殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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怒れるオビオ

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「なれば!」

 幼女の影から黒い死神のような男が勢いよく現れる。頭から足先までを魔法のレザースーツで身を包む暗黒騎士ダークが、幼女の喉元に大鎌の刃を当てた。

「おい! やめろ! 黒バッタ!」

 オビオが慌てて、つまづきそうになりながら暗黒騎士に向かう。

「動くな、料理人オビオ。我が名はダーク・マター! 黒バッタではない! 混沌が生み堕とし闇の化身である我こそ、汚れ役に最適! 止めてくれるな!」

 しかしオビオは止まらない。

 ダークの肩を右手で引っ張って、大鎌を振り下ろそうとしたその手を止めた。

 が、竜神化しているオビオよりも筋力で勝る怪力の暗黒騎士は、その程度の制止で止まるわけがない。しかし、彼の鎌はぴくりとも動かない。

(止まってくれたのか?)

 オビオの右手の中指で光る上位識別の指輪から、自動的に流れ込んでくる暗黒騎士の迷う気持ちと全ての情報が頭を巡る。

 ダーク・マターの属性は混沌(カオティック)の善(グッド)。

 誰かの支配やルールを嫌いこそすれど、根っこは善人なのだ。

 ダークに幼女は殺せないだろうとオビオは考える。が、ホッとすると同時に鳥肌が立った。

 この暗黒騎士には過去が全く無い。突然、とってつけたように現れた存在。つい最近までこの世に存在していなかったのだ。

 そんな事があるのかとオビオが動揺していると、息を呑む皆の前でダークが大鎌を投げ捨てて頭を抱えて跪く。

「むぅ・・・。我には無理である! 何の罪もない子を屠る覚悟がない! ・・・なぜだ! なぜ世界を救うのに人身御供がいるのか! キリマルだけでは十分ではないと申すのか! 禁断の魔本よ! 」

 その問いにコズミック・ノートは答えない。答える余裕がないと言うべきか。羽ばたきが明らかに遅くなっている。

 過去のない暗黒騎士を奇妙に思いながらも、オビオはダークの肩を支えて立たせると、それで良かったんだと耳元で囁いて彼の肩を叩いた。

「そうさ。こんな理不尽な事はもう沢山だ。俺はただこの星で自由に料理を振る舞いたかっただけなんだよ」

 戦う料理人は竜人化すると振り向き様に、コズミック・ノートに対して虚無のブレスを吐く。

 カッ! と音がして透明な球体が魔本を削ろうとしたが、虚無の球は少しの効果も見せずに消えてしまった。

「虚無も宇宙の理の内。ここがどこか忘れたか、オビオよ・・・」

 そう、ここは大量のマナが噴出する大穴のすぐ隣。

 不安定なサカモト粒子が開けた次元の穴を、この遺跡を満たすマナ粒子がすぐに塞いでしまうのだ。

「ちくしょおおおおお!!」

 オビオは後ろに大きくよろめくと、悔しさのあまり牙を剥き出しにして床を叩いた。半径一メートル程の凹みが出来る。

「こうなったらな! 俺はこの子を絶対に守るぞ! 世界の為に、この子を殺していい道理はない! さぁ、誰がこの子を殺る? 俺は相手が現人神だろうが、神の子だろうが全力で食い止めてやるさ! 例え勝てなくても致命的な傷跡を残してやる!」

 オビオは最下層のこの広い部屋で竜化して、幼女を囲むようにして座り込んだ。

「怖いよぉ、ママァ!」

「大丈夫だ。全て終わったらお家に帰してあげるよ。心配しないで」

 キーンとハウリングが起きた後に、幼女の頭にオビオの声がそう聞こえてくる。

「怒れる古竜が敵に回ったぞ。さぁどうする? 現人神様」

 オビオと行動を共にしてきたサーカ・カズンは、そう言って竜化したオビオの尻尾を撫でた。

「君も世界の終わりを止める邪魔をするというのか? サーカ・カズン。シルビィ隊長が今の君の行動を見て、果たしてなんと言うだろうか?」

「この件に関してシルビィ隊長は関係ない。私個人で決めた事だ、ヒジリ様。私は誰に対しても無条件に愛情を示す、このオビオを好いてしまっている。彼はいつだって私を守ってくれた。前衛職でもないのに。今度は私がオビオを守る番なのだ!」

 サーカはそう言うと、樹族騎士が絶対の誓いを行う時にするポーズをした。

 メイスを顔の前に差し出した後、上にかざしたのだ。

 それはオビオを守ると宣言したと同時にプロポーズをしたとも言える。

 色恋沙汰の大好きなウメボシが小さく「まぁ!」と呟いて喜ぶ。

 どんな時でも他人の恋路を気にするアンドロイドの図太さを羨ましく思いつつ、ヒジリは溜息をついた。

「勿論、私とてその子供を殺したくはない。しかし感情的になるのは良くないな。この星、いや宇宙とその子の命を天秤に掛けて合理的に考えたまえよ」

「やっぱりだ!」

 オビオが皆の頭の中で声を響かせる。

「合理主義者の冷血漢め!」

 父親を貶すオビオを見て、ヤイバは大盾の底を床に打ち付けて抗議した。

「違う! 父さんはそんな人間じゃない! 悲しみも喜びも知っているし、人の幸せを願う心も持っている! そんなに疑うのなら! 僕が手を汚しますよ! いつも汚れ役を引き受けて、ひっそりと誰も知らない所で、皆のために死んだり消えたりする父さんを、今まで何度見てきたか!」

