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ウィングの恋

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 無防備に背中を見せるトウスに、ワンドの代わりにもなる魔法のエペを向けると、カクイ司祭との過去が頭を巡る。

 いつも笑みを絶やさない司祭は、最初は読み書きや算数を、後に魔法や奇跡の祈りを教えてくれた。その時の彼に闇の気配などなかったように思う。

「あの思い出は全て、嘘で塗り固められたものだったのか? 人身売買の黒い噂も聞いていたけど、それは無神論者の戯言だと聞き流していた。父上も母上も、僕が教会で学ぶ事に良い顔をしなかったのは、二人に信仰心が足りないからだと思っていたんだ。でも、実際は・・・。いや! やはり、わからない! 真実はどこにある? サカモト神、僕にお導きを!」

 ――――答えは出ているよ。君の涙は、司祭に裏切られた事への涙かい?

 どこからか声が聞こえてくる。それは神の声ではないと直感する。

 恐らくこれは自問自答が、幻聴として聞こえているのだろうとウィングは思う。

「何のリドルだい? 僕の涙は、司祭に事への返答さ」

 ――――本当かい?

「・・・」

 ――――数ヶ月に及ぶ旅路の中で、君はいつも誰かを見ていたよね?

「オビオの事かい?」

 ――――そう。正直になりなよ。君は、彼を愛してしまった。あの黒い癖毛、清潔感のある白い肌、優しい眼差しの垂れ目。世界一美味しい料理。君は女に変身して、ふざけて彼を誘惑していたけど、本心ではいつも本気だった。

「・・・ああ、彼は誰にでも優しいからね。好きにもなるさ」

 ――――愛しい人が死んだと聞いた時、君は胸が張り裂けそうになった。そうだろう?

「でも・・・。オビオの心には、既にサーカがいるよ」

 ――――だからどうした? あの白獅子が言っていただろ? 己の心の声を信じろと。君は今も、死んだオビオを愛している。そんな彼を殺した司祭を許せるのかい?

「それは・・・、許せないっ!」

 ――――だったら、今何をするべきか、わかるはずだよ。君は信仰心を試す為に、自身に試練を課し過ぎた。そのせいで、見るべきものを見なくなり、感情すら偽るようになったんだ。時に人は、感情に従って行動してもいいはずさ。僕たちは清く正しいと言われる樹族神の信徒じゃないんだ。君の信仰するオーガの始祖神ならこう言うと思う。心の赴くままに動け、と。

「神話によると、彼は恋多き神だったらしいからね。そう言うだろうさ」

 ウィングの垂れていた頭は、前を向き、目から涙が消えていた。

 そして、エペを腰の鞘にしまうと、遠くなった獅子人の背中を追いかけた。




 弱い者から倒す。それは戦いの常套手段。放置しておくと、弱者でも厄介な一撃を仕掛けてくるかもしれない。

 とはいえ、木の枝に座るムクを狙うメイジ達のニヤケ顔に、トウスは腹の底から怒りを感じていた。

「ゲスどもが!」

 そう吐き捨てるも、自分の爪が届く場所にメイジはいない。

「飛び道具の一つでも、持っておくべきだったな」

 後悔するトウスの視線の先では、メリィが一人、木の下で奮戦している。

「【閃光】~!」

 先程、カクイ司祭の詠唱を止めた無詠唱の【閃光】は、メリィの持つ輝きの小剣の魔法効果だった。それが今は、取り囲む神殿騎士の視界を奪う。

「ぐぅ! 小賢しい!」

 魔法をレジストした神殿騎士が突き出してくるハルバードを、盾で往なし、柄を掴んで奪い取ると、メリィはそれを横に薙ぎ払った。

「どっせ~い」

 緊張感のない声で、薙ぎ払われた神殿騎士達は、木に頭をぶつけて気絶してしまった。

 この手練の修道騎士に数で押し切れるのか、考えあぐねる神殿騎士の前で、彼女は緩い声で叫ぶ。

「あ~!」

 メリィは後方のメイジが、ムクを狙っている事に気づいたのだ。

(私にも挑発スキルがあれば・・・)

 挑発スキルがあれば、ムクへの敵意を自分に向ける事ができただろう。しかし、それが出来るのは自分ではない。戦士や剣士のような前衛だ。修道騎士の上位互換である聖騎士ならば、挑発せずともカリスマだけで、敵を惹きつける。それが今更になって羨ましくなったが、もう遅い。

