殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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また来た!

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 ヘカティニスの母親が経営する酒場兼喫茶店に、ロロムとリツはいた。大きなソファーに座り、脚の低いテーブルには、香ばしい香りの飲み物が置かれている。

 そして目の前には神国ヒジランドの現人神が座っており、琥珀色の飲み物を楽しんでいる。

 ヒジリは最近、終の棲家として建てた桃色の小さな城に住んでおり、客を招く時はそこへ呼ぶのだが、今は喫茶店で対応をしている。

 という事はまだ心を許していない証拠だ、とロロムは捉えた。

(こちらがいくらヒジリ殿に敬意や恩義を感じていても、今の私は敵国の高官として来ているのですから当然ですな)

 ふと、いとこから聞いた出来事が頭を過る。

 ツィガル帝国魔法騎士団が犯した大罪――――。

 チョールズが何度も使者を送って帝国の傘下へ入れという通告を、長年無視してきたグランデモニウム王国に、魔法騎士団が行った秘密裏の作戦。

 それは狂王のいる城だけを狙った呪いのはずだったが・・・。

 ゾンビ化のスクロールは暴走し、広範囲へ効果が発動してしまったのだ。

 それによりグランデモニウム王国民の大半がゾンビとなり、現人神がゾンビを消失させて事態を収拾した。

 その後、ほぼ国として体をなしていないグランデモニウム王国を統治したのも現人神ヒジリである。

 樹属国の奴隷王と帝国では揶揄されているが、この男はそこいらの頭の悪いオーガとは違う。本当に自身の力で統治するつもりでいるのだろう。それだけの知性と行動力がある。

「ペナルティの件は後にしよう。ここに来た要件はなにかね? 一応、我が国は条件さえ整っていれば誰にでも入国が許される。だから敵国の君たちが来たとしても問題はない。が、先に一報をくれると助かるのだがね」

 皇帝顧問のロロムは、何から話すべきかを慎重に考えた。

(この合理主義者に、闇魔女が暴走するという占い結果がでたので、それを止めに来たなどと言っても信じてくれるだろうか? 答えは否。実際、暴走しかけたのはビャクヤ君だった。きっと闇魔女に降りかかる災難をビャクヤ君が引き受けたのでしょう。だから占いは外れたのです)

 的中率の高い占い師のオーク、ババ・バルガは些細な占いの結果では城に報告に来たりなどしない。

 その老婆が杖を突き、老体を引きずって城まで来たのだ。怯えながらチョールズの前に跪いて、西の大陸が消失すると告げに。

 結果的にそうはならなかったが、その引き金はあの黒竜にあったかもしれない。

(しかし、もう過ぎ去った話。もう一つの重要な件を・・・)

 ロロムは息を軽く吸って交渉を始める。

「実は、チョールズ・・・。ゴホン。ヴャーンズ皇帝陛下が、神国ヒジランドと国交を結びたいと申し出ています」

「ほう。国境付近の野営地が消えたわけはそれか。つい最近まで鉄騎士と暗黒騎士と魔法騎士の一個師団がいたな。あれは脅しだったのだろう?」

(脅しではなく、本当に攻め入るつもりだったのですが。帝国の斥候も樹族国側で軍隊が集結していたのを知っていましたからね。この現人神という存在を得た樹族国は、間違いなく帝国と対峙する道を選ぼうとしていたのを我らも知っていますよ)

 もし、我がいとこが冷血漢であれば戦争計画は続行していただろう。

 最高のタイミングで、ツィガル皇帝の数少ない身内である自分を救い出し、戦争を回避した現人神の強運は、運命の神の御業としか思えない。

「すぐに返事は出せないでしょうから、私達は数日間、ゴデの街に滞在させてもらいますよ。それでは部屋でも借りてきましょうかな。失礼します」

 そう言ってロロムは軽く頭を下げた。

「ふむ。損害賠償の件はその時にでも話そう。ではヒジランドの滞在を楽しんでくれたまえ」

 どんな要求をされるかわからず、国家間規模の損害賠償軽減交渉という重責を背負ったロロムは、ヒジランドの滞在を楽しめるはずもなく、項垂れて部屋を借りにカウンターまで歩いていく。

 その後を鉄傀儡のようなリツが、ガシャンガシャンと鎧の音をさせて後を追う。

 二人が十分に離れたのを見計らって、ずっと背後に浮遊していたウメボシがヒジリの耳元まで降りてきて囁いた。

「会話の間、ずっと上の空でしたね、マスター。そんなにビャクヤ様を逃したのが悔しいのですか?」

「ああ、あれほどの美形は見たことがない。ナンベルから聞いたが、黒竜を倒す突破口を作れるほどの実力があるメイジだ。手放すには惜しい逸材だった」

「え! そっちですか? サカモト粒子の件じゃなかったのですか?」

「冗談だよ、ウメボシ。勿論サカモト粒子の件だ」

「サカモト粒子を纏うセイバー様はいつも忙しそうですからね。それに彼はウメボシの追跡ナノマシンを簡単に振り落としてしまいますし。でしたらビャクヤ様を研究対象にする方が楽ですからね」

