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敵はヒジリ

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「そら、見たことかね!」

 白衣を着る変わり者の科学者は、ウメボシに俺をスキャニングさせてから、送られてきたデータを眼球モニターで見て言い放った。

「煩いな。あんたは医者じゃあないんだ。大袈裟に言ってるだけだろ?」

「大袈裟? そうだと良いがね。君は後一回でも加速を使っていたら、巨大な肉団子になっていただろう」

 それを聞いて、俺はゾッとした。もし、少しでも次元断の吸引が長引いていたら・・・。

 大穴の帰り道は、トウスさんたちに任せて正解だった。

「そ、その状態は、今も変わりないのか?」

「ああ、そうだ。君はこの星の環境をよく理解していないようだね。いいか、この星において、地球人は能力が高ければ高いほど、降下してくる霞の影響を受ける。君はこれまでの戦いで相当強くなっているのだ。それを自覚しないといけないと、何度言えば解るのかね?」

「と言われてもなぁ。あんまり自覚無いんだよなぁ。一応S級冒険者だけど」

「つまり、君はヘカティニスやドォスンと変わらないという事だ。実力値だけでいえば、彼女らを遥かに凌駕している」

「でも料理人だしさ」

「が、戦士の指輪を付けている以上は戦士だ。その指輪は外しておくことを推奨しておく」

「なんで?」

「私の話を聞いてなかったのかね? 戦闘力も能力の内だ。少しでも長くこの星に居たいのなら、生産職のままでいることだな」

「でもさ、治す手段はあるんだろ?」

「勿論、ある」

「じゃあさ・・・」

「が、君を治す事はできない」

 カチーンとくるなぁ。もうちょっとマシな言い方があるだろ。

「なんだよ! ケチンボ! 治してくれてもいいだろ!」

「何をそんなに感情的になっているのかね?」

「治せるのに、治すことができないのが、ケチンボじゃなくて何だって言うんだよ!」

 ヒジリは眉間を揉んでから、紅茶を少し飲んだ。

「感情的な君と話しをしていると、ハイヤット・ダイクタ・サカモト博士と喋っているようだ」

「へ? あの有名な博士と出会ったのか? でも行方不明なんだろ?」

「ああ、博士の遺体が漂う座標を特定して、転送した後、蘇生した」

「ふぁ? 一世紀も前に失踪した博士をどうやって?」

「方法は言えんが、博士はどういうわけか、この星の過去にタイムワープしていたのだよ。一万年も前に」

 一世紀前に消えた博士が、この星の一万年も昔にワープしていただと?! 頭がこんがらがるなぁ。

「で、博士は?」

「無事、地球に帰還した」

 ん? 待てよ! ハイヤット・ダイクタ・サカモト博士・・・。この星の闇側の主神の名は、確か・・・。

 ヨウヤット・ダイクガ・イマキタだったか?

 ――――あ!!

「もしかして、博士って、この星の礎を築いた神様とか?」

「今頃気が付いたのかね? 旅の途中で散々、サカモト神の名前を何度も聞いただろう?」

 俺は自分で作ったクッキーを口に入れて、紅茶を啜り、笑う。

「俺は人の名前覚えるの苦手だし、忘れっぽいんだ」

「レシピなんかは一度見たら忘れないのに、都合の良い記憶力ですね」

 ウメボシが茶化すので、それをサラッと流して頭を掻く。

「だから、このファンタジーの星に、全く似つかわしくない鉄傀儡とかがあるのかー」

「そういう事だ。あれらは博士が、魔法と科学を融合させて作り上げた物・・・」

 そこまで言って、ヒジリは下唇を噛んだ。

「?」

 そうか、ヒジリは科学と魔法を融合させる研究が上手くいっていないんだ。

 魔法不可視症と、一切の魔法を拒絶する体質が仇となっていると見た!

「で、話を戻すけど、なんで治してくれないんだ?」

 紅茶を飲むヒジリの代わりに、ウメボシが返事をした。

「マスターにその権限が無いからです。オビオ様はナノマシン法をご存知ですか?」

「し、知らねぇ」

「そうでしょうとも」

 くそ、馬鹿にしやがって。なんですかー、その見下した目は。まるでバックベアードのようだ。

「許可なく、契約していない他社のナノマシンに手を加えると、植民地星の主だろうが犯罪になります。因みにマスターやウメボシは、サクラナノテック社製です」

「俺は、確か・・・。ヤマトナノマシン社だったかな」

「存じております。低スペックですが、適応力の高さと頑丈なのが売りのナノマシンを、数多く普及させている企業ですよね」

 そうだった。俺は何度もウメボシからスキャニングされてんだったわ。

「って事は、一回地球に帰って、診断を受けろって事?」

「そういう事だ」

 受け皿にカップを置いたヒジリは、そろそろ、この会話に飽きてきた頃かと思ったが、彼の目の奥に光がまだ灯っている。

 なんか怪しいぞ。

「一旦地球に帰還するのであれば、免状を君には持たせるが、君が地球でどういった扱いを受けるかまではわからない。なので、この星で得た物を全て置いて行きたまえ。地球で処分されたら勿体ないだろう?」

 ん? 俺の勘が警告の鐘を鳴らしている。

「俺が持ってる物なんか大した物じゃないぞ? 魔法の武器防具や指輪。それらは地球で効果を発揮するかどうか怪しいし。あとはレシピ本くらいか?」

 まさか、ヒジリはレシピ本を狙っているのか?

