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愛のワルツ
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吐瀉物で喉を詰まらせそうになりながらも、ゴブリンは下腹に力を入れてなんとか喋ろうとした。
「旦那・・・。ゲボォ! あんたにも家族がおりやしょう? ハァハァ。娘とかいないんですかい?」
「家族? 兄上がいる。それがどうした?」
「旦那の兄ちゃんが死んだら、悲しくないですかい?」
探求者であるウノは、スネアの言葉の意図を探ろうと、首をひねる。
「それと今の状況になんの関係がある? 正直に言うと、悲しくはない。というかどうでも良い」
閉じようとする瞼を無理やり持ち上げて、スネアは話を続ける。
「ハハ・・・。同情作戦も通じず」
「おじちゃんを助けてあげて! このままじゃ死んじゃう!」
二人の会話の途中で、スネアを守るようにして覆いかぶさり、助けを乞う触媒の少女を、ウノは無表情で蹴り飛ばした。
「ぐえっ!」
ブーツのつま先が横腹に食い込んで、少女は少し離れた場所まで転がる。
「嬢ちゃん!」
スネアは最後の力を振り絞って立ち上がり、少女のいる場所まで歩いていく。
「ほう? 流石は毒耐性の高い暗殺者。小柄なゴブリンなら既に死んでいても、おかしくはないんじゃがのう? どういう体の仕組みをしておるんじゃ?」
探求者の目が光る。調べなければ、調べなければと、脳内の声が煩い。
「さぞ、強靭な肝臓を持っておるんじゃろうな?」
少女の近くで倒れたスネアを追い、ウノはうつ伏せのゴブリンを足で仰向けにし、ゴーグルを装着した。
「ぐふっ!」
スネアの腹にナイフが突き刺さる。
「旦那、何の真似で?」
「ん? 何。暗殺者の肝臓がどんなものか、見てみたくなったんじゃ。ただそれだけ」
ズズッと腹を縦に何度も斬られるが、最早スネアに痛覚は残っていなかった。
「おじちゃん!」
這い寄ってゴブリンを庇おうとする少女に、ウノは激怒する。
「芋虫が! 邪魔をするな!」
探求者の一番嫌う事を、少女はやってしまったのだ。
研究の阻害。
集中をかき乱される事を何よりも嫌うウノは、ナイフを少女の背中に振り下ろそうとしたが、そのナイフは別のナイフに弾かれて手から飛んでいった。
次々とナイフが飛んでくるが、ウノは至って冷静だった。何せ、能力が我が身を守ってくれるからだ。
「無限の投げナイフか。貴重な物を持っているのう。暗殺者の刀といい、そのナイフといい。今日は良いアイテムが手に入れられそうじゃ」
ウノは立ち上がり、ナイフを投げた主を見る。そこには仮面のメイジと悪魔と騎士がいた。
「空間系能力者ですかッ! なるほどッ! それにしてもッ! 貴方へ対するッ! 吾輩の嫌悪感が凄まじいッ! 悪逆非道にしてッ! 冷酷無比ッ! 探求者の探究心はッ! 無意識に悪を呼び寄せますがッ! 貴方のそれはッ! 悪を前提としての探究心ッ!」
「どの道同じ事じゃろう。個人的には無自覚の行動の結果、悪になるよりはマシじゃな」
ウノがそう言うと体長三メートルの悪魔が「クハハ!」と笑い両手を広げた。
「デビルズアイ! そいつの名はウノ・ブラッド。辺境伯の弟だ。属性はカオティック・イービル。邪悪なるピーター君と同じだぜ?」
キリマルがクラックを光らせ、ウノを視て言う。
