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惨たらしい姿のオビオ

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 バリケード内に転移してきた紫陽花騎士団とバトルコック団を見て、カクイの目が大きく開いた。

「そんな馬鹿な事がありますか! 転移結界は張ってあるというのに!」

 動揺する司祭の前で、紫陽花騎士団は、直様ワンドを取り出し、バリケードの内側で待機していた神殿騎士を、魔法で倒していく。

 カクイを守らんとし、メイジが彼を取り囲んで魔法を詠唱するが、ピーターが影から現れて、次々と刺突武器で絶命させていった。

「本陣の守りを手薄にするとは・・・。やはり戦は素人のようだな。カクイ司祭」

 エリムスがワンドをカクイに向けたその時、突然誰もがオビオになった。

「兄上! これはカクイの能力です! 同士討ちせぬよう、ご注意下さい!」

 サーカの声を耳にして、事前に聞いていた司祭の能力を思い出した。

 ――――相貌失認。

 本来であれば、人の顔を認識できない脳障害の一種。その症状が他者にまで及ぶのが、カクイの能力。しかも、誰かの強いイメージが、そのまま他人に投影される。今回はオビオを助けたいというバトルコック団の気持ちがそうさせたのかもしれない。

「これは僥倖。メイジさん達、私が逃げる時間を存分に稼いでください」

「そうはさせるか!」

 匂いで敵を識別できるトウスが、白いたてがみを靡かせて、教会に逃げ込む司祭を追おうとしたが、サーカがそれを止めた。

「トウスは、ここに残れ! このままでは乱戦必至だ。匂いで敵を見分けて攻撃してくれ! そうすれば、紫陽花騎士団が追撃をしやすくなる! メリィは騎士団の回復を!」

「わかったぜ!」

「はぁ~い」

 カクイを始末できない口惜しさを顔に滲ませて、トウスはバリケード内に残り、敵に爪で傷をつけていく。一人一人時間を掛けて戦ったりはせず、目印のように神殿騎士やメイジに攻撃を加えた。

「助かる! 白獅子の攻撃した者を敵と認識せよ!」

 初陣の者が多い紫陽花騎士団の騎士達が、一人でも死ぬことがないよう祈りながら、エリムスは騎士たちをサポートするようにワンドを振るった。




 逃げる司祭を追って、サーカ、ビャクヤ、ピーター、ウィング、ムクが教会に入ると、祭壇の下にあった地下への階段を降りようとしていたカクイが【火球】を放ってきた。

「無駄!」

 ビャクヤが事前に唱えてあった【魔法障壁】が、【火球】を跳ね返して祭壇を木っ端微塵にする。

「やったか?」

 ピーターは砕け散った祭壇の会った場所に、司祭の死体を探したが、彼は既に階段を降りた後だった。

「往生際が悪いな。恐らくあの階段の先にオビオがいるはずだ。彼を人質にして、交渉をするつもりだろう」

 サーカは急いで焦げ跡を残す床の階段まで走り、ピーターを待つ。

「罠は?」

「無いよ」

 返事を聞くと、サーカは階段を駆け足で降りていった。

「罠がないとはいえッ! 無防備過ぎますよッ! 吾輩を先頭にッ!」

 とビャクヤが提案したが、それを無視してサーカはどんどんと階段を降りていく。

(オビオ! もうすぐオビオに会える! 大好きなオビオ! もうお前はクマちゃんなんかじゃない! 私の大切な人だ!)
 