「うむ。で、ビャクヤ君は今どこにいるね?」

「自由都市国家ポルロンドまで転移しております」

 それを聞いたヒジリは残念がり、拗ねた顔をしてソファの背もたれにもたれ掛かった。

「遮蔽フィールドの穴の外か。リスクが高い。穴の中ですら時々遮蔽フィールドの影響が及ぶというのに」

 大昔、サカモト博士のような異星人の再来を恐れた樹族の科学者が作り出した――――、星を覆う遮蔽膜は、まるで四十一世紀の地球人の弱点をつくかのように、体内のナノマシンや埋め込まれたチップを狂わせる。

 もし、その膜に穴をあける装置を偶然発見していなければ、今頃ヒジリはありとあらゆる病気に感染して死んでいただろう。なのでヒジリが行動できる範囲は狭い。

 その行動範囲は樹属国とヒジランドと帝国の半分。それ以外での行動は身体能力と、抗体の弱体化リスクが急上昇する。

 勿論必ずそうなるわけではない。大気圏辺りを漂う膜の気分次第、高度次第だ。一ヶ月ほど全く降りてこない事もある。

「はぁ・・・。ビャクヤ・・・」

 ヒジリは溜息をついてコーヒーを啜り、仮面を外して悪魔キリマルにキスをするビャクヤの顔を思い浮かべた。

 するとウメボシが瞳を虹色にして頬を赤くし、うっとりとした視線をヒジリの股間に向けている。

「あ、あのマスター・・・。なぜに軽く勃起してらっしゃるのでしょうか? そ、その・・・必要ならばウメボシが処理してさしあげますが。ハァハァ」

「断る」



 ゾワワとビャクヤの背中に寒気が走る。

「何事ッ!」

 ノーム国行きの空港のど間中で、まるでブライト艦長がアムロを殴った時のような奇妙なポーズで、ビャクヤは後を振り返る。

「いつまで怯えてやがる。奴の気配ならねぇぞ。ヒジリが来れば、真っ先にアマリが気づく」

「とはいえッ! 場所は間違いなくバレていますッ! 彼から逃れるのは不可能ッ!」

「追ってこねぇってこたぁ、追えねぇ理由があるんだろうよ。気にするな」

「それにしてもキリマルは大きくなっちゃったね。オーガぐらいあるんじゃないの?」

 リンネが俺の横で背比べをしている。

 そのリンネを見て偶然、悪魔の目が発動した。

「腕力15、頑強さ17ってなんだ、おい。お前の方が異常な成長をしてんだろうが! 能力値ってのは滅多に上がらねぇんじゃねぇのかよ・・・」

「え? そうなの?」

 鑑定魔法は自身にはかけられないので、他人に見てもらうかマジックアイテムを使うかしないとわからねぇからな。

 リンネが仕返しのように俺の能力を鑑定魔法で勝手に見ている。

 未熟だった頃の俺なら、アマリが自動的に鑑定魔法をぶった切って邪魔をしていただろうが、今はそうではない。

「キ、キリマルだって化け物じゃん! 力25ってなによ! っていうか全部の能力が大きく上がってる!」

 驚くリンネを見てビャクヤは肩をすくめる。

「グレーターデーモンよりも凶悪な見た目の悪魔が、力12のままなわけないじゃないですかッ!」

 それでもあの現人神に勝てなかった。

 まぁ原因はわかっている。抜群の相性の悪さ。神属性で尚且魔法無効化能力は、悪魔を全否定するようなもんだ。

 今後、奴と戦うことになる悪魔には同情するぜ。

「それにしても・・・。くそったれ!」

 俺は転移後も続くヒジリから受けたダメージに呻く。いわゆる、スリップダメージってやつだ。ずっと毒のようにじわじわと俺の生命点を削っている。

「厄介だねぇ、神属性ってのは」

「大丈夫? キリマル」

 リンネが心配そうに俺を見ている。綺麗な青い瞳だ。くり抜きてぇ。

 片膝を空港の床に突いて苦しそうにしていると、ノームたちが集まってきた。

「キュル!」

「キュルル!」

 早口過ぎて普通なら聞き取れねぇが、悪魔の耳には聞こえる。

「大丈夫ですか?」

「手伝える事はありますか?」

 的な事を言ってるんだわ。クハハ! お人好しどもめ!

「残念ながら、ノームの皆さん。お前らに手伝える事は何もねぇ。俺は一度死ぬ。再召喚頼むぜ、ビャクヤ」

 そう頼んでビャクヤを見ると、奴は仮面を右手で押さえて左手を水平にし、笑っている。

「ヌハッ! ヌハッ! ヌハハハッ! ドゥーンと任せたまえッ!」

 その根拠のない自信はどっからくるんだ・・・。

 意識がスッと消えて闇の中で気持ちよく揺蕩っていると、いつの間に例の場所まで流されていた。

 闇の中からいつものように現れたゴブリンが、記憶の太陽の光を反射させる瓶底眼鏡をクイクイと上げながら憤慨する。

「また来たでヤンスよ!! この悪魔は! 全くもう!」
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