殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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 ――――たった三日。

 その間に世界の終わりを食い止める方法を考えるのか?

 俺はそこまで頭が賢かっただろうか?

 どう考えても時間が足りねぇ。自称天才であるビャクヤも流石にこれには対処できまいさ。

 東の海の水平線の向こうから、じわじわと侵食してくる黒い“無”は世界の終わりを確実に暗示している。

「おかしんごッ!」

 楽しんごみたいに言うんじゃねぇ。芸能界から消えるぞ。

「東の水平線の先が消えているという事はッ! 既に西の大陸が消えているのですかッ?」

 確かに東をずっと進めば西の大陸の西端に突き当たるが、その間には大きな海がある。

 俺は水平線の先を体中にある無数のクラックの中から見た。

 こんだけクラックがあるんだから、クラック一つにつき目一個とカウントしてくれりゃあいいのに、真実を見通す悪魔の目は発動しなかった。

 水平線の不自然な闇を見ていると、空を東に向かって飛空艇が飛んでいくのが見えた。

 あの好奇心の塊――――種族全員が探求者であるノームたちは、早速Qの起こした事象の確認・観測に行っているのだ。

 二つの飛空艇は暫く東端の“無”を観察した後、北と南に別れて飛んでいった。

「これは俺の憶測だが、世界は世界地図の端から消えてんじゃねぇのか?」

「世界地図と言っても、どこを中心にしてッ?」

「それは知らん。一般的な世界地図はどこを中心にしてんだ?」

 同じテーブルで食事をしながら、長い耳で聞き耳を立てていたサーカが話に加わる。

「世界は樹族国を中心にして地図を作る」

「ほぉ? なんでだ?」

「そんな事も知らないのか、流石は阿呆を司る悪魔だな」

「大事な愛しいクマちゃん・・・」

 俺は調子に乗るサーカにボソリと呟いた。

「ふにーん」

 サーカが口を∞の形にしている。こいつは口喧嘩の攻撃力は高いが防御力は低い。すぐに言い負かされる。

「で、なんでだ?」

 プイッと横を向いてサーカは答えた。

「樹族発祥の地が樹族国だからだ。だから彼の国には名前がない。名前で着飾る必要がない程に元祖というわけだ。そしてこの星で一番古い種族は我ら樹族。世界地図の中心になるのは当然」

 俺はビャクヤに「知ってたか?」と尋ねたが、返事の代わりに肩を竦められただけだった。

 つまりビャクヤもそういった歴史を知らなかったってこった。未来ではそのへんの事情が変わってんだろうな。

「ってことは樹族国を目指せば、少しは生き延びられるってわけか」

 世界は明後日に終わる。

 ってこたぁ、世界の終わりがこの砦のすぐそこまで迫っていてもおかしくはない。或いは今夜飲み込まれるか。

「おい! ドリャップ! 今すぐこの砦を捨てて西に向かう! ここに残って死にたいなら好きにしろ」

「急だな、おい! あの闇はなんだ? あんた、なんか知っているのか?」

 黄色い髪のオーガは訝しんで俺を見る。こいつもQの声を聞いてただろうに、何を疑ってんだ?

 まぁQの声を聞いて事情をすぐに飲み込めってのも無理な話だがな。簡潔に、端的に俺はオーガに答えを教えてやった。

「世界が終わるんだよ」

 すると突然、ドリャップは何をどう考えたのか目を見開いて叫ぶ。

「あんただ! あんたが原因なんだろう! 悪魔め! あの闇を呼び寄せたのも悪魔の仕業なんだ!」

 それを聞いた周りの雑多な種族は一斉に怯えて俺を見る。人間以外は開拓者なので闇種族も光種族も関係なくこの場にいる。ドリャップは人間以外の有能な人材を片っ端から砦に入れていたようだ。