 サーカが地下牢の床を踏んだ途端、黒い煙が辺りを包んだ。

「危ないッ! サーカッ! それは【死の雲】ですッ!」

 ビャクヤの警告に、咄嗟に息を止め、階段脇の狭い場所に下がる。

「【竜巻】!」

 ウィングの放った風魔法が、狭い地下牢を強引に進んでいった。手前の檻の扉を破壊して、【死の雲】も散らしていく。

「こんな狭い場所でッ! 広範囲魔法を使うとはッ! ハハッ! 嫌いじゃないですよッ! そういうのッ!」

 ビャクヤは仮面に笑顔の表情を映し、ウィングにサムアップした。

「もう逃げられないぞ! 袋のネズミだな! カクイ司祭! 大人しく捕まり、メリィの神前審問を受けろ!」

 サーカの呼びかけに、返事はない。

 地上の空気穴から光が差し込む地下牢は、明かりが無くても辺りが覗えた。左右にある牢屋を皆、それぞれが確認していく。

 そして一番奥右側にあった地下牢に、オビオはいた。

 両手は鎖で繋がれており、ガリガリに痩せていた。しかも目はくり抜かれ、歯は全て折られており、ところどころ生皮を剥がされた後もある。

 オビオ本人であると確認できるのは黒い癖毛だからだ。黒髪はこの世界において珍しい。

「そんな・・・」

 オビオの首に、ワンドを突きつけるカクイが「フフフ」と笑っているのを見たサーカは、怒りで視界が真っ赤になった。

「貴様ァ!」

「待ちたまえ!」

 ウィングがサーカを羽交い締めにして、魔法を放つのを妨害する。

「放せ! ウィング! 私は奴を肉塊にするまで許せん!」

「君はさっき、オビオを人質にしてカクイ司祭が交渉をするだろうと言っていただろう? ここでブチ切れてオビオの命を終わらせるつもりかい?」

 地下牢は寒いのか、黒ローブの襟元を手でたくし寄せて、カクイは扉の閉まった牢屋の中でニヤニヤしている。

「いやぁ。彼の再生能力は凄まじいものでしたよ。それに、どれだけ拷問しようが屈しない精神力も称賛に値します。昨日も今日と同じく目玉をくり抜いて、歯を全て抜きましたが、翌日には治っているのですよ? こんな化け物は中々いない」

「いぃぃいい!!」

 涙目のサーカは、メイスで牢屋を滅多矢鱈と打ちだした。

「無駄ですよ。固定化の魔法がかかっているのですから。それ以上は何もしないで下さい。交渉に応じる気配がないようでしたら、オビオ君を溶岩の中に転送しますよ? 流石の彼でも溶岩の中では再生できないでしょうねぇ?」

「クズが! クズがぁ!」

 サーカはメイスを仕舞うと、目から溢れ出る涙を手で擦って止めようとした。

「それでッ! カクイ司祭ッ! 交渉とは?」

「誰です? 貴方は」

 ビャクヤはシルクハットを脱いで、丁寧にお辞儀をする。

「我が名はビャクヤ。虚無の魔法を自在に操るッ! 天才にして最強のメイジ。貴方の領地に樹族国の騎士団を転移させたのは吾輩ですッ!」

「なるほど。街道で待ち伏せさせていたスカウトが無意味になったのは、貴方のせいですか。私も転移魔法は得意なのですがねぇ。どうやら貴方ほどではなかったようです」

「ではッ! オビオ開放の条件を聞きましょうかッ!」

「私の命の保証。それとこの戦い、樹族国側が負けを認めてくださいな。賠償金は金貨五千枚ほどでしょうかねぇ?」

 ウィングはヤレヤレと首を振る。

「それは望みすぎですよ、カクイ様。教会に入る前に【遠目】の魔法で、平原の戦いを見ましたが、ムダン騎士団が圧倒的有利でした。ムダン侯爵はサーカの後見人。彼女を怒らせたのは失敗でしたね」

「それはどうですかねぇ? 君のご両親も、聖騎士の神前審問を受けろと圧力をかけてきましたが、今は冷たい土の下。ムダン侯爵もそうなるでしょう」

 一瞬怒りに身を震わせたウィングだったが、すぐに冷静さを取り戻す。

「動揺させようとしても無理ですよ。僕はサーカのような激情的なタイプじゃない。我が両親の死は、貴方を盲信していた僕への罰なのです。この罪は一生背負って生きます」

「話の途中で悪いけどさ、ムク。このオビオは本物のオビオだと思うか?」

 ピーターが牢屋の中の酷い姿をしたオビオをムクに見せた。

 あまりにも惨たらしい彼を見てムクは怯えたが、黙って首を横に振る。

「この人、オビオじゃないよ」

「だよなぁ。オビオは飢餓状態にならないって以前言ってたし。でもこのオーガはガリガリだ」

「えっ?」

 涙を拭っていたサーカはピーターの顔を見てから、偽のオビオを見て、顔に傲慢さを取り戻した。

「ククク! 司祭のくせに、くだらん偽計を仕掛けおって! となると、お前の籠もっている牢屋を【核爆発】フルパワーで破壊しても問題ないな? え? 貴様の四角い顔の角が取れて、美形になるやもしれんぞ! フハハ!」

 ビャクヤが驚いて、腕で大袈裟にバツを作る。

「らめぇ~ッ! そんな事すればッ! この教会どころかッ! 近隣の村や街まで破壊されますんごッ!」

「流石に冗談だとおもうよ、ビャクヤ。まぁどの道、カクイ様に交渉材料は無くなったって事だね」

 ウィングの言葉に安堵し、ビャクヤはとある事に気がついて首を傾けた。

「はて? ではッ! かの料理人はいずこにッ?」
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