殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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元老院の犬

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 翌朝、早速城の中庭にある騎士用の訓練場に行くと、既にへばって座り込んでいる二人を見つけた。

 まぁその二人とは言うまでもなく、ヒョロガリのステコ・ワンドリッターと、おデブちゃんのガノダ・ムダンだった。

「どうしたのかね? お嬢さんたち。そんなひ弱な体で一体何を成すつもりだ? ワンドリッターの騎士団は、君のような軟弱者ばかりなのか? ステコ君」

 教官が後ろ手を組んで、へたり込む二人を見下ろしている。

「豪快で勇猛勇敢なムダン卿と君は、全くもって似ていない。ははぁ? 君はもしかして不詳の子なのでは? ガノダ君」

 教官に散々罵られても、それに反応する余裕がないほど大貴族の息子二人は息が上がっていた。

「あの二人はどうした?」

 俺は近くにいた話好きそうな従者に訊ねると、彼は嬉しそうに教えてくれた。

 従者によると、朝の訓練は主(おも)に任務を控えた騎士がウォーミングアップの為に、自主的に参加するそうだ。なので特別にメニューが厳しいということはない。

 だが二人はそのメニューに全くついていけず、一番初めの回避力を高める反復横跳びの訓練で、既にグロッキー状態になっているのだそうだ。

 地面に両手をついて荒く息をするステコは、悔しそうに教官を睨み上げる。

「私たちはこれから重要な・・・!」

 そこまで言いかけてステコは黙った。

 まぁ王子暗殺のミッションを、こんな場所で言えるわけねぇしな。

「重要な? その続きを言いたまえ」

 眼帯を付けているからもっとワイルドな口調なのかと思ったが、教官は冷静で物静かなタイプだった。

「すみません。言えません、教官」

「まぁいいだろう。君の任務になど興味はない。君たちのような者は、母猫に間引きされる子猫の如く、この世から消えるか、或いは惨めに生き延びて冒険者に成り下がるかの運命しかない。そんな者が何か特別な使命をもってここにやって来るとは到底思えないね。何をしに訓練に参加しに来たかは知らないが、来た以上は歓迎してやらねばならないな。さぁ立ちたまえ。おい、そこの君。そうだ君だ」

 教官は俺を手招きしている。訓練に来た貴族かなんかだと思っているのだろうかね。

「は、なんなりと。教官殿」

 俺は流れに合わせて深々とお辞儀をしてみせると、教官は満足そうに頷いた。

「うむ。その二人が立ち上がるまで木の棒で打ち続けたまえ」

「畏まりました」

 俺は城壁に立てかけていた木の棒を手に取ると二人の背中を叩く。音ばかりが大きて実際は痛くない叩き方だ。

 ―――フォン! ビシィ!

 ―――シュ! バスン!

「うわぁ! 痛い!」

「やめろ! 立つから叩くな! くそ! 覚えてろよ!」

 優しい叩き方にもかかわらず、こいつらはやたらと痛がって、さっさと立ち上がった。

 どんだけ貧弱なんだ。でも・・・、キヒヒ。楽しくなってきたな。ドSの血が騒ぐぜ。今度は本気で打ってやろうか。

「よし。そこまででいいだろう。ん? 君はもしかして見学者か?」

 もう終わりかよ。残念。

「はい、教官殿。私は平民ですので見学のみです!」

「おっと! それは悪い事をさせた。誰か! この平民に打たれた情けないお嬢様たちに、続きのお仕置きをしてやってくれ」

 しかし誰もが最弱騎士であるデブとガリの相手になる事を、躊躇ってばかりだった。嫡男次男ではないとはいえ、二人はやはり大貴族の息子なのである。畏れ多いのだ。

 訓練場で貸し出される、手作り感たっぷりの粗末な簡易防具が隠していない―――、チュニックの肩から見える紋章は、多くの騎士を恐れさせるだけの威厳がある。

 ステコ・ワンドリッターの肩にはスティックワンドが交差する紋章、ガノダ・ムダンの肩には棘のある鉄球の紋章。

 俺はその紋章を見ながら、昨夜、王の使いに渡された資料の内容を思い出した。

 この力ある侯爵家二つは、言うまでもなく強力な軍事力を持っている。もし彼らが寝返って王国軍に牙を見せれば、国が簡単に転覆すると言われているが、絶対にそうはならない。

 なぜならワンドリッター家とムダン家は、遥か昔から仲が悪く、度々小競り合いをしているからだ。

 この両家が力を合わせるところを目にするのは、処女が大嫌いなユニコーンを目にするぐらい難しい事だと資料に書いてあった。誰の感想かは知らんが。

 周りの騎士たちは反復横跳びをしながら、二人を打った俺を気の毒そうな目で見ている。ステコとガノダに報復されると思っているのだ。

 仕置きの志願者がいなかったので、教官は白々しく咳ばらいをして眉根を上げた。

「では、指名させてもらう。紫陽花あじさい騎士団のナック・ナッシュ、菜の花騎士団のロバ・ラデッツ。稽古をつけてやれ」

 すげぇな。この教官。騎士の所属と名前を全部覚えてやがるのか? 余程の暇人だな。

 しかし名前を呼ぶというのは効果的だ。誰か助けて! というと誰も助けてくれねぇ事があるだろ? 助けを求められた大勢はお互いがお互い、誰かが助けるだろうという意識が働くからだ。しかし、「そこの禿げたおじさん、助けて下さい」と指させば、指名された方は断りにくくなる。

