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オトナシ草

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「ムクーーー! ムクーーー!」

 トロルが叩く壁の音が鳴り響く中、俺は必死になってムクを呼んだ。

「トウスさん、ムクの匂い追えますか?」

 獣人の鼻の良さを当てにして、一緒についてきてくれたトウスさんに頼ってみる。

 するとトウスさんは黒い鼻を上に向けたり、地面に付けたりして匂いを嗅ぎ回った。

「ああ。匂う。こっちだ、オビオ」

 流石は有能なお父さん! トウスさんは生粋の戦士だけど、獣人としての野生の能力が備わっている。

 ――――ドカーーーン!

 元々補修が必要なほど弱くなっていた街壁の一部が木っ端微塵になり、外から大きなトロールが侵入してきた。

「チィ! トロールの奴、とうとう壁を壊しやがった! 急ぐぞ、オビオ」

「このままだと街が破壊されるんじゃないの?」

 俺は少しビビりながら、トウスさんの後をついていく。

「年に数回はこういう事が起きてる領地だ。皆、対処の仕方を心得ているだろ」

 その言葉通り、街壁の上で戦士が複数人でトロールを挑発している。その挑発に対して怪物は茹だるほど怒り、戦士達のいる壁を拳で殴り始めた。

 俺は何気なくトウスさんに質問してみる。

「言葉なんて通じないだろうに、なんでトロールは怒るんだろう?」

 獅子人の顔がクシャっとした。目が小さくなっているのが可愛い。

「言われてみれば、そうだな。なんでだ? う~ん、戦士たちの挑発スキルが高いから、としか言いようがない」

 ふと、キリマルの顔が頭に浮かぶ。

 あの悪魔は常に恐怖を撒き散らしていながら、何故か攻撃をしたくなる身振りや言葉遣いをする。あれも挑発スキルが高いからか? おっと、嫌なもんを思い出したなぁ。

「いたぞ!」

 トウスさんが指差す方にムクがいた。森の中の空き地で呆然としている。

「ムク!」

「オビオお兄ちゃん?」

 俺は素早くムクを抱き上げると、ぷにぷにのほっぺを指で突っついた。地走り族の丸い頬を見ると突っつかずにはいれない。(ただしピーターは除く)

「駄目だろ、一人で歩き回っちゃ」

 とびっきり優しい声で少女を諭す。

「ごめんなさい。誰かに呼ばれたような気がして・・・」

「まぁ、館前とか森が結構うるさかったからな。誰かに呼ばれたと勘違いしちゃったのは仕方ない事さ。次から気をつけるんだぞ?」

「うん」

 ホッ! 何事もなくて良かった。

「ブオオオ!」

 も~。煩いな、トロール。と思っていたら、奴はこっちに向かって走ってきている。

 流石のトウスさんも、身長が二十メートルもある怪物に対して焦りの色を見せた。

「おい、クソ! トロールがこっちに逃げてくるぞ!」

 まぁ、トロールが逃げたくなるほどの攻撃だったからな。メイジ達のフルパワー魔法や、弩砲バリスタでボコボコにされている。が、傷を受けても直ぐに回復しちゃうのが難点だ。

「逃げないと!」

 俺は咄嗟に身を隠す場所を探して、キョロキョロとした。

 だがふと我に返る。一体どこに逃げて隠れるんだ? 館に隠れても破壊されて終わりだぞ。

「待って! お兄ちゃん! あの子が怖がってる! プンプンとビクビクの精霊が取り憑いてる!」

 突然ムクが喚いた。

「あの子?」

 誰だ? あの子って、まさか・・・。トロールのことか?

 そう言われれば、あのトロール、泣いているようにも見えるな。プンプンとビクビクって事は、怒りと怯えか。

「お兄ちゃん、あの子を助けてあげて?」

 ムクが俺の抱きついてそう言う。

「うぅ・・・。と言われてもなぁ」

 と弱音を吐いてみたが、やっぱりムクの願いを何としてでも叶えてあげたい! トロールだって何か事情があって、こっちの世界にやってきたんだろうし。

「わかった。お兄ちゃんに任しときな。サーカ! サーカはどこだ!」

「任しておけと言っておきながら、一息もせぬ間に私を頼っているではないか。ビチビチ殿?」

 うぁ! すぐ後ろにいた! いつの間に?

「あのトロールに、睡眠の魔法を頼む!」

 俺はジト目さんに、急いで頼んだ。今はサーカの皮肉を聞いている余裕はない。

 サーカも空気を読んだのか、直ぐに魔法を発動させた。

「いいだろう。【眠れ】!」

 前方に向かって放射状に効果を及ぼす睡眠魔法が、トロールを捉える。

 敵との距離がある場合なら【睡眠】の魔法が有効だが、目の前の敵をすぐに眠らせたい時は【眠れ】の方がいい。

 流石は接近戦もできる樹族の騎士だ。走ってくる敵を目前にしても動じない、その胆力。メイジとは比べ物にならない。

 サーカが睡眠魔法を放った直後――――。

「ふに~ん! くまちゃーん!」

 まーた幼児化しやがった! おい! 誰が全力で魔法を撃てって言った? 馬鹿ちんサーカ! 褒めて損した!

 彼女は俺によじ登ってしがみつき、ブルブルと怯えだした。

 邪魔だぁ~! 片手にムク、片手にサーカ。守るの大変だわ~。

 即アイスを食わせて、サーカのマナを補充。勿論、前髪パッツン女は我に返る。

「いやらしいやつだ! 離れろ!」

 いつものツンツンしたサーカに戻った。それはまぁいい。だが、俺の頬を拳でグリグリするのは止めろ! いでで。

「ぽまえが、離れろよ!」

 俺はサーカを投げ捨てた。背中から落ちろ! と願って投げたが、スッとヒーローみたいに着地して、ムカつく顔をしている。

 ・・・今は片頬笑いのサーカの事なんかどうでもいい。

「皆! トロールを攻撃すんなよ! 俺に策がある!」

 できるだけ大声で叫んだが、流石はエリート集団。こちらの意図を組んだかのように手を止めた。攻撃をしたらトロールは起きちゃうからな。それじゃあ駄目なんだ。

「何をする気だい? オビオ」

 ウィングが興味深そうな目で見てくる。こいつもいつの間に来た?

「オトナシ草を探してくれないか。多年草で繁殖力が強いから、そこら辺にあるはずだ」

「その雑草でなにをする気だい? 君はドルイドではなかったはずだが」

 そういや、こいつ石田彰みたいな声だな。

「上位鑑定の指輪と料理上手のミトンがあれば、ドルイドの真似事も簡単さ」

 この場にドルイドがいたら怒られそうな事を俺は調子に乗って言ったが、実際真似事くらいなら出来る。

「わかったよ」

 数分後、竜巻に乗せて沢山のオトナシ草をウィングが運んできた。竜巻が消えて、草が地面にボトボト落ちる。

「これだけあればいいかい?」

「十分! サンキュー!」

 やることは簡単。寝ているトロールにオトナシ草の汁を飲ませる! 草を絞るだけ。

「で、その草にどんな効果があるんだい?」

「心を落ち着かせる効果があるんだ。ムク曰く、このトロールは怒りと恐怖の精霊に支配されてるみたいだし、多分これでいいはずなんだけど」

 俺はムクと顔を見合わせニッコリ笑い、トロールが起きるのを待った。
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