料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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救済措置

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 俺たちはアルケディアの貧民街にある教会に来ていた。

「本当にこの教会の地下墓地のアンデッドを倒せば、トウスさんに永住権が与えられるんだろうな? っていうか、俺の時と色々似てるじゃん。この国で生活できる条件として、危険な任務をクリアさせられるのって。人の命を何だと思ってんだ? え? こら」

 不法入国者の救済措置条件の厳しさにブーブー言う俺に、サーカはフンと鼻息で返事をする。

「樹族国にどれだけ貢献し、命をかけられるか。それを試すのは当然の事だろうが。どの国だろうが、なんの覚悟も無い輩を迎え入れたりするか! ドアホウめ!」

「でもトウスさんは生粋の戦士だぞ! どうやってアンデッドと戦うんだよ! もしもの事があれば子供たちが路頭に迷うだろ!」

「知った事か。孤児などどこにでもいるわ」

 お前だって! と言いそうになったが俺はぐっとそれを飲み込んだ。

 サーカは孤児ではない。自ら家を飛び出し活路を見出そうとして必死に今まで生きてきたのだ。孤児の気持ちなんか解るわけない。彼女は孤児になって行き詰まりになる前に、自分の食い扶持を探しだすような性格だしな。

 よくよく考えりゃ俺だってそうだ。地球でぬくぬくと育ってきた身。孤児なんて漫画やアニメの中の話だから。

 睨み合う俺とサーカの間に、トウスさんが割って入る。

「まぁまぁ夫婦喧嘩はその辺にしろ。シスターの前で恥ずかしいだろ」

「夫婦じゃない!」

 また俺とサーカはユニゾンしてしまい、気まずくなって互いにそっぽを向く。

「でも大丈夫ですか? トウスさん。アンデッド、特にゴースト系に対しては、魔法の武器か光魔法か奇跡でしか倒せませんよ?」

 先程から苦笑いして俺たちを見ていたシスター・マンドルが、武器も防具も持たないトウスさんを見て心配そうにしている。

「なーに。幽霊ってのは生前何かやり残してっから出てくるもんだ。もしかしたら話の通じる相手かもしれねぇだろ。成仏できるように手助けをしたら消えてくれるかもしれねぇ。やるだけやってみるさ」

「でも・・・。地下墓地にいながら、教会でポルターガイスト現象を起こすような霊ですよ? もし成仏したいなら私の前に現れるはずです。私はそうやって多くの霊を成仏させてきました。今回のような事は初めてです」

 シスターは地走り族にしては大きいし、筋肉質だ。まさかまたオネェ系じゃないだろうな・・・。

「シスターが手助けするのは、やっぱり反則なんですか?」

 トウスさんにシスターが同行して、幽霊を成仏させるのが一番早い気がするけど。

「ええ・・・。自力でクエストを突破するのがルールですので。本当はお手伝いしたいのですが、何分、私も救済措置云々は初めての事でして・・・。その辺の事は、私より騎士様の方が詳しいかと・・・」

 俺は説明を聞こうとサーカを見る。・・・んだよ、北斗の〇の初期のレイみたいに、冷たい顔しやがって・・・。

「勿論トウスが冒険者を雇ってもいいのだがな。自分の力とは、財力も含む。しかし財力があるなら、多額の寄付金を樹族国に収める事で永住権を貰えるぞ?」

 ほんと意地悪な奴だな。金があるならトウスさんは、パンを盗んだりしないだろうがよ。知ってて言いやがって。

「なに。自分の力で何とかするさ。それから・・・、シスターにお願いがある。頼んでもいいですかい? もし俺が帰ってこなかったら、貧民街を抜けた先の森にいる俺の子供4人を、教会で養ってくれませんか? あいつら素直だし、なんだって手伝いますぜ? 厚かましいお願いだとはわかってやすが・・・」

「わかりました。当教会は孤児院も兼ねています。先日ヒジリ様が訪ねてくださって、寄付金を頂きました。それと成長の早い作物を庭に植えてくださいましたので、4人増えたところで問題ありません」

「なんだって! あのヒジリ様が! だったら良い加護がありそうだな。こりゃあありがてぇ教会だ! これで心置きなく地下墓地に行けるってもんだ・・・」

 また大神聖か! ぐぬぬぬ!

