237 / 299
ヒジリとドワイト(番外編)1
しおりを挟む
ドワイトと嬉しそうに漕ぐ手漕ぎトロッコの上で、ヒジリは巨大トンネルワームが作り出した商業用流通トンネル内の冷たい空気を堪能していた。
「今日はうだるような暑さだったから、この涼しさは嬉しいなドワイト。この涼しさだけでも大金をはたいた価値はある」
「冗談を言え! この涼しさの為に魔物使いを大勢雇って貧乏になる王がどこにいる! それにお前さんは、暑さ寒さ関係ないじゃろ。いつも体の周りが丁度良い温度になっとる。いっそしがみ付きたいくらいじゃわい!」
「ウメボシが嫉妬するから、それは遠慮願いたい」
「嫉妬なんてしませんよ。少し暑苦しく思うだけです」
トロッコに並走して飛ぶウメボシは、髭もじゃのドワーフを抱く主を想像して「美しくないです」と呟いた。
ウメボシの呟きにニヤリとし、ヒジリは自分と競い合うようにして、手漕ぎトロッコを漕ぐドワイトを見て遠い目をした。時折見る夢の中でドワイトは戦争の最中、自分を守って死んでいる。ドワイトの現れる夢を見るといつもこうだ。
いつか行った異世界のドワイトも同じような運命を辿っていた。きっと彼は多くの平行世界で、そうなる運命の下に生まれたのかもしれない。
しかし自分のいる世界で彼は死んでなどいない。こうやって一緒にトロッコを漕いでいる。それが嬉しく思えた。
常に仏頂面のドワイトだが、今は完成したトンネルに興奮してよく笑う。
「ガハハ! これでヒジランドの内需拡大が期待できるぞぃ! 砦の戦士の警らのお陰で、盗賊や山賊、凶暴な魔物の襲撃に怯えなくて済むとはいえ、自然による妨害は防げなかったからのう。今日みたいな季節外れの暑い日に、生ものの腐敗を心配したりしなくていい。更にこれからの季節、寒くなれば雪道に苦労し、悪路による馬車の横転で商品を台無しにしたりと・・・」
これまでの全ての嫌な出来事を思い出したのか、笑っていたはずのドワイトはフンと鼻を鳴らしていつもの仏頂面に戻った。
その顔を見ながらヒジリはにっこりと微笑む。
「しかし、それも今日までだ」
「ああ、その通りじゃわい。我らが貧乏王のお陰でな」
「貧乏王!? マスターを褒めてるのか貶しているのかどっちですか、ドワイト様!」
ドワイトの人柄を知っているのでウメボシの言葉に棘は無い。一応ツッコんだだけである。
「ガハハ! 勿論褒めておるし、感謝もしておる」
「さて、そろそろ嘆願書を送ってきたサヴァーク村に到着します。トロッコから降りる準備を」
まだ照明設備を付けていない、暗いトンネル内にある出口用の駅を、ウメボシは目から出る光りで照らした。
「ヒジランドの東側にある砂漠に住むオーガ達からの嘆願書か・・・。国境を挟んだ帝国側の砂漠には誰も住まないというのに、彼らはなぜこの土地に拘るのだろうか」
ヒジリは自分宛ての手紙を見つめてそう言う。
そして手紙を懐に仕舞うとヒラリとトロッコから降り、石細工を得意とするドワーフ達がハンマーとノミで岩盤を削って作った無骨な長方形の階段を上っていく。
岩を繰り抜いて作られた出口から外に出ると、猛烈な熱風がドワイトの肺を焼いた。
「むわぁ! なんという暑さじゃ!」
ドワイトが外に出てすぐに目の上に手のひらをかざす。そうでもしないと砂に反射する光が目を焼くからだ。
「ドワイト様、サングラスと帽子をお貸ししましょうか?」
ウメボシが何も無い空間からパッとサングラスとバケットハットを取りだした。
「なんじゃこれは。黒い眼鏡はコロネが時々自慢げに掛けておったが、この帽子はなんだかお洒落過ぎて恥しいのう」
ドワイトはそう言いつつも、サングラスを付けて帽子を被る。
「おお! 眼鏡のお陰で眩しさが消えたわ! 帽子も紐がついておるからワシの毛量の多い髪にも押し返されん! ありがとうの、ウメボシのお嬢ちゃん」
「中々お似合いですよ、ドワイト様」
「そうか? どうじゃ!ヒジリ!」
皮鎧の上に日よけの緑のマントを着るドワイトは、サングラスと帽子を被ると、登山コースかサバイバルゲームのフィールドにいそうな見た目になった。
「ああ、思いの外似合っている。星の国にいても違和感がない」
「なんと! この眼鏡と帽子は、幸せの園の死に装束なのか?」
この星の一部の者にとって、地球は死後に行く世界という事になっている。ドワーフやオーガは地球のことを“幸せの園”と呼ぶ。つまり天国だ。
「そうではない。君達が死後に行くと思い込んでいる星の国は、至って普通の物質世界だ。だから帽子やサングラスを、ファッションとして身に着ける人もいる。ドワイトの今の格好は地球人として違和感がないファッションだと言ったのだよ」
「なるほど! ワシが星のオーガのようだというわけか! それは褒め言葉だと受け取っておくぞ! いつかワシも星の国へ行ってみたいもんじゃ! ガハハ!」
