殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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突き刺さる刀

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 この小さなゴブリンにとって、魔法の星の運命を担うその役割は、重圧以外のなにものでもない。

 下界に降りれば、ヤンスは冒険者として、かなりの実力者だが、それ以上の存在ではない。と俺の悪魔の目が見透かしている。

「おめぇ、以前と比べて殆ど成長していねぇな。ベテラン詩人のままだ。世界が変わって、詩人以上の力が出せないのも分かる。でもよぉ・・・。そうやって、突っ立って俺の最期を見届ける事が神の仕事なのか? 俺ぁなんとなくわかったぜ。この世の中で一番の悪人がな。それは俺たちを弄んでいたコズミック・ペンなどではなく、お前のような中途半端な力を持つ善人だ」

「否定はしないでヤンス。いずれその責任を取る日が来ると、自分は知っているでヤンスから・・・」

「お前はそれでいいのか? 重い腰を上げて、ようやっとアヌンナキのシステムに歯向かったのに、今度はウンモの輪廻転生システムに従っているじゃねぇか。それに魔筆から聞いたぞ。ヒジリはお前が地球から召喚した理想の英雄らしいな? 結局、お前は、いつも誰かの後ろでコソコソやってるだけの臆病者なんだよ」

 俺の言葉にヤンスが鼻水と涙を垂らして地団駄を踏み、抗議する。

「殺人鬼にそんな事言われる筋合いはないでヤンス。ヤンスはただ! 誰も傷つけたくなかっただけでヤンスよ! 結果的に誰かを身代わりにしていたのも自覚しているでヤンス!」

「甘ぇ・・・。ッん?」

 善人で優しいがゆえに卑怯者となった運命の神に答えようとしたその時――――。体中のクラックが、記憶の太陽と神域とヤンスから情報を吸収しだした。人間だったら脳が破裂するほどの情報量だ。

「これが悪魔の力か・・・。恐ろしいな。神にも匹敵する知識じゃねぇか。いや、神以上だ。良かったなヤンス。俺が純粋な悪魔だったら、この神域を乗っ取っていただろうよ・・・」

「???」

 禿げゴブリンはキョトンとした顔でこっちを見ている。フハハ、と小さく笑って俺は本題に戻った。

「甘ぇ! おめぇはオビオ並に甘ぇよ! 俺はこの世界で最高位の悪魔だ。今頃になって物事の仕組みが分かったぜ。なぁ、お前が存在する為のエネルギーはどこから来ていると思う?」

「マ、マナからでヤンス・・・」

「そのマナ粒子は、何からできていると思うよ?」

「願う力でヤンス」

「違う! マナ粒子はあくまで人の想いに集まって作用するだけで、元々存在しているものだ。エネルギー自体は別宇宙からサカモト粒子で運ばれてきたものだ」

「それが何だって言うでヤンスか」

「そのエネルギーってぇのは、人の命も含むんだわ」

「!! 嘘でヤンス!」

「嘘じゃねぇ。この泡の世界は膨らんで弾ける。じゃあ膨らむ為のエネルギーは、一体どこから来てると思う?」

「そんな・・・」

「そう、さっきも言ったが別宇宙からだ。エネルギーを運ぶ虚無の粒子は、何に集まりやすい?」

「強い絶望・・・」

「石ころが絶望したりするか?」

「しないで・・・ヤンス」

「もう最後まで言う必要はねぇな? つまりお前も誰かの犠牲の上で成り立ってるってわけだ。誰かを傷つけずに生きるってぇのは到底無理だな。そもそもお前は詩人として間接的に誰かを支援して、傷つける手助けをしてただろうが」

 俺はこいつに支援されて強化された――――、白い獅子人の咆哮する顔を思い出しているぜ。あいつはなんて名前だったかな・・・。

 それにしても・・・。ヒヒヒ。堪んねぇぜ。俺の目の前で小さな神が絶望してやがる。

 しかし、虚無が集まるほどではねぇな・・・。

 チッ! ワンチャンスあると思ったんだがよ。

「あ、悪魔の言葉なんて、信じないでヤンス・・・」

 読心の能力はどうした? あれで俺の心を読んだらどうだ? そうすりゃ、嘘かどうかも分かるだろ。それすら失ったまったのか? ヤンスは。

「だがマナ粒子の話は神に誓って本当だぜ? ヒヒヒ。結局この世は弱肉強食の世界ってことだぁな」

 俺は両手の爪を擦り合わせたあと、大仰に腕を広げる。

「さぁ世界に抗え、ヤンス」

「でもどうやって・・・」

「神が与えし能力のような、デタラメなパワーはこの世から消えたが、神であるお前は消えていねぇ。ってこたぁよ、神のシステムはまだ生きているって事だ。以前、俺の体に付着する正の力を使って願い事を叶えただろ? あれをもう一回やってくれりゃあいいんだよ」