「ピーター君はッ! そもそも探求者ではありませんぬッ! そして彼の一番の利益はッ! オビオ君のッ! 美味しい料理とッ! 彼と同行する事で得られる報酬ッ! その為ならばッ! 善い行いもしますがッ! そこの錬金術師はッ! 自分の欲のみを追求するッ! 真の悪ッ!」
古い一族であるブラッド家が代々、錬金術師で探求者である事をビャクヤは知っている。ナンベル・ウィンの孫である彼は、祖父の膝の上で毎日世界の話を聞くのが楽しみであり日課であった。その中に、ブラッド家の話も当然ある。
「ブラッド家はッ! 良い面とッ! 悪い面がッ! 両極端に現れる一族ッ! 貴方は悪の血を受け継いだッ!」
それを聞いて、ブラッドはフンと鼻息を出す。
「だからなんじゃというのじゃ。お前らも邪魔をするのか? ワシは今、暗殺者の肝臓を調べたいだけなんじゃが」
ビャクヤ達を無視して、ウノが振り返って下を見ると、そこには死にかけのゴブリンも、触媒の少女もいなかった。
「ちぃ、ヒーラーがおったか。しかも、かなりの実力者」
跪いて既に祈りを終えた修道騎士を見て、ウノは舌打ちをした。その彼女の横には、触媒の少女を抱くスネアが、嬉し涙を流して大声で泣いていた。
「オーガの始祖神様! 感謝しやす!」
同じ神を信仰するスネアに親近感を抱いたメリィは、彼が抱いている少女を見て、手足が無いことに気づいた。
「なんで、その子に手足がないの? 生まれつき?」
「違いやす、修道騎士様。この子の体は、とある魔法武器の触媒になるんでさぁ。それであの男に、毎日切り取られていって・・・。俺は監視役をやっていたんですが、もう見るに耐えられなかった。だから・・・。だからこの子を連れてバートラに逃げようとして・・・」
スネアは回復の祈りによる疲労で、その場に座り込んでしまった。「そうだったぁ」とメリィは慌てて、腰袋からオビオの作った疲労回復効果のある干し肉をゴブリンに手渡した。
「何から何まですいやせん」
ゴブリンは干し肉を齧って半分にし、もう半分を少女の口元にやった。
「良かった。おじちゃん、元通りになった」
「いいから、食べな。嬢ちゃんも腹減ってるだろ」
その光景に、ビャクヤは仮面を外して、どっと溢れる涙を拭く。メリィはビャクヤの顔を見たが、モザイクで見えなかった。
「種族の垣根を超えた愛ッ! ゴブリンと樹族ッ! 憎しみ合う者同士に芽生えた絆ッ! 吾輩はッ! 今ッ! 猛の烈に感動しておりまんすッ!」
「おい!! 仮面を外すな! 俺様には、お前の顔が見えるんだぞ!」
デビルズアイはモザイクの向こう側――――、ビャクヤの見えない顔をも見通す。彼の顔は、世界の理を超えた存在であったQですら狂わす程の美貌。キリマルがその影響を受けないわけがない。
「おっと! 失礼ッ! さて吾輩達の介入はここまでッ! 後はメリィさんに任せますよッ!」
ビャクヤはキリマルが欲情する前に仮面を付けて、後始末を頼もうとメリィを見る。
「え~。私一人だけでぇ? ・・・でも、ゴブリンさんの話を聞いてたら怒りが沸々と・・・」
まさか、また負の感情の精霊に取り憑かれたのではと、ビャクヤはメリィの心を視たが、その兆候はなかった。
彼女の心の支えは、姉とウィングの存在を取り戻せるかもしれないという希望。その希望の光が照らす道筋をしっかりと見て、前に進もうという気概。
(これならばッ! 大丈夫ですねッ!)
