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その名は言うな

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 料理の審査会はあっさりと勝負がついた事に俺は驚く。

「もっとこう、何か一波乱が起きると思ったのに。それはまるで、ダイスの出目の結果、シナリオ選択をスルーしたゲームのようだ」

「わけのわからんことを言うな」

 相変わらずサーカは憎たらしい。知らない話にも少しぐらいは乗ってくれてもいいだろに。

 それにしても・・・。

「全員一致で満点、だと?!」

 客からランダムに選ばれた審査員たちのほぼ全員が、俺の料理を美味いと言ってくれたのだ。嬉しいっちゃ、嬉しいけど・・・。

「そんなバカな・・・」

 顔面蒼白のユーザインが、店の床に手をついて茫然自失とする。

「あの・・・」

 鹿肉ではなく、牛肉を使った事を後ろめたく思っていた俺は、ユーザインに威張る気にはなれなかった。

「まぁ元気だしなよ、オッサン。勝負は時の運! 今回は俺が勝っただけさ」

 などと励ますも、やはり罪悪感が凄い。

「・・・」

 落ち込むユーザインを見てられないので、俺はどちらの料理にも判定を下さなかった樹族に目をやった。

 ゴーグル型の眼鏡をかけている白髪白髭のオッサンは、黒いビロードのダブレットを着ており、裕福な商人か貴族だということが見てとれる。どことなくリュウグにも雰囲気が似ているような気がした。

 俺は対樹族用に編み出した『間抜けなオーガ』を演じて、揉み手で近づく。この演技も、なかなか板についてきたハズ。・・・ハズ。

「あの、旦那様ぁ。貴方はなぜ審査をしてくなかったのですか?」

 オッサンは口と口髭の脂をハンカチで拭うと、グラスにワインを注いだ。

「どうしてかって? それは、どちらも鹿の肉料理と言っておきながら、鹿肉を使ってなかったからだ。わかったかね? 愚か者を装うオーガ君」

 ――――! このオッサン、俺の演技を見抜きやがった! これまでのサーカとの会話を聞いていたのだろうが、余程注意して他人を見てないと、こうはいかない。つまるところ、観察眼が鋭いってこった。

「おや? この樹族は、オビオの本性を見抜けていない。それどころか、買いかぶり過ぎだな」

「うるせぇ!」

 俺はその辺にあったバゲットを、口の悪いサーカに投げたが、彼女はキャッチしてこれ見よがしに齧った。

 チィ~! ・・・おっと! サーカに構っている場合か!
 
 俺は上品だが、どこか胡散臭い貴族の思惑を目から読み取ろうとするも、ゴーグルがサングラスになっているせいで無理だった。一見で解る事なのに、サーカのお陰でどうも判断力が鈍る。

 かといって指輪の力で情報を盗み見るのもどうか。それに、いきなり上流貴族に触れるわけにもいかない。

「では、何肉だと思いますか?」

 俺の試すような物言いに腹を立てる事なく、貴族は白髭を撫でて、まずユーザインの皿を指した。

「これは鬼イノシシの肉じゃ。鹿肉はこんなに脂が乗ってはいないし、柔らかくもない。それに下処理もしていないから、臭いが酷い。ワシは調理場で指示を出すユーザイン殿の様子を、終始カウンターから眺めておったが、料理人にあれこれと細かく指示を出す割にこの程度か、という気持ちでいっぱいじゃ。美食家として自分の名声に溺れすぎたようじゃな。初心に帰って一から始めてはどうかな?」

「な、なにぃ! き、貴様!」

 ユーザインは激昂するも、図星なのでそれ以上の言葉が出てこなかった。

「そしてオーガ君の似非鹿肉は、赤身を再現しようとして、肝臓のソースを混ぜている。が、如何せん外側を誤魔化しただけ。よく噛めば、奥から牛肉の味がしてくるわぃ」

 樹族って味音痴のはずだろ。なんだその的確な指摘は。この世界にも、きちんとした美食家が存在するってわけか。ユーザインみたいなニセモノもいるけどさ・・・。

「すみません、サー。謝肉祭で鹿肉が手に入らなくて・・・」

「言い訳は無用。それなら最初からそう言って料理を出せば良かったのだ。ユーザイン殿もオーガ君も、互いをライバル視するあまり、正直になれなかった。そうではないかな?」

 ぐぅの音も出ねぇ。

「はい、その通りです。ごめんなさい」

 俺は素直に腰を曲げて頭を下げた。このオッサンは正論しか言っていない。

「ホッホ。素直でよろしい。じゃが負けず嫌いの多いオーガの中で、君は稀有な存在じゃの。我らの祖先を助けたオーガのように礼儀正しい」

「先祖を助けたオーガ?」

「左様。我らの先祖は、大変な時期にオーガメイジに助けられておる」

「過去のことですから、まさかとは思いますが、そのオーガの名は」

「現人神のヒジリ様ではない。そもそもオーガの名は伝わってはいない」

「ですよね~」

 過去の話にまで奴の名が出てきた日にゃぁ、気が狂うわ。

「ところで、サー。お名前を聞いて良いでしょうか?」

 この人好きのしそうな老人に、俺は何気なく名前を訊いた。

「・・・。残念じゃが、見知らぬ者に対し、迂闊に名乗れるほど気楽な身分ではないのでな。失礼じゃと思うが、先に君の目的を話してくれるかな? 君」

 あれ? 俺、名乗ったっけ? まぁでも、散々サーカが俺の名前を呼んでいたし、知ってて当然か。

「実は、こんな剣を見つけましてね」

 俺が亜空間ポケットから、魔剣蛇殺しを出そうとしたその時。

 ――――バシュ!

「いってぇ!」

 手を魔法で弾かれた! 目の前のオッサンの魔法じゃねぇ! どこからか狙撃されたんだ!

「失礼、わしには護衛がおる。武器を取り出すならゆっくり、な? それにしても護衛の魔法を『いってぇ!』程度で済ますとは・・・」

 それを聞いて、リュウグが怒りだした。

「今の風魔法、普通やったら手が消し飛んでるで!」

 そうなの?

 俺は怯えた目で、サーカに確認すると、無言で頷き返された

 こえぇぇ。サーカが憎たらしい顔していない。こりゃ本物だ。俺はとんでもねぇ相手と話をしているのかもしれん。

「この厳重さ。となると貴方は――――」

 どこにいたのかウィング・ライトフットが現れ、軽々しくその名を言おうとして、突然静かになる。

 これは【沈黙】の魔法だ!

「くそ! なんでだ? 俺たちは、ただ魔剣を返しに来ただけなのに!」

 なにゆえ、その名を呼んじゃあ駄目なんだよ! ブラッド辺境伯!
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