「うむ、見せてやりたいものだよ。地球の科学技術を」
そう言ってヒジリはドワイトをいきなり御姫様抱っこした。
「おい! 馬鹿! 何をする! 下ろせ!」
「ああ、すまないね。村までホバリングで移動しようと思ったのだ」
浮く行為自体、神の為せる技。始祖神と同じ国の出身者である現人神に抱かれるなど恐れ多いのだ。
「ワシは自分の足で歩くわい!」
ドワイトが短い手足を振って暴れるので、ヒジリは一旦、地面に降りて彼を砂漠に下ろした。
「歩くのはあまりオススメしないがね。まぁ歩いてみるがいい」
ドワイトは「言われんでも歩くわい」と鼻息荒くドスドスと砂地を歩き出した。
「おわぁ!」
重い樽のような体は見る間に砂に沈んでいく。
下半身が埋もれて、砂漠に生えたサボテンのようにも見える。
ドワイトは、腕に力を籠めて下半身を地上に出そうと試みるも無駄に終わった。腕も砂に沈んでしまったのだ。
「だから言っただろう。ここの砂は均一的で摩擦抵抗が少ない形をしている。君のようにドスドス歩く者はそうなるのだ」
「説明はいいから、早く助けてくれ!」
いつの間にか胸まで砂に浸かるドワイトが助けを求めたので、ヒジリはすぐにウメボシに彼を浮かせるよう命令した。
「最初からウメボシのお嬢ちゃんに、ワシを浮かすよう命令すればよかったんじゃ! おお! 自分の力で浮いとるのかと錯覚するのぅ。ワシは神にでもなった気分じゃ! ワシを現人神と呼んでくれんか?」
ドワイトは不満げな顔をして皮肉を言い、赤銅色の髭の先に付いた砂を落とす。
「ふむ、それもそうだったな。では行こうか、ドワイト」
飄々とした態度のヒジリに対し、これまでの一連の出来事はわざとやったのではないか、とドワイトはむくれて腕を組み疑心暗鬼になる。
そして胡坐をかいた。樽のようなドワーフはそのポーズのままサヴァーク村まで反重力で運ばれていく。
「王様だ! ヒジリ王が来たど!」
【固定化】の魔法のかかった砂レンガの門を通って入ってきたヒジランド王に、村人たちがざわめく。
「本当に来てくださっただ!」
村人は皆白い布で全身を覆っているので、誰が誰だかわからない。
「皆がオバQのようだ」
村人の歓迎ぶりは凄まじく、一分ほど激しくオーガダンス(体を前後に激しく揺さぶる踊り)を踊ったかと思うと、一斉にヒジリの前にひれ伏した。
「こんな辺鄙な村まで足を運んで頂きまして、ありがとうございます、王様。おでは村長のオデンです。三十一歳独身のオーガメイジです」
村長らしき女が、布に開いた穴から潤んだ目を向け、こちらが聞いてない情報を話すので、ヒジリは苦笑いをした。
「皆、楽にしてくれたまえ。それにしてもオーガメイジの村長とは珍しいな。一般的にオーガはメイジを嫌うものだろう?」
「へぇ。これも王様のお陰です。王様が御活躍なされたお蔭でオーガメイジの地位も上がりました。なので、おでが村長に選ばれて村を治めておりまんす」
「なるほど。君はなんの魔法が使える?」
「へぇ。土魔法の【固定化】とコモンマジックだけです。王様のように【電撃の手】【雷球】【稲妻】【魔法無効化】を使えるようになれたらどれだけ素晴らしいことでしょうか」
それを聞いてヒジリは方眉を上げてウメボシに囁く。
「私のパワードスーツの攻撃は、一般的に見ると魔法扱いなのか?」
「まぁ、魔法図鑑を見る限り、マスターの雷攻撃は、彼女が言った魔法とよく似ていますからね。マスターもある程度魔法の知識を頭に入れたはずですよ? もう忘れたのですか?」
「魔法の本を読んでも検証できないから歯痒くてな。読んでもすぐに忘れてしまうのだ。となれば、私は一般的に認識されている魔法に、わざわざ必殺技名を付けて放っている事になるな」
「ええ、そうですよ? 今頃になって恥ずかしくなってきましたか? ヒジリサンダーとか、そもそものネーミング自体が恥ずかしいですよ?」
「くっ! 君だって時々ウメボシビームとか言っているではないか。となると私は何でもないものに名前を付けて、特別感を出す中二病男子みたいなものだったという事かね?」
「えっ? 今までその自覚がなかったのですか? マスター」
「ぐぅ・・・」
頬を赤らめてプイと横を向いて拗ねる主が、ウメボシは堪らなく愛おしかったが、主が黙ってしまったのでウメボシがこの場を仕切る事にした。
「さてさて、水の確保の依頼でしたね? これまでどうやって水を得ていたのですか?」
オデンが説明を始めようとするとドワイトが遮った。
「ウメボシお嬢ちゃん、この炎天下で話をするのは勘弁してもらいたいもんじゃ。砂漠の砂粒に誓って、ワシの錆び色の髪と髭がこのままでは炎色になってしまうぞぃ。ウォール家のドワーフなんて呼ばれたくないもんじゃわい」
舌を出してハァハァと息をするドワーフを見て、ウメボシは村の四隅に太いポールを物質変換装置で作り出し、そのポールに巨大な白いタープをピンと張った。
