殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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ビャクヤの本気

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 玉座に座り、飾り気のないひじ掛けに肘をつき、絶対的権力者としての風格を見せつけるゴブリンに、ビャクヤは自然と頭を下げた。

 儀礼的敬意を見せているのではなく、畏怖の表れとして――――。

 そして軽く自問自答する。自分にはチョールズ・ビャーンズ皇帝ほどの資質が備わっているのだろうか? いつかあの玉座に座って家来たちを見下ろす日が。

 面会予定になかった自分を、半円形の目で見つめてくるゴブリンに優雅に跪き、仮面に愛想の良い表情を映す。

「ご機嫌麗しゅう、ヴャーンズ皇帝陛下」

「うむ」

 ゴブリンメイジの皇帝は特に気分を害しているようには見えないが、両手の全指先を何度も合わせながら鋭い視線をある人物に向けていた。

 視線の先には、仕事を全うしなかった下水道守りのブーマーがいる。

「侵入者を易々と連れて来られては困るのだがね、下水道守りのブーマー」

 しかしブーマーは跪いた姿勢から顔を上げて、ニカッと笑った。

「違います、ヴャーンズ様。ビャクヤとリンネは、おでのお友達です」

「そうかね。それは失礼した。ではブーマーの友達をもてなさねばな。しかし・・・。その前にケジメもつけてもらおう。さて・・・どうするか? いでよ、ウェイロニー!」

 ヴャーンズがサキュバスの名を呼ぶと、ドロンと煙が上がって、貧乳だがムチムチとした悪魔が現れた。

「はぁい、ヴャーンズ様。御身の横に」

「では命令する。下水道をろくに警備できない愚か者に犬を放て!」

「仰せのままに」

 ウェイロニーがパチンと指を鳴らすと、どこからともなく双頭の黒犬が現れてブーマーに襲い掛かった。

(土食いトカゲを倒せるのだから、オルトロスぐらい平気でしょうッ!)

 ビャクヤはそう考えて見守っていたが、ブーマーは「うわぁぁ! おたすけ!」と喚くと、オルトロスに追い立てられて謁見の間から出て行った。

「ははは! ブーマーの道化っぷりはいつ見ても面白い。さてさて、この地を去れといったはずだがね、ノーム国のお二方」

「その・・・。あれこれと言い訳がましい事を言いたくないのでッ! 単刀直入に言わせてもらいまんもすッ。マサヨシ殿に合わせて欲しいのですがッ!」

 ああ、あの豚人かと小さく呟いてヴャーンズは、指を合わせるのを止めた。

「あれは我がいとこのお気に入りでな。今は中庭で召喚術の練習をしておる。何用か」

 皇帝は何かを警戒してビャクヤを睨む。途端に【読心】の魔法を常駐させているビャクヤの脳裏に、映像が浮かんだ。

 彼は、いとこのロロムを暗殺しに来たのではないかとこちらを疑っている。

 そしてビャクヤはゴブリンの瞳から【読心】の魔法の気配を感じた。つまり互いに読心の魔法を使って腹の探り合いをしていたのだ。

(情報を偽る理由はないッ!)

 そう思ったビャクヤはこれまでの出来事を思い返して、ヴャーンズが頭の中を覗き見るままにさせていた。

「ほう! 折角やった魔法の合わせ鏡を奪われたのか。ノームが約束を守らないとは珍しい事もあるものだ。なに・・・? 始祖神を蘇らせるだと? フハハ! 世迷言を! その老婆は狂っているな。つまりお前たちは狂人の戯言に付き合わされたというわけだ。それでキリマルという悪魔を知っているはずの召喚士、マサヨシを頼ったわけだな」

「はい、陛下ッ!」

「しかし面会を断られたのであれば、諦めるしかあるまいて」

「彼の情報を見た事がありますかな? ヴャーンズ皇帝陛下ッ!」

「いや、見ようとしたが見れなかったがね」

「そうでしょうともッ! なぜならッ! 彼は星のオーガですゆえッ! 正確には異世界の星のオーガでんすッ! 能力に優れしッ! 彼の力が必要なのですッ!」

「ほう、マサヨシは星のオーガだったのか。その割には・・・」

 その言葉の先はビャクヤにも理解できた。確かにマサヨシの戦闘能力は低い。

 ダンクシュートのような引っかき攻撃をしてくるだけの弱い魔物―――、ダンクキャットの一撃でもマサヨシは死ぬだろう。

「我らが始祖神も星のオーガだったが・・・。過去の探求者が残した書物を読んだ限りでは、意外と多くの星のオーガはこの世界に来ていたらしい。有名なところで言えば、東の大陸の赤い鎧の戦士と姫のお伽話を聞いたこともあろう? あの赤い鎧の戦士も星のオーガだったそうだ」

