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裏側の報告

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 東リンクス共和国に入るための書類や手形を持っていないトウス達は、国境前でウロウロしていた。

「追手はどうだ? ムク」

「悪意を持った人の気配は感じないよ」

 五感、いや六感まで発達しているムクの言葉を、トウスは疑わなかった。

「そうか。ムクがいてくれて助かるぜ」

 白獅子は破顔して、少女の栗色の頭を撫でる。

「恐らく追手は、ポルロンドに向かったと思われる。あそこはモティ、グラス、西リンクス、東リンクスにアクセスできるからね。まさか大回りをして、東リンクスの北側から越境するとは思わなかったのだろうさ」

 ウィングはそう言いつつ、国境前に立つ門衛を見つめ、どう突破するか考えている。

「ん?」

 ウィングはメリィがトコトコと国境前に歩いていくのを見て、何をする気だと思った。

「メリィは何しに行ったんだ?」

 トウスの質問に答えられるはずもなく、ウィングは肩を竦めた。

「お~い!」

 メリィが閑散とした門前で手を振っている。

 一同は頭にハテナを浮かべながら、修道騎士に近づいた。

「通れるよぉ~」

「なんで?」

 ムクが驚いて、トウスの肩から降りて、メリィを見つめる。

「だってぇ~。私、修道騎士だも~ん」

「そうか!」

 ウィングが手を打って、何かを思い出した。

「彼女には聖職者を捜査する権限がある! 自由騎士の次に、越境が楽な職業だって事を忘れていたよ」

 なぜこんな大事なことを忘れていたのか。彼女がモティの囲いの外にいる機関の一員である。本拠地は樹族国のクロス地方にあり、協定のある国同士の移動は、紋章を見せるだけで済むのだ。

 白い鎧のネックガードにある小さな紋章を見せて、メリィは自慢げな顔で皆を見ている。

「修道騎士にぃ~。ひれ伏して感謝したまえぇ~」

 一同がふざけてひれ伏して、メリィに感謝しているのを見て、門衛の獣人が「ニャフフ」と笑った。

「あんたらさ、モティの司祭の悪行を報告しに、樹族国へ帰るんだろ? だったら私達も応援するニャ」

 猫耳のあるヘルムを被る猫人は、妙に好意的だ。

「どうして応援してくれんだ?」

 トウスは顎の下を掻きながら、猫人を見つめた。

「最近、ポルロンドが西リンクスへの物資供給を邪魔するからニャ。ポルロンドだけじゃにゃいな。モティもグラスも邪魔するニャ」

「それじゃあ、おめぇ。西リンクスの住人は飢えるだろ。あそこは岩山ばかりで、農地には適してないぞ」

「そうニャ。だから国を憂う議員が必死になって抗議しているけど、駄目だニャ。この国は汚職が酷くて、国の事を本気で考える議員が少数派なんだニャ」

「だから東西に分断されてしまったのか。どこの国も大変だな」

 大柄な犬人が、猫人の横でハッハと息をしている。フルヘルムの中は息苦しいのだろう。

「最早、俺達の国は手遅れだワン。頼れるのは、修道騎士様や聖騎士様のみだワン」

 くぐもった声で国の悲惨な状況を伝える犬人に、メリィは眉をハの字にして悲しそうな目をした。

「大丈夫だよぉ。きっと騎士修道会に報告して、なんとかしてもらうからぁ」

「頼んだワン! 是非、仮面の三騎士様にお伝えくださいだワン」

「わかったぁ~」

 メリィは犬人の脚絆を軽く撫でて、門を通っていく。

 一行が通り過ぎるまで、門衛二人は頭を下げていたので、ウィングは心がズキリと痛んだ。

(ポルロンドの建国は、リンクス共和国の内戦を終わらせる為に、フローレス教皇が仲裁に入った結果だと聞いたのに、東リンクスの者は西リンクスの者を憎んだりしていないじゃないか。それどころか、物資を届けられなくて同胞を心配している)

 自分がどれだけ偽善の中に生きていたのかを痛感し、ウィングは心の中で祈った。

(星のオーガ様、この国に明るい未来を!)

「わ! 朧月蝶だ!」

 ムクの声のした方を見ると、昼間なのに青白く発光する朧月蝶が二匹舞っていた。

「珍しいね。昼間にこの蝶が飛んでいるなんて。夜行性なのに」

 そう言ってから、ウィングはハッとなる。

(これは神が、僕の願いを受けてくれた証なのでは?)

