上 下
99 / 282

夢の中で

しおりを挟む
「オビオ、どこ?」

 霧の中で、か細い声がする。サーカの声だ。

「ここだ。サーカ」

 返事をすると安堵するため息が聞こえてきた。

「ここはどこだ?」

「知らないわ」

 いつもなら「知るか、馬鹿者!」と返ってくるのだが、今日は妙にしおらしい。

「私ね、ずっとオビオの事を見てたの」

 サーカは走って俺のもとへ来る。

「ずっと?」

「ええ。ずっと。私のために泣いてくれたでしょ?」

「うん、サーカを失って、俺、凄く悲しかった。サーカのことが大好きなんだって思い知ったよ」

「うふふ。嬉しい。私もオビオの事、大好きだよ」

 あぁ、これは夢か。こんな優しいサーカを未だ嘗て見たことがない。俺の理想像が夢に出てきたんだ。

「サーカは死んでからどうしてたんだ?」

「ずっとね、暗闇の中にいたの。誰も返事してくれないどころか、音すらしなかった。私ね、怖くてうずくまっていたの。そしたらオビオの泣く声が聞こえてきて、一瞬にして大部屋に戻ってきたわ。大部屋の中でオビオは、蛇やキリマルと戦っていた」

 夢の中のサーカは、俺に抱きつき手にキスをしてきた。唇柔らかいな・・・。

「私は、オビオ勝って! 絶対死なないで! って祈った! なのに、神様は二度も貴方を連れて行ったわ」

「二度?」

「覚えてないの? 一度目は蛇に乗っ取られた私の魔法で。二度目はキリマルの刀で」

「一度目はあんまり覚えてなかった。そういや、神様に出会ったような・・・。誰だっけ? 俺たちの良く知っている人なんだが」

「それはわからないわ。オビオの魂のグループと、私の魂のグループは違うもの。だからオビオの死んだ後の事はわからないの」

「グループ? まぁ、いっか。それよりも今、大変なんだ。サーカの体に俺の魂があって、俺の体にサーカの魂がある。どうも入れ替わっちゃったみたいでさ・・・。何とかして神様が元に戻してくんねぇかな?」

「クハハ!」

 サーカがいきなりキリマルに変わった。体中に鳥肌が立つ。

「キ、キリマル!」

「おめぇ、運命の神に掴みかかってたのを忘れたか? 奴のメガネを放り投げ、多くはない毛を毟ってまで、生き返らせろと抗議していたんだぞ? そんな奴の言うことを、ヤンスがきくと思うか? キヒヒ」

 身長三メートルくらいある黒い悪魔は、ギザギザの牙を見せて笑っている。笑う度に、体中のクラックから、黄色い光が漏れる。

「覚えてねぇよ! そんな細かい事まで!」

「普通は丸っきり忘れるもんなんだがなぁ。俺ですら何度か神域に行ったが・・・」

「なんで夢の中でお前と会わなければならないんだよ! キレイなサーカを出せ!」

「キレイなジャイアンみたいに言うんじゃねぇよ。サーカはもう出ねぇ。奴は目覚めている」

「じゃあ、神様を出せ! ヤンスさんを出せ!」

「神様、ねぇ。ヤンスやヒジリは厳密に言うと神様じゃねぇんだがなぁ。名付けるなら、人の総意を背負いし者だ。本当の神様は、お前らに対して関心がない。というか存在すら知らない。そのくせ、個々の魂が得た経験や感情を吸い取って、腹を満たしている。クソみたいな奴だ」

「えっ? マジ?」

「ああ。俺は嘘つきだが、この話は本当だ。あの存在のせいで、俺の反逆という二つ名が消えねぇ。数多の世界システムを壊してきた俺でさえ、何年経とうが、あの忌々しい太陽には勝てねぇ」

「キリマルって実力値いくらなんだ?」

「666」

 いかにも悪魔って感じの数字だな! おい!

 っていうか! 英雄とか神人とかのレベルじゃねぇ! 俺たちがあっという間に殺されたわけだ!

「いいか、オビオ。神様なんかに頼るな。ただひたすら他人の経験をスポイルする豚糞野郎に頼らず、自分や仲間を頼れ」

「え? 嘘だろ・・・? お前の口から、少年漫画みたいなセリフを聞くとは思わなかったわ」

「これは経験則からくる話だ。俺の性根がクズな事とは関係ねぇ。それから、お前が思っているほど、物事は悪い方に進まないぜ。目が覚めたら、全ては元通りだ。安心しろ」

 なにこの悪魔。優しい。夢の中のキリマルはめっさ優しい。現実もこうだったら、もっと高感度上がったんだけどなぁ。

「おっと、俺も目覚めるようだ。いかねぇと。じゃあな。ただの料理人、オビオ」

「お、おう。さようならだ、悪魔キリマル」

 悪魔が消えると共に世界は暗くなった。

 


 暗転して目が覚めると、サーカの顔が目の前にあった。ピンクの髪が顔にかかっていて、相変わらず可愛いが、いつもより歪んで見える。

「おおおお、オビッ! 汚ビッチ! オビビビ! オビオッ!」

 誰がビッチだ!

