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誤解されし者
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いまのところ、外交に関する重要な案件に、集まった貴族はそう多くはない。
王の盾であるウォール家は言うまでもなく、ムダン、ワンドリッター、ブライトリーフ、コーワゴールド、今はなき魔法院の代わりにメイジギルドのウィザードが数人、神学庁の僧侶が数人。カクイを弁護する為に派遣されたモティからの使者が二人。末席近くに紫陽花騎士団団長のエリムスと闇魔女のイグナがいる。
ムダンとその息子、闇魔女イグナと紫陽花騎士団長エリムスは席から立ち上がっておらず、それ以外の者が仮面のメイジを警戒している。
後は無人に見える二階の傍聴席に、裏側が数人潜んでおり、キリマルはいつビャクヤの影から飛び出そうかと心踊らせていた。
「ポッフッフッフ!」
この場の不穏な空気に耐えきれず、思わず奇妙な声で吹き出したムダン家の四男に、名門貴族達の視線が注がれる。
「気でも触れたのか? ムダン家の太っちょは」
向かい合うテーブルの反対側から、ソラスが陰気な声で濃い緑の長髪を掻き分け、ガノダを見る。
勿論ムダンも言われっぱなしではない。
「お前の一族ほどではないがな。ガハハ!」
仲の悪い両家の火花が散る前に、シュラスは貴族にありがちなマッシュルームカットのガノダに尋ねた。
「この緊迫した空気の中で笑えるとは、流石は豪胆なムダンの息子」
国王が褒めているのか、皮肉を言っているのか判らなかったガノダは「ンゴッ!」と鼻を鳴らしてから、咳払いをし、コップの水で喉を湿らせた。
父と目を合わせ、発言の許可を貰い、ロングテーブルから立って、小さく手を挙げる。
「よろしいでしょうか? 陛下」
「うむ」
「キリマルは皆様が思っているほど、危険な悪魔ではありません。金槌のような頭に角二本、ひび割れのある黒い巨体・・・」
突然、王の盾が金棒で床を叩いた。
「前置きはいい」
「失礼しました、リューロック様。キリマルは悪魔のルールが通らない反逆の悪魔なのです。何か強い目的があれば、真なる契約者であるビャクヤ殿の元から自由に去る事ができ、しかも契約者意外と契約が出来るのです」
「つまり、カクイの契約を反故にする契約を、ガノダが重ねたと?」
「その通りです、流石聡明なる我が陛下」
(ガノダが怯えずに行動できたのは当然じゃな・・・)
シュラスは椅子に座った状態で目を閉じ、しばし過去を思い出していた。
かつて、キリマルを召喚し、謀反の疑いがあった息子を殺すよう命じたのは自分だ。その時に息子の友人でもあったシルビィ、ステコ、ガノダを同行させたのも自分。
結局それらの出来事は王座を狙う妹と弟の謀略で、シュラスは息子を信じてやらなかった事を今でも悔やんでいる。
勿論、息子は今でも生きてはいるが、ほぼ遺跡守りのような存在となってしまった。怒った息子は王位継承権をずっと保留にしたまま、遺跡守りと共に遺跡に籠もっている。
きっと王である自分が死ぬその時まで、王位を継ぐかどうか、或いは他者に譲るかを言わないのだろう。それが彼の復讐なのだ。
「陛下」
リューロックが急に黙ったシュラスに声を掛けたので、小さな王はゆっくりと目を開ける。