村全体が日陰に包まれ、途端に涼しくなると、オーガ達がどよめいて喜ぶ。
「流石は現人神様の使い魔!」
村人は全身を覆う布を一斉に脱いだ。目だけ出していたのでそこだけ日焼けしており、パンダのような顔だがよく見ると色白の美男美女揃いである。
「村長以外は若者しかいないようだが?」
ヒジリの質問にオーガ達は沈んだ顔をする。沈んでばかりいても仕方がないと思った村長のオデンが、黒い長髪を手櫛で整えてから口を開いた。
「お父ちゃんとお母ちゃんたぢは、水場争いに巻き込まれて巨人に連れていかれて人質にされてるだ」
「巨人?」
「んだ。あの水場は神様にゆかりのある聖地でもあるんです。おでたちは先祖代々ずっとあの水場を守ってきたんですけど、そでは巨人たちも同じなんだど。これまでは仲良くオーガと巨人で水を分け合って飲んでいたけど、湧き水の量が減り始めてから、お互い争うようになっでしまったんです。体の大きな巨人は一回に水を飲む量が多いだとか、数が多いオーガの方が沢山飲んでいるとかで」
「まぁよくある水場争いじゃわな。ワシらドワーフは新しい井戸を掘るから、そんな争いをしたことはないがの」
「となりますと、水の確保を考えるのが最善かと思われます。原因さえ解決すれば、巨人達も人質を解放してくれるでしょう」
「おで達は頭が悪いので、頭の良い王様に知恵を借りたくて、嘆願書を出した次第でござります」
ヒジリは顎を摩ってから、地面に手を当てる。網膜モニターには水脈を示すデータはない。
「ふむ、湧き水があるのが不思議だな。水脈は見当たらない。となると聖地の湧き水は、サカモト博士の装置によるものか」
地球人は水分を集める小型の装置を旅行時に携帯する。大気や地中から水分を集めて飲み水にするフィルターの付いた箱のような装置だ。
「装置で泉を作り出すほどの量ならば、意外と近くに水脈があるはずなのだが?」
ヒジリは大気成分を調べてから、日陰の端に行き、空を見上げた。
「ほう、上空は風が強く、水分を多量に含んでいるな。しかし雨になって落ちるのは、この土地ではない。東海岸の沼地に降る。それをサカモト博士は集めていたわけか」
「ウメボシは、数千年も稼働していた装置に驚きです」
「装置の開発会社であるトゥートゥーに教えたら大喜びしそうだな。何千年ももつ耐久力なのだから」
「で、どうしますか? マスター。装置を直しますか? 一世紀前の装置なので、知的所有権は消えておりますから、ウメボシにも修理はできますよ?」
「数千年もった一世紀前の製品か。なんだか頭がこんがらがるな。一世紀前の人間がタイムワープして、一万年前の惑星ヒジリにいた事が未だに信じられん」
「しかし、これまでの遺跡調査でそれは証明されています」
「そうだな。否定する要素など・・・」
ウメボシに返事をしようとしたヒジリは、空気の乾燥で喉が少しだけ嗄れていたので、ポケットから質量のあるホログラムで作られたペットボトルを取りだし、ゴクゴクと飲んだ。
それをオーガ達は生唾を飲んで見ている。
「おっと! すまない。君達も喉が渇いていたのだな。ウメボシ、皆に冷えたビールでも出してやってくれ」
「ビール! ビールとはエールに似たシュワシュワするやつじゃろ?」
ドワイトが興奮して髭を引っ張りながら目を見開いた。
「そうだ。最近オーガの酒場のメニューに加わった。ドワイトも飲むかね?」
「勿論じゃ! 早くくれ!」
ヒジリがウメボシに目配せをすると、球形のアンドロイドは頷いた。
「では皆さん、手のひらを上に向けてください」
ウメボシの言葉にオーガ達は手のひらを上に向けると、次々にその手の上にジョッキに入ったビールが現れる。
何人かはいきなり手のひらに現れた冷たいビールをこぼしそうになったが、貴重な水分を逃すまいと慌ててしっかりと掴む。
「ひゃあ! ひゃっこい!」
嬉しい悲鳴を上げるオーガ達に、ヒジリは水を掲げて言う。
「さぁ各々喉を潤したまえ! 乾杯!」
ヒジリが水を掲げて乾杯と言う頃にはドワイトは既にビールを飲み干しており、空になったガラスのジョッキをウメボシに向けておかわりを催促していた。
オーガ達は大事そうにビールを口に含む。円やかな泡と爽やかなホップの苦み、シュワシュワとした喉越しに驚く。
「う、うめぇ! 飲むのが止められないど!」
オデンはごくごくとビールを飲み干して、口の上に泡の髭を作ったので、ヒジリはそれを見て微笑む。
「取りあえず二杯までにしておくか。これからまだまだやることがあるのでね。酔っぱらいになられては困る」
飲み干したジョッキにまたビールが現れたので、オーガ達は最後の一杯という事でちびちびと飲もうとしたが、温くなると美味しさが半減するとヒジリに言われたので急いで飲む。
「かぁー! 二杯目もキンッキンに冷えてやがる!」
鼻の尖った長髪のオーガがそう言って口の泡を拭った。
(カ〇ジかな?)
