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股間をまさぐられる

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 いきなりやって来たこのピンチ。徐々に騎士たちの目が半眼になり殺意が宿る中、果たして俺は上手く誤魔化せるだろうか? 無理だな。そこまでの交渉力は俺にない。

 普段嘘をつくのを極力避けているのに、こういう時に限って俺はやらかしてしまうんだ。・・・仕方ない正直に言おう。

「すみません・・・。嘘をついていました。鍋はマジックアイテムではありません。ごめんなさい、調子に乗りました」

 俺はそう言って頭を深々と下げた。

 頼む、伝わってくれ! 俺の誠意!

 おや? 反応が薄い・・・・。皆きょとんとしてるな。フランちゃんが口を押えて笑いを堪えている。どういう事?

 エリムス隊長も驚いている。いや、呆れているというべきか・・・。

「そんな根っこの部分で嘘をついていたのかね・・・。そもそもその鍋はマジックアイテムではない、と・・・。であれば影人云々の疑いも、意味をなさなくなるな・・・。ふむ、【読心】でも君が嘘をついていない事が解る。いいかね、時の魔法は影人という稀なる種族にしか使えない。その影人の住処を探すのは、熟練のウィザードやレンジャーでも難しい。影人は世の理の外にいて、我々の常識が通用しない世界の住人だ。余程の幸運か実力がないと探し出せないのだ。噂によると、影人を見つけた者は、彼らに選ばれて招かれているとも言われている。影人に選ばれるうような者は、どう考えても只者ではない。ただのオーガの料理人が影人と関わりがあるという事は、まずあり得ないのだ。そうなると闇側のスパイを疑ってしまうのは至極当然。これからは嘘はつかない事だ。気の短い貴族であれば、無言で杖を構えて君を攻撃をしていただろう」

「はい、すみませんでした」

「じゃあその鍋はなんだったのぉ? オビオ」

 のんびりとしたフランちゃんの声は場を和ませるし、俺の心を落ち着かせてくれる。ありがたい。

「圧力鍋と言います。空気や水が逃げないようにしっかりと蓋をした鍋で、蒸気の圧力で水の沸点を高めるように出来ているのです。そうする事によって水の温度を限界以上まで上げて、短時間で肉を柔らかく煮る事ができます」

「オビオが、ヒジリかノームみたいな事いってるわぁ。ほら、お姉ちゃんなんて全く理解できないから、口を開けて間抜け面してるじゃないのぉ・・・」

「なによ! 間抜け面なんてしてないわよ! フランの馬鹿!」

 お、さっきまでの重い空気はどこへやら、笑いが起きて一気に場が明るくなった! サヴェリフェ姉妹に感謝!

「おそらくはノームの島から巡ってきた鍋を買ったのだろう。さぁ食事に戻ろう。どれ、鬼イノシシのホロホロ煮とやらを頂こうか」

 ほっ! 何とかなったぞ! 肉は少し冷めてしまったがエリムス隊長はそんな事は気にせずナイフとフォークで崩れるホロホロ煮を器用に口に運んだ。

「おお! 柔らかい! オビオ君の説明通りよく煮込んである! 甘辛い変わった味付けで、口の中で蕩けるように消えてしまった。一緒に煮た味のよく染みたジャガイモもねっとりとしてこれまた美味しい! 肉はあまり好きではなかったが、これなら平気だ」

 やった! 高評価だ! 料理人としてこの瞬間が嬉しい! それに醤油味を違和感なく受け入れてくれたぞ!

「ほんとぉ! 茶色くて味付けの濃そうな見た目だけど丁度良い味! よく煮たビーフシチューのお肉よりも美味しいわぁ!」

 フランちゃんも大喜び。料理人をしてて一番嬉しい瞬間だ。

「喜んでいただけて何よりです!」

 料理は凄い。美味しい料理を食べてもらえればこうやって場の空気を明るくしてくれる。ある意味魔法だよ。

「さて場が和んで諸君らも頭もこの肉のように柔らかくなった事だろう。塔の件でこうすればいいという案があるなら気軽に入り口の突破方法を提案してくれないか?」

 エリムス閣下・・・。また空気がひんやりしましたよ。考えるか食べるかにしてください。

「えーっと。いいですか? エリムス様」

 お、タスネ子爵に何か良い提案があるのか?