「魔刀天の邪鬼であろう?」
茶番を演じる自分に笑いそうになりながらも、シュラスはガノダのした契約を先読みする。
「はい、陛下。キリマルがしたカクイとした契約は、ムダン騎士団の殲滅。ですが、殺し方までは契約をしていませんでした。なので、私は咄嗟に思いついたのです。あの悪魔の持つ、殺意や悪意に反して奇跡を起こす呪いの刀で、ムダンの騎士を殺してくれ、と」
最早それは呪いではないだろう、祝福だと思いつつも、シュラスは「うむうむ」と頷いた。
「その報酬は何だ?」
「報酬?」
端折り癖のあるソラスは、悪魔に支払う報酬の事をガノダに聞いたのだ。ガノダはそれに気づく。
「ああ、悪魔に支払う報酬ですか。代償は我らが死の間際に放つ恐怖ですよ。それはもうトラウマ級の恐怖です」
「騎士たるものが情けない。何故、貴族の四男如きが魔刀の効果を知っていた?」
「はて? バトルコック団の件をご存知ありませんか? ワンドリッター侯爵」
樹族至上主義であるソラスは、オーガの活躍を敢えて耳にしないようにしている。その辺の情報はステコの管轄なのだ。
「冒険者の事など一々覚えていない」
「あそこで村人の多くが生き返ったのも、キリマルの持つ魔刀の呪いのせいですよ。悪魔の意に反する事象とは、殺した相手を蘇生させる事なのです」
本当は随分と昔から、冒険仲間のキリマルの事を知っていたガノダも、自分の演じる茶番劇に笑いそうになりながら、必死に堪えた。
「それでカクイを騙したわけか。ガノダはムダン家よりもワンドリッター家向きだな。養子に来るなら歓迎するぞ?」
またムダンとワンドリッターの言い争いが始まりそうな雰囲気になったので、リューロックが無言で金棒で床を叩いた。
「紫陽花騎士団は何をしていたのです?」
病弱で薄幸そうな貴族がテーブルの上で手を組んだまま、末席近くにいるエリムスに訊いた。
「我らは、教会の入り口にてキリマルを迎え撃っていました。何分、ガノダ殿の計略など知らなかったものですから」
コーワゴールド侯爵の純粋な質問に、エリムスは額に汗する。自分以外が、キリマルの恐怖のオーラに当てられて、失禁していたなど言えるはずもなく。
「そうですか」
特にそれ以上興味を持つことなく、コーワゴールド侯爵は前を向いた。
暫くカクイの後方で放ったらかしにされていたビャクヤの耳に、キリマルが小さく呟く。
「エリムスの野郎は結構、肝が座っているぜ。何せ、俺様の二段階目の恐怖のオーラに耐えたのだからなぁ」
キリマルはその気になれば、即死のオーラを放つ事ができる。自分より格下はほぼ死ぬという無茶苦茶なオーラだ。つまり、キリマルの実力値666を超える者しか生き残れない。そんな者はまずいないだろう。
「これ! 今後は滅多矢鱈とオーラを放ってはいけませんよッ! キリマルッ!」
ビャクヤがキリマルに小声で注意すると、「へいへい」と適当な返事をされた。
踵で影を踏んでやろうかと思ったビャクヤは、エリムスがムダンと目を合わせた事に気づく。
ムダンはニッコリと笑って髭を扱き、エリムスに頷いただけだった。それは紫陽花騎士団の失態は言う必要はない、という合図だったのだとビャクヤは解釈する。
(ムダン卿は優しい人物なのだなッ! 騎士の戦意喪失や失禁など、確実に格下げの対象になる。それを黙っているのだから、器は大きいッ!)
