料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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ナンベル孤児院

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 初めて身近な人の死に直面したあの日は、一体何月だったのでしょうか? それすら思い出せない。

 現実を受け入れたくなくて、逃げに逃げて飛び込んだ先はニムゲイン王国でした。

 吾輩は全てを忘れ、リンネと共に道を歩む事で、自分の心を慰めようとした。

「お祖父様・・・」

 孤児院で子どもたちと戯れるお祖父様は、とてもお若い。人間族の年齢でいうと40歳くらいでしょうか?

 門に一歩脚を踏み込むと、違和感を感じます。

「結界・・・」

 子供を悪意ある存在から守るための結界なのだと思います。吾輩には反応しませんでした。

 お祖父様はまだ吾輩に、気づいてはいないですね。

「お客様?」

 小さな魔人族の子供が、吾輩に気づきました。

「ええ、アポ無しで申し訳ないのですが、ナンベル先生とお話がしたいので、伝えてくれますか?」

「わかったー!」

 子供はすぐに、お祖父様の所へ駆け寄り、言付けを伝えてくれました。

 すると、お祖父様は道化師の化粧をした顔を怪訝そうにして、我輩を暫く遠くから見つめている。

 知り合いかどうか、敵対者かどうか、職業は、等と色々探っているのだと思います。

「初めまして、同胞」

 魔人族は数が少なく、滅多に同士討ちをしません。それでも、お祖父様は吾輩を警戒している。暗殺者という職業柄、それは仕方のない事。

「突然の訪問をご容赦下さい。初めまして、ナンベル・ウィン様」

 吾輩は軽くタップを踏んだ後に、仮面をお祖父様に向けたままお辞儀をした。暗殺者の前で首を差し出す愚か者はいない。

「それで、何用でしょうか? メイジ殿?」

 なんでしょう? 違和感を感じますねぇ・・・。お祖父様は普段から、ふざけた言葉遣いなはず。

「失礼しました。吾輩、ニムゲイン王国という島国からやって来たビャクヤというものですが、孤児院のノウハウをご教授して頂きたく、やって来た次第であります」

 咄嗟に出た嘘が通じてくれるといいですが。

「ああ、そういう事ですか。ニムゲイン王国とは、随分と遠くから来られましたね。最近、貴方のような訪問者が多いのですよ。皆さん、孤児院兼学校というものが珍しいみたいですね」

 昔はまともだったのでしょうか? お祖父様の話し方が違うし、愛想も良いですねぇ。

「ええ、ナンベル様は経営手腕も素晴らしいと聞きましたので」

「ハハッ。手広くやらせてもらっていますが、ヒジリ王がいるからこそ、今は上手くいっているのです。以前のグランデモニウム王国であれば、ここまではとても。立ち話もなんですから、中へどうぞ」

 普通に歩いている。まだ健脚だった頃のお祖父様は、いつも踊るように歩いていたのに。キリマルが色んな世界線を壊した影響でしょうか?

 なんだか不安になってきましたねぇ・・・。

 子供が遊ぶ園庭で、吾輩は極力、肌を見せないようマントで体を覆い、お祖父様の後をついて孤児院に入り、応接間までやって来ました。

「今、お茶を出しますので、座ってお待ち下さい」

「どうぞ、お構いなく」

 そう言って若干くたびれたソファーに腰をおろして、なんとなく壁を見ると、思い出の石版が飾ってある。魔法水晶ほど長く物事を記録する事はできない、下位互換の記録用石版。

 仲良くヒジリと肩を組んでるものや、今のお母様や叔父様のものもある。これらはツィガル城のお祖父様の部屋にもあったものだ。ちょっと泣けてきますね。

 お祖父様は、皇帝になってから、孤児院の経営を全て、母上と父上とミミさんに任せていましたからねぇ。きっと一人で寂しかったのでしょう。吾輩だけは、お祖父様の意向で城に住んでいましたが・・・。

 それでもお祖父様は、滅多に家族には会えなかった。戦争好きで、領土拡大ばかりしていて、毎日が忙し過ぎたのです。これらの思い出の石版は、忙殺される毎日の慰めになったのでしょうね。

「お待たせしました。熱い内にどうぞ」

 お祖父様が紅茶を淹れてくださった。これは素直に嬉しいですねぇ。いつも吾輩が淹れていましたから。

「ありがとうございます」

 ああ、いい香りです。吾輩の好きなベルガモットの香り。アールグレイを飲むのは久しぶりですね。ニムゲイン王国にも、ベルガモットがあればいいのに。

「で、何から話しましょうか?」

「そうですね・・・」

 吾輩は少しカップを揺さぶって香りを燻らせ、考える時間を作った。話はなんだっていいんです。こうやってお祖父様との時間を共有できれば。

「防犯対策はどうしているのか、聞いてもよろしいでしょうか? 門に入った時に結界がありましたので」

「防犯対策ですか・・・。あまり詳しくは教えられませんが、大雑把な内容であれば」

 そりゃそうですよね。見ず知らずの者に、防犯の仕組みを教えるのは自殺行為。

「結界の他は基本的に、砦の戦士を一人雇っていますね。今日はお休みですが」

 えぇ! 砦の戦士を? お賃金が高そう!