「うむ、どうぞ子爵殿」

「恥ずかしながら私の警戒が足りなかったせいで、野営地までの街道で食料を載せた馬車がゴブリンに襲撃されています。彼らが襲撃した食料を塔に運び入れるには、どこかに塔への出入り口があるはずです。それを探して少数で侵入し、塔の正面入り口を開けてはどうでしょうか?」

「私もそう考えて、既にレンジャーに探させたが秘密の出入り口の発見には至っていない」

 ですよねー。隊長なんだからそれぐらい即座に思いつくよね。

 一生懸命知恵を絞って出した案が空振りに終わったタスネ子爵がしょんぼりしてて可愛い。

 サーカが手を上げた。この性格の悪い女の案は、如何ほどのものか。どうせ糞みたいな案なんじゃないのか?

「もう一度ゴブリンに食料を積んだ馬車を襲撃させてみては? 食料を得て気が緩んでいる奴らの後を追うのは造作もないことでしょう、閣下・・・いや、あ、兄上」

 ん? なんか嫌な予感がするな。何でサーカの視線が俺に向いているんだ?

 よせよせ、なんとなくだが考えは解ってるぞ! やべぇ! 話題をそらさなければ!

「あの、料理人の分際で会議に口を挟むのは恐縮なのですが、どうして塔の入り口は突破できないのでしょうか? あの大きな人型兵器で無理やり扉をぶち破ればいいじゃないですか」

 おっと! やはり騎士達の視線が痛い。オーガ如きが話を中断させるなといった感じの視線だ。でも俺は断固として言わせてもらう。サーカの提案とは俺と俺の料理を使ってゴブリンをおびき出すという作戦だろう? そうはさせないからな!

「扉には呪いがかかっているのだよ、オビオ君」

 お、流石は隊長。度量が広い。説明してくれるのか。

「呪い?」

「試練の塔は魔法使い見習いが正式な魔法使いになるための試験を受ける場所なのだ。しかし、この過去から続く古い試練は命がけなのでメイジ見習いにとって負担が大きかった。そこで樹族国は魔法院を設立しメイジ育成に力を入れて、安全にメイジとして巣立ちできるようなシステムを作り出したのだが・・・」

「じゃあ試練の塔は、長い間使われていなかったわけですね?」

「うむ。しかし魔法院院長の反逆で魔法院は閉鎖され、代わりにまたこの塔が使われるようになったのだ。昔と同じような試練を挑ませるのは酷だ、というシュラス国王陛下の計らいで、入り口を開けて難易度を下げておいたのだ。本来なら入り口は塞がっており、メイジ見習いの資質を扉自体が見抜いてくれる。資質のないものはその場で弾き飛ばされて重傷を負う事もあり、下手をすれば死ぬこともあるのだ。そこでゴブリンどもが閉めた扉を開けるべく、シルビィ様の指揮下にあるクローネ鉄傀儡団をここに寄越してもらった。鉄傀儡は魔法抵抗力が高いのでな。扉の呪いに抗って扉を突破できるのではないかと予想したのだが、残念な事に貴重な鉄傀儡を一体中破させてしまった・・・」

 ミャロスさんやモッコスさんのロボットは鉄傀儡と呼ぶのか。なるほど。ファンタジーの世界なのに人型兵器がいる・・・。

 どうでもいいけどファンタジーにロボットが出てくるのを嫌う純ファンタジーマニアもいるよな・・・。俺もハイファンタジーのが好きだわ。

「メイジ見習いを呼んで扉を開けさせたらどうです?」

「近づけば塔の上からホブゴブリンの弓矢や塔内の貴重なスクロールの魔法が雨霰と降ってくるだろう。流石に魔法は【弓矢そらし】の魔法では防ぎきれない。【魔法障壁】を唱えられる高位のメイジはここにはいないしな。更に扉が資質を認めなかった場合、見習いメイジは呪いと矢とマジックアイテムの攻撃で死ぬ事になる。誰がそんな危険な任務を引き受けるというのか。樹族国ではメイジを本職として目指す者の多くが貴族だ。騎士でもない彼らを危険に晒すと、反王政派のつけ入る材料となってしまう」

 また沈黙。サーカが話を戻そうとしていたが、その前にタスネ子爵が口を開いた。

「そういえば、シルビィ様に聞いたけど、オビオって付魔師の素質があったよね? オーガは私たちより生命力が高いし、弓矢や魔法に耐えて案外扉を開けられるんじゃないの?」

 何ちゅう恐ろしい事をサクッと言うんだ、タスネ子爵! それならサーカの提案の方がまだましだ!