「それでどうなった? ムダン」
シュラスは鼻息荒く、先を知りたがる。英雄伝や武勇伝が大好きな性質なのだ。
「悪の司祭を追い詰めたバトルコック団やビャクヤ殿ですが、あと一歩というところで赤竜が現れ、カクイを救出したのです!」
「赤銅竜ではなく、赤竜の成竜が、か?」
「はい」
赤銅や青銅の竜は知能も低く、魔物使いでも制御する事が出来るが、赤竜や黄竜、青竜などは飛躍的にその難易度が上がる。更に黒竜や古竜に至っては、使役するのは無理だと言っても構わないだろう。
「しかし、どうやって赤竜を使役したんじゃ・・・」
「バトルコック団リーダーであるオーガのオビオ殿を実験台にして、赤竜の装備一式を使ったとの事」
「馬鹿な! あれは人食いの呪われた装備。何せ無理やり生きた竜を鎧にしたのだからな。凄まじい怨念が籠もっているはずじゃ。暗黒騎士でさえ、抗えないと聞く!」
椅子から身を乗り出して、転げ落ちそうになった王を何とか腕で食い止め、リューロックはまた元の立ち位置に戻る。
「オビオ殿はトロール並、いやそれ以上の回復力を持つと言われております。赤竜の呪いに食われる前に、逆に喰らい返したのでしょう」
「ブハハハ! 流石は料理人! 食うことに関して、右に出るものは無し!」
ワンドリッターの横に座るグリーン・ブライトリーフ侯爵が嫌味を言ったが、誰もがスルーした。
「そこな仮面の大魔法使いがいても、赤竜に勝つのは難しかろう? なぁ? 闇魔女イグナ殿よ。貴殿は一人で赤竜に勝てるか?」
姉のタスネ・サヴェリフェと違って、イグナは今や現人神の配下であり、グランデモニウム王国所属のメイジ。シュラスの言葉遣いも多少変わる。
「無理。下位の竜と違って、魔法が効きにくいから。私は黒竜と対峙した事があるからわかる」
「黒竜! その話、後で聞かせてもらえるかの?」
「構わない」
ワクワクする王をちらりと見た後、ビャクヤはイグナを見る。自分が経験した世界では接点があったが、この全てが混ざりあった世界では、どうやら接点はなさそうだ。イグナはビャクヤの事を知らない。
「で、どうやって赤竜を退治したんじゃ?」
興奮して鼻血を出した王はハンカチで鼻を押さえながら、ムダンに訊く。
「紫陽花騎士団を押し切ってやってきたキリマルが、カクイの犯した契約違反に怒るところから始まります」
「ほうほう」
「カクイはキリマルの欲しがっていた物を、持っていなかったのです」
シュラスはそれが何なのか知りたかったが、話の大筋に関係ないと思い、追求はしなかった。代わりに探求者であるウィザード達がソワソワとする。
「悪魔との契約違反となると、それは大事じゃな?」
「ええ。陛下。無論、キリマルは赤竜共々、カクイを殺そうとしたのです」
ふぅと一息ついて、シュラスが左手を横に差し出すと、メイドが素早く水の入ったコップを王に持たせた。
「そうじゃろうなぁ」
そう言って、一息に水を飲み、コップをメイドに返す。
「バトルコック団は困惑したじゃろうなぁ。赤竜になったとはいえ、リーダーの死ぬる様を見ることになるのだから」
「ところがどっこい! おっと、失礼しました、陛下。ンン! ところが! 悪魔キリマルの攻撃から! オビオ殿を守ろうとする者がいたのです!」
いつの間にか、傍聴席を埋めていた今回の件の関係者達がどよめく。
壺に変身して身を隠している裏側達は、興奮する貴族に時々指で弾かれて迷惑そうにする。
「その勇敢な愚か者は誰じゃ?」
「エリムス・ジブリット騎士団長が妹、王国近衛兵独立部隊所属の騎士、サーカ・カズンです!」
ここで拍手が起きて、貴族たちは急いでサーカの姿を探すも、この場にいない事にがっかりする。誰もがサーカは悪魔の攻撃で、名誉の死を遂げたと思ったからだ。
「サ、サーカは死んだのか?」
王はゴクリと喉を鳴らす。
「いいえ」
敢えて間を溜めて、ムダンは髭を撫でた。
「そのサーカを! なんと兄のエリムスが庇ったのです! なんと素晴らしい兄妹愛か!」
男泣きするムダンをよそに、エリムスに向けて拍手が起こる。サーカの時より拍手が大きいのは、妹を助けたに違いないという皆の思いがあるからである。
「勿論、サーカは助かったと?」
「ええ。それどころか! 人修羅キリマルの攻撃を、かの兄妹は! スキルと魔法で往なしたのです!」
うぉぉぉ! と歓声が起き、収集がつくまでリューロックは渋い顔をしたままだった。
