料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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新しい神

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 捕縛の魔法で捕らわれ、地面に膝をつく敵を見回して、英雄殺しの汚名を背負うエリムスは、これまで周囲に蔑まされながらも団長を続けて良かったと心の底から思った。

「味方に死人は無し、か」

 大切に育ててきた紫陽花騎士団の誰もが無事な事に、エリムスはこみ上げる喜びを噛みしめる。

 そして兜を脱ぎ捨てると、白獅子に歩み寄り、いきなり彼を抱きしめた。

「ありがとう、トウス・イブン・トウバ。流石はバトルコック団の前衛の要。君のお陰で、手際よく敵を捕らえる事ができた。初陣の者が多い我が騎士団にとって、これは最高の思い出となろう」

 以前のエリムスであれば――――、樹族が下等種と見なしている獣人に、抱きつくような事はしなかっただろう。

 しかし、救国の英雄ヒジリを倒して以降、王からは爵位を奪われ、ジブリット家からは絶縁され、挙句の果てに、冒険者にまで身を落としたのだ。

 だが、それが己にとって悪いことばかりではなかった。底辺での経験が、弱者や地位の低い者への思いやりを深め、貴族に返り咲いた今も、それは変わらない。

「抱きつくのはいいが、あまりモフモフしないでくれよ」

 気がつくとエリムスは、身長百八十センチはあるトウスのたてがみを触り続けようとして、つま先立ちをしていた。

「ゴホン。失礼した。トウス殿のたてがみは、シルクのように柔らかくて触り心地が良い」

「グフッ!」

 獅子人が目を小さくして笑ったので、エリムスは自分が何かしたかを疑った。

「どうしたね?」

「いや、異母兄妹とはいえ、サーカと同じ事をするなぁと思ってよ。騎士様」

「ほう?」

「サーカも時々、俺が寝転がっていると、黙々と無表情で、たてがみを触ってくるんだわ。まぁ俺は寝た振りしてやり過ごすんだがよ」

「そうか。フフフ」

 年の離れた妹の可愛い一面を知れて、エリムスは顔を綻ばせる。

「ああ、そうだ! 俺はオビオが気になるからよ、メリィと一緒に教会に入るぜ? 敵の練度の低さを考えると、多分、ムダン侯爵は苦戦はしてないと思う。なので教会周辺も問題ないだろう。後は頼んだぜ、騎士様」

「任されよ」

 エリムスは緑色の髪を撫で付けると兜を拾って被り、トウスとメリィが教会に入っていくのを見送った。

 トウスとメリィが教会に消えて数分後、部下が息を切らせて走ってくる。

「エリムス様ぁ! ムダン騎士団がぁ!! 全滅しました!」

 最初、エリムスは部下が冗談を言っているのだと思った。騎士というよりはスカウトに近いこの部下は、結構な頻度で冗談を言う。

 しかし、彼の汗ばんだ真顔を見て真実だと悟る。

「馬鹿な! あのムダン卿がやられるわけないだろう! 戯言を抜かすな!」

 早足で櫓の階段を上り、戦場となった平原をエリムスは見る。そこには、黒い悪魔が、天を仰いで笑っていた。

「クハハ! 俺様の恐怖のオーラに抗って、戦いを挑んでくるなんて、驚いたぜ! ムダン・ムダン」

 かの悪魔の足元には、首を刎ねられ横たわるムダンの死体があった。まだ殺されて間もないのか、筋肉質の体がビクンビクンと跳ねている。

 死体はムダンだけではない。彼の息子ガノダや、他の騎士のものも転がっていた。

「あれは厄災級・・・。いや、それ以上の悪魔か・・・」

 エリムスの頭に咄嗟に浮かんだのは、部下の無駄死にを避ける事。

「ここで部下を死なすわけにはいかん。英雄殺しの汚名を気にもせず、入団してきてくれた彼らを守らねば!」

 敵に背を向ける事なかれ、という騎士の典範に背く行為を恥じるよりも、エリムスは生き残る道を選んだ。

「しかし、どこに逃げろと・・・」

 ――――教会しかない。しかもあそこには、史上最強と呼んでも差し支えのない仮面のメイジがいる。騎士が魔法使いに頼るなど・・・、と心のどこかで自分を責める声が聞こえたが、エリムスはそれを無視した。

