料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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別宙域からの使者

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 眼の前で、一人のサラリーマンがこめかみを小銃で撃たれ、脳漿をぶちまけて床に頭を打ち付ける。

 それをぼんやりと他人事のように見つめる自分の心に、まだ魔筆の名残があるのか、と彼女は思った。

(なにゆえ、かのサラリーマンは兵士に撃たれた? 意味もなく理不尽に撃たれたように見える。だが、よくよく考えれば、これまで私はこの理不尽をやる側だったのだ)

 日本の女子高生小説家とし転生して、順調な人生を歩めていたと思っていたが、今はホテルの一室で中国兵に囲まれて、絶望という名の嵐が吹きすさぶ只中。

(いや、全く順調とはいえない。つい最近、キリマルに殺されかけた。しかも奴は既のところで私を殺さずに、生きて苦しめと言ったのだ。その瞬間、物語を綴り観察する者が、今度は本の紙魚に観察される側になったといえる。奴は今もどこかで私を見ている。繰り返される輪廻の藻屑となって消えるその日まで・・・)

 宇宙野筆夫を名乗る物書きの女は、突如中国軍が侵攻してきた二日前の出来事を思い出していた。

 その日、キリマルは何の前触れもなく現れ、自分の前に立った。

 消滅を受け入れたコズミック・ノートとは違って、転生してまで、情けなく足掻くお前は、何もケジメをつけていないと、説教を受け、拷問や質問攻めをされていたその時。

 在日中国人として生活していた彼らが牙を剥いたのだ。それぞれが持つ武器で、日本人を殺し始める。

 ロケットランチャーのミサイルが彼女の近くで爆発し、店の中から路上に爆風で吹き飛んだところまでは記憶にあった。

 そして気がついた時には、無我夢中で借りたホテルの一室に向かって走っていた。

 辿り着いた一室で一息ついていたところに、部屋に匿ってほしいとなだれ込んできた一般人と、それを追ってきた中国人民解放軍の特殊部隊。

 回想から現実に引き戻すように、不愉快な声が部屋に響いた。

「負の感情が必要なのだ。あまり殺し過ぎるな」

 日本語でも中国語ではない言葉で、上官らしき男がそう指示を出した。その言葉は蛇の威嚇声に似ているだろうか?

 他の一般人は、頭を抱えて身を低くし、怯えている。人質は十人はいるだろうか。彼らは上官の望む通り、恐怖に支配されており、負のエネルギーを発している。

(それにしても自分は、なぜあの上官の言葉を理解できたのか?)

 そうか、と口の中で呟いて、宇宙野は自分の書いた物語の中にいた種族を思い返していた。

(彼の言葉は、地球人のそれではない。宇宙人だ。ただ何者かまでは思い出せない)

 物語の外の存在――――魔筆から人間になるということは、こういう事なのだ。記憶容量が圧倒的に足りない。いつでも読み返せる魔本も、もう手元にはない。

 現実の宇宙を改変する力を持ったコズミック・ペンも今や只の人。彼女が及ばす影響力は出版社が出す本を読んだ読者とアニメ化された作品の視聴者のみ。

 力の無さに心中で嘆いていると、また上官が言葉を発した。

「アンテナな具合はどうだ? それにしても、まさか樹族の遮蔽装置が役立つとは思わなかったな、フフフ。遥か昔、あの星にレプタリアンを捨てておいたのが、今、役に立った」

(なるほど。この世界に撒かれた広範囲のチャフは、樹族由来の物。惑星ヒジリの主を苦しめる霞は、こういった使い方もあるのか。レプタリアンとは、ツィガル帝国の東の沼地に棲息するリザードマンの事だ。低知能な彼らが、遮蔽装置の情報をどうやって得たのか、気になるところだが・・・)

 それを気にしたところで、無力な自分には関係のない事だろうと、もう一人の自分が頭の中で皮肉る。

(そうだった。今は生きるか死ぬかの瀬戸際。死んでしまえば、この人生も終わる。終われば、輪廻の太陽に飲み込まれて、漂白され、また地球に放たれる。それではつまらない。私はこの人生が気に入っているのだ)

「クキキッ!」

 急に小賢しい笑い声が聞こえてきた。

「星のオーガって基本的に弱いんだなぁ。階下の兵士たちは、トウスさん一人に噛み殺されたよ」

「誰だ!」

 兵士たちは銃を構えて周囲を探る。上官は腕を組んだままだ。

「イチコーロ、ニーコロ、サンコロ、シコロ♪」

 メロディに合わせて、兵士たちが次々と床に倒れていった。死因は背後からの致命傷だ。

 ――――ドカン!!

 入り口が爆ぜて、大男がヌッと入ってきた。

「全く。この時代の扉は狭いから、いちいち入り口に体当たりして、広げないと入れないよ。あ! こら! ピーター! あんまり殺すなって言っただろ! トウスさんにしても、お前にしても殺しすぎだぞ!」

「うるせー! 簡単に死ぬ方が悪いんだよ!」

 どんぐり頭の子供は、調子に乗って上官をダガーで突こうとしたその瞬間。

 ――――カン!