「腹が立つなぁ、おい」
キリマルが影の中で不満を漏らしたが、ビャクヤが影を踏んで黙らせた。
奇妙な動きをした事で、王の視線はムダンからビャクヤに移った。
「本当かね? 仮面のメイジ殿」
「はい。キリマルの攻撃は必中にして必殺。樹族の騎士二人で何とかなる程度の、ヌルいものではありません。それを防いだということは、きっと、兄妹の愛に感動した神が与えた、奇跡なのでしょう」
さっきまでの貴族の敵意はどこへやら、いつの間にかワンドリッター達は椅子に座っていた。そして神の奇跡という言葉に僧侶たちが拍手をする。
「しかし、それでは問題解決にならんな。まだカクイは自由の身ではあるし、赤竜も健在」
「確かに。問題解決どころか、生き延びたカクイ司祭は、転移魔法で援軍を呼んでしまいました」
「なんと!」
王の驚きと共に、傍聴席から悲鳴が上がる。
語り手の主導権を得たビャクヤは、内心で張り切り、ペロリと唇を舐めた。
「カクイ司祭が呼んだ神殿騎士、メイジ、僧侶は練度が高く、ムダン騎士団が復活し到着するまでの間、どうするか、吾輩は悩むこととなりました」
「何を悩む事がある? 大魔法使い殿。魔法で先制攻撃をしてしまえば良かったろうに」
後ろ手を組んで、少し左右に動いた後、ビャクヤは苦悩するようなポーズを取った。すると、どこからかともなくスポットライトが彼に落ちてくる。
「吾輩の力やキリマルの力は強大過ぎるゆえッ! 果たしてッ! この戦いッ! どこまで干渉してよいのかッ! わからなくなってしまったのでんすッ!」
いつものビャクヤに戻ってしまったが、彼の演技はそこにいる者を納得させる雰囲気があった。
「あ、ああ。そうだった。貴殿は外国人。第三者がどちらかに肩入れするというのは、在野のメイジには重い判断じゃったろう」
「ええッ! あの時、吾輩が【虚無の大渦】でも使えば、事は一瞬で済んだでしょうッ! しかしッ!」
急にシュラスの顔色が変わる。
「虚無・・・の、魔法じゃと?!」
虚無の魔法という言葉を聞いた、ビャクヤの事を知る者以外の貴族たちが――――、今度は二階の傍聴室の者でさえ、立ち上がって仮面のメイジにワンドを向け敵意を顕にした。
「お前は喋る度に、誤解されてんじゃねぇか。クハハ!」
影の中でキリマルが腹を抱えて笑っているのが、ビャクヤには分かり、少し苛立った。
王の盾であるウォール家は言うまでもなく、ムダン、ワンドリッター、ブライトリーフ、コーワゴールド、今はなき魔法院の代わりにメイジギルドのウィザードが数人、神学庁の僧侶が数人。カクイを弁護する為に派遣されたモティからの使者が二人。末席近くに紫陽花騎士団団長のエリムスと闇魔女のイグナがいる。
ムダンとその息子、闇魔女イグナと紫陽花騎士団長エリムスは席から立ち上がっておらず、それ以外の者が仮面のメイジを警戒している。
後は無人に見える二階の傍聴席に、裏側が数人潜んでおり、キリマルはいつビャクヤの影から飛び出そうかと心踊らせていた。
「ポッフッフッフ!」
この場の不穏な空気に耐えきれず、思わず奇妙な声で吹き出したムダン家の四男に、名門貴族達の視線が注がれる。
「気でも触れたのか? ムダン家の太っちょは」
向かい合うテーブルの反対側から、ソラスが陰気な声で濃い緑の長髪を掻き分け、ガノダを見る。
勿論ムダンも言われっぱなしではない。
「お前の一族ほどではないがな。ガハハ!」
仲の悪い両家の火花が散る前に、シュラスは貴族にありがちなマッシュルームカットのガノダに尋ねた。
「この緊迫した空気の中で笑えるとは、流石は豪胆なムダンの息子」
国王が褒めているのか、皮肉を言っているのか判らなかったガノダは「ンゴッ!」と鼻を鳴らしてから、咳払いをし、コップの水で喉を湿らせた。
父と目を合わせ、発言の許可を貰い、ロングテーブルから立って、小さく手を挙げる。
「よろしいでしょうか? 陛下」
「うむ」
「キリマルは皆様が思っているほど、危険な悪魔ではありません。金槌のような頭に角二本、ひび割れのある黒い巨体・・・」
突然、王の盾が金棒で床を叩いた。
「前置きはいい」
「失礼しました、リューロック様。キリマルは悪魔のルールが通らない反逆の悪魔なのです。何か強い目的があれば、真なる契約者であるビャクヤ殿の元から自由に去る事ができ、しかも契約者意外と契約が出来るのです」