「・・・」

 ちょ!エリムス隊長まで考え込んで、じっとこっちを見ないでくださいよ!

「やってくれるか?」

 なんだよ、エリムス隊長! その嘘くさい憂いを籠めた目は! やりませんよ! 俺は戦闘経験なんて殆どないんですよ! 鬼イノシシをまぐれで二匹倒しただけですし!

「彼は案外運命の神に気に入られているかもしれませんよ。鬼イノシシを倒した時も運が良かった」

 サーカこの野郎、バカ野郎。またニヤニヤしてやがる!

「ああ、きっと大丈夫だ。フラン殿に補助魔法を十分にかけてもらえば何とかなるだろう。それに怪我をしたら即座に治してくれる。彼女は滅多にいない聖騎士見習いだからな。噂では僧侶よりも癒しの効果は上だと聞いた」

 え? そうなの? 聖騎士見習いってそんなに凄いの?

「もぉ持ち上げないでよぉ、サーカさん。オビオ、無理なら断ってもいいのよ」

 フランちゃんって俺よりも年下だよな? なんだこの抗いがたいセクシーな大人の魅力は。なんだか断れないな。断ったら男としての株が下がるような気がするし、彼女の為に何かしたいって気持ちが強い。それに不思議と凄く頑張れるような気がしてきた。

「や、やります! 俺、フランちゃんの為にやります!」

 言ってもたー! フランちゃんの色香に負けたー! というかフランちゃんって馴れ馴れしく呼んでしまった! 俺の脳にある感情抑制チップが働いていないのかー!

「よく決心してくれた! 非戦闘員である君にこんな危険な事をさせるのは気が引けるのだが・・・。手っ取り早い手段が他にない。全力で君をバックアップするので頼んだ」

「嬉しい! オビオ!」

 おひょー! フランちゃんがホッペにキスしてくれた! やる気がMAXだわ! 作戦が成功したらまたキスしてくれるかな?

「あー、フランが他のオーガにキスした―! ヒジリに言ってやろー」

「ちょっとぉ!これはそういうのじゃないから! お姉ちゃんの告げ口魔!」

 また笑いが起きている。二人は空気を明るくする天才だな。大神聖は毎日フランちゃんにキスしてもらってるのか? くぅ~! ちょっと俺よりもハンサムだからってズルイぞ!

 待て待て、落ち着け俺。これはゲームの中の話だ。

 きっとこの違法空間の中には俺の体内制御チップの機能を弱める何かがあるんだ。そしてクエストを強引に受けさせる効果もな!そういう事にしておこう・・・。

「では、午後からは子爵は魔物と数名の傭兵を連れて裏口の捜索を。我々は正面突破作戦を開始する」

 引き受けた以上はクエストクリアを目指すしかないな・・・。もし死んだらどうなるのだろうか? とまた考えてしまった。俺、地球でもまだ死んだことがないんだよなぁ・・・。でもくよくよ考えていても仕方ねぇ。やるだけやってみるさ。





 拝啓、地球にいる母上。俺は今、雨霰のように矢が降る中、大きな中華鍋で頭と体を守りながら走っています。

 ・・・なんて馬鹿な事言ってる余裕なんてねぇ! 怖い怖い怖い! 頭に掲げた中華鍋からやじりの当たる音が伝わって頭骨に響く!

 これでも【弓矢そらし】の魔法がかかっているそうだ。くそったれのゴブリンどもめ! どこでその無限とも思える矢を補給してんだよ。きっと塔の中のマジックアイテムかなんかで増殖させているのだろうな。

 ―――ドサッ!―――

 やだ! 塔の屋上から頭を射抜かれたホブゴブリンが落ちてきた!

 落ちてきた死体がもうちょっとで俺に当たるところだったじゃないか! 振り返ると、木の陰でさっき料理の解説役をしていたレンジャーがサムアップしてる。おめぇが射止めたのか! 危ないだろうがー!

 人型兵器・・・鉄傀儡は何やってんだ? 矢から俺を守ってくれてるのは有難いけど・・・。もっと有効な戦い方はないのか?