安堵するビャクヤの横で悪魔が、舌打ちをした。
「チィーッ! 暗黒騎士になったメリィが見たかったがなぁ。修道騎士や聖騎士が反転して暗黒騎士になると、実力値はそのまま、そして祈りやスキルも幾らか引き継ぐから、かなり強くなるんだわ。残念だぜ」
「この世界に生まれ落ちるであろうッ! 我らが子孫ッ! 暗黒騎士ダーク・マターに期待しましょうッ! んキリマルッ!」
キリマルはそれを聞いて肩を落として、鼻くそを穿った。
「俺らと共にいた時の奴は、単に暗黒騎士に憧れる中二病だった。今度は強くなるかねぇ? この新たなる世界のマター家も代々中二病だしよぉ・・・」
キリマルは、これまで見守ってきたマター家の当主を思い浮かべて、ため息をつく。能力も高く、優秀ではあったが、そのどれもが尽く中二病で、肝心なところで空振りをするような者ばかりだった。
ウィン家、マター家、シンベルシン家の三つの子孫が繁栄する世界線を維持し、邪魔な世界を破壊してきたキリマルは、この世界にも懐疑的だ。
「上手くいかなかったら、この世界も破壊すりゃあいいか。いや、今はこの話はどうでもいい。もうじき答えが出るだろうからな。・・・さぁ、やれ。メリィ。お前の力を見せつけてやれ! その錬金術師の脳みそを掻き出して、ヘドを吐かせろ!」
メリィは「えっ?!」という顔で青ざめる。そうしないと、存在消しの武器を消す事はできないのかと思ったのだ。
しかし、【読心】でメリィの心を読んだビャクヤが、優しく教える。
「そんな残酷な事はッ! しなくても良いんごッ! 懲らしめるだけでよろしいタケッ!」
ビャクヤの帝国訛りが強すぎて、聞き取りにくかったが、メリィは理解して頷く。
「わかったぁ! メリィ、いきま~~すぅ!」
知能の低そうな修道騎士の間の抜けた声に、ウノは冷めた視線を向け、面倒くさそうに無限鞄から、ポーションを取り出した。
「このポーションの実験体になってくれるのか。そうかそうか。すまんのう、修道騎士殿」
錬金術師は自分の作ったポーションを投げて、爆発を起こしたり、毒をばら撒いたりする戦法をとる。厄介なのは、物理魔法と同じくレジストすることかできないのだ。
しかし、メリィはそれに気づくことなく、中盾でポーションを弾こうとしたが、ビャクヤが叫ぶ。
「ンはっ! それを弾いてはッ! いけませんぬッ! キャッチして、ユーッ!」
そう言われて、メリィは咄嗟に輝きの小剣を地面に突き刺して、右手でポーションを掴む。脆いガラスで出来たそれは、もう少し強く握っていれば、割れていただろう。
「クハハッ! 投げ返してみろ。そうすれば、奴は自分の体で、実験結果を知る事となる。きっと探究心を満たすはずだぜ?」
「うん!」
楽しそうに戦いを見守るキリマルの助言に従って、メリィはウノにポーションを投げ返した。
「はぁ~・・・。無駄な事を」
――――パリンッ!
「ふぁっ?」
ポーションの中の液体を浴びたウノは、なぜ能力が発動しなかったのかを即座に考え始める。
「神の恩恵は、魔法を打ち消す現人神にさえ、消すことは不可能。なのになぜ、修道騎士如きがワシの能力を破った?」
足から徐々に石化していくウノは、焦ることもなく【鑑定】の魔法を唱え、投げた時に体勢を崩して走り寄ってくるメリィの肩を触った。
「ほほっ! そういう事じゃったか! 能力消しの能力! なんと稀有な能力か!」
それがウノの最期の言葉だった。
「カァーー! つまんねぇ奴だな。泣き喚いて、ドタバタ足掻いて、死にたくないよぉ、とか言えよ。死に際まで探求者ぶるのか。こりゃヒジリをシバいても楽しくねぇかもな」
キリマルは不機嫌になって、石像となったウノの頭目掛けて唾を吐く。すると石像の頭は溶けて無くなってしまった。
「さてと、残りはこのガキの能力を消さねぇとな、メリィ」
目のない悪魔の視線を受けて、メリィは答える。
「もう消してあるよぉ? これでもう存在を消される人は、いなくなるんだよね?」
「恐らくな。今頃、触媒を使った武器は効力を失くしているだろうぜ。それにしても久しぶりだなぁ、無傷。どうしてそんな冴えないゴブリンに従っているんだ?」
キリマルが名刀無傷に話しかけているので、ゴブリンは思わず自分の腰に浮く刀に目をやった。
「この者は悪を滅し、正義を為す事が多かったが故」
「え、おめえさん、喋れるのかい?」