「つまり、カクイの契約を反故にする契約を、ガノダが重ねたと?」
「その通りです、流石聡明なる我が陛下」
(ガノダが怯えずに行動できたのは当然じゃな・・・)
シュラスは椅子に座った状態で目を閉じ、しばし過去を思い出していた。
かつて、キリマルを召喚し、謀反の疑いがあった息子を殺すよう命じたのは自分だ。その時に息子の友人でもあったシルビィ、ステコ、ガノダを同行させたのも自分。
結局それらの出来事は王座を狙う妹と弟の謀略で、シュラスは息子を信じてやらなかった事を今でも悔やんでいる。
勿論、息子は今でも生きてはいるが、ほぼ遺跡守りのような存在となってしまった。怒った息子は王位継承権をずっと保留にしたまま、遺跡守りと共に遺跡に籠もっている。
きっと王である自分が死ぬその時まで、王位を継ぐかどうか、或いは他者に譲るかを言わないのだろう。それが彼の復讐なのだ。
「陛下」
リューロックが急に黙ったシュラスに声を掛けたので、小さな王はゆっくりと目を開ける。
「魔刀天の邪鬼であろう?」
茶番を演じる自分に笑いそうになりながらも、シュラスはガノダのした契約を先読みする。
「はい、陛下。キリマルがしたカクイとした契約は、ムダン騎士団の殲滅。ですが、殺し方までは契約をしていませんでした。なので、私は咄嗟に思いついたのです。あの悪魔の持つ、殺意や悪意に反して奇跡を起こす呪いの刀で、ムダンの騎士を殺してくれ、と」
最早それは呪いではないだろう、祝福だと思いつつも、シュラスは「うむうむ」と頷いた。
「その報酬は何だ?」
「報酬?」
端折り癖のあるソラスは、悪魔に支払う報酬の事をガノダに聞いたのだ。ガノダはそれに気づく。
「ああ、悪魔に支払う報酬ですか。代償は我らが死の間際に放つ恐怖ですよ。それはもうトラウマ級の恐怖です」
「騎士たるものが情けない。何故、貴族の四男如きが魔刀の効果を知っていた?」
「はて? バトルコック団の件をご存知ありませんか? ワンドリッター侯爵」
樹族至上主義であるソラスは、オーガの活躍を敢えて耳にしないようにしている。その辺の情報はステコの管轄なのだ。
「冒険者の事など一々覚えていない」
「あそこで村人の多くが生き返ったのも、キリマルの持つ魔刀の呪いのせいですよ。悪魔の意に反する事象とは、殺した相手を蘇生させる事なのです」
本当は随分と昔から、冒険仲間のキリマルの事を知っていたガノダも、自分の演じる茶番劇に笑いそうになりながら、必死に堪えた。
「それでカクイを騙したわけか。ガノダはムダン家よりもワンドリッター家向きだな。養子に来るなら歓迎するぞ?」
またムダンとワンドリッターの言い争いが始まりそうな雰囲気になったので、リューロックが無言で金棒で床を叩いた。
「紫陽花騎士団は何をしていたのです?」
病弱で薄幸そうな貴族がテーブルの上で手を組んだまま、末席近くにいるエリムスに訊いた。
「我らは、教会の入り口にてキリマルを迎え撃っていました。何分、ガノダ殿の計略など知らなかったものですから」
コーワゴールド侯爵の純粋な質問に、エリムスは額に汗する。自分以外が、キリマルの恐怖のオーラに当てられて、失禁していたなど言えるはずもなく。
「そうですか」
特にそれ以上興味を持つことなく、コーワゴールド侯爵は前を向いた。
暫くカクイの後方で放ったらかしにされていたビャクヤの耳に、キリマルが小さく呟く。
「エリムスの野郎は結構、肝が座っているぜ。何せ、俺様の二段階目の恐怖のオーラに耐えたのだからなぁ」
キリマルはその気になれば、即死のオーラを放つ事ができる。自分より格下はほぼ死ぬという無茶苦茶なオーラだ。つまり、キリマルの実力値666を超える者しか生き残れない。そんな者はまずいないだろう。
「これ! 今後は滅多矢鱈とオーラを放ってはいけませんよッ! キリマルッ!」
ビャクヤがキリマルに小声で注意すると、「へいへい」と適当な返事をされた。
踵で影を踏んでやろうかと思ったビャクヤは、エリムスがムダンと目を合わせた事に気づく。
ムダンはニッコリと笑って髭を扱き、エリムスに頷いただけだった。それは紫陽花騎士団の失態は言う必要はない、という合図だったのだとビャクヤは解釈する。
(ムダン卿は優しい人物なのだなッ! 騎士の戦意喪失や失禁など、確実に格下げの対象になる。それを黙っているのだから、器は大きいッ!)
