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劣情に打ち勝て!

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 晩御飯で汚れた食器を食器洗い機に放り込んで、俺は肩を揉む。いや、41世紀の地球人は肩なんてこらないのだけど、俺は自分のベッドの光景を見て、心を落ちつかせようとして肩を揉んだのかもしれない。

 黒いエアベッドの上で、サーカがネグリジェと下着一枚で毛布に包まっているのだ。包まっているが、素足と肩が見えている。

 俺は最近までマント代わりにしていたその毛布をめくる。

「うぉ・・・」

 髪と同じ色をしたピンクのネグリジェから白い下着と太腿ががっつり見えた。これまでは鎧を脱いで普段着のままベッドに潜り込んでいたのに今日はあられもない姿だ。

(おいおい。サーカさん・・・。幼児退行していないのにベッドに潜り込んでくるとはどういうことだ? あ、でもベッドを寄越せとか昼間に言ってたような。このエアベッドの気持ちよさにハマったとか?)

「寒い! 早くベッドに入れ!」

 何ィ? あ、厚かましい! まるで自分のベッドに寝ているかのようなその物言い、なんですかぁー?

 俺はむかつきながらも、渋々とマントを脱ぐと毛布の上にかけてベッドに入った。体重150キロもあるので当たり前だがベッドは沈むし、端にいたサーカは自然と俺と密着する形になる。

 ぴっとりと俺に寄り添うサーカの息が、生肌に当たってこそばゆい。

「あっち向けよ。息が当たってんだよ」

「この体勢が楽なのだ。グダグダ言うな。生きた湯たんぽのくせに」

 はぁ? 誰が生きた湯たんぽだよ! 確かにナノマシンが体温調整をしてくれますけども!

 くっそー! 肌と肌が当たってムラムラする。どうした俺の感情抑制チップ! 劣情を抑えてくれ。この世界がゲームの中の世界だったら、俺は今頃はサーカを襲ってるぞ。

 俺はもう確信している。ここが現実の世界、惑星ヒジリだって事を。

 地球で出会ったあの狂気の科学者兄弟はヴィラン遺伝子を持つナチュラルで、仲間を惑星ヒジリに送り込む準備をしていたんだ。俺はその実験台として使われた。

 でもあの兄弟、少し抜けてたな。正規ルートであのワープゲートを登録しようとしてただろ。あの時は兄弟の会話内容の意味が全く理解できなかったが、今なら解る。

 まずワープゲートを登録するにあたって、惑星ヒジリの主である大神聖に許可を貰わなければならないが、あの科学者はまず首を縦に振らないだろう。

 当たり前だ。どの移民星だって悪人なんて歓迎しない。地球政府も直接移民星に転移する違法な装置を認めるわけがない。

 それに俺の勘が囁いている。あの兄弟はもう警察に捕まってるだろうし、最悪な場合、存在を消されている。今頃データの海に漂っているかもしれない。

 などと真面目に過去の出来事を振り返ってみたりもしたが、現状は何も変わっておらず、劣情は消え去ってくれたりはしない。

(寝ぼけたふりして抱きしめるだけだったらバレないかな? こ、こいつだって俺の乳首吸ったんだし・・・。いや、駄目だ! そんな事してみろ! 明日の朝、こいつの勝ち誇った傲慢な顔を見る事になる! それだけは我慢ならねぇ!)

 股間の何かが立つ前に、腹が立ってきた。

(そもそも、こいつは俺の事を人扱いしてないだろ。俺の持ち物を当たり前のように使うしさぁ。そういや聞いたことがあるぞ、(謎の声:「知っているのか? 雷電!」)昔の地球でも奴隷は人間扱いされていなくて、主は奴隷の目の前で、平気で裸になったりしてたそうだ。それって動物に裸を見られても平気だって事だろ? 今と同じ状況じゃん。殆ど裸の俺に寄り添ってても、サーカは平気な顔してるじゃないか!・・・多分、平気な顔してるはず。暗くて見えないけど)

 俺はサーカの表情を確かめたくて、焚火の光源だけで彼女の顔を見つめた。なるべく目を細め、しまいには閉じるくらいの細さで見つめた。無理無理見えねぇ。両親はなんで夜目が利くようにデザインしてくれなかったのか。

 他の地球人よりも優れている俺の身体的特徴といえば、治癒能力が高いくらいだぞ。多分これだけは大神聖に勝っているはず・・・。これだけは・・・。でもそのせいでサーカにお前はトロールだと馬鹿にされるし、戦闘ではタンク役にされるし・・・。

 男女とも身長差があまりない樹族のサーカは、160センチ程だ。俺とは90センチも差がある。彼女の頭は今、俺の胸の辺りにあった。息が当たって、やっぱりこそばゆい。

 ベッドの中で身動きする音がしたかと思ったら、俺の胸の辺りで金色に光る目が二つ。

「うわっ!」

 確かサーカの目は青色だ。じゃあこの金色の目は誰だ?