「ほほう。しらばっくれる気か。勘の良い子供は嫌いだ」

 ヒジリはニヤリと笑った。子供って・・・、俺とヒジリは二歳しか違わないだろ!

「君はどうやら気づいているようだな」

 え? 何が? なんも知らんけど? 

 ――――だがしかし! ここで知らないと言えば、相手の思うつぼ! そうはさせないぞ!

 俺のポーカーフェイスを、あ、ご照覧あれぃ!

「そういう事。で、対価はなんだ? 言っとくが、この星の入星許可は、もうあんたから貰っているからな? それは駆け引きの材料にはならないぞ?」

「勿論、そんな卑怯な真似はしない。金貨千枚でどうだ?」

 ききき、金貨千枚だと? 一億円の価値がある! そんな高価な物を、俺が持っているだと?! 

「あんた貧乏王と揶揄されてるのに、どこにそんな金があるんだよ!」

「ハハハ! 痛いところを突いてくる。出世払いで、だ。我が国の産物を欲しがる国は多い。今は貧乏だが、そのうち大金が手に入る。今は一括では払えないが、分割でなら余裕だ。どうかね?」

「そんな、女に金を無心するヒモ男みたいな言い訳が通じると思うか? 一括じゃないと駄目だね! 更に一割り増しじゃないと!」

 と言いつつ、心臓がバクバクしている。一体なんだ? ヒジリは何を欲しがっている!?

「料理人とはいえ、流石にあれの価値を知っているか。コスモチタニウムの結晶の・・・」

 は? え? そんな貴重なもん持ってないけど? え? え?

 あ~~~! ――――ま、まさか! あのゴーレムのコアがそうなのか?

 いやいやいや、あれは俺たちが必要とする、魔本のしおり! あれを渡したら一生、メリィに恨まれる!

「そんなに欲しいなら、なんで自分で取りに行かなかったんだよ!」

 ヒジリはソファーの肘掛けに腕を置いて、当然のように答える。

「なるべくリスクを負いたくないからだ。君のようなリスクを。それに私は地上において、君より霞の影響を受けやすい」

 リスクが嫌だって? こ、この野郎! だが、ある意味正直者だ・・・。

「ふ、ふん。あんたのそういうところが嫌いだね。正直なのはいいけど、交渉は相手の意思を尊重したり、思いやりの気持ちを持つ事も大事なんだよ! 悪いが、この話は無かった事にしてくれ!」

 ――――ドゴン! ガチャン!

 背の低い木のテーブルが真っ二つになり、ティーカップが飛んで地面に落ち、砕け散る。

 ヒジリが拳でテーブルを割ったのだ。その音を聞いて、外で待機していたパーティメンバーが何事かと入ってきた。

「今の音はなんだ? 賊か?」

 トウスさんの言葉を無視して、ヒジリは怒鳴る。

「私は目的の為なら手段を選ばんよ。下手に出ている内に、君は交渉に応じるべきだったな。オビオォ!」

 めっちゃキレてるやん、ヒジリ。

 今の流れだと、もう幾度かは、押し問答があっっても良いはずだろ。そこをすっ飛ばして、いきなり顔を真赤にして怒りだしたぞ! この荒ぶる現人神の、怒りの沸点が全くもってわからねぇ!

「な、なんだよ。急に。あれは俺たちも手放せない理由があるから駄目だよ!」

「君にあれの価値がわかるのか! どんな事象をも具現化する金属の結晶の価値が!」

「あんたほど解ってないけどさ、あれだろ? 加工がとても困難な物質でできた部品の代用品になるんだろ?」

「少しは理解しているじゃないか。あれを地球に見せつけるだけで、私は多大な支援を受ける取る事ができるだろう。で、君たちはコスモチタニウムの結晶を何に使うつもりだ!」

 ヒジリの肩の装甲がパージして、空中に浮いている。いつでもレーザービームを放つつもりだ。

「あれは、存在を失った仲間を生き返らせる為に必要なん・・・」

「くだらん!」

 俺が言い終わる前に、ヒジリは胸ぐらを掴んできた。

「そんな下らない事に使うつもりなら、私に渡したまえ。この星の住人の為に、有効活用してみせる!」

「ぐえぇ。ゴホゴホっ! 下らないとはなんですか! え! メリアさんとウィングの存在は下らなくねぇ! あと、ライトさんやホーリーさんもな!」

「姿の似たホログラムを作り出せば、用は足りるだろう?」

 く、クズだ! この男はクズだ!

「偽物じゃ駄目なんだよ! それに、そんな事で生み出されたホログラムの人格の事も考えろよ! ホログラムにも人権はあるんだぞ!」

「黙れ! ならば! これより、惑星ヒジリの主としての権限を行使する! コスモチタニウムの結晶は没収!」

 これが、こいつの本性だ! 探求者はなんで皆こうなんだ! 視野が狭く、これと決めたら絶対譲らない! そして微かに漂う、狂気の香り。

 この星で、人智を超える強さを得る条件。それは狂気に触れるか、あるいは絶対的な思い込み。それらをマナは具現化する。

「そうはさせるかよ! 俺たちがパーティで挑めば、今のあんたと刺し違える事ぐらいできるぞ!」

「ほう。果たしてそうかな? 日進月歩の改良で強化される私のパワードスーツの力を見せてやろうか!」

 俺は強引にネックハンギングツリーから逃れると、部屋の入口まで走り、咳をしながらメンバーに伝える。

「ヒジランドの王は乱心した! 全員、戦闘態勢に入れ! 敵はオオガ・ヒジリだ!」
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