 奴隷だった人間族も今はこの場にいるが、彼らも俺を見て震えている。

「チッ!」

 いつもなら他者からの怯えや恐怖は俺を興奮させるが、今回は違った。疑われるのが妙に悔しい。

 なにせこの件は愛しい我が子孫、ビャクヤが巻き込まれているからな。

(原因は神を超える存在であるコズミックペンとQによるビャクヤの取り合いだ。この物語において、真のヒロインはビャクヤ。しかし、そんな事言ってもこいつらにはわかるめぇ。しゃあねぇな)

「クハハハ! そうだ! その通り! よくわかったな! ドリャップ! 俺は人を騙してナンボの悪魔よ!」

「やっぱり!」

「さっき浜辺で戦っていたのは、勇者であり料理人でもあるオビオと、素性は言えねぇが、由緒正しき血筋の姫、サーカ様だ!」

「じゃあ、さっきの戦いで竜に変身した勇者様は負けたってのか?」

「ああ、俺様に屈した。だから今、こうやって俺と仲良くしている。屈したというよりは俺様の力で無理やり服従させているようなものだ」

 皆が一斉にオビオとサーカを見た。なのでオビオは俺に反論しようと椅子から立ち上がる。

「なに言って・・・」

 俺はオビオの口に小さなパンくずを飛ばして爆発させた。

「ぶわっ!」

 オビオはびっくりして口を押さえて黙った。ダメージ1ってとこだ。暫く唇が痺れて喋れまい。

「いいか? 悪魔である俺は、お前らの恐怖や絶望を糧にしてこの世に存在してんだ。いわばお前らは飯の種。大人しく言うことを聞いて、三日間恐怖をばら撒き続ければ、世界の終わりを止めてやってもいい」

「悪魔の約束なんて・・・」

 と言いかけたが、ドリャップは思い直す。悪魔は力ある召喚主との契約を絶対に破らない。

 契約に関して、悪魔は天使よりも誠実だ。

 天使は神の意思に従って人を助けるので、時には人類を裏切るような行動を取ることがある。

「じゃあ、俺たちの命を保証するよう契約してくれ、仮面の人」

 ビャクヤも俺に操られているのでは? と怪しむドリャップだったが、どんな形であれ契約は契約だ。

 俺はもう一度契約内容を確認する。

「命の保証ってのは、俺がお前らを攻撃しないようにしろって事か?」

「ああ」

「いいだろう。だが、俺の目の届かないところで死んだ場合は知らんぞ。魔物に襲われたりしても、事細かく面倒は見きれねぇ」

「俺達もそこまで弱くない。あんたが攻撃してこないってだけで十分だ」

 俺に何か考えがあると思ったのか、ビャクヤは自然な雰囲気で契約を新たに結ぶ。

「ではッ! ン三日間ッ! 悪魔キリマルに従って行動すれば世界の終わりを止める! そしてッ! キリマルは自分に従う者を攻撃しないッ!」

「その契約に従う」

 俺の胸の契約印が鈍く光った。

 それは制約が課せられたという事だ。まぁなるべく契約に沿う行動をするが、世界を救えるだけの力があるかどうかは別の話だがな。一応努力はする。

 契約に満足したドリャップは安堵して櫛で髪を撫で付けている。

(ドリャップはやたらと髪型を気にするオーガだな。格好つけめ。お前らにとっちゃ、この世は一瞬の幻みたいなもんだぜぇ? その一瞬の時間を髪型に割くのは間抜けだな。ところでどうやってその風に吹かれたような髪型を維持してんだ? 匂いからして林檎を煮詰めた汁をポマードみたいにして使ったんだな。へっ! その髪型が格好いいと思い込んでやがるのか? アリが集ってくるぞ。ん? 待てよ・・・。思い込み? ・・・そうだ! ここは魔法の星だったぜ!)

 俺の頭が冴え始める。

 脳内のシナプスが急激に活性化し、色んな問題解決の糸口が見えたような気がする。

 ――――気がする。
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