「どういった理由でこうなっている? 随分と身長差がある私とお前だが、尻に追いつこうとして突っつく、硬い棒状のモノはなんだ? もう少しで?」

 やべぇ! いきり立つ我が息子が、サーカのヌルヌルした聖なる門を叩こうとしているッ!

「違う。これは男の生理現象で! 朝になるとこうなるんだよ! ってか、お前濡れ・・・」

「言い訳無用! 【雷撃】!」

「ズギャァァァーーー!」

 いつもの朝が始まった。

 パーティーメンバーが俺の悲鳴を聞いて、慣れた感じで大部屋に入ってくる。

「おはようさん。うまくやったか? いや、この様子だと失敗したようだな。ハハハ!」

 白獅子は破顔して陽気に笑う。

「昨日は結局、宿屋の食堂で寝てもうたけど、サーカと変な事してないやろな? オビオ! したんやったら、私にも平等に、やで!」

 可愛い妖精さんが、そんな事言うんじゃありません!

 プスプスと焼け焦げた俺を、指差し棒で突っつく奴がいる。どこで手に入れたんだよ、その指差し棒!

「朝飯の用意しろよ。俺は腹ペコなんだよ」

 うるせぇ! そのへんの草でも食ってろ! ピーター!

「私ねぇ、オビオの作るクロワッサンが食べたいなぁ~」

 メリィが、焼け焦げた皮膚を、手で払ってくれている。ちょっとくすぐったい。

 いいですとも! 作りましょうぞ、クロワッサン! クロワッサンを考えたクロワッさん、バンザイ!

「ワインを少し入れた紅茶が、飲みたいのだがね」

 女に化けて、甘えてくるウィングを手でどけて、俺は半身を起こした。

「おはよう、皆! 今から世界で一番の朝食を作ってやっから、待ってろ!」

 俺の言葉を聞いて皆、にっこりしている。

 俺の料理は美味いからな! 今日も皆を、料理の力で笑顔にしてやるさ! 昨日の戦いとか、キリマルへのトラウマとか関係ねぇ!

 だって俺は、この星で一番のコックを夢見る料理人だもの!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった

さくらはい
ファンタジー
 主人公の不動颯太は勇者としてクラスメイト達と共に異世界に召喚された。だが、【アスポート】という使えないスキルを獲得してしまったばかりに、一人だけ城を追放されてしまった。この【アスポート】は対象物を1mだけ瞬間移動させるという単純な効果を持つが、実はどんな物質でも一撃で破壊できる攻撃特化超火力スキルだったのだ―― 【不定期更新】 1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。 性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。 良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

スクールカースト最底辺の俺、勇者召喚された異世界でクラスの女子どもを見返す

九頭七尾
ファンタジー
名門校として知られる私立天蘭学園。 女子高から共学化したばかりのこの学校に、悠木勇人は「女の子にモテたい!」という不純な動機で合格する。 夢のような学園生活を思い浮かべていた……が、待っていたのは生徒会主導の「男子排除運動」。 酷い差別に耐えかねて次々と男子が辞めていき、気づけば勇人だけになっていた。 そんなある日のこと。突然、勇人は勇者として異世界に召喚されてしまう。…クラスの女子たちがそれに巻き込まれる形で。 スクールカースト最底辺だった彼の逆転劇が、異世界で始まるのだった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

クラス転移で裏切られた「無」職の俺は世界を変える

ジャック
ファンタジー
私立三界高校2年3組において司馬は孤立する。このクラスにおいて王角龍騎というリーダーシップのあるイケメンと学園2大美女と呼ばれる住野桜と清水桃花が居るクラスであった。司馬に唯一話しかけるのが桜であり、クラスはそれを疎ましく思っていた。そんなある日クラスが異世界のラクル帝国へ転生してしまう。勇者、賢者、聖女、剣聖、など強い職業がクラスで選ばれる中司馬は無であり、属性も無であった。1人弱い中帝国で過ごす。そんなある日、八大ダンジョンと呼ばれるラギルダンジョンに挑む。そこで、帝国となかまに裏切りを受け─ これは、全てに絶望したこの世界で唯一の「無」職の少年がどん底からはい上がり、世界を変えるまでの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 カクヨム様、小説家になろう様にも連載させてもらっています。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

処理中です...