 なんの確証もないのに、そう思ってしまう不思議な力がその蝶にはあった。やがて蝶は空高く飛んでいき、ついには見えなくなった。

「何か良い事ありそうだねぇ~」

 メリィが染み染みと言う。

「ああ、あるさ。今はこの国にしてあげられる事はないけど、きっと神の御加護があるに違いないよ」

「そうだな。早く樹族国へ戻ろう。サーカとピーターとも合流しないとな」

 トウスの言葉に皆頷く。

「サーカのお姉ちゃんなら、もうオビオお兄ちゃんを、生き返らせているかもね!」

 ムクが嬉しそうに飛び跳ねたので、オカッパが乱れる。

「かもしれねぇな。ガハハ!」

 乱れた髪を優しく撫でつけてから、トウスはムクを抱き上げた。

 モティでオビオを失い、パーティはも二手に分かれ、やもすれば沈みがちだったトウス達は、後少しで樹族国に着く喜びで、前向きになってきていた。




「サーカ・カズン! 入るぞ!」

 早朝に叩き起こされたサーカは、ベッドから飛び起きてシルビィを見る。

「どうしました?」

「聞いて驚け! オビオは生きている!」

「えっ?!」

 高揚し、頬を赤らめ、目を輝かせる部下を見て、シルビィは意地悪な顔をした。

「なんだその、ボロボロのネグリジェは」

「こ、これは・・・。長旅で・・・」

「そんな事で男を誘惑できると思っているのか? 後で私の絹のネグリジェをやる。スケスケのエッチなやつだぞ」

「そ、そんな事より、隊長。オビオが生きているとは、どういう事です?」

「ああ、そうだった。優秀な拷問官だったゲルシがいなくなったとはいえ、裏側は優秀だった。あの指から、厨房にいたオビオがどうなったかの情報を引き出したのだ」

 サーカはシルビィの手をとって、アワアワしている。

「それで、オビオは?!」

「オビオはどこかに転送されたのだ。右腕だけを厨房に残してな。カクイは転移魔法の使い手であり、そして随分と前から闇堕ちしていた事がわかった。モティは闇堕ちした樹族にも寛容だから、あの国では問題にはならなかったのだろう。だが、そのまま聖職者の地位にいるのは大問題だ。樹族国の神学庁も、モティの宗教庁に抗議文を送ったようだ」

 樹族国は闇堕ちした同胞に厳しい。闇樹族と化した者は国外追放されるか、死刑になるかのどちらかだ。そんな者が司祭をしている国とは、国交断絶ものである。

「では私達が食べたオビオの肉は・・・」

「右腕の肉のみだ。良かったな」

 サーカは顔を両手で押さえて、嬉しさのあまり泣き出した。

「う、う。良かった。オビオが生きてて・・・」

「だが・・・。水を差すようで悪いが、私の予想では、オビオは碌な目に遭っていないだろう」

「どうしてです?」

「昨日も言ったが、オビオの体は実験に好都合。切り刻もうが何をしようが、数時間後には元通りなのだからな。あれが意識のない肉人であれば、苦痛はないだろうが、そうではない」

「早く助けに行かなければ!」

 サーカはベッドの周りに脱ぎ捨ててあった鎧を拾うと、急いで装着しようとしたが、それをシルビィが止める。

「慌てるな。まだトウス達が到着していないだろう? 彼らは既に国内にいると裏側から報告があった。なので馬車で迎えに行った。それから、この問題はもう、お前たちだけの問題ではない。カクイのもとへは紫陽花騎士団と、お前の後見人でもあるムダン侯爵が軍を出す事になっている。つまり樹族国がバックアップするという事だ。シュラス国王陛下もこの件に関して、了承している」

「あぁ、神様!」

「それから一つ聞きたい。修道騎士はカクイの悪行をしかと見たのだな?」

「はい。神殿騎士の不意打ちがなければ、神前審問を開始していたはずです」

「よし。今や騎士修道会の仮面の三姉妹よりも、実力をつけた彼女なら、神降ろしを出来るやもしれん。運が向いてきたな! サーカ」

 嬉しそうに自分の肩を揺するシルビィを見て、サーカは興奮して思わず言う。

「隊長、昨日の夜に朧月蝶を見たんです! 星のオーガに、オビオの無事を祈っている時に!」

 それを聞いて、シルビィは驚いた後、にっこりと笑った。

「そうか。ダーリン・・・。ゲフンゲフン。ヒジリ殿は朧月蝶の事を大層気に入っていたからな。それは良い予兆かもしれん。さぁ朝食を食べよう。顔を洗ってきなさい」

「はい!」

(オビオが生きていた!)

 そう思うだけで、サーカの足取りは軽くなった。実験体にされているかもしれないという憂いはあったが、オビオの性格を考えれば、不安はなかった。

 前向きで、粘り強く、優しい。そして、決して折れない心を持っている。

(もうすぐオビオに会える! エリムス兄様もムダン侯爵も味方になってくれるのだ! もう負ける気がしない!)

 部屋を出る頃には、サーカの顔にいつもの傲慢さが戻っていた。

「フハッ! フハハハ! 待っていろよ、囚われのオビオ姫! もうすぐ私が助けてやるからなぁ! ククク!」

 廊下を歩いていたシルビィは、背後で大笑いするサーカを見て、眉根を寄せた後、ゆっくりと前を向き、早足で自室に戻った。
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