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地下牢で

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 最後に見たブラッド辺境伯の顔を思い出して、俺は冷たい石の上で身震いした。この石床と同じような温度の目をしていたからだ。

 それにしても、なぜブラッド辺境伯はあそこまでよそ者を警戒するのか。

「どうした? 小便か? ここにトイレなどというものはないぞ? オビオ」

「お前も同じ条件だろ? なんでそんな他人事なんだ? サーカ・カズン」

「今は尿意も便意もないからだ」

「ふん」

 俺はサーカの顔にうんざりしていた。こいつはマナが切れない限り、どんな時でも片頬を上げてニヤついているか、毒を吐くかだ。(時々クソ可愛い)

「みんな、いるか? 号令開始。一番、戦うコックさん、オビオ!」

「なんでお前が一番に名乗るんだ。パーティーのリーダーである私が最初だろうが」

 うるせぇ、サーカ。

「いいから名乗れ! 二つ名もな!」

「へ? なんで二つ名まで?」

 ウィング・ライトフットが軽い声で質問してきた。こいつは常に緊張感がない。

「偽者が紛れ込んでいないかを調べるんだろ? オビオ」

 ライオン丸のような獅子人が、暗闇で目を光らせていた。こえぇ。

「そ。トウスさんの言う通り。俺たちはあっという間に、ブラッド辺境伯の魔法で気絶させられたからな。それを考えると、情報のすり合わせは、当然だと思うが?」

「でも言わないとだめか? オビオ」

 ん? そういえばトウスさんの最近の二つ名を知らないな。

「ああ、念の為な」

 まるで二つ名を承知しているような顔で、俺はトウスさんに返事した。

「チィ! 二番、白竜の牙! トウス・イブン・トウバ」

「ははッ! クスクス! 君は獅子人なのに二つ名がなのかい? 変だよ!」

「だから嫌だったんだ」

 霧丸戦以降、メキメキと実力と名声が上がったトウバさんの二つ名は、何故か白竜の牙だった。まぁ攻撃力が高いからそんな二つ名が付いたんだろうけども。

 剣にも盾にもなれる我らがエースは、ウィングに小さく吠えて、ふて寝した。

「実は俺もトウスさんの二つ名は知らんかった。だって冒険者ギルドの二つ名って、実力者ほどコロコロ変わるでしょ」

「そうねぇ。大凡の冒険者が二つ名の変わる前に、早々に命を落とすか、辞めるかだもんねぇ」

 のんびりした声が心地良い。修道騎士のメリィが物騒な話をしているのに、そのように聞こえないのだ。癒やしの声というか、もう癒やしだ。

「さぁん番、修道騎士のメリィ」

 そう、メリィさんは冒険者じゃない。

 騎士修道会の一員なのだ。だから二つ名はない。もし彼女が適当な二つ名を名乗っていたら、間違いなく疑っていただろう。彼女の目的は聖職者の監視。神聖国モティと関わりが深いウィングとは反りが合わない。

 清貧を好む騎士修道会と、権威を好むモティ。相容れないのだ。

「四番、ウィング・ライトフット」

 こいつも二つ名はない。前述の通りだ。いつの間にかパーティにいる。人の心の隙間に潜り込むのが上手い。ここ数日でもう仲間みたいな顔をしている。

「五番、皮肉のグアノ塊! サーカ・カズン」

 え?! そんな二つ名付いてたの? サーカは?! ブハー!!

「うんこじゃん!」

「言うな!」

 でも、うんこじゃん。皮肉の塊のうんこじゃん! グアノ塊って、うんこのことじゃん!

「おい! そんな事より、ピーターはどうした?」

 ふて寝していたトウスさんが、片耳をあちこちに向けながらピーターの気配を探っている。

「そういや、いねぇ!」

 影に潜っているのか? あいつは用心深いからな。

「ピーター出てこいよ。邪悪なるピーターくん!」

 我がパーティの盗賊兼メイジの二つ名は全然変わらない。

 ピーターは普段こそ可愛い地走り族だが、本性を表すと、とんでもなく悪い顔をする。

「どのみち捕まってるのなら、さっさと出てこいよ」

 しかし返事はなかった。

「おい! オビオ! あいつ、捕まってねぇぞ! 残り香すらしねぇ」

「リュウグもいない!」

 ピーターは恐らく、危険な気配を察して影に潜んだんだろう。

 でも機工士のリュウグはそんな器用な事できないぞ。親だって一緒だ。

「リュウグはゲスト扱いなんじゃないかな? 正式なパーティメンバーじゃないんだろ? 下手すりゃ、裏切り者って可能性もあるね」

 お前のほうがそれに近いぞ、ウィングめ。

「とにかく、地下牢から出ないと。無理矢理にでもブラッドさんに会って誤解を解かないとな」

「誤解って?」

「意外と頭が鈍いな、ウィング。俺たちは、ブラッドさんに暗殺者だと思われてんだよ!」
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