「何を驚いている?」

 なんだ、やっぱりサーカかよ・・・。魔物が潜り込んだかと思っただろ。

「なんで目が光ってんだよ!」

「貴様が変な事をしないように今、【暗視】の魔法をかけたのだ。いいか、変な事をしたら・・・、ふぇぇぇ」

 おわ! 今の魔法が最後だったんだ? 昼間に異世界人と戦った時に補助魔法使ってたもんな。最後の一つを使わないようにしてたまでは良かったけど、何で忘れて使っちゃうかねぇ?

「ママぁ。寒いよう。ぎゅっとしてぇ」

 ぐひぃ! ご、拷問だ。サーカが抱き着いてきた。くっそ可愛い。やばいやばいやばい。

 普段は鋭い目をしているのに、幼児化すると目が地走り族みたいに真ん丸になるサーカは可愛いし、ズルイ!

 取り敢えず俺は彼女の要望通り、そっと抱きしめてみた。お、お願いされたからだぞ。誰に言い訳してんだ俺。

 フアッ?! 柔らかい! そしていい匂い。フランちゃんやタスネ子爵みたいに、むっちむちのふわっふわじゃないけど、これはこれで・・・。

(樹族は多肉植物から進化した人類だと大神聖のデータにあったけど、嘘だろ。この触り心地は、人間と変わらん!)

「えへへ、ママ暖かい!」

 暗くて見えないけど、多分いい笑顔をしているはずだ。光ってる目が細くなった。

 体に密着させている胸の感触は正直いうと小さい・・・。いやきっと普通サイズなのだろうけど、サヴェリフェ爆乳姉妹を見ているから、そう思ってしまうのかもしれない。

 ぐぎぎぎ・・・。同年代の女子とこんなに触れ合うのは初めてだ。きっと地球だとこんな状況になっても、お互いになんとも思わないはずだ。感情抑制チップが劣情を抑えてくれるからな。

 でも惑星ヒジリは、なにが干渉しているのかわからないが、時々劣情が津波のように押し寄せてくる。これまでも一緒に寝た事があるのに、今日は特にムラムラが止まらない。ハチャメチャが押し寄せてくる。多分、宇宙で一等エロい奴になってる、俺。

 ええい! 明日貶されようが構うか! やってやる! やってやるぞぉぉぉ! 樹族の貴族がなんだぁ!

 そう俺は劣情に負けた。

 サーカを抱きしめると、ぱっつん前髪を手で上げて額にキスをしてしまったのだ。あまりにも可愛くて・・・。

「うふふ! ママくすぐったぁい!」

 幼児退行しててもサーカの記憶は残っている。あぁ・・・。これで明日馬鹿にされるぞ。くそくそくそ!

「チッ!」

 少し離れたテントから舌打ちが聞こえてきた。

 あれはピーターのタープテントだ。トウスさんは焚火の横でいびきをかいて寝ている。ヤンスさんは向こうの木にハンモックを下げて寝ているのが、焚火の光で微かに見える。

「いいな! 貴族のお嬢様とイチャラブ出来てよぉ! ええ? オーガのオビオさんよぉ! お前さんのデカマラだったら、先っちょしか入らないだろうし、あんまり気持ちよくねぇだろうが? それでもやりたいのか、お前は。こっちはなぁ、やりたい盛りの思春期なんだぞ! 少しは気を使え、ボケがぁ!」

 ちょっと~! やだぁ! あの地走り族下品過ぎるぅ! 俺たちそんなんじゃないのにぃ。

 自称11歳の14歳には、俺たちがキャッキャウフフのチョメチョメしてるように見えるかもしれんが、これ結構地獄っすよ? サーカに手出しなんかしたら明日どうなるか・・・。多分、打ち首獄門の刑ですわ。

 それに彼女は俺に恋人役を求めていない。母親の幻を重ね合わせて、安らぎを欲しているだけだ。寂しい子供がぬいぐるみに抱き着いて独り言をいっているようなものなんだ・・・。

 やべぇ、そう考えたら色々と萎えてきた。サーカの内情を知っているから、余計に泣けてくる・・・。

 俺はそっとサーカの頭を撫でた。

「明日は早いから寝ようね。向こうにいる地走り族のお兄ちゃんが煩いって言ってるし。怖いねー」

「ねー。じゃあおやすみ、ママぁ!」

 サーカは俺の胸にキスをして、光る目を閉じた。

 やったぞ・・・。なんとか乗り切った。途中でおでこにキスとかしちゃったけど、トータルで見たら俺は自力で劣情に打ち勝ったのだ。

 しかしこの虚しさはなんだろうか? これから一年、ずっと餌の前でお預けをくらう犬のように生きていかなければならないのかっ!(かっ! かっ! かっ! 自前残響音)

 はぁと溜息をついて俺も目を閉じた。
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