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消えたビャクヤの白昼夢
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「それで、小生は挑戦者にこう言ったのですヨ」
長閑な春の街道をビャクヤは祖父の自慢話を聞きながら、仮面に呆れ顔を表す。
「先帝を超えてから来い、でしょう? お祖父様。もう今日だけでその話はッ! ンンン十回目ですよッ!」
「あら、そうだったかしら?」
年老いた道化師の乗る車椅子を押すビャクヤは、鼻で溜息を付いた。
「先帝の現人神様は、何度も話したくなるほどに強かったのですかッ?」
この質問をするといつも祖父が喜ぶ事をビャクヤは知っていたのだ。
「そりゃあ、もう! 彼は意外とゴリ押しタイプの格闘家でね! しかもカウンターの達人だから攻撃を仕掛ける者から沈んでいくのですヨ。だから戦場では誰もヒー君に攻撃を仕掛けようとせず、スルーするぐらいでした! キュッキュー!」
甲高い声で笑ったナンベルは、ふと青い空を見上げる。
「今や彼は、星の国の神・・・」
「そういえば、お祖父様はッ! 星の国の話をしてくれませんねッ! 行ったことがあるなら、なぜ教えてくれないのですかッ?」
この話題だけはいくら聞いても、祖父ナンベルは答えようとはしなかった。
「星の国――――地球は・・・」
しかし今日は珍しく口が軽い。ナンベルの話にビャクヤの目が仮面の下で輝く。
「あそこは最初こそ死の荒野でしたが、最終的には確かに幸せの野となりました。花が咲き乱れ、飢えも病気もない。暫くは家族で暮らしたりもしていましたが、平和というものは実に退屈なんですヨ。結局ホームシックになって、小生も他の者もこの星に帰ってきました。それにいつでもヒー君には会いに行けますしね」
昔を懐かしむナンベルの顔はどこか寂しそうだった。
ビャクヤは思う。祖父が言う、いつでも会えるとはどういう事か。
物理的に星の国へ行けるのか、それとも伝承通り死して行くのか。
(お祖父様は最近は死を匂わすような事をよく言うようになりました。お祖父様には死んでほしくはないがッ! これも定命の者の運命。それにしてもッ! 寿命など、誰が決めているのかッ! やはり神なのでしょうかッ!)
寿命の事を考えているとナンベルの動きが止まった。そして頭を抱えて呻きだした。
「お祖父様? 大丈夫ですかッ!」
ビャクヤの声を聞いてナンベルはビクリとする。
「おや? 貴方、誰です?」
祖父のおふざけタイムが始まったと思って、ビャクヤはニヤリとした。
「吾輩はッ! ビャクヤ・ウィン! 孫の顔を忘れましたかッ? 皇帝陛下ッ!」
ナンベルの悪ふざけを軽くあしらって返したが、背を向けたままの祖父の背中から出る殺気に、思わず懐のワンドを握りしめた。
「知りませんなぁ、そんな名前。あぁ、わかりましたよ。貴方、挑戦者ですね? 足腰の弱った老人を不意打ちして、皇帝の座を奪おうという魂胆でしょう。キュッキュー!」
以前から祖父にちょくちょくあった痴呆が悪化したのだ、とビャクヤは焦る。
「お祖父様、吾輩は挑戦者などではありませんぬッ! 思い出してくださいッ!」
「怪しい仮面なんか付けているなんて・・・。暗殺者そのものですねぇ。キュッキュッキュ」
魔人族の老人は、車椅子から立ち上がると跳躍してビャクヤと対峙した。
――――ゴデの街の殺し屋軍師。
かつてそう呼ばれていた時期もあった道化師がそこにいた。衰えていたはずの下半身に鋼のような筋肉が戻り、体中に活気が漲っている。