「因みにどのランクの戦士ですか?」

「Aランクですよ。ドォスンという角ありのオーガを雇っています。頭はあまり良くないのですが、戦闘能力がずば抜けて高くてですね・・・」

「ドォスン!! あの黄竜殺しの?!」

 お祖父様は、ちょっと苦笑いをして顎を引いた。

「ええ。彼は元々異世界のオーガでして。右も左も分からないという事で、暫く孤児院で雑用係として雇っていたのですが、当時、砦の戦士だったヒジリ猊下と縁があって、ドォスンもギルドに加入したのですよ。そうしたら、見る見る才能を開花させましてね。本当ならば日当が金貨二枚のところを、今でも銀貨一枚で、警備担当をしてくれています」

 成竜の頭を砕いたオーガですよ・・・。銀貨一枚なんて、激安賃金じゃないですかッ!

「それは、流石に真似できそうにないですね。でもこの孤児院において、警備員を雇うのは正解かもしれません。なにせナンベル様は暗殺者。マギン・シンベルシンの襲撃は、悔やんでも悔やみきれなかったでしょうから」

 そこまで言って、部屋の音が全く無くなった事に気づいた。

 お祖父様はこちらを見ていませんね。吾輩の後方斜め上を見ています。しまった、余計な事を言ったと思うも、時既に遅し。

「キュッキュッキュ! どこからその話を聞いたのですかねぇ~?」

 背後の気配に気づいた時には、吾輩の喉元にはダガーが当てられていた。

「わ、吾輩、ヒジリ猊下の客人でして、その時に聞きました。ナンベル様」

 目の前のお祖父様は、恐らく大祖父のホクベル・ウィンでしょう。お祖父様も中々警戒心が強い。兄に吾輩の対応をさせていたなんて。いや、誰が来てもそうなのかもしれませんけど。

「ヒー君はそんなプライベートな事を、ホイホイと客人に話したりはしませんよぉ? キュッキュー!」

 喉に刃が押し付けられる。これは実に。吾輩、本当に死ぬるかもしれませんぬッ!

 耳元でお祖父様のニチャアとした声が囁く。

「察するに、貴方。マギンの手先ですね? しかも、ただのメイジではありませんねぇ。ヒー君並、いやそれ以上の強さを感じます!」

「違いますッ! お祖父様ッ! 吾輩はマギンの手先ではありません!」

 この時代では最早赤の他人となった、シンベルシン家は元々、ウィン家の親戚。悪行を重ねて消え去る運命の血筋でしたが、改心する可能性を期待して、吾輩は彼らを残すようキリマルに伝えたのですが・・・。やはり、こうなる運命でしたか。

「お祖父様? 小生はまだ86歳ですよ? いえ、孫がいてもおかしくはない年齢ですが、残念ながら一人娘はまだ幼いのです。さぁ、吐きなさい。誰からの刺客なのかヲ!」

「信じて下さい! 吾輩は誰の手先でもありませんぬッ!」

 チクリと喉に痛みが走る。刃が喉の薄皮を切り裂いた。

「それは無理ですねぇ。最近、樹族国からマギンが逃げ出したのですヨ。折角ヒー君が、小生の家族を生き返らせてくれたのに、また殺されては、かないませんからぁ~。残念」

 悲しいッ! 大好きなお祖父様に、全く信用されていない!

 これも、お祖父様を放置して逃げた吾輩の業なのかもしれません! あぁ、もう。大人しく死を受け入れますか。すみません、リンネ。そして神に弄ばれた可哀想な男と同じ名を持つ、我が息子ダーク。先立つ不幸をお許し下さいッ!

「信じてもらえないのですね。では仕方がありません。最期に一言だけ言わせて下さい、お祖父様! 貴方が寿命で逝ってしまわれた時に、傍にいなかった我輩をッ! お許し下さいませッ!」

「狂人の戯言に、許すも許さないもありませんヨ。キュッキュー!」

 こういった結果になりうる、という覚悟はありましたがッ! やはり辛いッ! 吾輩ッ! 涙が出てきてしまいますッ! ウググッ!

「マギンには貴方の首を送って、返事代わりにでもしておきますカ。では、サヨウナラ! キュキュキュのキューー!」
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