ヒジリは長髪のオーガを見てそう思ったが、それ以上は何も考えようにした。
「さて、取りあえずサカモト博士の装置を直すのは止めて、ローテクで何とか水を作りだそうか。なるべくこの星にあるもので何とかするのが、私のモットーなのでね」
「そでで、どうするんですか? 王様」
オデンは名残惜しそうに、空になったガラスのジョッキを見つめた後にヒジリに尋ねた。
「そうだな。目の粗い網はあるかね? あとは雨どいと、とても長い筒があればいい」
「網なら野鳥を捕まえる網があるど。長い筒は細デスワームの抜け殻があるます。丈夫で軽くて長い。雨どいはその辺の家から外しまんす」
「よし」
ヒジリはオーガ達がすぐに材料を持ってきたので、早速水を集める道具の製作に取り掛かった。
「まずはこの長い雨どいに三つの穴を開ける。両端に一つずつ、真ん中に一つ。端の穴には棒を通してその棒に網を広げてくくりつける」
オーガ達にはヒジリが作ろうとしているものが、どう見ても野鳥捕獲用の罠にしか見えないので、肩を竦めて首を捻る。
「で、真ん中の穴にこのデスワームの抜け殻を通して、数匹分繋ぎ合わせていく」
雨どいで集めた水を流す水路を、デスワームの殻で作ろうとしているのだ。真ん中の穴に抜け殻の先端を出すと少し花びらのように開いて穴からすっぽ抜けないようにする。
「このデスワームの抜け殻は、アルミのように加工しやすいのに丈夫だな。不思議な素材だ」
「安価な小手にも使われる素材じゃからな。(はぁ・・・。ビールをもっと飲みたい)」
ドワイトはビールジョッキをウメボシに向けて掲げたが、炭酸水しか入れてもらえなかった。
ヒジリは一つ百メートルはある細いデスワームの抜け殻を、真っ直ぐに次々とつなぎ合わせていく。柱が異常に長い、網の帆といった感じである。
一キロもつなぎ合わせたので、ヒジリの姿は砂丘の段差で村から見えなくなり、暫くすると砂煙を上げてホバリングしながら戻ってきた。
「で、この道具に【固定化】の魔法をかける。よろしく頼むよ、オーガメイジのオデン」
「お、おでの魔法で?」
「そうだ、君の魔法だ。魔法の継続時間はどれくらいかね?」
「恥ずかしながら、おでの魔法だと半年です。普通のメイジなら一年はもちますけんど」
「十分だ。半年ごとに【固定化】の魔法を頼む」
「わがりました」
オデンは胸の谷間からワンドを取りだすと「チンカラホイッ!」と唱えて出来上がった簡易給水塔に魔法を付与した。
魔法のエフェクトどころか魔法自体が見えないヒジリは、オデンのあまりに短い詠唱に驚く。
「そんな適当な詠唱で大丈夫かね?」
その問いにオデンではなく、ウメボシが答えた。
「イグナ曰く、魔法を具現化できるのであれば、何だっていいそうですよ。初心者ほど魔法書の呪文通り唱えなければ、魔法を発動させる事がきないと言っておりましたので、オデン様はそこそこの魔法使いだと思います」
オデンは恥ずかしそうに頭を掻く。
「おではこの魔法ばっかり練習しただ。この魔法は結構、いい金になるんだど」
「ほう?」
ヒジリのアーモンド形の目が興味深そうに自分を見るので、オデンはモジモジとして照れる。
「【固定化】の魔法をかけると、暫くの間は風化したり劣化したりしないんだど。だから武器や防具や道具にこの魔法をかけてやると、皆喜んでお金をくでるのでず」
オーガにしては恥ずかしがり屋なオデンを、ヒジリは可愛いと思って微笑むと、背後でウメボシが嫉妬する気配がしたので真顔に戻し、【固定化】の魔法のかかった道具を触ろうとしたが、すぐに手を引っ込めた。
「おっと危ない! 私が持つと魔法効果が消えるのだった。君達これを水瓶に差し込んでくれたまえ」
ウメボシは日陰を作っていたタープを消すと、大きな水瓶の木蓋にデスワームの抜け殻が丁度入る穴を開ける。
その穴にオーガ二人が無造作に、網の付いた簡易給水塔を立てる。水瓶にも【固定化】の魔法がかかっているので、強風が吹こうがオーガが押そうがびくともしない。
「よし。これで明日の朝には、上空を流れる霧や雲の水分で水瓶がいっぱいになるだろう。この程度の取水であれば東の沼地への影響はない」
ヒジリは自信満々にそういうと、一仕事終えたという顔をして自分で作った給水塔を見上げた。
オーガたちは、なんでこれで水が手に入るのかを分かっていない。
「明日は巨人の村に赴くか。同じ給水塔を作ってやればもう水飲み場を巡って争う事はない。今日の仕事は終わり! 君達、ビールでも飲むかね?」
疑問に思ってヒジリに装置の仕組みを聞こうとした矢先に、ヒジリがまたビールを出すと言ったので誰もがはしゃぐ。
「飲むっ!飲む! くれ!」
ドワイトが真っ先にジョッキを掲げてウメボシの頬に押し付けた。それが礼儀だと思ったのか、オーガ達も一斉にウメボシにジョッキを押し付けた。
「おぷぷ! 慌てないでください! すぐにビールをお出しますから!」
「モテモテだな、ウメボシ」
「こ、こんなモテ方は嬉しくありません!」
主がニヤニヤしながら空のペットボトルを掲げたので、ウメボシはそのペットボトルに皆と同じ黄色い泡立った液体を注ぐ。
オーガもドワイトもビールを美味しそうにゴクゴクと飲んでいるので、ヒジリもたまにはビールを飲むのも良いか、とペットボトルの中のビールを勢いよく呷った。
「ブーッ! クサッ! なんだこれは!」
ヒジリは勢いよくペットボトルの中身を吹き出したので辺りに虹ができる。
「あ、それですか? ウメボシのオシッコです。マスターがウメボシに意地悪を言った罰です」
「なに! なんだ、ウメボシの尿か。ならいいのだ。ゴクゴク」
「えっ!?(ドキッ! 心臓がトゥクン!)」
