料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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嫉妬するオビオ 2

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 俺は親子の言う事を聞かず、少し先に見える街道へ向かって歩く事にした。相変わらず後ろでは親子の呼ぶ声がするが、やっぱり無視。

 お、お粗末な石畳の街道が見えて来た。ん? 誰かいるぞ?

「で、出たー! オーガだ!」

 街道に出た途端、冒険者のパーティに遭遇してしまった。ああ、なるほど。さっきのチッチのセリフでフラグが立ったわけね。

「はいはい、俺はオーガじゃありませんよ。どいてどいて」

「そうはいかねぇ! 俺らはお前みたいなのを倒すか、捕獲するかして生計を立ててんだ! 戦う気がないのなら大人しく捕まれワン!」

 なんだと犬風情が。妙に嬉しそうだな。俺を倒すのがそんなに嬉しいのか。語尾にワンとか安易なワードを付けやがって。

 っていうか、獣人だけのパーティかよ。ははーん、さてはこの世界の製作者は、獣人が大好きなケモナーだな? マニアック過ぎるわ! そういえばアメリカ地区の奴らは、獣人系が大好きだったな。あいつらディープ過ぎてついていけん。

「だまらっしゃい! お前みたいな奴はこうだ!」

 俺はいきなり犬の冒険者にヘッドロックをかまして、茶色くて長い頭の毛をワシャワシャと撫でた。

「くぅ~~ん! 気持いいワン・・・って、止めろ! そういう事をしていいのは恋人だけなんだぞ! ガブッ!」

 アダーー! こいつ噛みやがった! 痛い。ここまでリアルにホログラム世界を作るのは違法だぞ! 確かプレイヤーを怪我させたらアウトだったはずだ!

 あ、だからあのマッドサイエンティスト風兄弟はコソコソしていたのか。リアルに近い仮想現実世界。

「いてて! 噛むなよな・・・」

 ちょっと照れている犬人に萌えつつも、俺は腕を撫でた。

 撫でている傍から、俺の体内にあるナノマシンが噛み傷を修復していく。

「いいから大人しくしてろだワン! おい、ニャンゴロウ! オーガに【捕縛】の魔法を頼む」

「あいよ、ワンダユウ兄貴」

 ニャンゴロウか。可愛い名前じゃないか。因みに俺の飼っていた猫の名前はクロな。名前の通り黒くて人間の言葉をある程度理解する賢いやつだ。今頃は母ちゃんの膝の上でゴロゴロ言っているだろうさ。

 ところであのニャンゴロウは、何で両手をこっちに突き出してんだ? なんか手が光ってるけど、なんだろう? 鰹節を欲しがっているとか? えーっと? あげませんけどもぉ? お前にくれてやるのは俺の変顔だけだ。にーん!

「おい? 【捕縛】まだか? あのオーガのムカツク顔が忍びねぇんだが!」

「リーダー! このオーガ、俺の一日一回こっきりの【捕縛】をレジストしています。悔しくて仕方ありませんニャ!」

「いくら俺達獣人族が魔法の不得手な種族とはいえ、ニャンゴロウは別だ! 魔力値が13もあるんだぞ! そのニャンゴロウの魔法にレジストするとは、オーガのくせに生意気だぞ!」

「知らねぇよ! 何だよオーガのくせにって! のび太に対するジャイアンみたいな事言ってんじゃねぇぞ! お前らこそ犬猫のくせに生意気だぞ!」

 近くの茂みが揺れた。お、さっきの親子。

「お待ち下さい、冒険者様! このオーガはどうも誰かに飼われていたようで、先程、私達を鬼イノシシから助けてくれました。私達が面倒を見ますので、どうか攻撃しないでやって下さいまし」

「チッ! なんだよ! 迷いオーガを捕まえてギルドに持ってきゃ、いい金になったのによぉ」

 冒険者ってのはゲームでもアニメでも金に煩い。

「がめつい奴らだな。金が欲しいならこの先をちょっと進んだ所に、その鬼イノシシとやらが死んでいるから、その肉でも売ればどうだ。デカいから相当な金になるぞ」

「え! いいのか? 俺らみたいな駆け出し冒険者は実入りが少なくてな。この一か月、倒した獲物と言えば、皆で必死こいて倒した魔犬一匹だけなんよ。助かるわ! あんがとよ! オーガ!」

 手のひら返しが早ぇ! それにしても解りやすい奴だな。尻尾を激しく振って嬉しそうにするな。可愛く思ってしまうだろうが。

「どういたしまして」

 こうして獣人達は腹いっぱい肉が食えると喜びながら、茂みをかき分けて森の中に入っていきましたとさ、おしまい。と日本昔話みたいなナレーションをしてみる。

「ね~? 言ったでしょ~? オーガが一人で歩くと危ないんだよぉ~?」

 おチビちゃんも、可愛いクリクリした茶色の目で俺を見るんじゃない! 何かに目覚めてしまうだろうが!

「はいはい。そういう設定でしょ? それにしても、そろそろホログラム空間の終わりがあってもいいはずなんだけどな」

 俺は何もない場所をあちこち押してみるが、一向に壁のようなものは見つからない。

「変な動きしてどうしたの? お兄ちゃん」

「ここにホログラム世界の終わりがあるんじゃないかと思って。壁を探してるんだよ~」

「壁? 結界の事? もっと国境沿いに行かないと無いけど?」

「はぁ・・・。じゃあ国境とやらに向かうか」

「ここからだと南の獣人国レオンまで行かないと国境はないよ? 歩いて三日はかかるよね? お母さん」

「ええ・・」

 歩いて三日だと! 時速五キロで八時間歩いたとして、その三倍。百二十キロもある! 無理無理しんどい!