「紫陽花騎士団は教会に入れ! 入り口にてファランクスの陣形で待機。悪魔が来たら、即迎撃せよ」




 能力が発動して、一定時間で効果は無くなるのか、カクイの相貌失認の力は失せていた。

 オビオに見立てた瀕死のオーガは、相貌失認の効果があった時こそ、カクイの脅しは有効だったが、今はそうではない。

 そもそも名も知らぬ気の毒なオーガを見たピーターが、直ぐにオビオではないと見抜いていた時点で、カクイの次手は無くなったに等しい。

「観念してください、カクイ様。ここで抗えば、貴方は死ぬことになりますよ? この仮面のメイジは、【魔法障壁】を使えます。下手に魔法を放てば、反射されるでしょう」

「黙りなさい、ウィング。育ててもらった恩を忘れた不義理者が偉そうに!」

「僕の親を殺しておいて、それはないでしょう。貴方は黒ローブを着るような人ではなかった。修行の時も決して叱ったりはせず、褒めて伸ばしてくれる優しい方だった。なのにどうしてです? いつから・・・」

「黙れ、と言っています!」

 偽者だとばれているにも拘らず、拷問によって惨たらしい姿にされたオーガに、カクイはワンドを突きつけた。

「その人質にッ! なんの意味があるのでしょうかッ!」

 ビャクヤは相変わらず奇妙なポーズを取りながら、カクイの無意味な行動を指摘する。

「ありますよ。善なるメイジのビャクヤ君。君はこのオーガが死んでもいいと思っているのですか?」

「ぐぅ!」

 ビャクヤがたじろいでいると、ピーターが腰から魔法のダガーを抜いた。

「俺はそのオーガがどうなろうと、気にしないよ。何かしようとした瞬間、一瞬であんたを殺す。自分の影に注意しておいたほうが良いんじゃないかなぁ? カクイさんよぉ」

 邪悪な顔をして影に潜ろうとするピーターを見て、サーカが慌てて止める。

「それは駄目だ。カクイに罪を認めさせねば、大義が立たん。いくら樹族国が周辺国にこの件で根回しをしていても、結局は確実な証拠が必要となってくるのだ。彼を取り押さえて、樹族国に連れ帰り、公の場でメリィに神前審問をさせねば!」

「別にここで神前審問しても、いいんだけどなぁ~」

 間延びした声が階段から聞こえてくる。

 メリィとトウスが地下牢にやってきたのだ。

「派手に地下牢をぶち壊してやがんなぁ。こんな狭い場所で、範囲魔法を使う阿呆は誰だ? まぁサーカだろうな」

 トウスが壊れた牢屋入り口と、その周辺を見ながら歩いてくる。

「それをやったのはウィングだ。馬鹿ライオンめ」

 ふん、とそっぽを向いて、サーカは腕を組んだ。

「へぇ、珍しい」

 トウスに視線を向けられたウィングだったが、細い目をカクイ司祭から離しはしない。

「白獅子に、修道騎士も来ましたよ、カクイ様。もう勝ち目はありません。ピーターのバックスタッブは、牢屋の檻も守ってはくれませんよ。それから、さっさとオビオの居場所を教えてくれませんか?」

 ウィングが一番知りたいことは、愛するオビオの居場所だった。サーカも同じ気持ちで、マントの端をギュッと握りしめて、司祭の返答を待つ。

「神話時代以前の樹族は魔法も使えず、力もなく、霧の向こう側からやって来る魔物に、ただ食われるだけの存在でした」

 突然脈絡もない話を始める司祭に、流石のウィングも腹を立てる。

「時間稼ぎなど、みっともないですよ! カクイ様。潔く、オビオの場所を教えなさい!」

 しかし、カクイは弟子の一喝に動じることはなく、話を続けた。

「その樹族に最初の情けをかけたのは、一体誰でしたか?」

「カクイ様! いい加減にしてください!」

「古竜なのです」

 目を見開いて、ワンドを取り出そうとしたウィングを制止して、ビャクヤは仰け反りながら司祭を指差した。

「良いでしょうッ! 話を聞きましょうかッ! カクイ司祭は神の話をしようとしていますッ! これはメリィ殿の審問にも関わってくるかもしれませんッ!」

「ありがとうございます、善なるメイジ殿。では、話を続けさせてもらおうと思います。古竜は言いました。この星はあらゆる世界のマナの根源であると。それなのに樹族が魔法を使えないのはおかいしともね。そして彼らは、今よりも非効率的な魔法ではありましたが、我らに生き残る術を与えてくれたのです。古竜にとって、それが一時の暇つぶしだったとしても、樹族は古竜に教わった魔法によって繁栄してきたのは事実」

 その言葉の意図を、真っ先に汲み取ったのはビャクヤだった。

「まさかッ! 貴方はッ! オビオ殿をッ!」

 カクイはローブの袖を口元にやって「ホホホ」と笑い、用無しとばかりに、壁に背を預ける人質のオーガを蹴り倒した。

「ビャクヤ殿は頭が良すぎて面白くありませんねぇ。変態なのに」

「失敬なッ!」

 憤慨するビャクヤに笑みを返し、カクイは指笛を鳴らした。

 ――――ピィィィ!