「今日はうだるような暑さだったから、この涼しさは嬉しいなドワイト。この涼しさだけでも大金をはたいた価値はある」
「冗談を言え! この涼しさの為に魔物使いを大勢雇って貧乏になる王がどこにいる! それにお前さんは、暑さ寒さ関係ないじゃろ。いつも体の周りが丁度良い温度になっとる。いっそしがみ付きたいくらいじゃわい!」
「ウメボシが嫉妬するから、それは遠慮願いたい」
「嫉妬なんてしませんよ。少し暑苦しく思うだけです」
トロッコに並走して飛ぶウメボシは、髭もじゃのドワーフを抱く主を想像して「美しくないです」と呟いた。
ウメボシの呟きにニヤリとし、ヒジリは自分と競い合うようにして、手漕ぎトロッコを漕ぐドワイトを見て遠い目をした。時折見る夢の中でドワイトは戦争の最中、自分を守って死んでいる。ドワイトの現れる夢を見るといつもこうだ。
いつか行った異世界のドワイトも同じような運命を辿っていた。きっと彼は多くの平行世界で、そうなる運命の下に生まれたのかもしれない。
しかし自分のいる世界で彼は死んでなどいない。こうやって一緒にトロッコを漕いでいる。それが嬉しく思えた。
常に仏頂面のドワイトだが、今は完成したトンネルに興奮してよく笑う。
「ガハハ! これでヒジランドの内需拡大が期待できるぞぃ! 砦の戦士の警らのお陰で、盗賊や山賊、凶暴な魔物の襲撃に怯えなくて済むとはいえ、自然による妨害は防げなかったからのう。今日みたいな季節外れの暑い日に、生ものの腐敗を心配したりしなくていい。更にこれからの季節、寒くなれば雪道に苦労し、悪路による馬車の横転で商品を台無しにしたりと・・・」
これまでの全ての嫌な出来事を思い出したのか、笑っていたはずのドワイトはフンと鼻を鳴らしていつもの仏頂面に戻った。
その顔を見ながらヒジリはにっこりと微笑む。
「しかし、それも今日までだ」
「ああ、その通りじゃわい。我らが貧乏王のお陰でな」
「貧乏王!? マスターを褒めてるのか貶しているのかどっちですか、ドワイト様!」
ドワイトの人柄を知っているのでウメボシの言葉に棘は無い。一応ツッコんだだけである。
「ガハハ! 勿論褒めておるし、感謝もしておる」
「さて、そろそろ嘆願書を送ってきたサヴァーク村に到着します。トロッコから降りる準備を」
まだ照明設備を付けていない、暗いトンネル内にある出口用の駅を、ウメボシは目から出る光りで照らした。
「ヒジランドの東側にある砂漠に住むオーガ達からの嘆願書か・・・。国境を挟んだ帝国側の砂漠には誰も住まないというのに、彼らはなぜこの土地に拘るのだろうか」
ヒジリは自分宛ての手紙を見つめてそう言う。
そして手紙を懐に仕舞うとヒラリとトロッコから降り、石細工を得意とするドワーフ達がハンマーとノミで岩盤を削って作った無骨な長方形の階段を上っていく。
岩を繰り抜いて作られた出口から外に出ると、猛烈な熱風がドワイトの肺を焼いた。
「むわぁ! なんという暑さじゃ!」
ドワイトが外に出てすぐに目の上に手のひらをかざす。そうでもしないと砂に反射する光が目を焼くからだ。
「ドワイト様、サングラスと帽子をお貸ししましょうか?」
ウメボシが何も無い空間からパッとサングラスとバケットハットを取りだした。
「なんじゃこれは。黒い眼鏡はコロネが時々自慢げに掛けておったが、この帽子はなんだかお洒落過ぎて恥しいのう」
ドワイトはそう言いつつも、サングラスを付けて帽子を被る。
「おお! 眼鏡のお陰で眩しさが消えたわ! 帽子も紐がついておるからワシの毛量の多い髪にも押し返されん! ありがとうの、ウメボシのお嬢ちゃん」
「中々お似合いですよ、ドワイト様」
「そうか? どうじゃ!ヒジリ!」
皮鎧の上に日よけの緑のマントを着るドワイトは、サングラスと帽子を被ると、登山コースかサバイバルゲームのフィールドにいそうな見た目になった。
「ああ、思いの外似合っている。星の国にいても違和感がない」
「なんと! この眼鏡と帽子は、幸せの園の死に装束なのか?」
この星の一部の者にとって、地球は死後に行く世界という事になっている。ドワーフやオーガは地球のことを“幸せの園”と呼ぶ。つまり天国だ。
「そうではない。君達が死後に行くと思い込んでいる星の国は、至って普通の物質世界だ。だから帽子やサングラスを、ファッションとして身に着ける人もいる。ドワイトの今の格好は地球人として違和感がないファッションだと言ったのだよ」
「なるほど! ワシが星のオーガのようだというわけか! それは褒め言葉だと受け取っておくぞ! いつかワシも星の国へ行ってみたいもんじゃ! ガハハ!」
「うむ、見せてやりたいものだよ。地球の科学技術を」
そう言ってヒジリはドワイトをいきなり御姫様抱っこした。
「おい! 馬鹿! 何をする! 下ろせ!」
「ああ、すまないね。村までホバリングで移動しようと思ったのだ」
浮く行為自体、神の為せる技。始祖神と同じ国の出身者である現人神に抱かれるなど恐れ多いのだ。
「ワシは自分の足で歩くわい!」
ドワイトが短い手足を振って暴れるので、ヒジリは一旦、地面に降りて彼を砂漠に下ろした。
「歩くのはあまりオススメしないがね。まぁ歩いてみるがいい」
ドワイトは「言われんでも歩くわい」と鼻息荒くドスドスと砂地を歩き出した。
「おわぁ!」
重い樽のような体は見る間に砂に沈んでいく。
下半身が埋もれて、砂漠に生えたサボテンのようにも見える。
ドワイトは、腕に力を籠めて下半身を地上に出そうと試みるも無駄に終わった。腕も砂に沈んでしまったのだ。
「だから言っただろう。ここの砂は均一的で摩擦抵抗が少ない形をしている。君のようにドスドス歩く者はそうなるのだ」
「説明はいいから、早く助けてくれ!」