 そう、それは霧の向こう側から―――、異世界からやって来た人間族をニムゲイン島に導いた英雄譚。

 恐らくは赤い鎧の戦士はヒジリと同郷だろう。彼は最後に人間族を守る為に強力な悪魔と相打ちになって死んでいる。

「星のオーガというものは皆、自己犠牲の末に死ぬ運命にある。ということはだよ、ビャクヤ。あの非力なるマサヨシも、何かしらの使命を持ってこの世界にやって来たという事だ。そして彼は今、ツィガル帝国に仕官してロロムの元にいる」

 そう言ってゴブリンの皇帝は背もたれに背を預けた。

「つまりだ、彼は我が国の危機に犠牲になってくれるやもしれん存在。そんな重要人物を、信頼のない他国人に会わせると思うかね?」

「しかし我らは帝国の依頼を誠実にこなしました、陛下」

「国籍を偽ってな。しかし、お前らが役に立った事も事実。そこでチャンスを与えてやろう。リツ・フーリーをここに呼べ、ウェイロニー」

 サキュバスは返事もせずに煙となって消えた。

 それから五分程経っただろうか。謁見の間の扉を近衛兵が開くと、青い鎧の大女が入って来る。大女と言ってもエリートオーガの平均身長である3メートルだが。

 鉄傀儡のようにガシャン、ドスンと音を立てて歩く彼女を見て、ビャクヤは嫌な予感をせずにはいられなかった。

(まさかッ! ヴャーンズ皇帝陛下はッ! 吾輩と彼女を戦わせようというのかッ?)

 リツは兜を被っておらず、青黒い髪の前髪がV字になったおかっぱだ。歴史資料に残る、若き日の彼女の顔には確か眼鏡がかかっていたはずだが、今は無い。

「お呼びでしょうか、ヴャーンズ皇帝陛下」

「軍の編成中だというのに悪いな。他の将軍よりも先にお前に伝えておくことがある」

 それだけ彼女が皇帝に信頼されているという事だとビャクヤは感じた。

 なにせ彼女は将来、神の子ヤイバの母親となる女性だからだ。統率力、個の能力、真面目さ、誠実さではツィガル魔将軍の中で群を抜いている。

「どのような内容でしょうか? 陛下」

「うむ。此度のグランデモニウム王国侵攻は撤回する」

「・・・。仰せのままに」

 一瞬不満そうな顔をしたリツだが、理由も聞かずに皇帝の言葉を飲み込んだ。

 リツの不満を悟ったヴャーンズは「ハハハ」と笑った後に前屈みになり、嬉しそうな顔をして帝国鉄騎士団団長を見る。

「実は昨日、ヘカティニスとヒジリ王がロロムを連れて城にやってきたのじゃ。ヒジリは何年も行方不明だった我が従兄弟ロロムを、樹族国から救い出してくれた恩人という事になる。それにそこの冒険者ビャクヤの報告通り有能な人物でもあった」

「ロロム様を救ったのが隣国の王とは・・・。(ヴャーンズ様が国政よりも恩義を重んじるとは珍しい)」

 皇帝の言葉を聞いて「は?」とビャクヤは思う。

 昨日自分が門前払いされた後に、ヒジリは樹族国から救い出したいロロムを連れて、ツィガル城へと来ていたのだ。

(入れ違いだったのかッ! まぁそれはどうでもいいッ! なぜならッ! 吾輩の信仰する心はッ! 既に死んでしまっているのだからッ!)

 実際のところ、彼の信仰心は能力値的にも下がっている。リンネのように能力が上がる場合もあれば、下がる場合もある。どちらも稀だが。

「さて、ビャクヤ。先程君に与えると伝えた機会とは、大体察しがついているのではないかな?」

「帝国鉄騎士団団長を打ち負かせというご冗談をッ! 陛下が言わない事を願っておりまんすッ! なぜならッ! 帝国鉄騎士団はメイジキラーなのでッ!」

「ほぉ、よく知っているじゃないか。ウェイロニー! 彼に褒美の飴を」

「はぁい、ヴャーンズ様」

 サキュバスがビャクヤのすぐそばに急に現れて飴を渡すと、彼の頭を良し良しと撫でて消えた。

「そう、魔法防御力の備わった防具と高い魔法レジスト能力。万が一、全てを貫通する魔法でダメージを受けたとしても耐えきる高い生命力。ゆえにエリートオーガを最前線に送っても生還率は高い。今年の鉄騎士の死亡人数を教えてやれ、ウェイロニー」