「やめてよ~。その子はまだ弱いんだよぉ~?」

 ムクが敵の魔法で傷つき――――、下手をすれば一撃で死ぬのを見ているしかないのか、と焦るメリィの目の前で、突然竜巻が発生した。

「ぎゃぁぁ!!」

 メイジ達が、ボロ雑巾のようになって宙に舞い、地面に叩きつけられる。

 それを見た神殿騎士の一人が叫んだ。

「ウィング助司祭が、敵に寝返った!」

 その声に、司祭が即反応する。

「いや、咄嗟に魔法を放ったから、標的をミスっただけだよ。僕は寝返ってなどいない。巻き込まれた人には、申し訳ないけと思うけどさ」

 飄々と言うウイングの言葉に、神殿騎士やメイジ達が困惑し動揺する。

「グハハ!」

 自分に追いついたウィングを見て、トウスは笑った。

「よくもまぁ、そんな嘘がつけるな。あいつらぁ、困ってるだろ」

「人を愛する心が、聖職者に嘘をつかせるのさ」

「?」

「オビオを・・・。生き返らせてくれるよね?」

 金髪碧眼が、目を潤ませながら小さな声で囁く。

「ん? あぁ、あいつは俺の命の恩人だからな。当然だろ」

 トウスは思う。オビオなら指二本あれば、生き返るのではないかと。

「だったら、もう迷いはない! 暫く芝居に付き合ってくれたまえよ、白獅子さん」

 いきなりウィングが、やや後方からエペで攻撃してきたので、トウスは驚いて躱す暇がなかった。

「ぐあ!」

 エペが獅子人の胴を貫き、切っ先が左胸から突き出た。

「切り刻め! 【竜巻】!」

 獅子人に致命傷を与えた事に喜ぶメイジや神殿騎士に向かって、剣先から竜巻が飛ぶ。

「――――?!」

 まだ数十人は残っていた敵が、予期せぬ魔法の竜巻に飲み込まれて、次々と吹き飛んで地面に激突した。

「もっとマシなやり方は無かったのかよ。本当に胴を貫かれたのかと思ったぜ」

 トウスは脇の間を貫通したエペを見て、冷や汗を拭い、メリィとムクのもとへ走る。

「大丈夫か? メリィ、ムク!」

 地走り族のムクが、するすると木から下りてきて、同族のメリィに抱きつく。

「わぁぁん、怖かったよう!」

「泣いている暇はないよ~」

 教会の方で魔法陣が光り、神殿騎士がワラワラと現れた。

「転移魔法で神殿騎士を呼び寄せていたのか、道理で・・・。ここにいたら、カクイ司祭も、そのうちやって来るだろうね。となると、今が脱出のチャンスだ」

 そう言って、ウィングはバックパックから脚絆を取り出した。

「トウスさんは、これを履いて」

 それは何の変哲もない、革の脚絆に見える。

「なんだ、これは?」

「【高速移動】が常時発動する脚絆。僕が足の速い獣人に追いつけたのも、同じ物を履いているからさ」

 ウィングは、自分の脚絆を指先でコンコンと叩いて、舌を二回鳴らした。

「いいのか? こんな高価な物」

「まぁ・・・。僕の私物ではないからね。問題ないよ」

 美少年は、ぺろりと舌を出して笑った。それを見て、獅子人は片眉を上げて呆れる。

「お前、この魔法の脚絆を、カクイの屋敷から盗んだのか?」

「盗んだとは心外だな。地走り族風に言うならば、ちょっとだけだよ。もし、まだ旅が続くようなら、これがあれば便利だろうなと思ってね」

 獅子人はガフガフと笑いながら、古い革の脚絆を捨てて、魔法の脚絆を装着する。

「これで俺も、ちょっとした現人神様だな。ヒジリ様はよくサヴェリフェ姉妹を抱いて、街道を爆走しているからよ」

 そう言ってトウスは、英雄子爵とその姉妹を抱き上げる現人神が如く、ムクとメリィを抱き上げた。

「さぁ、この腐った領地から出るよ。僕はもう、ここに未練はないからね」

 未練は無いと言いつつも、宗教庁に否定的だった自分の両親が急死したのは、カクイ司祭の仕業なのではないかという疑念が首をもたげる。

(次にこの地を踏む時は、オビオと一緒だ。そしてカクイ司祭を討つ!)

 そう決心して、ウィングはトウスは東リンクス共和国を目指して走りだした。
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