いつの間にか胸まで砂に浸かるドワイトが助けを求めたので、ヒジリはすぐにウメボシに彼を浮かせるよう命令した。
「最初からウメボシのお嬢ちゃんに、ワシを浮かすよう命令すればよかったんじゃ! おお! 自分の力で浮いとるのかと錯覚するのぅ。ワシは神にでもなった気分じゃ! ワシを現人神と呼んでくれんか?」
ドワイトは不満げな顔をして皮肉を言い、赤銅色の髭の先に付いた砂を落とす。
「ふむ、それもそうだったな。では行こうか、ドワイト」
飄々とした態度のヒジリに対し、これまでの一連の出来事はわざとやったのではないか、とドワイトはむくれて腕を組み疑心暗鬼になる。
そして胡坐をかいた。樽のようなドワーフはそのポーズのままサヴァーク村まで反重力で運ばれていく。
「王様だ! ヒジリ王が来たど!」
【固定化】の魔法のかかった砂レンガの門を通って入ってきたヒジランド王に、村人たちがざわめく。
「本当に来てくださっただ!」
村人は皆白い布で全身を覆っているので、誰が誰だかわからない。
「皆がオバQのようだ」
村人の歓迎ぶりは凄まじく、一分ほど激しくオーガダンス(体を前後に激しく揺さぶる踊り)を踊ったかと思うと、一斉にヒジリの前にひれ伏した。
「こんな辺鄙な村まで足を運んで頂きまして、ありがとうございます、王様。おでは村長のオデンです。三十一歳独身のオーガメイジです」
村長らしき女が、布に開いた穴から潤んだ目を向け、こちらが聞いてない情報を話すので、ヒジリは苦笑いをした。
「皆、楽にしてくれたまえ。それにしてもオーガメイジの村長とは珍しいな。一般的にオーガはメイジを嫌うものだろう?」
「へぇ。これも王様のお陰です。王様が御活躍なされたお蔭でオーガメイジの地位も上がりました。なので、おでが村長に選ばれて村を治めておりまんす」
「なるほど。君はなんの魔法が使える?」
「へぇ。土魔法の【固定化】とコモンマジックだけです。王様のように【電撃の手】【雷球】【稲妻】【魔法無効化】を使えるようになれたらどれだけ素晴らしいことでしょうか」
それを聞いてヒジリは方眉を上げてウメボシに囁く。
「私のパワードスーツの攻撃は、一般的に見ると魔法扱いなのか?」
「まぁ、魔法図鑑を見る限り、マスターの雷攻撃は、彼女が言った魔法とよく似ていますからね。マスターもある程度魔法の知識を頭に入れたはずですよ? もう忘れたのですか?」
「魔法の本を読んでも検証できないから歯痒くてな。読んでもすぐに忘れてしまうのだ。となれば、私は一般的に認識されている魔法に、わざわざ必殺技名を付けて放っている事になるな」
「ええ、そうですよ? 今頃になって恥ずかしくなってきましたか? ヒジリサンダーとか、そもそものネーミング自体が恥ずかしいですよ?」
「くっ! 君だって時々ウメボシビームとか言っているではないか。となると私は何でもないものに名前を付けて、特別感を出す中二病男子みたいなものだったという事かね?」
「えっ? 今までその自覚がなかったのですか? マスター」
「ぐぅ・・・」
頬を赤らめてプイと横を向いて拗ねる主が、ウメボシは堪らなく愛おしかったが、主が黙ってしまったのでウメボシがこの場を仕切る事にした。
「さてさて、水の確保の依頼でしたね? これまでどうやって水を得ていたのですか?」
オデンが説明を始めようとするとドワイトが遮った。
「ウメボシお嬢ちゃん、この炎天下で話をするのは勘弁してもらいたいもんじゃ。砂漠の砂粒に誓って、ワシの錆び色の髪と髭がこのままでは炎色になってしまうぞぃ。ウォール家のドワーフなんて呼ばれたくないもんじゃわい」
舌を出してハァハァと息をするドワーフを見て、ウメボシは村の四隅に太いポールを物質変換装置で作り出し、そのポールに巨大な白いタープをピンと張った。
村全体が日陰に包まれ、途端に涼しくなると、オーガ達がどよめいて喜ぶ。
「流石は現人神様の使い魔!」
村人は全身を覆う布を一斉に脱いだ。目だけ出していたのでそこだけ日焼けしており、パンダのような顔だがよく見ると色白の美男美女揃いである。
「村長以外は若者しかいないようだが?」
ヒジリの質問にオーガ達は沈んだ顔をする。沈んでばかりいても仕方がないと思った村長のオデンが、黒い長髪を手櫛で整えてから口を開いた。
「お父ちゃんとお母ちゃんたぢは、水場争いに巻き込まれて巨人に連れていかれて人質にされてるだ」
「巨人?」
「んだ。あの水場は神様にゆかりのある聖地でもあるんです。おでたちは先祖代々ずっとあの水場を守ってきたんですけど、そでは巨人たちも同じなんだど。これまでは仲良くオーガと巨人で水を分け合って飲んでいたけど、湧き水の量が減り始めてから、お互い争うようになっでしまったんです。体の大きな巨人は一回に水を飲む量が多いだとか、数が多いオーガの方が沢山飲んでいるとかで」
「まぁよくある水場争いじゃわな。ワシらドワーフは新しい井戸を掘るから、そんな争いをしたことはないがの」
「となりますと、水の確保を考えるのが最善かと思われます。原因さえ解決すれば、巨人達も人質を解放してくれるでしょう」
「おで達は頭が悪いので、頭の良い王様に知恵を借りたくて、嘆願書を出した次第でござります」
ヒジリは顎を摩ってから、地面に手を当てる。網膜モニターには水脈を示すデータはない。
「ふむ、湧き水があるのが不思議だな。水脈は見当たらない。となると聖地の湧き水は、サカモト博士の装置によるものか」
地球人は水分を集める小型の装置を旅行時に携帯する。大気や地中から水分を集めて飲み水にするフィルターの付いた箱のような装置だ。
「装置で泉を作り出すほどの量ならば、意外と近くに水脈があるはずなのだが?」
