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名刀無傷

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 日毎に体の一部が消えていく樹族の少女を見る内に、監視役のゴブリンの同情心は増していった。

「あれからたった一週間で、彼女は芋虫状態だ。今や腕も無けりゃ、脚もねぇ。小便も糞も管を通って回収されやがる。全てが触媒になると分かった途端これだ。正直胸糞悪い。お前はどう思う? バス」

 オークはゴブリンが何を考えているかを察して、ソワソワしながら説得する。

「止めとけって、スネア。いくらお前がバートラ出身の腕利き暗殺者でも、彼女を抱えて逃げるなんてのは土台無理だ。戦士系と鉢合わせなんかしたら、どうすんだ? まず勝てねぇ。俺らはどっかの道化師のように正面切って戦うのは無理だからよぉ」

 どっかの道化師とは、グランデモニウム王国にいる現人神の友人、ナンベル・ウィンの事だ。暗殺者なら誰もが彼のようになりたいと夢見る英雄。

「暗殺者ってのは素性を明かさないもんだがよぉ。教えてやるぜ、バス。俺ぁ、バートラに娘がいるんだ。どうしてもこの子が娘と重なって見えちまってよ。もう我慢ならねぇところまできている」

 普通、ゴブリンは樹族を嫌う。しかし、スネアの中で父性が勝ってしまったのだ。

「おい、相棒のお前がやらかしたら、俺はどうなる?」

 バスを無視して、スネアは触媒の少女の意味をなさなくなった拘束具を外し、股間の管をゆっくりと引き抜いた。

「――――痛い!」

「痛かったか? すまねぇ! 嬢ちゃん。今逃してやるからな? 逃げておじちゃんの家で一緒に暮らそう。家には妻も娘もいる。道の途中には現人神様のいる国もある。そこで体を治してもらおう。な? な?」

