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死者に報いたい

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 挑発スキルを使ってからの薙ぎ払いが、空を切る。

「本体はどこだ?」

 白獅子は困ったように「ゴォ」と小さく呻いた。そして耳をピクピクさせた後、咄嗟に横に飛び退く。

 ――――バコン!

 扉が閉まるような音が聞こえ、空気を振動させる。これが何を意味する音なのか。普通に考えると大きな口が、空振りして閉じたと考えるが。

「くそ! 姿さえ見えりゃあよ! 疑似餌の少し手前に何かがあるぞ! 注意しろ、皆!」

 剣を背中の鞘にしまい、バク転で謎の敵と距離を取るトウスから視線を外し、私はピーターに声を飛ばす。

「何をしている! ピーター! 今のは良いタイミングだっただろう!」

 が、遠くから、地走り族の弱気な声が聞こえてきた。

「ムリムリムリムリかたつむり! 一応仕掛けたけど、攻撃が空振りしたんだよ! この敵は幽霊か何かじゃないの?」

「そんなわけがあるか。トウスの剣は必中の魔剣だ。魔剣は霊体を貫く」

「じゃあ・・・。疑似餌はでかいけど、本体が小さいのかも!」

 そうか。いくら必中の魔剣でも、攻撃範囲外の敵には当たらない。本体が小さい可能性はある!

 トウスもピーターも、姿の見えない化け物に及び腰なところがあるからな。私が手本を見せ、背中を押してやろう。

「よし、接近して・・・」

「ちょっと、待ってくれたまえ!」

「なんだウィング!」

 戦いはリズムが大事なのだ。指揮者のタクトには従え!

「焦って頭が回らなくなったかい? そんなに小さな敵が、どうやって大ナメクジを一瞬で飲み込めるのか、もう少し考えるべきだね。魔物の口は少なくとも、大ナメクジを飲み込める大きさがある」

「口があるかどうかも、わからんが?」

「それはそうだが、さっきの大きな音を考えに加味すべきだよ」

 えぇい! この場にオビオかリュウグがいれば! あの二人は敵の情報収集に役立つ事が多い。オビオは敵に触れれば上位鑑定の指輪が仕事をするし、リュウグは不思議なゴーグルでヒントを与えてくれたかもしれん。

「ここにいる者では、力不足ということか」

 この魔物に比べれば、地上の敵がなんと楽なことか。魔犬、鬼イノシシ、バジリスク、盗賊や山賊。どれも対処法を知っていれば、どうということはない。それは先人が解明した知識があるからだ。

 無知とは無力。昔からメイジ達が口を酸っぱくして言っている言葉が、これほど身に染みるとはな。

「おーい! 皆ー!」

 疑似餌の傷が回復したのか、偽オビオの顔は元通りになっており、一生懸命に手を振っている。

 今更引っかかるものか! 阿呆めが!

 幾らかわかった事があるな。この魔物、知能は然程高くない。そして動こうともしない。




「お兄ちゃん、死者が集まり始めているんだけど」

 一晩を暗闇で過ごし、朝の朝食をハムのサンドイッチで済ませた後に、ムクが突然そう言った。

「なんだって? どこ?」

「歩いている私達の後ろに、列を作っているよ」

「死者たちは襲ってきそう?」

「悪意はないみたい。でもオビオお兄ちゃんが、浄霊できると知って、ついてきてるよ」

「まじ?」

 でもなぁ・・・。俺の浄霊なんてメリィの祈りに比べたら、屁みたいなもんだしなぁ。下手に浄霊して失敗したら、霊から怒りを買いそうな気もする。

「浄化してやりたいけど、今は皆と合流するのが先決だ。それに合流さえすれば、メリィに浄化を頼めるから、それまで辛抱してくれって伝えてくれる?」

「わかった」

 ムクは黙って空中を見てから、俺にニッコリと笑って頷いた。

「了解しただって」

 どんな霊が憑いているのだろうか? そういえば肩が随分と重いな、と思ったけど気のせいだ。だって霊は俺の肩に乗ってるわけじゃないからな。

「アキャキャキャ!」

 ほえっ?! 赤ちゃんの声がする!

「なに? 誰?」

 俺は少し怯えて、ムクの閉じた目を見つめる。

「赤ちゃんの霊だよ?」

「いや、それはわかる。でもなんで、ダンジョンに赤ちゃんがいるの?」

「冒険者が生んだから」

「えぇ?! どうやってこんな危険なところで? 身重なのに、ダンジョン攻略なんてできたのか?」

「第二階層に小さな村があったの。一階から下りてすぐの所に。でも突然、姿のない化け物に襲われて全滅しちゃたんだって」

「いつの話?」

「二千年前ぐらい」

「随分と昔だな。この星に、貴族制度が出来始めた頃だ」

 寿命が二百歳ある樹族にしてみれば、大した年月ではないかもしれないが、どうもこの星は二千年以上前に、樹族種の大断絶があったと思われる。そうなると割と混沌とした世界を想像しがちだけど、冒険者を相手に潤う街が、ダンジョンにあったことは驚きだ。

「赤ちゃんが、道案内してくれるって」

「赤ちゃんのお母さんはどうしたの?」

「今も姿のない魔物に、魂を囚われているみたい」

「そっか・・・。何とかして魂を開放してあげたいね」

「お兄ちゃんは優しいから、手伝ってくれるって、皆に言っておいたよ?」

 つい最近、伸びた毛を切ったので、オカッパヘアーになったムクは、髪を揺らして微笑んでいる。

「勿論さ。お兄ちゃんはちょっと前に、ワイトの魂を恋人と共に、あの世へ送ったことがあるんだよ?」

「すごーい!」

 えっへん。

 と鼻を高くしていると、目の前を赤ちゃんがハイハイをして、先導してくれていた。

「わっ! 姿が見える!」

「お兄ちゃんの優しい心が、霊に力を与えてるの」

「えっ? そうなの?」

 負の連鎖ならぬ、正の連鎖。塩で霊を浄化してあげた事が、どんどんと良い出来事を呼び込んでいる。なんだか凄く嬉しいぞ!

「キャキャ!」

 赤ちゃんの霊が、階段を見つけて手を叩いて喜んでいる。シンとした暗闇での事なので、悪気はないけどホラー映画のようにも見える。

 でもこれでようやく皆の元へ戻れるんだ。帰還に一日以上も掛かるとは思わなかったぞ。

 皆、腹も空かしてるだろうし、急がなきゃな!

「よーし、待ってろよ! 皆にとびっきりの料理を食べさせてやるからな!」

 俺はムクを肩に乗せて、小さな階段を五段飛ばしで駆け上がった。
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