「うふふ」

 シスターは静かに悔しがる俺を見て微笑んだ。な、なんだよ・・・。

「なんです? 俺の顔にエンカイザンコゲチャヒロコシイタムクゲキノコムシでもついています?」

「とんでもなく長い名前の虫だな! おい!」

 すかさずトウスさんが突っ込んでくれて、俺は気分が良い。

「この教会はよくよくオーガと縁があるのだと思って。以前から、恩赦を受けて自由の身になったはいいものの、祖国へ帰る方法が解らず、路頭に迷っていた闘技場のオーガの帰国を手伝っておりましたし、ヒジリ様とも出会えました」

「オーガなど・・・」

 サーカが俺をちらりと見て鼻を鳴らす。

「あら? 騎士様の隣のオーガも、優しそうにみえますが? 私はかつて傭兵をして戦地を転々としておりました」

 道理でムキムキマッチョなわけだ。よく見ると顔にも古傷もある。

「戦地では、戦いの途中で時々魔物が乱入してくる事もあるのですが、その時は敵味方関係なく、共闘して魔物を倒します。そうしている間に契約期間が切れて、雇い主の契約更新がなかったりすると、そこで戦いは終わりです。敵だった傭兵とは魔物を一緒に倒した連帯感などで仲良くなる事もありますが、その中でもオーガ達は特に、私たちの戦いぶりを素直に称賛してくれました。国へ引き上げる時も国境までただで護衛してくれたり、食糧を分け与えてくれたり。ほんとうは気のいい人達なんですよ、オーガは」

 へぇ。そうなんだ? なんか人食いの怖いイメージがあったけど・・・。

「それはシスターが強者だったからだ。オーガは自分と互角以上の者を好む。弱者には冷たい。オビオのような弱いオーガは、虫けら同然の扱いだろう」

 しどい! 俺はエンカイザンコゲチャヒロコシイタムクゲキノコムシかよ!

「でもヒジリ様は弱者にも優しかったですよ? 庭に沢山の作物を植えて下さったお蔭で、食べ物に困らなくなりました。採取しても翌日には生い茂っている野菜や、植えて一か月で実のなる、とても甘い果物なんて、貴族の方が高く買ってくださいますし」

 んー、多分それ・・・。単にヒジリは、どんな植物が育つか試したかっただけだと思うぞ・・・。

 万能型(器用貧乏型ともいう)科学者の大神聖は、これといった分野には精通していないけど、幅広い知識はあるからな。

「フン! そんなのはヒジリ様が特別なだけだ! ・・・きゃっ!」

 急にサーカが可愛らしい声で悲鳴を上げたので、俺は驚いてそちらを見る。

「なんだ?」

「誰かが! 私の尻を触ったぁ!」

 そういやサーカは腰あての下が革ズボンから白いスカートに変わってるな。

 動きやすいからって言ってたけど、そりゃあ痴漢もされますわ。良い尻してるもんな、プリっとしてて。あ、ぷりっぷりの海老が食べたくなってきた。

 よく見るとサーカのすぐ後ろで、地走り族の男の子が土下座をしている。見事な土下座っぷりだ。威厳があるような土下座ではなく、謝らせている側が悪者に思えてくる、狡い土下座なのだ。

「ごごごご、ごめんなさい! 僕はその時に頭の中で思った事をしないと、死んでしまう病気なんです!」

 茶色い髪の少年はブルブルと震えている。そりゃあ騎士に痴漢しちゃったもんな。しかも仮隊員とはいえ、貴族も震えて泣く、あのシルビィ隊の隊員だし。

「ピーター! またあんたかい! この前も闇魔女さまの胸を揉んだでしょうが! 殺されなかったのが不思議なくらいなんだよ! なんでこうもスケベかね! え!」

 シスター・マンドルの素顔を見て、俺は驚く。流石は元ベテラン傭兵だ。急に姉御みたいな口調になった。

「なんて命知らずな奴だ。サベリフェ姉妹の黒い影、闇魔女イグナにセクハラをするとは・・・」

 隣でトウスさんが唾を飲み込む音が聞こえてくる。

「イグナってタスネ子爵様の妹だよな? 確か一度魔法を見ただけでその魔法を習得できる、凄いメイジなんだろ?」

「ああ、光側種族では珍しく闇魔法を得意とするメイジだ。まだ子供なのに、あの大魔法使いチャビンとも戦った。本当ならおぞましい魔法を使う闇魔法使いは、国外追放されててもおかしくないのだが、ヒジリ様の関係者だから、免れているんじゃねぇかって話だぜ。この国で唯一公式に認められたメイジギルドに所属していない、はぐれメイジだ」

 ジブリット家の遠い親戚であるチャビンの名を聞いて、サーカの細い眉毛がピクリと動いた気がするがどうでもいい。

「メイジって普通はギルドに所属していないと、殺されるんだよな。それなのに凄いな・・・」

 闇のメイジをメイジギルドに所属させるわけにもいかないのだろうな。それに、はぐれメイジとして処刑するには、誰もが太刀打ちできない程の魔法の使い手。超人である大神聖の関係者だからってわけでもなさそうだ。