「馬車とかないの?」

「あるけど、お金持ってないでしょ? お兄ちゃん」

 くぅ~! そういう事か。まずはクエストをこなして金を作れってか。きっと国境がゴールになってんだろ? そうであってくれ!

「お金はない。俺も鬼イノシシの肉を売れば良かったかな」

「う~ん・・・。お兄ちゃんは、何のお仕事してるオーガなの?」

「お兄ちゃんは料理人なんだよ(まだまだ料理人の卵だけど)」

「料理人か~。腕っぷしが強ければ冒険者に雇ってもらって、すぐにお金が稼げるんだけど。お兄ちゃん、オーガの割に弱いもんね」

 オーガじゃないつってんだろ。地球人だよ! 地球人!

「オーガの料理人か~。そんなのどこも雇ってくれないよ・・・」

 オンラインゲームと同じで、そうそう金を稼げない仕様になってるわけか。

「いいって、いいって。こうなったら森の中を野宿しながら向かうから」

「でも鬼イノシシとか魔犬もいるし、危険だよ? さっきの鬼イノシシだって街道には滅多に出てこないけど森の中は結構いるよ?」

 森はエンカウント率がアップしているという情報だな? いっそゲームオーバーになってみるのもありだな。死にはしないだろ。多分・・・。

 あ、なんか怖くなってきた。でも・・・。

「なんとかやってみるよ。ありがとうな。これまで色々してくれたお礼に、これやるよ」

 ポーチに入れっぱなしだった、大きな葡萄飴三つとジュエル飴。他にもレモン味とゆず味が何個かあるが、俺は柑橘系が好きなのでやらん。

「え! なにこれ! 宝石の指輪?」

 チッチはジュエル飴を見て飛び跳ねて喜んでくれた。おホォ! お兄ちゃん、嬉しいよ。

「残念ながらそれは飴だよ。でも飴の指輪だなんて素敵だろ?」

「うん! 素敵!」

 ジュエル飴を指にはめて、太陽に透かして見ているチッチの横で、お母さんが手渡し飴の包み紙をまじまじと見つめている。

「いいんですか? こんな高級そうな飴。こういう綺麗な包み紙に入った飴は、貴族が食べるものですよ!」

 お母さんまで嬉しそうだな。この程度で喜んでくれるとはゲームプログラマーも、プレイヤーを良い気分にさせるツボを心得ているわ。ホッホッホ。

「お父さんには悪いけど、お父さんがお母さんに買ってあげた指輪より飴の指輪の方が綺麗!」

「まぁ。帰ったらお父さんに言っちゃおうかしら?」

「わー! ダメダメ! ごめんなさい! 私、そっちの包み紙の飴を先に舐めたい!」

 ジュエル飴は帰ってゆっくり舐めるんだな? 解るよ、その気持ち。大事なお菓子は最後までとっとくんだよな。俺もそのタイプ。

「も~、仕方ない子ね。じゃあ一個だけね」

 微笑ましい。洋菓子のグリンのCMをなぜか思い出した。

 あれ、二十世紀の関西ローカル局のアニメを見ていると流れるんだよな。焼き菓子を食べた幼女が、一個じゃ足りなくて、もう一ついい? とお母さんにねだる、あれ。

「美味しい! 本物の葡萄を食べているみたい!」

 妄想の中の洋菓子グリンの歌が途切れて、チッチの驚きの声が聞こえた。

「美味しい! 美味しい!」

 チッチは飛び跳ねている。

 そうだろう、そうだろう。果汁百パーセント。無駄な香料や添加物が一切入っていないものだぞ。

「どうぞ、お母さんも一つ食べてみてください」

「そう? じゃあ頂こうかしら」

 お母さんも子供みたいな顔してるから可愛いな。姉妹が普通に飴舐めてるようにしかみえんわ。

「まぁ! 美味しい! それになんだか複雑な味! 単純に砂糖を溶かして作った飴しか舐めた事がないから、この味は驚きね! これは大事に食べないとね、チッチ」

「うん! でも我慢できるかな~」

 頬袋が飴でぽっこりしてる。飴を舐めただけでこんなに幸せそうな顔をしてくれるとは。くぅぅ。地球人もこんなに純粋で素直だったらいいのに。俺は遺伝子操作型地球人デザインドにしては感情が豊かだけど、殆どの地球人はロボットみたいに感情が薄いからなぁ。

「ではこれで俺は失礼します。色々とありがとうございました」

「国境に辿り着けるよう、運命の神にお祈りしていますね。どうかご無事で」

 お母さんがチッチに何か耳打ちすると、チッチは嬉しそうな顔をして目を輝かせた。

「そうだね! それはいいアイデア! お兄ちゃん! これあげる! しゃがんで」

 小さくて可愛い少女は俺の腕に赤いバンダナを結び付けてくれた。何かのおまじないか? 暫くは外さないでおこうか。

「お守りかな? ありがとうな!」

 俺は少女の頭を撫で、ついでに母親の頭も撫でそうになった、その手を引っ込める。母親も子供に見えるのでつい・・・。まだまだガキの俺が年上の頭を撫でるなんて失礼だ。

 小さな二人に手を振って、俺は脳内で勇ましい音楽を流しながら森を進むも、数メートル藪を進んだだけで少し不安な気持ちになってきた。

 振り返って母娘を見る。まだ笑顔で手を振ってくれている。国境に行くと偉そうに言った手前、引き返すわけにもいかない。

 きっと俺はゲームプログラマーが望む道筋通りに進んでいないと思う。なのでこれから苦難が待ち受けているだろうけど、彼女たちが祝福してくれているのだから大丈夫だ。可愛いハムスターのような二人よ、サヨウナラ。
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