「で、できるでヤンスかなぁ・・・。確かにキリマルには感謝の念が付き纏っているでヤンス。悪魔のくせにぃ・・・」

「いいから早くやれ! 富井副部長みたいな声で悔しがるな」

「くぉら! キリマル! 神様を敬え!」

「いいから、さっさとしろ! ほら! 水晶を見てみろ! ビャクヤが魔物の数に押され始めただろうが。あいつはメイジとしては闇魔女よりも秀でているが、それは所詮メイジとしての話だ。魔物の中には、魔法耐性のあるものもいる。砦の門を守っているリンネたちも限界が近い。俺様が行くしかねぇんだ」

「本当にヤンスには、まだ神の力が残っているでヤンスか?」

 眼鏡ゴブリンは片手をじっと見つめている。たまに猫がこういう仕草するよな。

「そんな小芝居は要らねぇんだよ。さっさとしろ」

「でも・・・。見えないんでヤンス! 自分の手に宿っていた神気が!」

 かぁぁ! イライラするぜぇ! 自信のない奴は、いざって時に力を発揮できねぇな!

「ぶち殺すぞ! クソ神が! いいかよく聞け! 俺はお前を信じる。悪魔であるこの俺様が! 神であるお前を信じると言ってんだ! これ以上の励ましがあるか? あ?」

 ハッした顔でヤンスは俺を見る。そして意を決したように頷くと、大きく深呼吸してから言った。

「ピエェェェ! やっぱりできないでヤンスーーッ!」

 眼前に迫る記憶の太陽を見て俺は喚いた。

「目の前のクソの塊に誓って言う。俺はまだ生まれ変わらねぇぞ! 記憶の太陽なんか、クソ喰らえだ!」




 魔物も人も水平線の向こう側から迫っていた無の――――、世界の終焉のに気づいていない。

 夜のカーテンが、無の侵攻が終わったという事実を隠してしまったのだ。

 東の狭い門では、アーマーメイジがガンとして動かない。意思が強く、常に冷静なリンネは、魔物と一対一になるような狭い場所で戦っている。

 魔法を使って牽制し、時には近くの木桶を蹴り飛ばして魔物に当てて勢いを封じ、守りの盾で自分や味方に加護を与える。

 そのアーマーメイジの真上にある櫓から、珍妙な詠唱が聞こえてきた。仮面のメイジがマントを翻して叫ぶ。

「んんん! 闇を闇で叩き潰せ! 【暗黒隕石】!」

 黒い炎を纏った隕石が、闇空の中を落ちてきて魔物たちを圧死させ、生き残ったものにはスリップダメージを与えた。

 それでも魔物たちの数は減っているように思えない。

「クッ! 彼らもッ! また! 無の侵攻から逃げるのに必死なのですッ! ここはもしかしたらッ! 文字通りッ! 最後の砦かもしれんぬッ!」

「だからと言って、魔物を砦に入れたら、俺たちが餌になっちまうだろ!」

 最前線で戦っていたドリャップは疲れたのか、西の門を他の仲間たちに任せてビャクヤの近くにやってきた。そして弓矢を引いて空から侵入してくるジャイアントバットを射抜く。

「狭い門で戦う分にはいいが、空からの侵入者は困るなぁ? メイジってのは詠唱中、無防備なんだしよ。なぁ偉大なる魔法使いさん?」

「如何にもッ! 吾輩の詠唱時間は短いとはいえ、魔物もそのタイミングを見透かしていますねッ! ナイスフォローッ! ドリャップん」

「しかし、リンネもすげぇな。さっきから大盾一つで敵を撃退しているぜ」

「は? な、なんですとーッ!」

 ビャクヤの顔から血の気が引く。と言っても仮面の上に書かれた落書きのような顔からだが。

「どした?」

「リンネは騎士のように堅牢でッ! 丈夫ですがッ! とはいえッ! メイジですからッ! 盾だけでッ! 戦いだしたのならばッ! それは魔法が尽きた証拠ッ! 魔法が尽きたらッ! ちゃんと合図するように言ったのにッ!」