「久しい殺しの機会! 血潮がたぎる! あぁ! この感覚! 何十年と封印してきた人殺しの快楽が今蘇る! キュキュキュキュ!」
「お祖父様、お止めください! この仮面だって先祖代々引き継いできた物じゃないですかッ! それを受け継いだのが、貴方の孫である吾輩ですよッ!」
「はて? 仮面、仮面・・・」
ナンベルは幾何学模様のある顔を、化粧の上から掻きながら細い目を見開いた。
「ああ、その仮面!」
「思い出してくれまんしたかッ?!」
「ええ、それはまだコロネちゃんとドォスンが生きていた頃に、ダンジョンで見つけたお宝。様々な知識や魔法、魔力と引き換えに、魅力が大幅に下る残念な仮面なのです。だから誰かにあげたのですヨ。んむ? 誰にあげたかな・・・。貴方だったかしらぁ? キュキュ」
「そうですよ! 吾輩はッ! 人並み外れた魅力値のお陰で、子供の頃からメイドに襲われるなどの苦労が絶えなかったのですがッ! この仮面の呪いのお陰で普通に暮らせているのですよッ! っていうか! 先祖代々云々は嘘だったのですかッ!」
ナンベルは話に納得したのか、手のひらをポンと拳骨で叩く。
「ああ! そうそう! 確か! 貴方は暗殺者でした! 昔話はおしまいですよ。貴方の命と共に! ファキュッキュー!」
祖父からの頓珍漢な答えを聞いて、ビャクヤは落胆し同時に戦慄した。相手は英雄クラスの暗殺者だからだ・・・。
俺が考えることは、頭の良い奴なら大体先に思いついている。
特に虚無に詳しい奴はな。ヤイバはドリャップを見てから、視線を偽マサヨシに戻して小さく頷いている。
なぜ、ドリャップが人間にならなかったのか。
偽マサヨシのマナ放出には限界があるからだ。
無限にマナを出せるとはいえ、それを出すための蛇口は、本物のマサヨシよりも小さいのかもしれねぇ。だから砦の者全員を人間にできなかった。
ってこたぁ、技を連発すれば、マサヨシの能力は弱くなるはずだ。虚無はエネルギーを抱えて別宇宙に行く性質があるからな。マナ粒子にも運動エネルギーがある。
俺が指示せずとも、ヤイバがマサヨシの背後に虚無の渦を出した。
「説得に応じないというならば、仕方ありません!」
自由騎士のメガネが光り、覇気が放出される。奴がマサヨシと同じく、神属性に変化したのを悪魔の目が確認した。ヤイバは神とオーガの間を行ったり来たりできるらしい。
しかしマサヨシは、ヤイバにも虚無魔法にも動じた様子はない。
「オフッオフッ! 限りなく正解に近い攻略法でつね。しかし、如何せん虚無の渦一個程度じゃ、拙者の溢れ出る我慢汁のようなマナを止めることは、不可能なり!」
いや、虚無の渦に加え次元断系を俺もダークも連発してんだが? 偽者にしてはマナの許容量がありすぎだろ。ちょっと不安になってきたな。
「マナ粒子はサカモト粒子と違って安定している」
急にアマリが喋りだした。多分今まで寝てたのだろうよ。
「ああ、知ってるぜ。サカモト粒子は強力な分、揮発性が高い。だからこその連発」
新たにマサヨシの周囲に時間差次元断を放って、技のタイミングを待っている。
あの細目は意外とちょこまかと動き回るから、すぐに数発を無駄にした。今だって虚無の渦にマナを吸わせて、吸引から逃れようとしている。
例えるならば、ゴキブリホイホイに捕まったネズミが、潤沢な毛を犠牲にして逃げるような感じだ。
「【鈍重】!」
いきなり発せられたリンネの魔法が、あっさりとマサヨシに効いた。
偽神の声が遅れて、動きも鈍くなった。
ほうほう、偽物は本物と違って、完璧に魔法を遮断できていねぇな。動きの鈍い相手には虚無の渦の効果は大きい。俺らの攻撃が押し始めたぞ!
