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人肉の駒

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 寝転がっていたトウスさんが急に起き上がって、蹴りで廊の扉をぶち破った。

「なんだぁ?」

 行動した本人が、素っ頓狂な声を張り上げているので、俺は少々、頭が混乱する。

「すげぇ! 流石はトウスさん! これで逃げられる! あんがと!」

 こういう時は取り敢えず感謝! 人間、感謝の気持を忘れたらおしまいだ。

「いや、これは俺の意思じゃねぇんだわ。体が勝手に動いた」

「え?」

 ――――ダイスの目は六。クリティカルな成功と出た。牢屋の扉を開けるだけなのに・・・。無駄な運を使ったな、リュウグ君。

 天井から辺境伯の声が響く。

「どこから話かけている?」

 サーカが目に魔法をかけて暗闇を見通したが、辺境伯を見つけることはできなかった。

 それに、どうもこちらの声は届いていないようだ。

 メリィが気の抜けた声で、天井に向かって何度も「お~い~」と呼びかけているが、返事はない。

 ――――こんなん、建前だけの話やんか! 実際は人死にが出るかもしれんのに! 拷問と同じや!

 ――――うるさい。ほらダイスを振りたまえ。こちらはハンデとして、私兵が一人だけなのだから、寧ろ感謝してほしいぐらいじゃな。おっと! 声が筒抜けだったか。道理で声が二重に聞こえると思ったよ。

 プツンと音がして、辺境伯とリュウグの声は消えた。

「ダイスって何の話だ?」

 俺がサーカに尋ねた。リュウグと辺境伯がダイスを使って、なにかのゲームをしているのは理解できる。

「ダイスと言えば、運命の神カオジフだが。フン。なるほど。トウスが勝手に動いたのも、そういう事か」

 何がそういう事だ? 勝手に一人で納得してんなよ、サーカ。

「もったいぶるなよ、早く言え」

「余程の阿呆か、あまり魔法道具に詳しくない者だけが、この状況を理解できないのだ。オビオは勿論、阿呆のほうだ」

 サーカと話をしている間に、俺の体がトウスさんの横まで移動した。

「わわあ! なんだこれ!」

 目の前には全身鎧の何者かがいる。

「まぁなんだ。運命をカオジフとリュウグに預けるしかできねぇな」

 トウスさんも現状を理解しているのか、戦いへの覚悟を既に決めていた。

 俺は背後にやってきたウィングに目で説明を求めたが、奴はため息と共に肩を竦めただけだった。

 ウィングの次にサーカ、そしてメリィが移動してくる。

 そして、最後に対峙する鎧マンが動き出した。

「へぇいあ!」

 声は女のものだなと思っていたら、突然、腹部に鈍痛が浸透していく。

 ぐえぇ! この痛みはぁ・・・・。

「金玉ぁ、蹴られたぁ・・・」

 普通に攻撃してくれたほうがマシだ。俺はうずくまって下腹部を押さえる。

「金玉だけで済んだんだ。神に感謝しろ」

 サーカが後ろでフフッと笑った。

「子種が作れなくなったら、もうお前との夜伽はできねぇんだぞ・・・」

「は? 誰がいつお前に夜伽を頼んだ? 誤解を招くような事を言うな!」

「かわいいクマちゃん・・・」

「わぁ! やめろ!」

 掠れた声でサーカをからかう。そうしていないと、痛みで気絶しそうだ。

 気絶は回避できたが、痛みにゴロゴロ転がっていると、トウスさんが動いた。

「最初から全力でいくぞ! 獅子連撃!」

 武器、左手、右脚、左脚の連撃だ。これを避けきれるのは、本気を出したキリマルぐらいか?

 カン、カン、カン、ドカッ!