驚くスネアに、名刀無傷は鍔を鳴らして答える。
「然り。これまで貴殿は拙者に感謝をすれど、話しかけてはこなかった」
「クハハッ! そいつは無口だからな。聖魔武器の中でも善人を好む変わり者だ。大事にしてやってくれ」
スネアは更に驚いてへたり込む。
「じゃあ、貴方様は・・・。聖魔様?!」
「まぁそうだが・・・。ん? おい! あいつらまだ大穴に向かってねぇぞ、ビャクヤ」
クラックを光らせて、キリマルは遠くを見ている。
「一週間も何をしていたのでしょうかッ?」
「さぁな。さっさとグランデモニウム王国に戻ろうぜ」
それを聞いたメリィが慌てて二人の間に入ってくる。
「たんまぁ! この子を治してよぉ、キリマル!」
さっさと転移しようとしたビャクヤは、いつもの奇妙なポーズで、手を叩いた。
「そうでしたッ! お嬢さん、お名前は?」
ビャクヤは触媒の少女に名前を聞いたが、少女からの返事は無かった。
「憶えてない。何も・・・、憶えてないの」
「ふむッ! 吾輩、魔法でッ! お嬢さんの情報を知ることができますがッ! どうしますかッ?」
黙りこくる少女を見て、スネアが寂しそうな笑顔でビャクヤに向いた。
「帰る場所があるなら、帰してやってくだせぇ。親のもとにいるのが、子供の一番の幸せですから」
「いや! 思い出したくない! おじさんと一緒がいい!」
少女は泣きながら這いずって、スネアを見上げた。
「そうか、じゃあ、おじちゃんの子になるか?」
スネアは少女を抱き上げてニカっと笑う。
「なる!」
「オボボボボボッ! ボエッ!」
二人のやり取りを見て、ビャクヤは奇妙な声で泣き出した。
「二人の重なる鼓動は愛のリズムッ! そのワルツをッ! 誰にも止めることはッ! できませんヌッ! わかりまんしたッ! ではッ! キリマルッ! 彼女に最上級の殺意をッ!」
「えええええええ!!」
スネアはビャクヤの滅茶苦茶な言葉に驚く。つまりは触媒の少女を殺せと、悪魔に命令しているのだ。
「させやせんぜ、仮面の旦那ぁ! それに聖魔様も!」
無残一閃の構えで、腰を下ろすゴブリンに、キリマルはどす黒いオーラを体から吹き出して笑う。
「クハハ! うるせぇ! ガキ共々、お前も死ねッ!」
「旦那・・・。ゲボォ! あんたにも家族がおりやしょう? ハァハァ。娘とかいないんですかい?」
「家族? 兄上がいる。それがどうした?」
「旦那の兄ちゃんが死んだら、悲しくないですかい?」
探求者であるウノは、スネアの言葉の意図を探ろうと、首をひねる。
「それと今の状況になんの関係がある? 正直に言うと、悲しくはない。というかどうでも良い」
閉じようとする瞼を無理やり持ち上げて、スネアは話を続ける。
「ハハ・・・。同情作戦も通じず」
「おじちゃんを助けてあげて! このままじゃ死んじゃう!」
二人の会話の途中で、スネアを守るようにして覆いかぶさり、助けを乞う触媒の少女を、ウノは無表情で蹴り飛ばした。
「ぐえっ!」
ブーツのつま先が横腹に食い込んで、少女は少し離れた場所まで転がる。
「嬢ちゃん!」
スネアは最後の力を振り絞って立ち上がり、少女のいる場所まで歩いていく。
「ほう? 流石は毒耐性の高い暗殺者。小柄なゴブリンなら既に死んでいても、おかしくはないんじゃがのう? どういう体の仕組みをしておるんじゃ?」
探求者の目が光る。調べなければ、調べなければと、脳内の声が煩い。
「さぞ、強靭な肝臓を持っておるんじゃろうな?」
少女の近くで倒れたスネアを追い、ウノはうつ伏せのゴブリンを足で仰向けにし、ゴーグルを装着した。
「ぐふっ!」
スネアの腹にナイフが突き刺さる。
「旦那、何の真似で?」
「ん? 何。暗殺者の肝臓がどんなものか、見てみたくなったんじゃ。ただそれだけ」
ズズッと腹を縦に何度も斬られるが、最早スネアに痛覚は残っていなかった。
「おじちゃん!」
這い寄ってゴブリンを庇おうとする少女に、ウノは激怒する。
「芋虫が! 邪魔をするな!」
探求者の一番嫌う事を、少女はやってしまったのだ。
研究の阻害。
集中をかき乱される事を何よりも嫌うウノは、ナイフを少女の背中に振り下ろそうとしたが、そのナイフは別のナイフに弾かれて手から飛んでいった。
次々とナイフが飛んでくるが、ウノは至って冷静だった。何せ、能力が我が身を守ってくれるからだ。