しかし神モドキの動きはすぐに戻った。
とはいえ、絶え間なく攻撃している間の魔法は通用するって事が分かっただけでも収穫だ。
「チィ! オビオォ! さっさとブレスを吐け!」
「煩い! 指図するな!」
竜人オビオが口を開けると、カッ! と音がして透明な丸い球体が、マサヨシの体を削り取ろうとしたが、やはりマナが身代わりになって無傷だ。
「お前の攻撃は効いてないぞ? 姿ばかりの無能が」
横にいたサーカがオビオを罵っている。お前もなんかの役に立てよ。まぁ下手に攻撃魔法なんかされても困るがな。
攻撃魔法はマナの固まりだからよ。そんな事すりゃあ、マサヨシに加勢するようなもんだ。
精々、マナ消費の少ないデバフ魔法に留めてくれるとありがてぇが。
長閑な春の街道をビャクヤは祖父の自慢話を聞きながら、仮面に呆れ顔を表す。
「先帝を超えてから来い、でしょう? お祖父様。もう今日だけでその話はッ! ンンン十回目ですよッ!」
「あら、そうだったかしら?」
年老いた道化師の乗る車椅子を押すビャクヤは、鼻で溜息を付いた。
「先帝の現人神様は、何度も話したくなるほどに強かったのですかッ?」
この質問をするといつも祖父が喜ぶ事をビャクヤは知っていたのだ。
「そりゃあ、もう! 彼は意外とゴリ押しタイプの格闘家でね! しかもカウンターの達人だから攻撃を仕掛ける者から沈んでいくのですヨ。だから戦場では誰もヒー君に攻撃を仕掛けようとせず、スルーするぐらいでした! キュッキュー!」
甲高い声で笑ったナンベルは、ふと青い空を見上げる。
「今や彼は、星の国の神・・・」
「そういえば、お祖父様はッ! 星の国の話をしてくれませんねッ! 行ったことがあるなら、なぜ教えてくれないのですかッ?」
この話題だけはいくら聞いても、祖父ナンベルは答えようとはしなかった。
「星の国――――地球は・・・」
しかし今日は珍しく口が軽い。ナンベルの話にビャクヤの目が仮面の下で輝く。
「あそこは最初こそ死の荒野でしたが、最終的には確かに幸せの野となりました。花が咲き乱れ、飢えも病気もない。暫くは家族で暮らしたりもしていましたが、平和というものは実に退屈なんですヨ。結局ホームシックになって、小生も他の者もこの星に帰ってきました。それにいつでもヒー君には会いに行けますしね」
昔を懐かしむナンベルの顔はどこか寂しそうだった。
ビャクヤは思う。祖父が言う、いつでも会えるとはどういう事か。
物理的に星の国へ行けるのか、それとも伝承通り死して行くのか。
(お祖父様は最近は死を匂わすような事をよく言うようになりました。お祖父様には死んでほしくはないがッ! これも定命の者の運命。それにしてもッ! 寿命など、誰が決めているのかッ! やはり神なのでしょうかッ!)
寿命の事を考えているとナンベルの動きが止まった。そして頭を抱えて呻きだした。
「お祖父様? 大丈夫ですかッ!」
ビャクヤの声を聞いてナンベルはビクリとする。
「おや? 貴方、誰です?」
祖父のおふざけタイムが始まったと思って、ビャクヤはニヤリとした。
「吾輩はッ! ビャクヤ・ウィン! 孫の顔を忘れましたかッ? 皇帝陛下ッ!」
ナンベルの悪ふざけを軽くあしらって返したが、背を向けたままの祖父の背中から出る殺気に、思わず懐のワンドを握りしめた。
「知りませんなぁ、そんな名前。あぁ、わかりましたよ。貴方、挑戦者ですね? 足腰の弱った老人を不意打ちして、皇帝の座を奪おうという魂胆でしょう。キュッキュー!」
以前から祖父にちょくちょくあった痴呆が悪化したのだ、とビャクヤは焦る。
「お祖父様、吾輩は挑戦者などではありませんぬッ! 思い出してくださいッ!」
「怪しい仮面なんか付けているなんて・・・。暗殺者そのものですねぇ。キュッキュッキュ」
魔人族の老人は、車椅子から立ち上がると跳躍してビャクヤと対峙した。
――――ゴデの街の殺し屋軍師。
かつてそう呼ばれていた時期もあった道化師がそこにいた。衰えていたはずの下半身に鋼のような筋肉が戻り、体中に活気が漲っている。
「久しい殺しの機会! 血潮がたぎる! あぁ! この感覚! 何十年と封印してきた人殺しの快楽が今蘇る! キュキュキュキュ!」