「モッコスさん! ミサイルとかレーザービームとかないの? それで塔の上から顔を出してるゴブリン達を一掃できない?」

「ミサイル・・・? ああ、爆弾花火の事? あれは在庫が少ないから持って来てないわよ。というかあんなの使ったら塔が滅茶苦茶になっちゃうじゃない! 滅茶苦茶にしていいのは夜に乱れる私だけよ! んもう!」

 こんな時に何言ってんだ、このオカマ。それにしても樹族の下ネタ率の高さよ・・・。そんな事はどうでもいい! 走れ、俺!

 よし! あとちょっとで塔の門!門前にはひさしがあるからその下に入ってしまえば矢は当たらない!

 ひえぇぇ! 門まであとちょっとの所で庇の上の窓から大きなホブゴブリンが二人飛び降りてきましたよ! レンジャーさん! 射抜いてやってくださーい!

 と言っている内に後方から俺の耳を掠めて矢が飛び、ホブゴブリンに命中した。が、命中しただけだった。貫通はしていない。バリアみたいなのに守られているぞ! きっとホブゴブリンが着ている外套だ! あれが矢を弾いているんだ! 塔に置いてあった魔法の外套を着たのか? みすぼらしい格好のあいつらが最初から持ってたとは思えない。

 俺より背が低いとはいえ、戦士であるホブゴブリン相手にまともに戦えるはずもなく、俺は素早く鉄傀儡の後ろに隠れた。ロケート団のお二方、ホブゴブリンのお相手をお願いします。

「それではモッコスさん、ミャロスさん。後は頼みましたよぉ!」

 ちょっとフリー〇の声真似して言ってみた。

「任せてぇ」

「任せるニャ!」

 ―――ドカッ!―――

 え! うそ!鉄傀儡つええ! パンチの一撃でホブゴブリンをノックダウンさせた。

 ミャロスさんがミャロミャロ笑ってる!

「凄いじゃないですか! ミャロスさんにモッコスさん!」

「ニャフフ。凄いじゃないですかと言われれば、答えてあげるが世の情け! 世界の平和を守るため・・・」

 おい! 止めろ! 急になにトチ狂ってんだ! それ以上そのセリフを言うんじゃねぇ! 任〇堂は41世紀にも存在するんだぞ! 何でそのセリフを知っているんだ! そうか! あいつか! ヒジリか! 奴が教えたのか!

 あーあー聞こえないー。俺は耳を塞いだ。塞いでから数秒。鉄傀儡はその間も雨のような矢や魔法を受けているが平気だった。

「にゃーんてな!」

「そぉぉナンス!」

 とうとう最後まで言いやがった! ポケモ〇ネタはゲーム制作者の趣味か?

「オビオぉ~! 今よ~。扉に触れてみて~!」

 緊張の走る戦場に似つかわしくないのんびりした声。後ろからフランちゃんの声がする。

 ってか、いつの間にか挟撃状態になってる。前にも後ろにもゴブリンゴブリン!

 それにしても、ゴブリン達はどこに潜んでいたんだよ! フランちゃんが傭兵達と共に退路を守って激しく戦ってるじゃないか!

 というかフランちゃん強ぇ! 味方の防御と回復・自身の回避・攻撃を卒なくこなしてる! 普段はのんびりした雰囲気なのに・・・。

 フランちゃんが頑張っているのに、他の騎士達はどうした?

 ん? そうか・・・。騎士達は塔の中から次々と転移してくるホブゴブリン達を相手にしていたのか。

 くっそ! もう殆ど乱戦だな! さっさと扉を開けるぞ! よし! 扉にタァァッチ!

「・・・」

 なにーー! 塔の両開きの扉が簡単に開いた!

 想像では扉から「よくぞ来た、メイジの卵よ」的な重々しく厳かな声が聞こえるのかと思ったけど、普通に何事もなくパカッて開いたぞ、おい。

 でもそれが意味するものは・・・そう! 俺にも魔法の才能があるって事か! やったぞ!