ヒジリは大気成分を調べてから、日陰の端に行き、空を見上げた。
「ほう、上空は風が強く、水分を多量に含んでいるな。しかし雨になって落ちるのは、この土地ではない。東海岸の沼地に降る。それをサカモト博士は集めていたわけか」
「ウメボシは、数千年も稼働していた装置に驚きです」
「装置の開発会社であるトゥートゥーに教えたら大喜びしそうだな。何千年ももつ耐久力なのだから」
「で、どうしますか? マスター。装置を直しますか? 一世紀前の装置なので、知的所有権は消えておりますから、ウメボシにも修理はできますよ?」
「数千年もった一世紀前の製品か。なんだか頭がこんがらがるな。一世紀前の人間がタイムワープして、一万年前の惑星ヒジリにいた事が未だに信じられん」
「しかし、これまでの遺跡調査でそれは証明されています」
「そうだな。否定する要素など・・・」
ウメボシに返事をしようとしたヒジリは、空気の乾燥で喉が少しだけ嗄れていたので、ポケットから質量のあるホログラムで作られたペットボトルを取りだし、ゴクゴクと飲んだ。
それをオーガ達は生唾を飲んで見ている。
「おっと! すまない。君達も喉が渇いていたのだな。ウメボシ、皆に冷えたビールでも出してやってくれ」
「ビール! ビールとはエールに似たシュワシュワするやつじゃろ?」
ドワイトが興奮して髭を引っ張りながら目を見開いた。
「そうだ。最近オーガの酒場のメニューに加わった。ドワイトも飲むかね?」
「勿論じゃ! 早くくれ!」
ヒジリがウメボシに目配せをすると、球形のアンドロイドは頷いた。
「では皆さん、手のひらを上に向けてください」
ウメボシの言葉にオーガ達は手のひらを上に向けると、次々にその手の上にジョッキに入ったビールが現れる。
何人かはいきなり手のひらに現れた冷たいビールをこぼしそうになったが、貴重な水分を逃すまいと慌ててしっかりと掴む。
「ひゃあ! ひゃっこい!」
嬉しい悲鳴を上げるオーガ達に、ヒジリは水を掲げて言う。
「さぁ各々喉を潤したまえ! 乾杯!」
ヒジリが水を掲げて乾杯と言う頃にはドワイトは既にビールを飲み干しており、空になったガラスのジョッキをウメボシに向けておかわりを催促していた。
オーガ達は大事そうにビールを口に含む。円やかな泡と爽やかなホップの苦み、シュワシュワとした喉越しに驚く。
「う、うめぇ! 飲むのが止められないど!」
オデンはごくごくとビールを飲み干して、口の上に泡の髭を作ったので、ヒジリはそれを見て微笑む。
「取りあえず二杯までにしておくか。これからまだまだやることがあるのでね。酔っぱらいになられては困る」
飲み干したジョッキにまたビールが現れたので、オーガ達は最後の一杯という事でちびちびと飲もうとしたが、温くなると美味しさが半減するとヒジリに言われたので急いで飲む。
「かぁー! 二杯目もキンッキンに冷えてやがる!」
鼻の尖った長髪のオーガがそう言って口の泡を拭った。
(カ〇ジかな?)
ヒジリは長髪のオーガを見てそう思ったが、それ以上は何も考えようにした。
「さて、取りあえずサカモト博士の装置を直すのは止めて、ローテクで何とか水を作りだそうか。なるべくこの星にあるもので何とかするのが、私のモットーなのでね」
「そでで、どうするんですか? 王様」
オデンは名残惜しそうに、空になったガラスのジョッキを見つめた後にヒジリに尋ねた。
「そうだな。目の粗い網はあるかね? あとは雨どいと、とても長い筒があればいい」
「網なら野鳥を捕まえる網があるど。長い筒は細デスワームの抜け殻があるます。丈夫で軽くて長い。雨どいはその辺の家から外しまんす」
「よし」
ヒジリはオーガ達がすぐに材料を持ってきたので、早速水を集める道具の製作に取り掛かった。
「まずはこの長い雨どいに三つの穴を開ける。両端に一つずつ、真ん中に一つ。端の穴には棒を通してその棒に網を広げてくくりつける」
オーガ達にはヒジリが作ろうとしているものが、どう見ても野鳥捕獲用の罠にしか見えないので、肩を竦めて首を捻る。
「で、真ん中の穴にこのデスワームの抜け殻を通して、数匹分繋ぎ合わせていく」
雨どいで集めた水を流す水路を、デスワームの殻で作ろうとしているのだ。真ん中の穴に抜け殻の先端を出すと少し花びらのように開いて穴からすっぽ抜けないようにする。
「このデスワームの抜け殻は、アルミのように加工しやすいのに丈夫だな。不思議な素材だ」
「安価な小手にも使われる素材じゃからな。(はぁ・・・。ビールをもっと飲みたい)」
ドワイトはビールジョッキをウメボシに向けて掲げたが、炭酸水しか入れてもらえなかった。
ヒジリは一つ百メートルはある細いデスワームの抜け殻を、真っ直ぐに次々とつなぎ合わせていく。柱が異常に長い、網の帆といった感じである。
一キロもつなぎ合わせたので、ヒジリの姿は砂丘の段差で村から見えなくなり、暫くすると砂煙を上げてホバリングしながら戻ってきた。
「で、この道具に【固定化】の魔法をかける。よろしく頼むよ、オーガメイジのオデン」
「お、おでの魔法で?」
「そうだ、君の魔法だ。魔法の継続時間はどれくらいかね?」
「恥ずかしながら、おでの魔法だと半年です。普通のメイジなら一年はもちますけんど」
「十分だ。半年ごとに【固定化】の魔法を頼む」
「わがりました」
オデンは胸の谷間からワンドを取りだすと「チンカラホイッ!」と唱えて出来上がった簡易給水塔に魔法を付与した。
魔法のエフェクトどころか魔法自体が見えないヒジリは、オデンのあまりに短い詠唱に驚く。
「そんな適当な詠唱で大丈夫かね?」
その問いにオデンではなく、ウメボシが答えた。