「お祖父様、お止めください! この仮面だって先祖代々引き継いできた物じゃないですかッ! それを受け継いだのが、貴方の孫である吾輩ですよッ!」
「はて? 仮面、仮面・・・」
ナンベルは幾何学模様のある顔を、化粧の上から掻きながら細い目を見開いた。
「ああ、その仮面!」
「思い出してくれまんしたかッ?!」
「ええ、それはまだコロネちゃんとドォスンが生きていた頃に、ダンジョンで見つけたお宝。様々な知識や魔法、魔力と引き換えに、魅力が大幅に下る残念な仮面なのです。だから誰かにあげたのですヨ。んむ? 誰にあげたかな・・・。貴方だったかしらぁ? キュキュ」
「そうですよ! 吾輩はッ! 人並み外れた魅力値のお陰で、子供の頃からメイドに襲われるなどの苦労が絶えなかったのですがッ! この仮面の呪いのお陰で普通に暮らせているのですよッ! っていうか! 先祖代々云々は嘘だったのですかッ!」
ナンベルは話に納得したのか、手のひらをポンと拳骨で叩く。
「ああ! そうそう! 確か! 貴方は暗殺者でした! 昔話はおしまいですよ。貴方の命と共に! ファキュッキュー!」
祖父からの頓珍漢な答えを聞いて、ビャクヤは落胆し同時に戦慄した。相手は英雄クラスの暗殺者だからだ・・・。
俺が考えることは、頭の良い奴なら大体先に思いついている。
特に虚無に詳しい奴はな。ヤイバはドリャップを見てから、視線を偽マサヨシに戻して小さく頷いている。
なぜ、ドリャップが人間にならなかったのか。
偽マサヨシのマナ放出には限界があるからだ。
無限にマナを出せるとはいえ、それを出すための蛇口は、本物のマサヨシよりも小さいのかもしれねぇ。だから砦の者全員を人間にできなかった。
ってこたぁ、技を連発すれば、マサヨシの能力は弱くなるはずだ。虚無はエネルギーを抱えて別宇宙に行く性質があるからな。マナ粒子にも運動エネルギーがある。
俺が指示せずとも、ヤイバがマサヨシの背後に虚無の渦を出した。
「説得に応じないというならば、仕方ありません!」
自由騎士のメガネが光り、覇気が放出される。奴がマサヨシと同じく、神属性に変化したのを悪魔の目が確認した。ヤイバは神とオーガの間を行ったり来たりできるらしい。
しかしマサヨシは、ヤイバにも虚無魔法にも動じた様子はない。
「オフッオフッ! 限りなく正解に近い攻略法でつね。しかし、如何せん虚無の渦一個程度じゃ、拙者の溢れ出る我慢汁のようなマナを止めることは、不可能なり!」
いや、虚無の渦に加え次元断系を俺もダークも連発してんだが? 偽者にしてはマナの許容量がありすぎだろ。ちょっと不安になってきたな。
「マナ粒子はサカモト粒子と違って安定している」
急にアマリが喋りだした。多分今まで寝てたのだろうよ。
「ああ、知ってるぜ。サカモト粒子は強力な分、揮発性が高い。だからこその連発」
新たにマサヨシの周囲に時間差次元断を放って、技のタイミングを待っている。
あの細目は意外とちょこまかと動き回るから、すぐに数発を無駄にした。今だって虚無の渦にマナを吸わせて、吸引から逃れようとしている。
例えるならば、ゴキブリホイホイに捕まったネズミが、潤沢な毛を犠牲にして逃げるような感じだ。
「【鈍重】!」
いきなり発せられたリンネの魔法が、あっさりとマサヨシに効いた。
偽神の声が遅れて、動きも鈍くなった。
ほうほう、偽物は本物と違って、完璧に魔法を遮断できていねぇな。動きの鈍い相手には虚無の渦の効果は大きい。俺らの攻撃が押し始めたぞ!
しかし神モドキの動きはすぐに戻った。
とはいえ、絶え間なく攻撃している間の魔法は通用するって事が分かっただけでも収穫だ。
「チィ! オビオォ! さっさとブレスを吐け!」
「煩い! 指図するな!」
竜人オビオが口を開けると、カッ! と音がして透明な丸い球体が、マサヨシの体を削り取ろうとしたが、やはりマナが身代わりになって無傷だ。
「お前の攻撃は効いてないぞ? 姿ばかりの無能が」
横にいたサーカがオビオを罵っている。お前もなんかの役に立てよ。まぁ下手に攻撃魔法なんかされても困るがな。
攻撃魔法はマナの固まりだからよ。そんな事すりゃあ、マサヨシに加勢するようなもんだ。
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