 俺は扉が開いた事を伝えるべく大きな声で叫んだ。

「エリムス隊長ぉぉぉ! 塔の扉、開きましたーー!!」

 遠くで魔法と接近戦で奮戦する隊長が、俺の声に応じた。

「でかした! だが塔の中にもゴブリンがいる! 気を付けたまえよ!」

 気を付けろったって、鉄傀儡は沢山のゴブリン相手に扉前で戦ってるし、引き下がろうにも危なくて無理だ。俺はどうすればいいんだ? もう役目を終えただろ!

 結局、扉を開かなくても、どこからともなく塔の中からゴブリンがわんさか出てくるのだったら、俺が必死こいて扉を開ける必要はなかったのでは?!

「ギキャーーー!!」

 ゴブリンがダガー片手に飛び掛かってきた! 料理人である俺に出来る事はこれだけだ!

 女の子みたいな悲鳴を上げる!!

「キャーー!」

 ―――ズチャッ!―――

 何やら湿った音がしたので恐怖で閉じた目を開けてみると、俺を襲おうとしていたゴブリンの眉間に光の矢が深々と刺さっていた。ゴブリンはその場に崩れ落ちて動かなくなった。

 やった! 魔法だ! 騎士の援護が来た!誰だ? フランちゃんか?

「情けない悲鳴だな? オーガのくせして」

 くそ! こいつか! サーカか!

 サーカのニヤケ顔を見て、急激に怒りの湧いた俺は、襲ってくるゴブリンの長い鼻を中華鍋で叩き、腰に差していた鉄のお玉を振り回して小さな鬼達を威嚇する。

「なんだよ! 外にうじゃうじゃとゴブリン達が出てくるなら、扉を開けた意味なんてなかったじゃないか!」

「ああ、無駄な努力だったな。と言いたいところだが、そうとも言い切れない。恐らくお前の能力値を見る事ができるシャーマンがゴブリンの中にいたのだろう。魔法の資質がある奴隷オーガが扉に接近してきたので焦ってゴブリンを一気に外に出してきた、といったところだ。この異世界のゴブリン達は妙に賢しい。こっちの作戦を見抜いたり、塔内にある仕掛けやマジックアイテムの使い方を理解していたりと。ロケート団の鉄傀儡が来ていなかったら我々は案外負けていたかもしれん。死ぬなよ、オビオ」

 お、おう。なんだよ。心配してくれるのかよ。

「お前に死なれたら作戦終了後の美味しいディナーが食べられなくなるからな。今夜の祝杯用の酒と食事は用意してあるのだろう?」

 俺の事よりも晩飯の心配か! 胸をトゥクンと鳴らして損したわ!

「ああ、勿論! 俺の料理を食べた皆が喜ぶ姿を見るまでは死ぬ気はないさ! この作戦が終わったら俺のとっておきの酒を皆に振る舞ってやるよ」

 よし、俺がこの戦いで生き延びたならば灘の名水で作られた日本酒の入った樽を割るか・・・。田中に料理酒として貰ったはいいが勿体なくて使えなかったんだよな・・・。ずっと亜空間に漂わせているぐらいだったら振る舞った方がいい。

「それはやる気が出てくる。ただ『この戦いが終わったら』云々は死亡フラグだから気を付けるのだな」

「うるせぇ!」

 サーカの嫌味やニヤニヤ顔を見て、怒りが恐怖心を上回っていく。

 俺はゴブリンのダガーによる必殺の突きを中華鍋で弾き、お返しにお玉の一撃を脳天に叩き込んだ。

「どうだ、ゴブリンめ! 俺の鉄のお玉でも1D8くらいの攻撃力はあるだろ!」

「やるな、オビオ。敵の攻撃をよく見ている。オーガは目が良いのだな」

 オーガというか、我々地球人は大体動体視力と反射神経に優れている。恐怖さえ克服すれば小鬼なんて!

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「うわぁぁ!」

 嗚呼! 刺された! これから華麗なる反撃をする予定だったのに! 出鼻をくじかれた! 痛いけどその前になんか悔しい! こんのぉ!

「俺は料理人なんだぞ! 非戦闘員なんだから優しくしろ!」

 ヘラヘラ笑うゴブリン達の横っ面をお玉で薙ぎ払うと、奴らは纏めて吹き飛んでいった。

「ざまぁみろ!」

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「不味いな・・・。いつの間にか私たちは扉から遠ざかってしまったようだ」

 うぉ! ほんとだ! 塔の螺旋階段の下まで追い込まれていた! 魔法の壁が消えれば一斉に襲われるな、こりゃ。ゲームオーバーか?