 ――――ドカン!

 ガラガラと音を立てて、地下牢の天井に穴が空く。と、同時に教会の中にいた紫陽花騎士団の悲鳴も聞こえた。

「グォォォォ!!」

 紫陽花騎士団を気にもとめず、赤竜は鼻息を鳴らしながら、穴から司祭を見ている。

「樹族の神は、名無しの神でも、オーガの始祖神でも、運命の神でもありません。今、神聖国モティは真の神を得ました。原初の神を!」

「原始時代にでも戻れというのか、馬鹿司祭め! 竜は世界から世界を旅する流れ者! 決してこの世界に留まって我らを助け続ける事はしない!」

 サーカの言葉に、ビャクヤも頷いた。

「サーカ殿の言う通りッ! 情報に聡しい樹族の貴方ならばッ! 知っているはずッ! 既に世界からッ! 竜がいなくなり始めている事をッ!」

 赤竜の顔の鱗に手を引っ掛け、下顎に足を乗せるカクイは、大きく笑った。

「ハハハ! だからこそ! 神は一人・・・。いや、一匹でいいのです!」

 地下牢から地上に引き上げられた司祭は、紫陽花騎士団が教会内にいることに驚いてみせる。

「おやまぁ、あの悪魔に追い詰められて教会に? となるとムダン騎士団は全滅したという事ですね? 流石は悪魔。契約は絶対に遂行しますねぇ」

「悪魔? まさか!」

 ビャクヤは急いで階段を駆け上がって、教会の入り口を見る。

 そこには人修羅キリマルが腕を組んで立っており、陣形を組んだ騎士団のロングメイスを受けて、微動だにしていなかった。

「クハハハ! おめぇらのメイスは、筋肉を解すのに丁度いいぜ!」

 余裕を見せるキリマルを見て、カクイは口角を上げる。

「それでは悪魔さん、後を頼みましたよ。私は教皇様の下へ参り、新しい神の誕生を知らせてきます」

 飛び立とうとして赤竜が羽ばたく。

 一体誰がこの竜を止める事ができようか。近寄れば、炎のブレスで灰となり、後ろに回れば強烈な尻尾攻撃を食らう。それを掻い潜って攻撃をしたところで、硬い鱗に阻まれる。

「行かせませんよッ!」

 自由騎士と同じく、氷魔法を得意とするビャクヤは、【吹雪】で赤竜を凍らせ、動きを鈍らせる。

「残念ですねぇ、ビャクヤ殿。この竜の素体を知っていれば、魔法が効果的ではない事を、理解しているはずですが」

 赤竜の中で熱を高めるナノマシンが、あっという間に氷結状態を解除した。

「くぅ・・・。オビオ殿・・・」

 ビャクヤの呟きを、サーカは聞き逃さなかった。

「オビオ?! あの竜がオビオだというのか? ビャクヤ!」

「ええ。赤竜の胸をご覧くださいッ! ウォール家の紋章があるでしょうッ!」

「あれは・・・。確かにウォール家の盾の紋章・・・」

 絶望し、呆然とするサーカの耳に、どこからか陰気な声が聞こえてくる。

「もう一度だ! 仮面のメイジ! 赤竜の羽を氷の壁で覆うのだ!」

 仮面のメイジは謎の声に対し、理由を聞くわけでもなく、なんの躊躇いもなく【氷の壁】でオビオの羽を凍らせた。

「魔法は無駄だと言いましたよ」

 嫌味たっぷりのカクイ司祭の声に、陰気な声は応じる。

「魔法のみではな!」

 ――――ヒヒィン!!

 メイスに【光の剣】を宿した黒騎士が、黒馬を跳躍させて赤竜に飛び込む。

「あ、あれは! ステコ・ワンドリッター卿!」

 驚くサーカの目には、長身の黒騎士が赤竜の凍った羽を砕く姿が映っていた。
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