殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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キリマルの弱点

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 アマリよりも容易に事象を捻じ曲げる男、マサヨシの偽者がまずやったこと――――。

 それはビャクヤの喉に餅を詰まらせるという、なんとも規模の小さい攻撃だった。そのせせこましさに俺は激怒したのだ。

「お前は神レベルの力を持ってるくせに、攻撃が下らなさ過ぎんだわ。俺様が怒って当然だろうよ?」

 俺はビャクヤの背中を軽く叩いて餅を吐き出させる。

「くひゃあッ!」

 変な声を上げてビャクヤは地面に四つん這いになり、大きく息を吸う。

「こ、これはなんですかッ! 白くてブヨブヨしててッ! んん気味が悪いッ!」

「そいつぁ、俺の世界で毎年老人を殺している・・・ある意味魔物だな。消費者庁がコンニャクゼリーを禁止にして、餅に何も言わないのが不思議なくらいにな」

「消費者庁? なんのことかはわからないですがッ! 恐ろしいものなのですねッ? あの偽マサヨシはッ! 侮れない凄みがあるッ!」

 いや、そんな大それた話じゃねぇんだけどな。

 奴は器こそ小さいが馬鹿じゃねぇ。本物はツィガル皇帝の側近をやっているからな。瞬時に相手の弱点を見抜くなんてのは簡単なんだろう。

 メイジの弱点は魔法詠唱を阻害される事。例え無詠唱だったとしても、集中力を乱されるのは大問題だ。

 それから俺様の弱点といえば、ビャクヤとダークだ。

 是が非でも二人を守らねぇといけねぇ。俺の子孫の多くは、後の歴史で忌み嫌われて殺されまくるからな。まぁそれだけの事をやっている極悪人なんだろうけどよ。

 その中で善人が生まれて、生き延びているってのは貴重なんだわ。

 その貴重な存在であるビャクヤを、偽マサヨシは狙った。

 あいつは気付いてやがる。俺のちょっとした挙動で、誰を大切に思っているかを察しているんだわ。

 いや、あいつじゃなくてもバレるか。クラックの光り方でよ。

 ビャクヤが苦しんだ時にクラックが赤く光っていたからな。赤は怒りを表す色ってのは誰でも感覚的にわかる。

 それにしても俺にとってクラックの光はなんの意味もねぇんだわ。「LEDの光いらねぇ。消すために設定し直すのめんどくせぇ!」つってパソコンに文句言ってる奴と同じ気分だぜ。

「いい加減にしろよ。俺を狙え、糞が!」

「オフッ! オフッ! キリマル氏には拙者の力が通じないですから狙う意味はないでつよ。でも、この世界を変える事は可能。こんな感じにね」

 マサヨシは手を一振りすると、砦に居る多種多様な種族の殆どを人間族に変えてしまった。

「なんてこった!」

 ドリャップが遠くで喚いている。

 あ? お前はオーガのままじゃねぇか。なんでだ?

「じゃあ、その力で世界の終わりを止めてみせろよ」

 俺は三枚のお札という昔話に出てくる、山姥に対する和尚のような事を言う。

(クハハ! スーパー知恵比べタイムの始まりだぁ!)

 この悪魔の顔に表情があれば、トンチ合戦が大好きな小坊主のような顔をしていただろうよ。

「おふふふっ! 皆の恐怖心を具現化した存在が拙者ですぞ。そんな存在が世界の終わりを止めるなんて自己否定するようなもの! すると思いまつか? 浅い、浅いですぞぉ、キリマル氏」

 スーパー知恵比べタイム即終了! やっぱり頭の良さはマサヨシの方が上だったな・・・。

 それにしてもこいつぁ、自分が何者か自覚してやがる。

「哀れだねぇ。お前の存在は幻のようなもんじゃねぇか。虚しくならねぇのか? 偽マサヨシ」

 俺はそう言いながら爪で偽神に襲いかかった。

 しかし、マサヨシに爪が近づくにつれて、俺の腕の動きが鈍くなる。

「チッ! 空気の密度を上げやがったか」

 まるで水の中で攻撃を繰り出しているようだ。

「いったでそ。拙者の能力がキリマル氏に効かなくても、世界は変えられると。おふふ」

 余裕の表情で爪を避けてマサヨシは笑う。

 後ろ手を組む醤油顔は、空中に浮いて水平線の先を見た。白々しく額に庇を作ってな。

「おやおや、世界の終わりはすぐそこまで来ていますなぁ。拙者の目的はQの願いと同じ。短い一生でつが、その目的があるだけでも十分な生き甲斐なんでぃすわ。どんなにキリマル氏が拙者を憐れもうが、ね」

 すぐそこまでってこたぁ、東の大陸は消滅したな。もし樹族国を中心にして世界が消えているのなら、もう猶予はねぇ。なんとかしねぇと。

 なんかねぇか、マサヨシの弱点。

 女に弱い、ってのはサキュバスと寝た事で克服されているだろうし。

 ヤイバみたいな潔癖症という弱点はねぇのか?

 そのヤイバが偽マサヨシを説得し始めた。

「マサヨシさん! 僕です! ヤイバです! 思い出してくださいよ! 若い頃、よく僕の妹のワロティニスと一緒に冒険に出かけたじゃないですか! 世界を無にしたらその思い出もなかった事になるのですよ!」

「若い頃・・・? 拙者が君と出会ったのは、既に三十路過ぎ。若くはないでつな。よって、ヤイバ氏は拙者の若い頃など知らないでしょうに」

 お? ヤイバがマサヨシのトラウマに触れたか?