 最後のドカッ! は鎧ウーマンに、攻撃が貫通した音だ。

 トウスさんの蹴りが、鎧ウーマンを壁に叩きつけた。

「くそが」

 緩い癖毛を伝う冷や汗の向こうで、トウスさんが悔しそうにしている。

 思ったようにダメージが入らなかったんだ。必殺技を出して、ようやっと鎧ウーマンをスタンさせただけっぽい。

「いや、これはチャンスだよ」

 ウィングが俺の前に出てきて、詠唱を開始した。

「な、なるほど。敵がスタンしている間に攻撃魔法か。敵が起き上がる頃には、お前の得意魔法【竜巻】が完成するってわけだな」

 しかし、詠唱の終わりが、やけに早い。

 ウィングが唱えたのは派手な攻撃魔法ではなく、地味な【物理防壁】だった。

「なんで?」

 俺は思わず方言が出てしまった。

「馬鹿だな、君は。ノーマル種の魔法が、エリート種に通じるわけないだろ」

 下腹部の痛みが引いてくると同時に、沢山の情報が頭に浮かびだした。

 そう、俺は金玉を蹴られたと同時に、敵の脚を右手で触っていたのだ。上位鑑定の指輪をはめた手で。

 敵の名は。ダーレ・ドコゾ。性別は女。エリート種の樹族。職業は生粋の戦士・・・。樹族なのに生粋の戦士だと?!

 年齢は百歳丁度。実力値は二十。器用さと素早さが十八だ。それ以外の能力値はオール十五!

 しかも生命点が普通の樹族の倍くらいある! 百五だぞ! 百五! 攻撃力の高いトウスさんでもようやっとダメージを与えられるかどうかの防御力なのに、生命点まで高いなんてずりぃ!

 魔法耐性が地水火風、どれも九十もある。つまり百のダメージを与えても十しか貫通しない。というかこの戦士は魔法使い殺しだ。ウィングとサーカの戦闘力がほぼ削がれた。

 防御力も攻撃力もトウスさん以上だ。エリート種とノーマル種で、こんなに差があるのかよ!

「チートだ!」

 俺は石床を拳で叩いて起き上がった。

「へぇ。一巡しない間に回復するなんてね」

 ウィングがなんか勝手に感心している。一巡ってなんだ? そういや、俺がのたうち回っている間、ダーレは攻撃してこなかったな。なんでだ? トウスさんの放った獅子連弾も、回避しないで全部ブロックしていたみたいだし。
ダーレの能力値からして、回避したほうが合理的だろうに。いや待てよ、トウスさんの持つ魔剣は回避できないと判断してのブロックか?

(こちらの情報が筒抜けの可能性もある。それとも、あの全ブロックは偶然なのか?)

「高いマジックアイテムを我らのような者に使うなんて、ブラッド辺境伯も物好きだな」

「だから何の話だ?」

 サーカが【魔法防壁】を唱えてから俺の質問に答える。

「かの辺境伯様は、マジックアイテムである“人肉の駒と運命のボード”を使ったんだ」

 なるほどね、ってわかるかぁ~い!

「なんだよ、それは」

「一々面倒くさい奴だな、オビオは。要はここにいる全員が、駒として操られているって事だ。で、我らを操作しているのは恐らく、リュウグ・ウーノオト・ヒメノモート・ユイノキリハズ」

(すげぇ! リュウグの名前をフルで言った!)

「人肉の駒と運命のボード・・・。じゃあ俺達はチェスの駒みたいなもんか?」

「よく解ったな、オビオ。天才だ!」

 くそう。サーカめ。バカにしやがって。

「普通の戦いと何が違うんだ?」

「移動の自由や、咄嗟の判断というものが制限される。何をするのもダイスの目次第」

「運命の神とリュウグに運命を預けろと、トウスさんが言ってたのは、こういうことか!」

「そ。だからジタバタしてもしょうがない。今できることをやるだけさ」

 ウィングがそう言って、エペで防御の構えをした。

「皆、今どんな状況か知ってるから、落ち着いていられるのか。いや、寧ろ知ってるほうが怖くねぇか?」

「死は誰の上にも、平等に降ってくるよぉ~」

 後ろからメリィさんの、のんびりした声が聞こえてくる。緊迫した状況の中で、こののんびりした声は怖い。

 俺はいつの間にか手に持っていた魔剣蛇殺しを構え、攻撃態勢に入った。さっきと行動順が違うぞ。行動順もダイスの目次第なのか? 素早さの意味って何?

「いやいやいや、待て! 俺の攻撃なんか、エリート種に通じないだろ! リュウグ!」

 ――――カンッ!

 魔剣はしっかりと敵の鎧を叩いたが、貫通はせず。はい! 俺のターン終了!

 おわ? 俺以外、全員防御の構えしてんじゃん! 

 こら~! リュウグ! 金玉蹴り攻撃が、また俺に来たらどうする!
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