「それでどうなった? ムダン」
シュラスは鼻息荒く、先を知りたがる。英雄伝や武勇伝が大好きな性質なのだ。
「悪の司祭を追い詰めたバトルコック団やビャクヤ殿ですが、あと一歩というところで赤竜が現れ、カクイを救出したのです!」
「赤銅竜ではなく、赤竜の成竜が、か?」
「はい」
赤銅や青銅の竜は知能も低く、魔物使いでも制御する事が出来るが、赤竜や黄竜、青竜などは飛躍的にその難易度が上がる。更に黒竜や古竜に至っては、使役するのは無理だと言っても構わないだろう。
「しかし、どうやって赤竜を使役したんじゃ・・・」
「バトルコック団リーダーであるオーガのオビオ殿を実験台にして、赤竜の装備一式を使ったとの事」
「馬鹿な! あれは人食いの呪われた装備。何せ無理やり生きた竜を鎧にしたのだからな。凄まじい怨念が籠もっているはずじゃ。暗黒騎士でさえ、抗えないと聞く!」
椅子から身を乗り出して、転げ落ちそうになった王を何とか腕で食い止め、リューロックはまた元の立ち位置に戻る。
「オビオ殿はトロール並、いやそれ以上の回復力を持つと言われております。赤竜の呪いに食われる前に、逆に喰らい返したのでしょう」
「ブハハハ! 流石は料理人! 食うことに関して、右に出るものは無し!」
ワンドリッターの横に座るグリーン・ブライトリーフ侯爵が嫌味を言ったが、誰もがスルーした。
「そこな仮面の大魔法使いがいても、赤竜に勝つのは難しかろう? なぁ? 闇魔女イグナ殿よ。貴殿は一人で赤竜に勝てるか?」
姉のタスネ・サヴェリフェと違って、イグナは今や現人神の配下であり、グランデモニウム王国所属のメイジ。シュラスの言葉遣いも多少変わる。
「無理。下位の竜と違って、魔法が効きにくいから。私は黒竜と対峙した事があるからわかる」
「黒竜! その話、後で聞かせてもらえるかの?」
「構わない」
ワクワクする王をちらりと見た後、ビャクヤはイグナを見る。自分が経験した世界では接点があったが、この全てが混ざりあった世界では、どうやら接点はなさそうだ。イグナはビャクヤの事を知らない。
「で、どうやって赤竜を退治したんじゃ?」
興奮して鼻血を出した王はハンカチで鼻を押さえながら、ムダンに訊く。
「紫陽花騎士団を押し切ってやってきたキリマルが、カクイの犯した契約違反に怒るところから始まります」
「ほうほう」
「カクイはキリマルの欲しがっていた物を、持っていなかったのです」
シュラスはそれが何なのか知りたかったが、話の大筋に関係ないと思い、追求はしなかった。代わりに探求者であるウィザード達がソワソワとする。
「悪魔との契約違反となると、それは大事じゃな?」
「ええ。陛下。無論、キリマルは赤竜共々、カクイを殺そうとしたのです」
ふぅと一息ついて、シュラスが左手を横に差し出すと、メイドが素早く水の入ったコップを王に持たせた。
「そうじゃろうなぁ」
そう言って、一息に水を飲み、コップをメイドに返す。
「バトルコック団は困惑したじゃろうなぁ。赤竜になったとはいえ、リーダーの死ぬる様を見ることになるのだから」
「ところがどっこい! おっと、失礼しました、陛下。ンン! ところが! 悪魔キリマルの攻撃から! オビオ殿を守ろうとする者がいたのです!」
いつの間にか、傍聴席を埋めていた今回の件の関係者達がどよめく。
壺に変身して身を隠している裏側達は、興奮する貴族に時々指で弾かれて迷惑そうにする。