 涼しい顔が見る見る赤くなった。これはかなり怒ってるな。何かここに付け入る隙はねぇか?

 そう思っていると、マサヨシは勝手に自分語りを始める。

「学生時代、拙者は成績優秀ですた。でも容姿の酷さから理不尽なイジメを受けていたのでつよ。教師からも同級生からも。そして引きこもりになって、現実世界から逃避した結果が今なんでつ」

「それは、本物のお前の経験だろうが。偽者のお前にそんなバックグラウンドはねぇぞ。きっと本物はお前なんかと違ってトラウマを克服してるだろうよ」

 取り敢えず煽ってみる。

「お前に何がわかる!」

 いいぞ、挑発に乗ってきた。細い目から小さな瞳が見える。マサヨシは三白眼だが、なぜかサラッとしたイケメンの雰囲気は崩れていない。

「他人の気持ちなんて誰にもわかんねぇよ、アホが。まぁズルをして心を読む奴もいるがな」

 俺はビャクヤとヤイバをちらっと見た。勿論目がないので全方位を見ることが出来るクラックの奥からだが。

「そうですよ。僕の知っているマサヨシさんは、いつもオフオフと笑って冗談ばかり言っていました。それで、ここぞと言う時はいつも僕や妹や父さんを助けてくれたのです。僕らは親友同士だったでしょう! そ、それに貴方は僕を愛してくれていた時期もあったはずだ!」

 おっと! いきなり話が変な方向に転がったぞ。

「うわぁぁぁ! 止めろ! その話をするなぁ!」

 こいつは男もいけるのか。バイセクシャルか。

「うぐぐ!」

 男を好きになったってのが、こいつの弱点でありトラウマなのか?! ヒヒャハハ!

「なるほどねぇ、お前はヤイバを愛したが、ヤイバはそれに応えてくれなかった。そうだろう?」

「拙者は一時期、性転換の実で女になっていたのでつ。ヤイバ氏を愛したのは女だったからでつよ!」

 おー、頭を抱えて苦しんでやがる。いいぞ、もっと苦しめ。

「違うな、お前は今もヤイバが好きなんだ。だからそうやって苦しんでんだよ! キヒヒ!」

 などと言ってる暇はねぇ。言ってしまったがよ。

 さっさと偽マサヨシを殺さねぇと世界の終わりが終わらん。

 マサヨシが混乱している間に攻撃できねぇかと、俺はもう一度爪を伸ばす。邪魔な奇跡を掻い潜り、この爪さえ当てればマサヨシは即死だ。

「ギギギ。人の弱みにつけ込む悪魔め・・・。あまり、拙者を舐めないほうがいい。お前もえぐられればいいんでつ、赤ちゃんの柔肌のように弱い部分を!」

 頭を掻きむしる偽マサヨシの顔と周りの空気に影が差し、眼光が鋭くなった。

 するとビャクヤの体が浮き始める。俺は咄嗟にマサヨシに爆弾小石を投げるが、石はマサヨシの手前でかき消された。

「おい! ビャクヤに手を出すな! そいつは関係ねぇだろうがよ!」

 くそったれ! 挑発は逆効果だったか!

「拙者と同じように苦しめ、キリマル!」

 俺はなんとか我が子孫を守れないかと思って、宙に浮くビャクヤに抱きつく。

「止めろ、クソが!」

 マサヨシに焦りながらそう吠えるも、高度が上がっていく度にビャクヤの体がどんどんと薄れてくことに驚く。

 物理的な死ではなく、存在自体を消そうってわけか? やらせるか!

「やめろ、ダボが!」

 俺は左手の爪を射出して、マサヨシを殺そうと必死になった。しかし偽とはいえ、神。

 尽く俺様の攻撃を、密度の高い空気の壁で弾く。

「もういいのですよッ! ンンンキリマルッ!」

 ビャクヤは死を覚悟したのか、妙に落ち着き払っている。それどころか俺に抱きついてきたのだ。

「キリマル! 吾輩ッ! キリマルの事は死んでも忘れませんからッ! なんだかんだ言って、キリマルと一緒にいた時間は楽しかったですッ! 次に生まれる時もキリマルの子孫がいいでんすッ! それからリンネッ! こんな吾輩を愛してくれて・・・、ありがとうッ!」

「いやだ! ビャクヤぁ!」

 リンネが重い鎧を鳴らしながら近づいてくる。

 しかし、恋人が近づく前にビャクヤは仮面を被ると、敬礼して消えてしまった。

 俺は空を掴むようにして落下し、力なく地面に着地すると愛しいものを守れなかった自分の手を見つめ、地面に膝を突く。

(俺の手の中にある一番大事なものを、あの紛い物は消しやがった・・・。紛い物のくせに!)

 すぐに我に返ると、四つん這いになってクラックを真っ赤に光らせた。

 殺してやるぜ・・・、偽マサヨシ! よくもビャクヤを消しやがったな!

 消したらアマリを使って復活させる事もできねぇんだぞ!

 殺す殺す殺す殺す! 絶対に殺す!

 俺はマサヨシが認識出来ないほどの速度を出して分身をあちこちに発生させて、歪んだ声で叫ぶ。

「このクソッタレがぁぁぁああああ!!」
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