「どうやら彼女の悪い癖が出たようだな」

 ギリギリまで頑張ろうとするリンネの性格が裏目に出た。

「やべぇぞ! ビャクヤ! サイクロプスが他の魔物を弾いて突進してきてる! ありゃあ、リンネだけで止めるのは無理だ」

「はわわわ! ろけーしょん☆んんんムーブゥッ!」

 ビャクヤは魔物に対する威嚇用の幻影をその場に残して、真下の門にいるリンネの近くまで転移する。櫓から飛び降りる時間も惜しいと思えるほど、サイクロプスの突進は速かったのだ。

「ぬああああ! 我が愛しのリンネを守りたまえッ! 間に合えッ! リフレクトマント!」

 覚醒して灰色に光るビャクヤは、リンネの前でマントを広げてサイクロプスの突進を受け止めた。

 が――――。

「げふぅ!」

「きゃあ!」

 リフレクトマントはあらゆる物理攻撃から守ってくれるが、ダメージのない衝撃からは身を守ってくれない。

 ビャクヤもリンネも何トンもあるサイクロプスのタックルで生命点こそ失わなかったものの、砦の真ん中にある広場まで吹き飛ばされて背中から着地する。

 門前ががら空きになった事で、魔物たちが頭の上で手を叩いて喜んでいる。

「グキャアアア! げヒッ! げヒッ!」

「クッ! まさかッ! ここまで魔物が多いとは思っていませんでしたッ! 不覚ッ! こうなったら最後の手段ッ!」

 ビャクヤが素早く跳ね起きて、手のひらの上に虚無の渦を作ろうとしたが・・・。

「駄目!」

 リンネがそれを止める。

「しかしッ!」

「それは最後の最後よ。まだ魔法点は残っているでしょ? 魔法点が失くなるギリギリまで、虚無魔法を使わないって約束を忘れたの?」

「今はッ! ドリャップが門前を矢で牽制してくれていますがッ! 矢がなくなったらッ! 突破されるのは時間の問題ッ! 今のうちに、準備をッ!」

「駄目だったら! 門にいる魔物に向かってヤイバさん並の【氷の槍】を撃って!」

「あのようなッ! ごん太の【氷の槍】なんて撃てませんぬッ!」

「じゃあ、雲系の魔法を門前に撃って! 【雷撃】は? 一列に貫通するし!」

「駄目でんすッ! 耐性のある敵は雲を素通りしてきまんすから! 【雷撃】はサイクロプスの近くにいる雷獣が吸収してしまいマンモスッ!」

「もう! 何でもいいから撃ちなさいよ!」

「ななな、なんですか! その物言いはッ! リンネがさっさと魔法が尽きたと合図していれば、こんな事態には・・・」

 ビャクヤとリンネが言い争っていると、騒いでいた魔物の声が静かになった。

「なんですッ?」

 コォォォと音がするので、ビャクヤは夜空を見つめる。

 すると闇夜に光る黒刃が一つ、どこからともなく降ってきた。

 そしてその武器は音もなく門前の地面に突き刺さる。

「あばぁ?」

 それに興味を持ったサイクロプスが、その刀の柄に触れると慌てて手を引っ込めた。

「ぎぃひいいいいいいい!」

 単眼の巨人は頭を抱えて苦しみだし、仲間の魔物たちを滅多矢鱈と攻撃する。

「狂っだぁ! サイクロプスが狂っだぁ!」

 トロールがそう叫ぶと、魔物たちは一斉に混乱して右往左往しだした。

 その混乱の最中、刀から静かだが気迫の籠もった声が聞こえてくる。

「私は魔刀天邪鬼。事象をねじ曲げし呪いの刀。迂闊に触ると気も触れる。近寄らないほうがいい」

 刀からモヤのように黒いオーラが出て辺りを覆うと、小物の魔物が怯えて逃げだした。

「ねぇ! ビャクヤ! あれって!」

 リンネが兜を脱いで、揺れる松明の炎に照らされる刀を確かめるように見つめた。

 ビャクヤも、完成前の虚無の渦を消してリンネと抱き合って喜ぶ。

「ええ、あれはッ! アマリちゃんでんすッ! ちゃんアマリッ!」
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