「はい、ヴャーンズ様。十月現在までの鉄騎士団の出動回数は十回。内、七回は領土防衛、三回は対リザードマン戦ですが、死亡者数はゼロです」

 そんな報告は要らない、とビャクヤは心の中で嘆く。

 自分の祖父はもっと好戦的だったので、近隣諸国によく攻め入っており、鉄騎士団が無事に帰還するなんてことは日常茶飯事だった。

(この時代、帝国が侵攻しようとしたのはグランデモニウム王国だけッ! ヴャーンズ皇帝が穏健派だと知っている光側の近隣諸国は、帝国に対してッ! 民間人を装ってゲリラ戦を仕掛けていたッ! 樹族達は不意打ちや卑怯な罠を仕掛けて待ち構えていたでしょうに、平然とそれらの障害を退け、任務を成し遂げて帰って来る鉄騎士団はッ! 帝国の要とも言えますッ!)

 どこからビャクヤの内心を探っていたのかは知らないが、ヴャーンズは頷く。

「左様。帝国に鉄騎士団があるからこそ繁栄も続く。そんな帝国鉄騎士団団長である彼女を、敢えてグランデモニウム王国へ外交官として送るのだ。ロロム以外で一番信頼できる部下を、な」

 それを聞いて、跪いていたリツ・フーリーが僅かに身じろぎをするが何も言わない。

「そしてヒジリの近くには、あの魔法院の長とやり合えるだけの魔女がおる」

「一度見覚えの闇魔女、ですな」

「うむ、お前は中々賢い。ウェイロニー、彼にもう一つ飴を」

「いえ、陛下。飴はもう結構でんすッ!」

「ウィン家の者にしては欲がないな。ナンベルならば貰えるものは何でも貰うというのに。彼は元気か?」

「いえ、彼の事は今はよく知りません」

「そうか。お前は遠縁の者か? で、何の話だったか。そうそう」

 ヴャーンズはエリート種のゴブリンだが、エリート種の恩恵である寿命の長さは個人によって違う。長命でない場合は能力値が高かったり、能力者だったりする。

 彼はどうやら長命の特性はなかったようだ。自分の知る歴史と微妙に違うこの世界のツィガル皇帝は、少々耄碌が始まっているように見えた。

「占い師の占いによれば」

(占い師・・・)

 当たるも八卦当たらぬも八卦、と戯言を宣う怪しい者の言葉を信じるヴャーンズに、ビャクヤは眉をひそめる。

「闇魔女は間もなく暴走して狂人化する。彼女は地走り族にしては魔力が高すぎるのだ。精霊の声と人の心の声を聞き過ぎている。結果、気が狂うのだ。そうなれば、被害は我が従兄弟の恩人ヒジリにまで及ぶ」

 ビャクヤはヴャーンズの意図を理解して「なるほど」と答えた。

「吾輩を闇魔女イグナと見立てて、模擬戦をリツ殿にさせるというわけですなッ?」

 同じ帝国兵である魔法騎士団の誰かが同じ事をやれば遺恨が残る可能性がある。こういった役は使い捨ての冒険者がうってつけだ。

「察しが良い。飴を・・・」

「飴は結構。満足のいく戦いを見せればマサヨシに会わせてくれるという事でよろしいでしょうかッ?」

「約束しよう」

 ヴャーンズはニヤニヤしながら両手の指先を合わせている。

 リンネはビャクヤに心配そうな顔を向ける。

「大丈夫なの? ビャクヤ。あの人凄く強そうだけど」

「勿論ッ! 大丈夫ではありませんぬッ! しかしッ! 相手が神や神の子でないのであればッ! 勝機はありますッ! それにッ! 満足のいく戦いをせよとのことッ! リツ殿に勝てという条件はありませんでしたッ!」

 リンネはビャクヤの仮面を見た。案外表情に出やすい性格をしているからだ。

 恋人の仮面に、三日月が三つ浮かんでいる。つまり笑顔なのだ。

 暴風雨のように荒れ狂うビャクヤの魔力圧に、リンネは巻き込まれて髪を押さえる。

(凄い・・・。いつもふざけているビャクヤが本気を出している・・・)
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