 キャップを目深に被る上官の手前で、物理防御シールドが発生した。

「ひえっ!」

 余裕を見せていた子供は咄嗟に陰に潜んだ。

(あの小男、覚えがある。ピーターだ。地走り族の邪悪なるピーター。容赦なく人を殺す。下で兵士を噛み殺したトウスも、自発的な善行を成さぬ者を無慈悲に殺す。二人共、基本的に混沌を好むからな)

 物語の主要人物でない者は案外覚えているものだな、と宇宙野は無表情で自嘲する。

(オビオに至ってもそうだ。あれもヒジリの大昔の親友の子孫というだけ。かの現人神がマザーコンピューターの思い出の中のデータだとばれ次第、一緒に処分されるような、ちっぽけな存在)

「お前たち、この星の者ではないな?」

 上官が細い目を見開いて、よく目立つオビオに向かってそう言った。

「だったら、なんだ?」

「目的は?」

「言うわけないだろ」

「そうか」

 不敵な笑みを浮かべて、男はキャップを脱いで、投げ捨てた。

「階下にいた者の半分は、人間に擬態したレプタリアンだったのだがな。簡単に殺されるとは思わなかったぞ」

「そりゃ、俺たちに、普通の銃なんてものは、きかないからな。魔法に感謝だ」

 オビオは隣りにいた樹族の女を見て、ウィンクした。

(皮肉屋のサーカ・カズン。闇魔女のように特段、魔法に優れているというわけでもないが、魔法の扱いが上手い。オーソドックスな秀才といった感じか。更にドア近くにいる地走り族の騎士、あれはメリィだな。随分と闇を纏っているではないか。私が書いていた物語と属性が違っている。それにもう一人の地走り族の幼女は誰だ? あんな者は知らん)

 まだ冷静に人物を分析できる自分の心に余裕があることに、安堵する宇宙野の耳に、「フシュシュ」と障る声が聞こえる。

 バリバリと音を立てて、ドットが裏返るようなエフェクトと共に、上官の男の姿が変わった。

「魔法、か。かの魔法の星から、どうやってやって来たかは知らんが、ヒーローごっこは止めておくのだな」

 そこに現れた者を見た一般人らが悲鳴を上げる中、オビオが鉄のお玉と中華鍋を構えた。

「お前もレプタリアンなのか?」

「そんな下等な者と一緒にするな。私はドラコニアンだ」

 リザードマンと違って、角がある。顔も厳つい。その厳つい顔の口から牙を見せてドラコニアンは喋る。

「この宙域は、不思議な力が作用しており、迂闊に近づくと、それに巻き込まれかねなかった。だから我らは忌避していたのだ。だが、どうだ? ある時点で、それが消えた。だったらこの宙域を獲得すべく行動するのは当然だろう? となれば、この宙域の銀河連合より先に、領土を示す旗を立てておく必要がある」

 それを聞いたオビオが笑っている。

「という夢を見たんだな? どうせお前もキリマルと関係するなんかだろ。邪魔するなら、ぶちのめすぞ」

「無知とは愚かを通り越して、哀れである」

「言ってろ。俺の知る未来では、惑星ヒジリが発見されるまで、宇宙人なんてもんはいなかったんだよ! ・・・しかし、この狭い部屋で暴れるのは厄介だな。皆さん、外に出てってください。つっても廊下に、だけど。廊下とは言え、このホテルの兵士は殆ど倒したから大丈夫ですよ。あ、それからなるべく窓際には立たないで下さい。狙撃される可能性がありますから」

 オビオは口早に指示を出すと、キョロキョロしだした。

「この中に、宇宙野筆夫先生はいますか?」

「私だが」

 宇宙野は手を上げてオビオを見上げた。

「サーカ、メリィ、ムクは宇宙野さんの警護を。俺とトウスさんとピーターは、この妄想イカレトカゲを成敗する。宇宙野さんは、あとでお話があるので、逃げないで待ってて下さいね」

「あ、ああ」

 暫く放置されていたドラコニアンが、ゴテゴテとした鱗の生える体からオーラを放った。

 途端に退出しようとした一般人達がへたり込む。

「恐怖のオーラか。キリマルのに比べたら屁でもねぇな」

 丁度、階下から上がってきたトウスさんが、血の付いた腕の毛を舐めながら部屋に入ってきた。

「狭い場所でのインファイトは、あまり得意じゃねぇが、獅子人と竜人、どっちが強いか、わからせてやるぜ!」

「原始人どもが! 調子に乗るな!」

 竜人の怒声が部屋に響くも、オビオもトウスもうろたえてはいない。

 トウスがドラコニアンの前に立って睨んでいる。

 オビオは動けなくなった人達を廊下に運び出してから、部屋に戻ってきた。

 ピーターは今もどこかの影に潜んで、バックスタブの機会を窺っている。

 オビオ達は全く気づいていないが、これより地球の存亡を賭けた戦いが始まるのだった――――。
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