「ほう、君がやるのか? いくつもの世界を渡り歩く修正者。ヒジリの息子、そして特異点ヤイバよ・・・。グワッ!」

 うっかりと情報を漏らしてしまった為に、魔本はまた何かしらのダメージを受けた。

「ああ! 僕が殺る! 僕の未来では父さんは地球の神になっているんだ! こんな無慈悲な道筋は辿らなかった! 本当なら地球で“幸せの野”を築いて、皆が安らかに暮らせる未来が待っているんだ! こんな破滅的な終わりをもたらしたのは、きっと禁断の箱庭のせいだろう! それに・・・。僕はどうしても許せない事がある! それは世界の誰もが! いつも父さんの犠牲の上で! 何事もなかったように生きている事だ! あの人修羅だって、父さんと同じく犠牲になった! なのにどいつもこいつも! 自分の事ばかり考えて世界の終わりを嘆く、生きる価値もないクソッタレばかりなんですよ!」

 セイバーがヤイバという名前で、且つ自分の息子だと知った事よりも――――。

 いつも言葉遣いが丁寧な彼が“クソッタレ”と言った事のほうが、ヒジリにとってはショックだった。

「未来のネタバラシはやめてくれないか、我が息子よ。君は簡単に闇に堕ちてしまいそうな性格をしているな。気をつける事だ。さぁ、下がっていたまえ。ケジメは私がつける。この試練は、人の総意を背負う神のカルマなのだ。全方位に向けて良い顔をする神など歴史上、一人もいない。あの子供はウメボシに命じて再構成蘇生する。問題ない」

 キーンとまた耳鳴りがする。古竜が喋る時に必ず起きる不愉快な音だ。

「ふざけるなよ、ヒジリさん! あんただってわかっているだろ! この子を殺せばオリジナルは永遠に失われる! 俺たち地球人は何を尊ぶ? 生と死に一番近い者だろう? 何度でも生き返るからといって、命を軽視する奴は信用されない! それに、オリジナルじゃなくなった者は、アンドロイドやホログラムと何が違うんだ?」

「君は何度も蘇生している地球人や、実体のあるホログラムや、アンドロイドを下に見ているのかね? 過度なオリジナル至上主義は捨てたまえ」

「いいや! 捨てないね! 生きるってなんだ? 死ぬってなんだ? どこかで出会ったドワーフが良い事を言っていたぞ! 人生とは金床で煌めく火花の如しってな! 地球人もそう在るべきなんだ!」

「そんな事はわかっている! では聞くが、君はこの状況下で最適解を出せるのかね? 悪いが私は知性や知識で君を凌駕している。コズミック・ノートは幼女を殺せとは言ったが、蘇生をするなとは言っていない」

「科学者のあんたと討論しても勝てない事は分かっているさ。でも、なんていうか、結果は同じだとしても・・・。ああ! くそ! なんて言えばいいんだ! とにかく! 俺の心が・・・、魂が納得しねぇんだよ! なにかもっと良い策はないのか! ・・・そうだ! アイツだったら、こんな時どうしてた?」

 古竜と化したオビオは長い首をサーカに向ける。

「アイツとはキリマルの事か? 奴なら・・・。そうだな。容赦なく子供を殺していたか、そもそもコズミック・ノートやらのルールに乗っかってはいなかっただろう」

「ほう? で、どうするというのだね? オビオ君」

 サーカの言葉を聞いて、片眉を上げて質問してくるヒジリが、オビオは堪らなく憎らしかった。

 しかし何かを言い返そうとしても、料理以外の知識が浅いオビオの口からは言葉が出てこない。

「もう無限問答はいいよ」

 幼い子どもの声がしたと思うと、樹族の幼女が口から血を吐いて絶命していた。幼女の胸からは一瞬だけダガーの切っ先が見えて引っ込む。

 血を滴らせたダガーを握るピーターは、あらゆる制裁を覚悟したのか、静かな顔で地面に倒れる幼女の顔を見ていた。

「この中で、出来るのは僕だけなんだ。僕は自分の利益のためなら他人の死をなんとも思わないからね。皆、出来ないから言い訳の言い争いをしていたんだろ? だったら僕がやるしかなかったんだ・・・。僕が・・・」

 混沌と悪の世を望む邪悪なるピーターは、その属性とは裏腹に泣いていた。

 その涙は幼女を殺した悔恨からくるものなのか、或いはこれから我が身に降りかかる災難を悲しんでいるのかは誰にも分からなかった。

「ピィィタァァァーーー!!」

 オビオはひとしきり吠えてから、人殺しの地走り族に憎悪と牙を向ける。

 自分に向かってくる憎悪を受け止めて、ピーターは栗色の毛先をふわりと動かし、怒り狂うオビオに微笑んだ。

「オビオ! 俺、お前のことは嫌いだったけど、お前の料理は好きだったよ!」
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