「螺旋階段の下なんて味方も気が付きにくいし、救援は当てにできないぞ・・・」

 魔法使いっぽいゴブリンが奇声を上げると、障壁の向こう側にいる殆どのゴブリンたちが別の場所へ移動していった。あいつがリーダーなのか?

「ゴブリンシャーマンか・・・。接近戦もそこそこできる上に、呪いで相手の能力を下げる事もできる。更に簡単な回復もできる」

「万能じゃないか・・・」

「まぁどれも本職に比べたら中途半端だがな。それでも厄介な事に変わりはない。どうやらシャーマンは自分だけで我々の相手ができると思っているようだ。舐められたものだな。まぁ相方が役立たずの料理人だし仕方がないか」

 一々癪に障るな、この女。

「ぐぁ!」

 ん? 急にサーカが苦しみだしたぞ? 天罰か? 天罰が下ったのか。何か知らんがサーカが胸を押さえて苦しみだした。

「どうした?」

「シャーマンの呪いだ。ジワジワと体力を奪っている」

 おい、くそ。この場で唯一の戦闘員がこれでは心許無い。俺は思い切って塔の外にいる味方に呼び掛けた。

「おーーい! 誰か! 援護に来てくれ!」

「ギッキャッキャ!」

 くそ! 何が可笑しいんだよ! 落ち武者みたいな頭を揺らして笑うな! ゴブリンシャーマン!

「無駄だ。奴は私達を弄んでいる。周囲に防音のフィールドが貼られているだろう? 【聞こえずの野】という呪術師の魔法だ。フィールド内の音や声は外に漏れない・・・。グッ! ハァハァ」

「奴はなぜ、俺に魔法攻撃を仕掛けてこないんだ?」

「いやお前にも【蝕み】がかかっているはずだ。レジストしたのだろう。一応苦しむふりをしておけ。効果が地味な魔法はキャストした者でも効果があるのかどうか判断するのが難しい」

 俺はサーカに言われた通り、片膝を突いてお腹を押さえ苦しむふりをした。

「ぐぉぉ! ぐぉっ! ぐひひぃ! へけっ!」

「大根役者が・・・」

 苦しんでいる時でさえ悪口は止まらないのですね、サーカさん。

「でもほら、シャーマンが油断してるぞ。サーカみたいにニヤニヤしながら仕込み杖を抜いて近づいて来る!」

「馬鹿め! 私にはまだ魔法が残っているぞ! 油断したな、ゴブリンめ!」

 サーカがワンドを振るとさっきゴブリンの額を貫いた【光の矢】がゴブリンシャーマン目掛けて飛んだ。

 しかし光の矢は笑う小鬼の額に命中すれど、小さな突傷を作っただけだった。

「なんてことだ・・・。レジストされてしまった・・・! ひいぃぃ! 来るな! 来るな!」

 わっ! どうした! 突然サーカが混乱しだした! ワンドを振っているけど魔法は出ていないぞ。

「魔法がもう・・・ない! さっきの【光の矢】で最後だったんだ! ・・・オビオ! 私を守ってくれ! 私はここで死ぬわけにはいかん! 名を上げてジブリット家に認めてもらい、母上と一緒に受け入れてもらうのだ! だからここで死ぬわけにはいかない!」

 おいおい! あんたは俺を守ってくれるんじゃなかったのか? 見ろ! あんたの狼狽で、魔法の壁が消えていく! その向こうでゴブリンシャーマンが小躍りをしてるぞ!

 ひえ! それになんかシャーマンの顔が上気している。もしかしてこれからクッコロ的な状況になるのか? このままではサーカがゴブリンに18禁な事をされてしまう! ってかこのゲーム、エロゲーじゃないだろうな?

「騎士のあんたがそんなでどうするんだよ! くそ! サーカ、俺の後ろに下がれ!」

 中華鍋で攻撃を防げば少しは時間が稼げるだろう。その間にサーカはMPとか回復できるんじゃないの? マジックポーション的な何かで。

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「あの・・・シャーマンさん! エッチな事は良くないと思います!」

 俺は中華鍋から少しだけ顔を出してゴブリンに注意してみた。

 勿論、言葉が通じるわけもなく・・・。

「キエェェェ!」

 うわぁぁ! 飛びかかってきた!