「イグナ曰く、魔法を具現化できるのであれば、何だっていいそうですよ。初心者ほど魔法書の呪文通り唱えなければ、魔法を発動させる事がきないと言っておりましたので、オデン様はそこそこの魔法使いだと思います」
オデンは恥ずかしそうに頭を掻く。
「おではこの魔法ばっかり練習しただ。この魔法は結構、いい金になるんだど」
「ほう?」
ヒジリのアーモンド形の目が興味深そうに自分を見るので、オデンはモジモジとして照れる。
「【固定化】の魔法をかけると、暫くの間は風化したり劣化したりしないんだど。だから武器や防具や道具にこの魔法をかけてやると、皆喜んでお金をくでるのでず」
オーガにしては恥ずかしがり屋なオデンを、ヒジリは可愛いと思って微笑むと、背後でウメボシが嫉妬する気配がしたので真顔に戻し、【固定化】の魔法のかかった道具を触ろうとしたが、すぐに手を引っ込めた。
「おっと危ない! 私が持つと魔法効果が消えるのだった。君達これを水瓶に差し込んでくれたまえ」
ウメボシは日陰を作っていたタープを消すと、大きな水瓶の木蓋にデスワームの抜け殻が丁度入る穴を開ける。
その穴にオーガ二人が無造作に、網の付いた簡易給水塔を立てる。水瓶にも【固定化】の魔法がかかっているので、強風が吹こうがオーガが押そうがびくともしない。
「よし。これで明日の朝には、上空を流れる霧や雲の水分で水瓶がいっぱいになるだろう。この程度の取水であれば東の沼地への影響はない」
ヒジリは自信満々にそういうと、一仕事終えたという顔をして自分で作った給水塔を見上げた。
オーガたちは、なんでこれで水が手に入るのかを分かっていない。
「明日は巨人の村に赴くか。同じ給水塔を作ってやればもう水飲み場を巡って争う事はない。今日の仕事は終わり! 君達、ビールでも飲むかね?」
疑問に思ってヒジリに装置の仕組みを聞こうとした矢先に、ヒジリがまたビールを出すと言ったので誰もがはしゃぐ。
「飲むっ!飲む! くれ!」
ドワイトが真っ先にジョッキを掲げてウメボシの頬に押し付けた。それが礼儀だと思ったのか、オーガ達も一斉にウメボシにジョッキを押し付けた。
「おぷぷ! 慌てないでください! すぐにビールをお出しますから!」
「モテモテだな、ウメボシ」
「こ、こんなモテ方は嬉しくありません!」
主がニヤニヤしながら空のペットボトルを掲げたので、ウメボシはそのペットボトルに皆と同じ黄色い泡立った液体を注ぐ。
オーガもドワイトもビールを美味しそうにゴクゴクと飲んでいるので、ヒジリもたまにはビールを飲むのも良いか、とペットボトルの中のビールを勢いよく呷った。
「ブーッ! クサッ! なんだこれは!」
ヒジリは勢いよくペットボトルの中身を吹き出したので辺りに虹ができる。
「あ、それですか? ウメボシのオシッコです。マスターがウメボシに意地悪を言った罰です」
「なに! なんだ、ウメボシの尿か。ならいいのだ。ゴクゴク」
「えっ!?(ドキッ! 心臓がトゥクン!)」
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
【R18】追放される宿命を背負った可哀想な俺、才色兼備のSランク女三人のハーレムパーティーから追放されてしまう ~今更謝ってきても
ヤラナイカー
ファンタジー
◯出し◯ませハメ撮りをかまして用済みだからもう遅い!~
(欲張りすぎて、タイトルがもう遅いまで入らなかったw)
よくある追放物語のパロディーみたいな短編です。
思いついたから書いてしまった。
Sランク女騎士のアイシャ、Sランク女魔術師のイレーナ、Sランク聖女のセレスティナのハーレムパーティーから、Aランク|荷物持ち《ポーター》のおっさん、サトシが追放されるだけのお話です。
R18付けてますが、エッチと感じるかどうかは読む人によるかもしれません。
実家が没落したので、こうなったら落ちるところまで落ちてやります。
黒蜜きな粉
ファンタジー
ある日を境にタニヤの生活は変わってしまった。
実家は爵位を剥奪され、領地を没収された。
父は刑死、それにショックを受けた母は自ら命を絶った。
まだ学生だったタニヤは学費が払えなくなり学校を退学。
そんなタニヤが生活費を稼ぐために始めたのは冒険者だった。
しかし、どこへ行っても元貴族とバレると嫌がらせを受けてしまう。
いい加減にこんな生活はうんざりだと思っていたときに出会ったのは、商人だと名乗る怪しい者たちだった。
騙されていたって構わない。
もう金に困ることなくお腹いっぱい食べられるなら、裏家業だろうがなんでもやってやる。
タニヤは商人の元へ転職することを決意する。
魔王の娘な陰キャロリ巨乳トラップマスターが罠で勇者を発情させ過ぎて、オナニーに夢中な姿を発見されて襲われ連続敗北イキして裏切り幸せ堕ちする話
フォトンうさぎ
ファンタジー
魔王の三女、ダルクネス・ユビドラ・フォーレンゲルス。通称、トラップマスターのダルクネス。彼女は魔王の子として生まれたとはいえ、魔力も体力も弱くて扱いも酷い一人ぼっちの根暗魔族であった。
貧弱でロリ巨乳な彼女がやることといえば、自分が作ったトラップだらけのダンジョンを監視しながら、哀れに散る冒険者達を観察しながらの引きこもりオナニー。
そんな彼女は今回、ダンジョンを攻略しにきた勇者クオンたちへ、特殊な催淫トラップを使用してその様子と快感を楽しんでいた。
しかし、勇者はいつの間にか催淫トラップを乗り越えて監視を潜り抜け、のけぞるほど激しい自慰をしているダルクネスの元までたどり着いていて……。
表紙は『NovelAI』に出力していただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる