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ケリマワル
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「やぁ諸君」
ビャクヤとリンネが部屋に入ると、優男が椅子から立ち上がった。エルフの爺は顔の前で手を組んだまま、部屋の入口にいる俺をじっと観察している。
(入り口が狭ぇんだわ)
人差し指の爪でドア枠の外側の壁を切って、中に入る。
「おっと、入り口が狭かったか。悪かったね、キリマル君。ん、彼は?」
キラキとエルフの爺を警戒していたピーターが、俺の陰から現れてお辞儀をする。
頭を上げるとピーターは右手の小指と人差し指を折り曲げ、三本の指を立てた。
「やぁ! 僕はピーター! 怪しい者じゃないよ! キリマルの親友さ!」
このポーズは地走り族が友好を示す時のポーズで、由来は三本の指だけでは盗みが難しいので、君の物を盗んだりはしないというものだ。
しかし、そんな意味も知らず、キラキも同じように三本指を見せた。同種族同士でしかそれはしないので、俺からすれば滑稽に見える。
他種族はその挨拶をされても、頷いて財布や小銭袋を盗みにくい所にそっと移動させるだけだ。
「へぇ、悪魔の君に親友がいるなんてね! 私は竜騎兵騎士団団長のキラキ・キラキ。奥のエルフのご老人は魔法騎士団団長のクロノ殿だ」
相手が何者だろうが、フランクな対応をしやがるな、キラキは。
「まぁそのチビの戯言は無視していい。で、何用だ」
「コラッ! 無礼ですよッ! キリマルッ!」
ビャクヤが俺に礼儀正しくしろと促す。うるせぇな~。
「それでッ! 何用でございましょうかッ! キラキ団長閣下ッ!」
お前も一々ポーズをとるから無礼なんだがな、ビャクヤよ。
「ふむ、実はね・・・」
「キラキ様、オビオ・ミチ様とサーカ・カズン様をお連れいたしました」
「ああ、丁度良かった! 入りたまえ」
まぁ当たり前だが、オビオとサーカはピーターを見て驚く。
「ピーター! なんでここに? それにアクマさんも!」
「アクマさん? 二人は知り合いかね?」
キラキが俺とオビオを見て言う。
「俺が焼き菓子を買うのを迷ってたら、オビオが自作の焼き菓子をくれたんだわ」
ビャクヤは俺の声の中にある違和感を汲み取り、【読心】の魔法で心を読んで、小さな声で「なるほど」と言った。
恐らくオビオと戦った記憶も読み取っているのだろう。そして俺が正体を明かしていない事も。
「アクマ君ッ! では昨日渡した銀貨を返したまえッ!」
キリマルと呼ばずにアクマ君と呼ぶビャクヤの目配せに、キラキは気づいて取り敢えず合わせてくれた。
「まぁ適当にソファなどに座ってくれたまえよ。アクマ君には悪いが椅子を用意できなかったのでね、絨毯の上にどうぞ。その絨毯は新品だから汚れてはいないよ。それにしても君は前よりも大きくなってないかね? 今は三メートルぐらいあるよ」
「成長しているんだ? アクマさんは逆に最終的にフリーザみたいに小さくなったりしてな」
「???」
キラキは何の話だという顔でオビオを見て、まだ部屋の壊れた出入り口にいる二人を招き入れた。
フリーザネタなんて俺以外の誰がわかるんだぁ? オビオ。
まぁ俺も知らないフリをして笑わなかったがな。
座るまでピーターが如何に苦労をして二人を探したかを、くどくどと小声でオビオに説明していたが、話を始めたいクロノの咳払いに遮られた。
「もう闘技大会の件はギルドの告知などで知っているかもしれないがね。冒険者でもあるビャクヤ君やリンネ君や・・・、キリマル君は」
しわがれ声のエルフは、キラキの気遣いを【読心で】知っておきながら、敢えて俺の名前を言ったのだ。
さぁ、修羅場が来るぞ。
オビオはあの殺戮の場で、誰も助けられなくて悔いていたからな。俺があの世界から消えた後、殆どの奴は生き返ったかもしれねぇが、本当に死んだ奴もいる。
――――それに、なにより。
俺はオビオを本気で殺すつもりでいた。奴の腹ァ刺した時に殺意は伝わったはずだぜ? 爆発の手も使ったんだがなぁ? なぜか不発だったけどよ。
名を知ったオビオが席から立つと、眼窩に陰を作って俺にツカツカと歩み寄ってきた。
そして絨毯に胡座をかく俺を見て爽やかな笑顔を見せる。
(は? その笑顔はどういう意味だ? 怒ってんじゃねぇのか?)
「なんだ、名前があるんじゃないですか! ケリマワルさん! 教えてくれれば良かったのに!」
プスーッ! とビャクヤが笑ったが、リンネがシルクハットを叩き落としたので変態仮面は慌てて拾いに行く。
なぜオビオが俺をケリマワルと勘違いしたのかというと、クロノの発音がおかしくて、キリマルがケリマールかケリマワルに聞こえなくもないからだ。
「そ、それでは話を始めてもいいかな? オビオ君にケリマワル君。ケリマワル君はこれから話す内容に興奮して、その辺の調度品を蹴りまわったりしないようにね」
キラキはニヤニヤしながらそう言うと、エルフが鼻に皺を寄せて無言の抗議をした。まぁ俺がキリマルだとバレるのも時間の問題だろうよ。
エルフが後で正確な名前を教えるだろうし、ピーターもいる。
「で、本題だがね。今回の闘技大会は元冒険者であったワシの私財を投じて行われる。個人的な大会なので細かいルールはワシが決めた。これまでの王国開催の闘技大会は相手を殺すと、無条件で負けだったがルールを変更させてもらう。使い魔や召喚獣、調教した魔物の類に限っては殺して良いルールにしたのだ。国王陛下からも許可を取ってある」
「へぇ。そりゃ面白そうじゃねぇか。範囲攻撃に巻き込まれた人間が死んだ場合は?」
俺はワクワクしながら聞いた。
「事故扱いだ。これも国王陛下に了承してもらった」
(ヒヒヒ)
俺が心の中で喜んで笑っていると、咎めるような視線をビャクヤが向けてくる。コラ、お前、糞。闇堕ちしそうになってたくせに、偉そうだぞ。
「つまりッ! 互いに魔物なりを出してッ! 魔物で戦う感じの戦いの感じですかッ!」
何回同じ言葉を繰り返してんだ、ビャクヤは。ちゃんと喋れ。
「そう。お互いに魔物なり怪物なりモンスターなりを呼び出して、戦ったりする感じの感じです」
この部屋にはビャクヤが二人いるような錯覚に陥るだろうが、キラキめ。
「で、それが私達になんの関係がある? オビオは耐久力の高い肉盾コック。私は樹族の騎士。ピーターはこそ泥。この中には召喚士どころか魔物使いもないぞ」
サーカが眉の下まである、揃えられた前髪の下からクロノを睨んでいる。
そういや、サーカもリンネもポニーテールだ。コズミックペンの好みか? ヒジリもそうだし、俺もかつてはそうだった。どうでもいいか。
「西の大陸に戻りたいのだろう? サーカ姫」
サーカは姫扱いされている。なんでだ? まぁ皮肉かお世辞だろうよ。
「そうだが?」
クロノに負けず、つららのような尖った声が部屋に響く。
「その方法を私は知っている」
「ほう?」
「なんだッ! そんな事ですかッ!」
ビャクヤが奇妙なポーズを取りながら、サーカとクロノの視線に入り込んだ。
「それならばッ! 吾輩のッ! 転移魔法で一発でございますッ!」
サザエでございますっ! みたいな言い方をするな!
「一発とはいかないよね・・・」
リンネがすぐに訂正する。確かにこいつは一発でどこにでも行けるが、長距離の転移魔法をすると時間がおかしくなる。
西に行けば行くほど時間が進み、東に行けば行くほど過去に戻るという奇妙な現象が起きるのだ。それも確証はない。次使えばどうなるかは想像したくもないので、ビャクヤに使用禁止を約束をさせている。
だからビャクヤがたまに大げさに「グレタァアア! テレポーテーションヌ!」とか「ロケーション・ムーブ!」とか言っているが、ありゃあ大概普通の転移魔法だ。
「転移無効化結界の外からこまめに転移を繰り返し、小島を伝ってノーム国へと向かい、そこから飛空艇で一発ですッ!」
「だから一発じゃないじゃん」
「それは君たちがニムゲイン人だから出来たこと。ゆえに出国許可も簡単に得られたのだ。だが、異邦人である彼らは違うな。罪人扱いはされていないが、不法入国者と同じ扱いなのだ」
クロノの言葉にサーカの目が更にきつくなる。
「なに! 不可抗力でこんな田舎島まで飛ばされた我らが罪人だと! 無礼だぞ! 平民が!」
「ワシが平民かどうかは関係ありませんな、姫君。この国の法律なのですよ」
「で? 贖罪として闘技場で戦えと? 勝ち抜いて恩赦を貰い、出国許可を得ろと?」
「そういう事でございます。個人で開く大会とはいえ、国王陛下も観覧に来ますゆえ。勝ち残れば間違いなく、恩赦や優遇、その他の取り計らいを得られるでしょう」
「例えば?」
「ノームの飛空艇の手配。気まぐれな彼らでも、友好国国王の頼みを無下にはできませんからな」
「ふん、回りくどいわ、阿呆が。優秀なメイジを雇って転移して脱出でもするか。行くぞ、オビオ」
「それをするにしても!」
クロノの大声に、部屋を出ていこうとしたサーカの足が止まる。
「この国で一番の魔法使いは、そこの仮面のメイジ、ビャクヤ。普通のメイジの魔法では転移距離が足りずに海に落ち、激しい潮流に巻き込まれて溺れ死ぬか、海の怪物に食われて死ぬか。ワシも若い頃に試して死にかけたので間違いない」
クロノの指差した先にいる仮面のメイジを、サーカは足元からゆっくりと仮面まで見る。
「魔人族か・・・。では彼を雇うまで」
「残念だが、彼が罪人に手を貸すことはない。ビャクヤは善なるメイジですからな。本来なら白ローブを着ているはずだが」
そう言われてビャクヤは変質者のようにマントを広げて、クロノにビキニパンツと光る幾何学模様の入った青い肌を見せた。
「白いの、見せませうかッ?!」
この場で下ネタを言う勇気。その胆力を戦闘中に発揮しろ。アホが。
「み、見せんでいい。とにかく、西の大陸に帰りたいなら、正当なる手順を踏んで出ていってもらいたい。例え事故でここに来たとしても、滞在国の法を尊重してもらわないと困りますな」
「ふん、これだからレッサーオーガは・・・。戦って恩赦を得ろとはなんとも野蛮な法。樹族国には既に闘技場などないというのに。このニムゲイン王国とやらも早く精神的進化をするのだな!」
「で、返事は?」
クロノの冷たい青い目が、サーカの目と合う。
「選択肢はないのだろう? 優秀な召喚士や魔物使いはどこで仲間にできる?」
「それなら既に揃えておりますよ、サーカ姫」
エルフの老人は目的を達成したので、もうこの場に居ることすら興味がなさそうだ。背もたれに背中を預けて気の抜けた顔で天井を見つめ、足で回転椅子を回している。
この態度は探求者の性質だな、と俺は思った。
目的に真っすぐ進み、達成できると確信した途端に、今までやっていた事に興味を失くし、次の目的への道筋を考えている。ヒジリとよく似ているじゃねぇか。腹立つな。
ビャクヤとリンネが部屋に入ると、優男が椅子から立ち上がった。エルフの爺は顔の前で手を組んだまま、部屋の入口にいる俺をじっと観察している。
(入り口が狭ぇんだわ)
人差し指の爪でドア枠の外側の壁を切って、中に入る。
「おっと、入り口が狭かったか。悪かったね、キリマル君。ん、彼は?」
キラキとエルフの爺を警戒していたピーターが、俺の陰から現れてお辞儀をする。
頭を上げるとピーターは右手の小指と人差し指を折り曲げ、三本の指を立てた。
「やぁ! 僕はピーター! 怪しい者じゃないよ! キリマルの親友さ!」
このポーズは地走り族が友好を示す時のポーズで、由来は三本の指だけでは盗みが難しいので、君の物を盗んだりはしないというものだ。
しかし、そんな意味も知らず、キラキも同じように三本指を見せた。同種族同士でしかそれはしないので、俺からすれば滑稽に見える。
他種族はその挨拶をされても、頷いて財布や小銭袋を盗みにくい所にそっと移動させるだけだ。
「へぇ、悪魔の君に親友がいるなんてね! 私は竜騎兵騎士団団長のキラキ・キラキ。奥のエルフのご老人は魔法騎士団団長のクロノ殿だ」
相手が何者だろうが、フランクな対応をしやがるな、キラキは。
「まぁそのチビの戯言は無視していい。で、何用だ」
「コラッ! 無礼ですよッ! キリマルッ!」
ビャクヤが俺に礼儀正しくしろと促す。うるせぇな~。
「それでッ! 何用でございましょうかッ! キラキ団長閣下ッ!」
お前も一々ポーズをとるから無礼なんだがな、ビャクヤよ。
「ふむ、実はね・・・」
「キラキ様、オビオ・ミチ様とサーカ・カズン様をお連れいたしました」
「ああ、丁度良かった! 入りたまえ」
まぁ当たり前だが、オビオとサーカはピーターを見て驚く。
「ピーター! なんでここに? それにアクマさんも!」
「アクマさん? 二人は知り合いかね?」
キラキが俺とオビオを見て言う。
「俺が焼き菓子を買うのを迷ってたら、オビオが自作の焼き菓子をくれたんだわ」
ビャクヤは俺の声の中にある違和感を汲み取り、【読心】の魔法で心を読んで、小さな声で「なるほど」と言った。
恐らくオビオと戦った記憶も読み取っているのだろう。そして俺が正体を明かしていない事も。
「アクマ君ッ! では昨日渡した銀貨を返したまえッ!」
キリマルと呼ばずにアクマ君と呼ぶビャクヤの目配せに、キラキは気づいて取り敢えず合わせてくれた。
「まぁ適当にソファなどに座ってくれたまえよ。アクマ君には悪いが椅子を用意できなかったのでね、絨毯の上にどうぞ。その絨毯は新品だから汚れてはいないよ。それにしても君は前よりも大きくなってないかね? 今は三メートルぐらいあるよ」
「成長しているんだ? アクマさんは逆に最終的にフリーザみたいに小さくなったりしてな」
「???」
キラキは何の話だという顔でオビオを見て、まだ部屋の壊れた出入り口にいる二人を招き入れた。
フリーザネタなんて俺以外の誰がわかるんだぁ? オビオ。
まぁ俺も知らないフリをして笑わなかったがな。
座るまでピーターが如何に苦労をして二人を探したかを、くどくどと小声でオビオに説明していたが、話を始めたいクロノの咳払いに遮られた。
「もう闘技大会の件はギルドの告知などで知っているかもしれないがね。冒険者でもあるビャクヤ君やリンネ君や・・・、キリマル君は」
しわがれ声のエルフは、キラキの気遣いを【読心で】知っておきながら、敢えて俺の名前を言ったのだ。
さぁ、修羅場が来るぞ。
オビオはあの殺戮の場で、誰も助けられなくて悔いていたからな。俺があの世界から消えた後、殆どの奴は生き返ったかもしれねぇが、本当に死んだ奴もいる。
――――それに、なにより。
俺はオビオを本気で殺すつもりでいた。奴の腹ァ刺した時に殺意は伝わったはずだぜ? 爆発の手も使ったんだがなぁ? なぜか不発だったけどよ。
名を知ったオビオが席から立つと、眼窩に陰を作って俺にツカツカと歩み寄ってきた。
そして絨毯に胡座をかく俺を見て爽やかな笑顔を見せる。
(は? その笑顔はどういう意味だ? 怒ってんじゃねぇのか?)
「なんだ、名前があるんじゃないですか! ケリマワルさん! 教えてくれれば良かったのに!」
プスーッ! とビャクヤが笑ったが、リンネがシルクハットを叩き落としたので変態仮面は慌てて拾いに行く。
なぜオビオが俺をケリマワルと勘違いしたのかというと、クロノの発音がおかしくて、キリマルがケリマールかケリマワルに聞こえなくもないからだ。
「そ、それでは話を始めてもいいかな? オビオ君にケリマワル君。ケリマワル君はこれから話す内容に興奮して、その辺の調度品を蹴りまわったりしないようにね」
キラキはニヤニヤしながらそう言うと、エルフが鼻に皺を寄せて無言の抗議をした。まぁ俺がキリマルだとバレるのも時間の問題だろうよ。
エルフが後で正確な名前を教えるだろうし、ピーターもいる。
「で、本題だがね。今回の闘技大会は元冒険者であったワシの私財を投じて行われる。個人的な大会なので細かいルールはワシが決めた。これまでの王国開催の闘技大会は相手を殺すと、無条件で負けだったがルールを変更させてもらう。使い魔や召喚獣、調教した魔物の類に限っては殺して良いルールにしたのだ。国王陛下からも許可を取ってある」
「へぇ。そりゃ面白そうじゃねぇか。範囲攻撃に巻き込まれた人間が死んだ場合は?」
俺はワクワクしながら聞いた。
「事故扱いだ。これも国王陛下に了承してもらった」
(ヒヒヒ)
俺が心の中で喜んで笑っていると、咎めるような視線をビャクヤが向けてくる。コラ、お前、糞。闇堕ちしそうになってたくせに、偉そうだぞ。
「つまりッ! 互いに魔物なりを出してッ! 魔物で戦う感じの戦いの感じですかッ!」
何回同じ言葉を繰り返してんだ、ビャクヤは。ちゃんと喋れ。
「そう。お互いに魔物なり怪物なりモンスターなりを呼び出して、戦ったりする感じの感じです」
この部屋にはビャクヤが二人いるような錯覚に陥るだろうが、キラキめ。
「で、それが私達になんの関係がある? オビオは耐久力の高い肉盾コック。私は樹族の騎士。ピーターはこそ泥。この中には召喚士どころか魔物使いもないぞ」
サーカが眉の下まである、揃えられた前髪の下からクロノを睨んでいる。
そういや、サーカもリンネもポニーテールだ。コズミックペンの好みか? ヒジリもそうだし、俺もかつてはそうだった。どうでもいいか。
「西の大陸に戻りたいのだろう? サーカ姫」
サーカは姫扱いされている。なんでだ? まぁ皮肉かお世辞だろうよ。
「そうだが?」
クロノに負けず、つららのような尖った声が部屋に響く。
「その方法を私は知っている」
「ほう?」
「なんだッ! そんな事ですかッ!」
ビャクヤが奇妙なポーズを取りながら、サーカとクロノの視線に入り込んだ。
「それならばッ! 吾輩のッ! 転移魔法で一発でございますッ!」
サザエでございますっ! みたいな言い方をするな!
「一発とはいかないよね・・・」
リンネがすぐに訂正する。確かにこいつは一発でどこにでも行けるが、長距離の転移魔法をすると時間がおかしくなる。
西に行けば行くほど時間が進み、東に行けば行くほど過去に戻るという奇妙な現象が起きるのだ。それも確証はない。次使えばどうなるかは想像したくもないので、ビャクヤに使用禁止を約束をさせている。
だからビャクヤがたまに大げさに「グレタァアア! テレポーテーションヌ!」とか「ロケーション・ムーブ!」とか言っているが、ありゃあ大概普通の転移魔法だ。
「転移無効化結界の外からこまめに転移を繰り返し、小島を伝ってノーム国へと向かい、そこから飛空艇で一発ですッ!」
「だから一発じゃないじゃん」
「それは君たちがニムゲイン人だから出来たこと。ゆえに出国許可も簡単に得られたのだ。だが、異邦人である彼らは違うな。罪人扱いはされていないが、不法入国者と同じ扱いなのだ」
クロノの言葉にサーカの目が更にきつくなる。
「なに! 不可抗力でこんな田舎島まで飛ばされた我らが罪人だと! 無礼だぞ! 平民が!」
「ワシが平民かどうかは関係ありませんな、姫君。この国の法律なのですよ」
「で? 贖罪として闘技場で戦えと? 勝ち抜いて恩赦を貰い、出国許可を得ろと?」
「そういう事でございます。個人で開く大会とはいえ、国王陛下も観覧に来ますゆえ。勝ち残れば間違いなく、恩赦や優遇、その他の取り計らいを得られるでしょう」
「例えば?」
「ノームの飛空艇の手配。気まぐれな彼らでも、友好国国王の頼みを無下にはできませんからな」
「ふん、回りくどいわ、阿呆が。優秀なメイジを雇って転移して脱出でもするか。行くぞ、オビオ」
「それをするにしても!」
クロノの大声に、部屋を出ていこうとしたサーカの足が止まる。
「この国で一番の魔法使いは、そこの仮面のメイジ、ビャクヤ。普通のメイジの魔法では転移距離が足りずに海に落ち、激しい潮流に巻き込まれて溺れ死ぬか、海の怪物に食われて死ぬか。ワシも若い頃に試して死にかけたので間違いない」
クロノの指差した先にいる仮面のメイジを、サーカは足元からゆっくりと仮面まで見る。
「魔人族か・・・。では彼を雇うまで」
「残念だが、彼が罪人に手を貸すことはない。ビャクヤは善なるメイジですからな。本来なら白ローブを着ているはずだが」
そう言われてビャクヤは変質者のようにマントを広げて、クロノにビキニパンツと光る幾何学模様の入った青い肌を見せた。
「白いの、見せませうかッ?!」
この場で下ネタを言う勇気。その胆力を戦闘中に発揮しろ。アホが。
「み、見せんでいい。とにかく、西の大陸に帰りたいなら、正当なる手順を踏んで出ていってもらいたい。例え事故でここに来たとしても、滞在国の法を尊重してもらわないと困りますな」
「ふん、これだからレッサーオーガは・・・。戦って恩赦を得ろとはなんとも野蛮な法。樹族国には既に闘技場などないというのに。このニムゲイン王国とやらも早く精神的進化をするのだな!」
「で、返事は?」
クロノの冷たい青い目が、サーカの目と合う。
「選択肢はないのだろう? 優秀な召喚士や魔物使いはどこで仲間にできる?」
「それなら既に揃えておりますよ、サーカ姫」
エルフの老人は目的を達成したので、もうこの場に居ることすら興味がなさそうだ。背もたれに背中を預けて気の抜けた顔で天井を見つめ、足で回転椅子を回している。
この態度は探求者の性質だな、と俺は思った。
目的に真っすぐ進み、達成できると確信した途端に、今までやっていた事に興味を失くし、次の目的への道筋を考えている。ヒジリとよく似ているじゃねぇか。腹立つな。
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