「無限の投げナイフか。貴重な物を持っているのう。暗殺者の刀といい、そのナイフといい。今日は良いアイテムが手に入れられそうじゃ」
ウノは立ち上がり、ナイフを投げた主を見る。そこには仮面のメイジと悪魔と騎士がいた。
「空間系能力者ですかッ! なるほどッ! それにしてもッ! 貴方へ対するッ! 吾輩の嫌悪感が凄まじいッ! 悪逆非道にしてッ! 冷酷無比ッ! 探求者の探究心はッ! 無意識に悪を呼び寄せますがッ! 貴方のそれはッ! 悪を前提としての探究心ッ!」
「どの道同じ事じゃろう。個人的には無自覚の行動の結果、悪になるよりはマシじゃな」
ウノがそう言うと体長三メートルの悪魔が「クハハ!」と笑い両手を広げた。
「デビルズアイ! そいつの名はウノ・ブラッド。辺境伯の弟だ。属性はカオティック・イービル。邪悪なるピーター君と同じだぜ?」
キリマルがクラックを光らせ、ウノを視て言う。
「ピーター君はッ! そもそも探求者ではありませんぬッ! そして彼の一番の利益はッ! オビオ君のッ! 美味しい料理とッ! 彼と同行する事で得られる報酬ッ! その為ならばッ! 善い行いもしますがッ! そこの錬金術師はッ! 自分の欲のみを追求するッ! 真の悪ッ!」
古い一族であるブラッド家が代々、錬金術師で探求者である事をビャクヤは知っている。ナンベル・ウィンの孫である彼は、祖父の膝の上で毎日世界の話を聞くのが楽しみであり日課であった。その中に、ブラッド家の話も当然ある。
「ブラッド家はッ! 良い面とッ! 悪い面がッ! 両極端に現れる一族ッ! 貴方は悪の血を受け継いだッ!」
それを聞いて、ブラッドはフンと鼻息を出す。
「だからなんじゃというのじゃ。お前らも邪魔をするのか? ワシは今、暗殺者の肝臓を調べたいだけなんじゃが」
ビャクヤ達を無視して、ウノが振り返って下を見ると、そこには死にかけのゴブリンも、触媒の少女もいなかった。
「ちぃ、ヒーラーがおったか。しかも、かなりの実力者」
跪いて既に祈りを終えた修道騎士を見て、ウノは舌打ちをした。その彼女の横には、触媒の少女を抱くスネアが、嬉し涙を流して大声で泣いていた。
「オーガの始祖神様! 感謝しやす!」
同じ神を信仰するスネアに親近感を抱いたメリィは、彼が抱いている少女を見て、手足が無いことに気づいた。
「なんで、その子に手足がないの? 生まれつき?」
「違いやす、修道騎士様。この子の体は、とある魔法武器の触媒になるんでさぁ。それであの男に、毎日切り取られていって・・・。俺は監視役をやっていたんですが、もう見るに耐えられなかった。だから・・・。だからこの子を連れてバートラに逃げようとして・・・」
スネアは回復の祈りによる疲労で、その場に座り込んでしまった。「そうだったぁ」とメリィは慌てて、腰袋からオビオの作った疲労回復効果のある干し肉をゴブリンに手渡した。
「何から何まですいやせん」
ゴブリンは干し肉を齧って半分にし、もう半分を少女の口元にやった。
「良かった。おじちゃん、元通りになった」
「いいから、食べな。嬢ちゃんも腹減ってるだろ」
その光景に、ビャクヤは仮面を外して、どっと溢れる涙を拭く。メリィはビャクヤの顔を見たが、モザイクで見えなかった。
「種族の垣根を超えた愛ッ! ゴブリンと樹族ッ! 憎しみ合う者同士に芽生えた絆ッ! 吾輩はッ! 今ッ! 猛の烈に感動しておりまんすッ!」
「おい!! 仮面を外すな! 俺様には、お前の顔が見えるんだぞ!」
デビルズアイはモザイクの向こう側――――、ビャクヤの見えない顔をも見通す。彼の顔は、世界の理を超えた存在であったQですら狂わす程の美貌。キリマルがその影響を受けないわけがない。
「おっと! 失礼ッ! さて吾輩達の介入はここまでッ! 後はメリィさんに任せますよッ!」
ビャクヤはキリマルが欲情する前に仮面を付けて、後始末を頼もうとメリィを見る。
「え~。私一人だけでぇ? ・・・でも、ゴブリンさんの話を聞いてたら怒りが沸々と・・・」
まさか、また負の感情の精霊に取り憑かれたのではと、ビャクヤはメリィの心を視たが、その兆候はなかった。
彼女の心の支えは、姉とウィングの存在を取り戻せるかもしれないという希望。その希望の光が照らす道筋をしっかりと見て、前に進もうという気概。
(これならばッ! 大丈夫ですねッ!)
安堵するビャクヤの横で悪魔が、舌打ちをした。
「チィーッ! 暗黒騎士になったメリィが見たかったがなぁ。修道騎士や聖騎士が反転して暗黒騎士になると、実力値はそのまま、そして祈りやスキルも幾らか引き継ぐから、かなり強くなるんだわ。残念だぜ」
「この世界に生まれ落ちるであろうッ! 我らが子孫ッ! 暗黒騎士ダーク・マターに期待しましょうッ! んキリマルッ!」
キリマルはそれを聞いて肩を落として、鼻くそを穿った。
「俺らと共にいた時の奴は、単に暗黒騎士に憧れる中二病だった。今度は強くなるかねぇ? この新たなる世界のマター家も代々中二病だしよぉ・・・」
キリマルは、これまで見守ってきたマター家の当主を思い浮かべて、ため息をつく。能力も高く、優秀ではあったが、そのどれもが尽く中二病で、肝心なところで空振りをするような者ばかりだった。
ウィン家、マター家、シンベルシン家の三つの子孫が繁栄する世界線を維持し、邪魔な世界を破壊してきたキリマルは、この世界にも懐疑的だ。
「上手くいかなかったら、この世界も破壊すりゃあいいか。いや、今はこの話はどうでもいい。もうじき答えが出るだろうからな。・・・さぁ、やれ。メリィ。お前の力を見せつけてやれ! その錬金術師の脳みそを掻き出して、ヘドを吐かせろ!」
メリィは「えっ?!」という顔で青ざめる。そうしないと、存在消しの武器を消す事はできないのかと思ったのだ。
しかし、【読心】でメリィの心を読んだビャクヤが、優しく教える。
「そんな残酷な事はッ! しなくても良いんごッ! 懲らしめるだけでよろしいタケッ!」
ビャクヤの帝国訛りが強すぎて、聞き取りにくかったが、メリィは理解して頷く。
「わかったぁ! メリィ、いきま~~すぅ!」
知能の低そうな修道騎士の間の抜けた声に、ウノは冷めた視線を向け、面倒くさそうに無限鞄から、ポーションを取り出した。
「このポーションの実験体になってくれるのか。そうかそうか。すまんのう、修道騎士殿」
錬金術師は自分の作ったポーションを投げて、爆発を起こしたり、毒をばら撒いたりする戦法をとる。厄介なのは、物理魔法と同じくレジストすることかできないのだ。
しかし、メリィはそれに気づくことなく、中盾でポーションを弾こうとしたが、ビャクヤが叫ぶ。
「ンはっ! それを弾いてはッ! いけませんぬッ! キャッチして、ユーッ!」
そう言われて、メリィは咄嗟に輝きの小剣を地面に突き刺して、右手でポーションを掴む。脆いガラスで出来たそれは、もう少し強く握っていれば、割れていただろう。
「クハハッ! 投げ返してみろ。そうすれば、奴は自分の体で、実験結果を知る事となる。きっと探究心を満たすはずだぜ?」
「うん!」
楽しそうに戦いを見守るキリマルの助言に従って、メリィはウノにポーションを投げ返した。
「はぁ~・・・。無駄な事を」
――――パリンッ!
「ふぁっ?」
ポーションの中の液体を浴びたウノは、なぜ能力が発動しなかったのかを即座に考え始める。
「神の恩恵は、魔法を打ち消す現人神にさえ、消すことは不可能。なのになぜ、修道騎士如きがワシの能力を破った?」
足から徐々に石化していくウノは、焦ることもなく【鑑定】の魔法を唱え、投げた時に体勢を崩して走り寄ってくるメリィの肩を触った。
「ほほっ! そういう事じゃったか! 能力消しの能力! なんと稀有な能力か!」
それがウノの最期の言葉だった。
「カァーー! つまんねぇ奴だな。泣き喚いて、ドタバタ足掻いて、死にたくないよぉ、とか言えよ。死に際まで探求者ぶるのか。こりゃヒジリをシバいても楽しくねぇかもな」
キリマルは不機嫌になって、石像となったウノの頭目掛けて唾を吐く。すると石像の頭は溶けて無くなってしまった。
「さてと、残りはこのガキの能力を消さねぇとな、メリィ」
目のない悪魔の視線を受けて、メリィは答える。
「もう消してあるよぉ? これでもう存在を消される人は、いなくなるんだよね?」
「恐らくな。今頃、触媒を使った武器は効力を失くしているだろうぜ。それにしても久しぶりだなぁ、無傷。どうしてそんな冴えないゴブリンに従っているんだ?」
キリマルが名刀無傷に話しかけているので、ゴブリンは思わず自分の腰に浮く刀に目をやった。
「この者は悪を滅し、正義を為す事が多かったが故」
「え、おめえさん、喋れるのかい?」
驚くスネアに、名刀無傷は鍔を鳴らして答える。
「然り。これまで貴殿は拙者に感謝をすれど、話しかけてはこなかった」
「クハハッ! そいつは無口だからな。聖魔武器の中でも善人を好む変わり者だ。大事にしてやってくれ」
スネアは更に驚いてへたり込む。
「じゃあ、貴方様は・・・。聖魔様?!」
「まぁそうだが・・・。ん? おい! あいつらまだ大穴に向かってねぇぞ、ビャクヤ」
クラックを光らせて、キリマルは遠くを見ている。
「一週間も何をしていたのでしょうかッ?」
「さぁな。さっさとグランデモニウム王国に戻ろうぜ」
それを聞いたメリィが慌てて二人の間に入ってくる。
「たんまぁ! この子を治してよぉ、キリマル!」
さっさと転移しようとしたビャクヤは、いつもの奇妙なポーズで、手を叩いた。
「そうでしたッ! お嬢さん、お名前は?」
ビャクヤは触媒の少女に名前を聞いたが、少女からの返事は無かった。
「憶えてない。何も・・・、憶えてないの」
「ふむッ! 吾輩、魔法でッ! お嬢さんの情報を知ることができますがッ! どうしますかッ?」
黙りこくる少女を見て、スネアが寂しそうな笑顔でビャクヤに向いた。
「帰る場所があるなら、帰してやってくだせぇ。親のもとにいるのが、子供の一番の幸せですから」
「いや! 思い出したくない! おじさんと一緒がいい!」
少女は泣きながら這いずって、スネアを見上げた。
「そうか、じゃあ、おじちゃんの子になるか?」
スネアは少女を抱き上げてニカっと笑う。
「なる!」
「オボボボボボッ! ボエッ!」
二人のやり取りを見て、ビャクヤは奇妙な声で泣き出した。
「二人の重なる鼓動は愛のリズムッ! そのワルツをッ! 誰にも止めることはッ! できませんヌッ! わかりまんしたッ! ではッ! キリマルッ! 彼女に最上級の殺意をッ!」
「えええええええ!!」
スネアはビャクヤの滅茶苦茶な言葉に驚く。つまりは触媒の少女を殺せと、悪魔に命令しているのだ。
「させやせんぜ、仮面の旦那ぁ! それに聖魔様も!」
無残一閃の構えで、腰を下ろすゴブリンに、キリマルはどす黒いオーラを体から吹き出して笑う。
「クハハ! うるせぇ! ガキ共々、お前も死ねッ!」
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どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
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カクヨム様、小説家になろう様にも連載させてもらっています。
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