙野に見せた。

「これは・・・。そうか、お前らはコズミック・ノートのしおりを手に入れていたのだな」

 悔恨の表情を浮かべ、宇宙野は魔本の栞を暫く見つめていた。時々、「私が浅はかだった、すまない」等と呟きながら・・・。

「して、何名の名前を書く? 上限は三人までだが・・・」

 それを聞いて俺の心に衝撃が走らないわけない。

「なん・・・だと・・・?!」

 書く名前は四人。それに対して栞には三人しか書けないだってーー?

 それを聞いたメリィの顔が見る間に曇る。

「絶対にお姉ちゃんの名前は、書いてもらうよぉ?」

 メリィはブーツを鳴らしながら、俺やサーカに近づいてくる。

 見間違いだろうか? かの修道騎士は黒いオーラを纏っているように見えるんだが。

 メリィはほっとくと、どんどん妄想を膨らませて悪い方に考える。なんとかして、彼女を宥めなければ。

「勿論だ。書くに決まっているだろ」

「ふうん。じゃあ、誰を犠牲にするのぉ? ウィング? それとも竜騎士の夫婦のどちらか?」

「わぁぁ!! ドラゴンだぁーー!! すげぇ!!」

 話の途中に割り込んでくる、ドラゴンの俺を見て無邪気にはしゃぐ一般人が、この時ばかりはうっとおしかった。スマホのカメラで俺を撮っている。

「それは・・・」

 どうする、俺? ウィングを諦めるのは絶対に嫌だ。俺を守って存在を消されたんだぞ! 命の恩人だ。かといって、マター家の血を絶やすと、キリマルに世界を壊される。

 俺が悩んでいると、ピーターが鼻くそを穿りながら、提案した。

「神様に一人分多く書けるように、要求してみれば?」

「何言ってんだ? 神様ってヒジリの事か?」

 俺がそう言うと、ムクが一人の地球人のお尻を押して来た。

「この人が神様だよ!」

「は?」

 目が細くて、サラリとしたミドルヘアー。色白の肌で、華奢な、この一般人がか?

 俺は頭が混乱して、宇宙野に目を向けた。

「お前は、外にいて私の話を聞いてなかったのだな、そういえば。彼の名は」

 ペンが紹介しようとすると、男は勝手に名乗った。

佐藤正義さとうまさよしデスっ!」

 うん? どこかで見た中二病的な動き。ビャクヤの知り合いか? 顔も見覚えがあるような無いような。

「なんで、彼が神様なの?」

 俺の問いに、まぁそう思うわな、といった顔で宇宙野は答える。

「彼はこの全宇宙を作り、観察し、そして、それらに飽きてしまった神の、最後の好奇心。云わば写身。マナを自在に操る事ができる」

 まじかよ!

「じゃあ! 書ける名前を一人分増やすなんて造作もない事だよな?」

 と、期待混じりの俺の視線と言葉を跳ね除け、「はぁ」と溜め息を付いてコズミック・ペンは首を振った。

「写身だと言っただろう? そこまで大きな力はない。マナを自在に操るといっても、精々魔法の触媒となったり、マナをかき集めたりするだけだ。このマナの少ない地球で、栞に名前を書くのに、彼の力が必要なのは言うまでもない。しかし、それ以上のことを望むのは無理だと知れ。ここが魔法の星ならば、話は変わっていたが、な」

「神様なのに、役に立たねぇな、おい!」

 俺の言葉に、正義は憤慨して、地面を踏み鳴らす。

「役立たずとはなんですか! 失礼な! 宇宙野先生の話が本当なら、拙者がいないとドラゴン氏が望むことは、何一つ叶わないって事なんですけどもぉ? もっとご機嫌伺いしてくださいよぉ~? え~?」

 くそ、足元見やがって! 急に態度がデカくなりやがったぞ! 頭から噛み砕いてやろうか!

「うるせぇ! 階段とエレベーターが壊れた今、ビルから出られないんだぞ。俺らがいないと、自衛隊が来るまで、ここで過ごす事になる。 それでもいいのか、あ~? 来るのは果たして、何時間、いや、下手すりゃ何日後か?」

「うそ~ん! ごめんごめん、ドラゴン氏ぃ~! 何でもやる、何でもやりますからぁ~!」

「どの道、三人かぁ~~~」

 サーカの後ろで、チャキっと音がして、不気味に間延びしたメリィの声が聞こえてきた。

「何やってんだ、メリィ!!」

 修道騎士は、サーカの首に輝きの小剣を突きつけているので、思わず俺はそう叫んだ。

 ――――バチィン!!

 小剣が弾き飛ばされた。いや、剣が自ら弾き飛んだというべきか。属性が極端に変わった者が、その属性と相反する武器を持った時に起こる現象だ。つまり、メリィは輝きの小剣と相性が悪くなった。

 しかし、メリィは咄嗟に魔法を詠唱し、空になった手を闇色に染めている。

「これは闇魔法、【死の手】!!」

 サーカがその手を見て、目を丸くし、背後の修道騎士に訊く。

「なぜだ、メリィ! なぜ闇魔法を覚えている!!」

 しかし、メリィはそれに答えない。

「オビオが誰にでも優しいのは知っているし、犠牲者を出したくないのも、よくわかっている。でもぉ、私は保証が欲しいの。姉のメリアの名が、絶対に栞に書かれるような保証が!」

「だから、書くって言ってんだろうが! サーカに手を出すな!」

「じゃあ、誰を犠牲にするのか、今すぐにでも教えてくれるかしらぁ?」

 メリィの銀髪と銀色の目が段々と黒色に染まりだす。

「闇堕ち・・・・!!」

 多分、多分だが・・・。今、メリィは・・・、完全な暗黒騎士となった。人間に戻って彼女に触れば、解る事なんだが、人間にどうやったら戻れるのかわからねぇ。

「そんなに、俺が信用できなかったのか・・・」

 途端に俺は悔しくなって涙が溢れ出た。この一年、一緒に旅して、育んできた絆はなんだったのか。そりゃ後半はギスギスしてたけどもよぉ。

「気に病むな。オビオを信用できなかったというよりは、彼女は目的の為に必死なのだ。だから泣く必要はない」

 サーカが俺の顔を撫でて慰めてくれている。こういう時の恋人の慰めはよく効く。

「早く! 犠牲者の名前を言いなさい!! 決められないようなら、私が決めましょうかぁ? 優しきリーダー殿?」

 皮肉なんて滅多に言わなかったメリィが、今は別人のようだ。

「早く決めてくれるか? 我々もさっさと平穏な日常に戻りたいのだ」

 コズミック・ペンまで急かしてきやがる!

 くそ! どうしたら、どうしたらいいんだぁぁ!!
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