「そこに直れーーい! 地走り族の痴漢小僧!」

 突然、サーカが怒りだし、震える手で腰のホルダーからメイスを抜いた。

「貴様にはぁ! どたまかち割りの刑を執行する! 王国近衛兵騎士団独立部隊仮隊員、サーカ・カズンには! 即時処刑の権限があーーる!」

 俺はメイスを振り上げたサーカの肩を押さえて処刑を止める。なんだか口調がシルビィ様みたいになってんぞ。

「嘘つくんじゃねぇよ! お前にそんな裁量権があるわけないだろ。やめろ」

 サーカは俺より力が強いせいか、肩を押さえていても、じりじりとピーターに近づいていく。

「でででで、でも私の尻を触ったのだ! 許せん! 地走り族如きが! 貴族である私の尻を!」 

「待て待て待て! お前の怒りは解る。痴漢なんてーのはいけないことだ。そこでだ、俺はお前の気の済む解決策を思いついた」

 土下座するピーターに、目を白黒させて近づこうとするサーカは、鼻息荒く返事をする。

「ほうっ! では言え! 十秒以内に言え! 直ぐに言え!」

「罰としてピーターもアンデッド退治に連れていくんだよ。地下墓地って大概、墓荒らし対策のトラップがあるだろ? ピーターは・・・」

 俺はサーカを押さえつつも鑑定の指輪を付けた右手を伸ばしてピーターを触る。

「ビンゴ!盗賊だ。罠外しは得意だろうよ」

 サーカの体から力が抜けて、私刑執行の行進は止まる。

「はぁ? ピーターもだと? その言い方だとオビオも地下墓地に行くという事になるではないかっ!」

「そだけど? 勿論、俺が行けば、お前もついて来ないといけない。来ないと任務放棄で、シルビィ様の名と騎士としての名誉も傷つくぞ」

「はぁ? はぁぁぁ? なんで私まで!」

「光魔法が得意だろ? 確かお前の属性は光と土だったか? しかもこないだ【火球】を覚えたじゃん。俺に火傷させた【火球】(負い目を感じろ!)。その火の魔法はアンデッドに、有効ってのはお決まりだろ?」

「【火球】は肉の身を持つアンデッドだけに有効だ。ゴースト系には然程効果がない。しかも私の火魔法は、練度が低い。【光玉】の方がゴーストにダメージを与える」

「じゃあそれでいいじゃねぇか。行くぞ。ここでモタモタしてたら日が暮れる。行こうか、トウスさん。それから、ピーター君も」

「ああ、腹が立つ!」

 手をワキワキさせて憤るサーカ、ざまぁぁぁ! トウスさんには子供がいるんだぞ! 放っておけるか!

 突然、後ろから泣き叫ぶ声が聞こえる。

 振り返ると、いつの間にかピーター君がそばかすのある顔を青くして、シスターに縋っていた。

「地下墓地になんて行ったら、僕死んじゃうよ! 死んじゃうってばぁ!」

「あんた一人称は俺でしょうが! こんな時だけカワイコぶってんじゃないよっ! 同族で種族特性は効果ないよ! 馬鹿タレ! さっさと行きな!」

「なんだ? 種族特性って?」

 俺はトウスさんに訊くと、トウスさんも大して知らなかったのか、しどろもどろ答えた。

「えーっと。あーー。あ、そうそう。そういや地走り族やノームは、敵対心を下げたり、他種族を魅了する特性があるって聞いたことがあるな。それ以外は知らねぇ」

「へぇ~。(じゃあ俺がフランちゃんに魅了されたのも、そういう事かな? はぁ・・・。可愛かったなぁ、フランちゃん。今度会いにいこ・・・)」

「悪いな、オビオ。正直言うと、お前やピーターはともかく、アンデッドに強い騎士様がついて来てくれるのは嬉しいぜ」

「あまりサーカには期待しないでくれ、トウスさん。彼女はすぐに魔法を使い切って、昨夜みたいになるからさ・・・」

 サーカは魔法が尽きると弱気になるのではなくて、子供返りするのではなかろうか、と俺は思考えている。

 幼い時に母親から十分な愛情を受けていない人がたまにそうなるらしい。寝ぼけて俺のおっぱいを吸っていたのもそういう事だろうな。

 そういや、俺はまだボクサーパンツ一枚きりなんだったわ。商店街で大きな黒いマントを買って、全身を隠してるけど・・・。防御力、低すぎだろ・・・。ビキニアーマーより低いぞ、きっと。

 子供返りするサーカにも手柄を立てさせてやりたい。手柄を立てさせれば、自信もついて、変な癖も治るかもしれないしさ。そのためには何とかして、魔法を一気に使い切る癖を直させないと・・・。

 逃げようとして、俺を猫のように引っ掻いて足掻くピーター君を抱きかかえて、地下墓地の入り口まで来た。

 霊廟の奥に続く地下への暗い階段を見て、ピーター君が煩く喚く。

「やだぁ! やだよぉ! お化け怖いよぉ!」

 哀れみを誘うようなその嘆きを無視して、感性特化型地球人である俺は、この先酷い出来事が待ち受けているかどうかを自分の勘に問うてみた。答えは・・・。

(なんだかいけそうな気がするぅ~♪)

 だった。よし! だったら行くぞ! 信じたからな俺の勘!
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