「ですが、教官殿。我々は昼に任務に出るのです。今のうちに技を磨いておきたいのですが・・・」

「黙ってワンドを構えろ! 私のいう事が聞けないのであれば、この場を立ち去って二度と来るな!」

 物静かだった隻眼の教官は、ウェーブした髪を震わせて怒鳴った。すると騎士たちは渋々ワンドを抜いて、ステコとガノダの前に立ってお辞儀をした。

 ほほー。この教官は中々やるな。冷静で物静かな奴が、ここぞというところでキレると威圧効果が絶大な事を知っているのだな。自分をどう演出すれば人が動くかを分かっているんだわ。

「すまないな、お二方。恨むなら教官を恨んでくれ」

 実戦を想定して訓練をしていたのか、紫陽花騎士のナックはフルフェイスの兜を被っている。なので表情はわからないが、声から動揺が感じ取れた。

「父上に告げ口だけはやめてくれよ」

 菜の花騎士のロバも兜の下からくぐもった声でそう言う。

 ステコとガノダは緊張しながらワンドを構えたのはいいが、卑怯にも教官の合図を待たずして詠唱を開始した。

「始め!」

「狡いやり方だが嫌いではねぇな。クハハ!」

 俺はステコとガノダの狡さに笑って成り行きを見守る。

 結果は・・・まぁ、予想はついていた。

 ステコとガノダが先に詠唱を開始したにもかかわらず、王国騎士の二人が放った威力の弱い【空気の塊】という魔法が、坊ちゃん二人のワンドを弾き飛ばしたのだ。

 当然、詠唱勝負に負けた二人は地面に膝を突いて、痺れる手を握ったり開いたりして痛がっている。

「手がぁ! 壊れたぁ!」

 いや壊れてはねぇだろ、ステコ・・・。

「ぶひぃ! ぶひぃ!」

 鼻提灯を作って痛がってる姿はほんと豚だな、ガノダ。

「ワンドを拾え、ステコ、ガノダ!」

「いやだ! もう痛いのは嫌だ!」

 教官の命令を無視してガノダが亀のように丸まって駄々をこね始めた。

「よし、ガノダが起き上るまで【空気の塊】を当て続けろ!」

「しかし、この後任務が・・・。これ以上魔法点を消費したくないのですが? 教官!」

 ヒョロガリとブタの相手をさせられている王国騎士の言う事ももっともだ。

「後でマジックポーションを支給する」

 そう言って教官は顎で続きをやれと指示したので、とうとうナックとロバは怒り出した。

「断る! 弱者をいたぶるなど! 騎士としてあるまじき行為だ!」

「私も同意する!」

 王国騎士から抗議を受けた教官は、慇懃無礼なお辞儀をしてから指先を綺麗に伸ばし、その手で訓練場の出口を指した。

「ではでは、お帰りくださいませ、誇り高き騎士様方? そして二度と訓練場に近づくことなかれ」

 紫陽花騎士と菜の花騎士は教官を睨みつけながら、簡易鎧を脱いで地面に叩きつけ、そのまま出て行ってしまった。

 静まり返る訓練場で教官は何事もなかったように手を叩いて、訓練の再開を皆に指示する。

「さぁ続けて」

 そう言ってから教官は痛みに震えるステコと地面に蹲るガノダに近寄り、耳元で何か囁いた。

 それを聞いたステコとガノダはハッと顔を上げて互いに視線を交わす。

 勿論、俺には悪魔の耳があるので、教官が何を言ったのかは丸聞こえだ。

「なるほどね~。そういう事か・・・。樹族は陰謀を好む種族だとビャクヤが言っていた。もう始まっていたんだな、陰謀合戦は」

 二人から答えを待つ教官が脅す様にして、【空気の塊】を詠唱しては弾けさせている。

「魔法は各位階ごとに一日最高十回までしか唱えられないのによくやるぜ」

 俺は魔法を澄まし顔で連発する教官を見てそう思った。マジックポーションだってそう安くはないだろうに。

「おい、教官」

 急に態度の変わった平民の俺を見て、教官は片眉を上げて訝しんでいる。

「なにかね?」

「いっちょ、試合でもやらねぇか? あんた、教官をやるぐらいだから強いんだろ?」

「・・・ほう?」

 メイスを振っていた騎士たちが、静かにキレる教官を見て手を止めた。まぁ教官の顔が怒りで赤黒いからついつい見てしまうわな。クハハ!

「急にどうしたのかね? 平民君。樹族で平民という事は君は元貴族なのだろう? だったら城の訓練所の教官がどのくらいの強さがあり、訓練所ではどれぐらいの権限があるかを知っているはずだ。ここでは大貴族の嫡男であろうが私には逆らえない!」

「さぁ、知らねぇなぁ」

「生まれた時には既に没落していたというわけか。無知とは罪だな。いいだろう。相手をしてやろう。ハンデとして第一位階の魔法だけしか使わないでおく」

 そう言って教官はマジックポーションの小さな瓶の頭を折って、紫色の液体を飲み干した。

「いや、ハンデなんていらねぇが? 俺を舐めてっと死ぬぞ? 元老院の犬。コソコソコソコソと、シュラス王の金玉の裏と尻の穴の匂いばかり嗅ごうとしやがって」

 元老院の犬という言葉を聞いて、教官の目つきが変わった。俺を睨んだままマジックポーションの空瓶を地面に叩きつけると、素早くワンドを黒い皮鎧の胸元から取り出して構える。

「そういう事かね。では話は別だ。全力でやらせてもらう」

「クハハ! さてさて! 騎士の皆さまがた! あなた方に対してこれでもかと威張り散らしていた教官殿の実力がいかなるものか! とくとご覧あれ!」

 俺の挑発に怒った教官は、近くにいた太っちょガノダに八つ当たりの蹴りを入れながら、詠唱を完成させた。

「【大火球】!」
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