「その勇敢な愚か者は誰じゃ?」
「エリムス・ジブリット騎士団長が妹、王国近衛兵独立部隊所属の騎士、サーカ・カズンです!」
ここで拍手が起きて、貴族たちは急いでサーカの姿を探すも、この場にいない事にがっかりする。誰もがサーカは悪魔の攻撃で、名誉の死を遂げたと思ったからだ。
「サ、サーカは死んだのか?」
王はゴクリと喉を鳴らす。
「いいえ」
敢えて間を溜めて、ムダンは髭を撫でた。
「そのサーカを! なんと兄のエリムスが庇ったのです! なんと素晴らしい兄妹愛か!」
男泣きするムダンをよそに、エリムスに向けて拍手が起こる。サーカの時より拍手が大きいのは、妹を助けたに違いないという皆の思いがあるからである。
「勿論、サーカは助かったと?」
「ええ。それどころか! 人修羅キリマルの攻撃を、かの兄妹は! スキルと魔法で往なしたのです!」
うぉぉぉ! と歓声が起き、収集がつくまでリューロックは渋い顔をしたままだった。
「腹が立つなぁ、おい」
キリマルが影の中で不満を漏らしたが、ビャクヤが影を踏んで黙らせた。
奇妙な動きをした事で、王の視線はムダンからビャクヤに移った。
「本当かね? 仮面のメイジ殿」
「はい。キリマルの攻撃は必中にして必殺。樹族の騎士二人で何とかなる程度の、ヌルいものではありません。それを防いだということは、きっと、兄妹の愛に感動した神が与えた、奇跡なのでしょう」
さっきまでの貴族の敵意はどこへやら、いつの間にかワンドリッター達は椅子に座っていた。そして神の奇跡という言葉に僧侶たちが拍手をする。
「しかし、それでは問題解決にならんな。まだカクイは自由の身ではあるし、赤竜も健在」
「確かに。問題解決どころか、生き延びたカクイ司祭は、転移魔法で援軍を呼んでしまいました」
「なんと!」
王の驚きと共に、傍聴席から悲鳴が上がる。
語り手の主導権を得たビャクヤは、内心で張り切り、ペロリと唇を舐めた。
「カクイ司祭が呼んだ神殿騎士、メイジ、僧侶は練度が高く、ムダン騎士団が復活し到着するまでの間、どうするか、吾輩は悩むこととなりました」
「何を悩む事がある? 大魔法使い殿。魔法で先制攻撃をしてしまえば良かったろうに」
後ろ手を組んで、少し左右に動いた後、ビャクヤは苦悩するようなポーズを取った。すると、どこからかともなくスポットライトが彼に落ちてくる。
「吾輩の力やキリマルの力は強大過ぎるゆえッ! 果たしてッ! この戦いッ! どこまで干渉してよいのかッ! わからなくなってしまったのでんすッ!」
いつものビャクヤに戻ってしまったが、彼の演技はそこにいる者を納得させる雰囲気があった。
「あ、ああ。そうだった。貴殿は外国人。第三者がどちらかに肩入れするというのは、在野のメイジには重い判断じゃったろう」
「ええッ! あの時、吾輩が【虚無の大渦】でも使えば、事は一瞬で済んだでしょうッ! しかしッ!」
急にシュラスの顔色が変わる。
「虚無・・・の、魔法じゃと?!」
虚無の魔法という言葉を聞いた、ビャクヤの事を知る者以外の貴族たちが――――、今度は二階の傍聴室の者でさえ、立ち上がって仮面のメイジにワンドを向け敵意を顕にした。
「お前は喋る度に、誤解されてんじゃねぇか。クハハ!」
影の中でキリマルが腹を抱えて笑っているのが、ビャクヤには分かり、少し苛立った。
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