 ってあれ? 俺の体に抱き着いてる? と同時にどこからともなく魔法のロープが現れて俺の体を拘束した。

「なにこれ、なんだか体が動かないのですが?」

「ほ、【捕縛】の魔法だ。私にもかかってしまった・・・。助けてぇ」

 なんです、その弱々しい子犬のような声。ちょっと可愛い。それにしてもゴブリンの視線は確実に俺のナニに注がれているのですが・・・。頬を赤く染めて・・・間違いなく興奮してますよね、これ・・・。

「男色の気があるのかな・・・このゴブリン・・・」

「馬鹿か・・・。そいつは・・・メスだ・・・」
 
「なんですとーーーっ! というかここは生死を分ける戦いの場だよな? そんな場所で欲情したりする? 普通?」

「霧の向こうのゴブリンとはそういう生き物だ。場所なんて関係ない。腹が減ったら食べ、欲情したら誰かを襲う」

「生死を分ける戦いの場で、精子を分けてくださいってか!」

「ふざけた事を言っているが、オビオは現状を分かってるのか? 奴が満足したら我々は用済みだ。待つのは無抵抗のまま迎える死のみだ! あぁ・・・!私たちはもうおしまいだぁ~! オーガなんかと最期を共にしたくなかった! ふぇぇ!」

 くっそ、ほんっと情けない騎士様だな。

 なんでかは知らないが、サーカはなんでここまで弱気になってんだろうか? 突然おかしくなったな。

 それにしても・・・ええい、俺の股間をまさぐるんじゃない! ゴブリンめ! 地球人の殆どが接触交配なんてしないからそう簡単におっきおっきはしないぞ!

「早く大きくしろ! オビオ! 不能者だと知られると殺されるぞ!」

 この糞騎士! 俺がいまどんだけ辱めを受けているかわからないのか!

「どの道、殺されるでしょうが。お、片手が動く。よし・・・これはチャンスだぞ、何か考えろ、俺! 現状打破の糸口を見つけるんだ、さぁ早くしろ! 俺!」

 俺は声に出して必死になって自分を励ました。そのせいか、頭の中で種が割れるような感覚、或いはピリリーンと閃きの音が聞こえたような気がする。あくまで気がしただけだ。

 ポクポク・・・チーン!

 意に反して木魚のような音だったが・・・キタァァァ! 閃いた! やれる! 俺、天才!
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

クラス転移で裏切られた「無」職の俺は世界を変える

ジャック
ファンタジー
私立三界高校2年3組において司馬は孤立する。このクラスにおいて王角龍騎というリーダーシップのあるイケメンと学園2大美女と呼ばれる住野桜と清水桃花が居るクラスであった。司馬に唯一話しかけるのが桜であり、クラスはそれを疎ましく思っていた。そんなある日クラスが異世界のラクル帝国へ転生してしまう。勇者、賢者、聖女、剣聖、など強い職業がクラスで選ばれる中司馬は無であり、属性も無であった。1人弱い中帝国で過ごす。そんなある日、八大ダンジョンと呼ばれるラギルダンジョンに挑む。そこで、帝国となかまに裏切りを受け─ これは、全てに絶望したこの世界で唯一の「無」職の少年がどん底からはい上がり、世界を変えるまでの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 カクヨム様、小説家になろう様にも連載させてもらっています。

3521回目の異世界転生 〜無双人生にも飽き飽きしてきたので目立たぬように生きていきます〜

I.G
ファンタジー
神様と名乗るおじいさんに転生させられること3521回。 レベル、ステータス、その他もろもろ 最強の力を身につけてきた服部隼人いう名の転生者がいた。 彼の役目は異世界の危機を救うこと。 異世界の危機を救っては、また別の異世界へと転生を繰り返す日々を送っていた。 彼はそんな人生で何よりも 人との別れの連続が辛かった。 だから彼は誰とも仲良くならないように、目立たない回復職で、ほそぼそと異世界を救おうと決意する。 しかし、彼は自分の強さを強すぎる が故に、隠しきることができない。 そしてまた、この異世界でも、 服部隼人の強さが人々にばれていく のだった。

微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する

こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」 そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。 だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。 「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」 窮地に追い込まれたフォーレスト。 だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。 こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。 これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。

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