 大事に抱えて少女を床に寝かすスネアの背後で、バスが剣を振り上げた。

「おい、相棒。お前は暗殺者にしては情けが深すぎる。人殺し失格だ」

「お前こそ、黙って俺を刺せば良いものを・・・。すまん」

 スネアは腰の刀を抜いて、刃を自分の脇の下を通し、バスの腹を刺した。

「俺はよぉ・・・、カハッ! 不器用だからよぉ。生きるか死ぬしか思いつかねぇんだ」

「あぁ、お前の気持ちは良くわかってらぁな、バス。暗殺者の人生はその二つしかねぇ。すまねぇ。先に涅槃で待っててくれや」

 長年の相棒だったスネアの別れの挨拶に、バスはニヤリと笑う。

「おうよ・・・。最期にお前の持つ・・・、聖魔の武器で逝けるなんて、俺ァ幸せだぜ・・・」

 スネアは宝刀を鞘に収めると、くるりと振り返って、相棒のバスを抱きしめ、死体を静かに床に寝かせた。

「本当に俺は馬鹿だ。なんでこんな性根で暗殺者になろうと思ったんだ。 くそっ!」

 スネアは袖で涙と鼻水を拭いて、人達磨となった少女に向き直る。

「バスの命を無駄にしたくねぇ。さっさと逃げるぜ、お嬢ちゃん」
 
 ゴブリンは触媒の少女を毛布に包んで抱くと、静かに影に沈んだ。
 


「空っぽッ! もぬけの殻! あるのはッ! オークの亡骸だけッ!」

 未だに樹族の姿を保つビャクヤは、Qの能力を受け継いだ少女を探して、谷底の暗殺ギルドまで転移したが、一足遅かった事に気づく。

「一足どころじゃねぇぞ、ビャクヤ。お前の転移魔法は時間が関わってくる事が稀にある。日付を調べてみろ」

 キリマルに言われたビャクヤは、腕時計のようなマジックアイテムで、日付を確認する。

「うそッ! あらやだッ! 一週間も経ってるッ!」

「やっぱりそうか。大ポカしたなぁ、ビャクヤさんよぉ。天才魔法使いも大した事ねぇなぁ? えぇ?」

「オークさんを生き返らせて、何があったかを尋ねたらどうかなぁ?」

 メリィの提案をキリマルは即座に却下する。

「無駄だ。このオークの魂は既に、記憶の太陽に飲み込まれちまっている。死を覚悟して逝った者ほど成仏は早い。まぁ例外もあるが。それにしても、この傷・・・」

 オークの腹を探るキリマルの指先を見るメリィだったが、傷などどこにも見当たらなかった。

「傷なんて無いよぉ?」

「こりゃ聖魔シリーズの名刀無傷でやられた後だ。まさか、この時代で我が子の刺し傷を見るとは思わなかったなぁ。クハハ!」

「だから傷なんてないよぉ?」

「うるせぇな! 刀の名前で察しろや! 名刀無傷つってんだろうが! 斬っても体に傷は付かねぇが、しっかりとダメージは与える! 説明させるな!」

 頭の悪いメリィにキリマルは苛つきながらも、律儀に説明している事にビャクヤは笑う。

「ヌハハッ! 流石は優しき聖魔様であられるッ!」

「茶化すな、ビャクヤ。俺ァ、今は聖魔様なんかじゃねぇ。それにしても、名刀無傷。あれは聖魔シリーズの中でも扱いやすい。殺した証拠を残さねぇし、装備しても呪われねぇからな。大方、どこぞの暗殺者が持っていやがるんだろうぜ」

「聖魔シリーズぅ?」

 何も知らないメリィに、ビャクヤは奇妙なポーズで説明を始めた。

「んはっ! 聖魔シリーズとはッ! 属性がローフル・グッドだった頃のッ! 白キリマルがッ! アマリとッ! おセッセに励んだ末にッ! 生まれた武器の事であーるッ! 癖の強い武器ばかりですが、強力な物が多いッ! 全部で十個ありまんすッ! 殆どが呪われているので、暗黒騎士以外が使うとッ! 死ぬ運命に一直線デスッ!」

 あれこれポーズを決めた後、最終的にビャクヤは上半身を横斜めにして、胸の前で手を交差してバツ印を作った。

「ふーん。そうなんだぁ? なんか臭そうな武器だねぇ~」

 メリィの悪意のない悪口に、魔刀天の邪鬼がアマリとなって、地団駄を踏む。

「私のアソコは臭くない!」

 そう言って、アマリはメリィの頬を引っ張った。

「いだだだ。ごめんなひゃ~い」

「わかればいい」

 ボムっと音を立てて、アマリは人から魔刀に戻って、キリマルの手の中に収まる。

「近くで聖魔シリーズを持ってる奴がいるならよ、追いかけるのは簡単だ。俺様のデビルズアイでも名刀無傷の近くにQがいるのが解るぜ。これでようやくQの能力者に会えるな。転移魔法を頼むぜ、ビャクヤ。今度は失敗するなよ」

 全てを見通せるのであれば、キリマルが先に行って悪者を成敗すればいいのにとメリィは思ったが、口には出さなかった。悪魔や仮面のメイジの考える事は、頭の悪い自分にはわからないからだ。

「了解ッ! おっと、でもその前にッ! ちょっと一仕事片付けちゃってもいいかしらッ! 【物探しロケート・オブジェクト】ッ! 目標は名刀無傷ッ! ・・・発見! 東リンクス共和国と樹族国の国境近くにありまんすッ! ですがッ! 目標の動きがおかしいですねッ! この動きはまさかッ! 何者かと交戦中?!」

 ビャクヤの脳内に映る地図に、名刀無傷は丸印となって細やかに動いている。前後左右に、時に大きく飛び退くが、必ず同じ場所に戻ってくる。

「何かを守っていますねぇッ! これはッ! 恐らくッ! Qの能力者を守っているのかとッ!」

「名刀無傷は、シリーズの中でも一番地味で弱い。俺様の持つ脇差、金剛切り同様、装備時にリスクがねぇからな。能力の大幅底上げと、殺しの証拠を残さないってだけの刀だ。急ごうぜ、ビャクヤ」

 能力の大幅底上げと殺しの証拠を残さない刀の、どこが弱いのかとメリィは思ったが、きっと聖魔シリーズの中では弱いのだろうと納得する。

 さっきから二人の考えについていけないメリィが軽く落ち込んでいると、ビャクヤがいつもの奇妙なポーズを決めた。大きく仰け反って、手をワキワキしている。

「それではいきますよ! ロォォォォケーーーションッッッ・ムーブゥッ!」
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