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クロボシッ!
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王都の一区画にある小さな騎士の詰め所に入ってきたキラキを見て、下級騎士たちは慌てて敬礼をする。
「楽にしてくれたまえ、諸君」
王国竜騎兵騎士団団長は思いの外、ざっくばらんに話しかけてきたので騎士たちは表情を緩めた。
「こんな小さな詰め所に、まさかキラキ様がおいでになられるとは! 光栄です!」
「ああ、私は用があればどこにでもいく。なにせ普段はワイバーンに乗って、沿岸を飛んでいるだけだからね。暇で仕方がないのだ」
長髪の優男は騎士たちに、殊更女騎士たちにウィンクをして爽やかに笑う。
「ハハハ! ご冗談が上手い。ところで今日は何用でありましょうか? 我らは何も連絡を受けていないので無礼な質問だとは思いますが、ご容赦を」
今日の夜警を任された老いた騎士は、もう一度引継ぎの見落としがないかを書類で確認する。
「いや、今日は私人としてやってきたのだ。連絡がなくて当然。気を遣わせてしまってすまないね。ところで君は先の件を知っているだろう? 魔法院を壊滅させた悪魔の件を」
「ええ、悪魔が消えた数分後に、死んだはずのウィザードが全員生き返ったあれですな?」
「あの悪魔は、司祭たちが聖なる悪魔と呼んでいてね。奇跡の力を宿している神の使いだ。なので魔法院の関係者に何か問題があったから、聖魔が神罰を下したのではないかと思って、詳細が知りたくなったのだよ」
「ああ、そういう事ですか。確かにディダイドー魔法院長の息子であるサムシンが、幾人かの女を攫っては殺していたようです。告発状が提出されております」
「ほう。その書類を少し見せてくれるかね?」
「本当は正式な手続きを踏んでほしいのですが、キラキ様なら問題はないでしょう。どうぞ」
「悪いね」
キラキは告発状の差出人の名前を真っ先に見る。
「やはり。リンネ・ボーンが代表人となっているな。しかしあの三人は恐れ知らずの名探偵だな。今度は魔法院を相手にしたのか! フハハハ!」
「?」
何の事かわからない騎士の怪訝な顔を見て、キラキは笑うのを止めて狭い詰め所の中を見渡した。
「リンネ・ボーンとビャクヤ・ウィンは、まだここに?」
「ええ。彼女たちならまだ受付所にいますよ」
「ありがとう」
キラキは礼を言うと敬礼する騎士の横を通り抜け、律儀に裏口からでて正面玄関へと回った。
日が暮れて未だに被害者女性たちの調書を取る騎士の横で、仮面のメイジは四つん這いになっていた。
「おぶぇ! 全てはッ! ぐきききっ! 吾輩のせいなのですッ! 主様ッ! キリマルを魔法院に置き去りにしたのも吾輩のせいッ! 厳しい制約を課してこの世界から消してしまったのも吾輩ッ! どうか、どうか吾輩の顔を打ってくださいませ、主様! この愚かなる吾輩に罰をッ!!」
キリマルを失った後悔が徐々に心を侵食し始めたビャクヤは、今になって嗚咽と共に涙を零していた。
「違うよ、キリマルの行為を残酷かどうかを判定するのは私だったんでしょ? だったら私のせいだよ!」
「しかしッ! その制約を作ったのは吾輩ッ! やはり吾輩が悪いのですッ! さぁ思いっきりデンプシーロールで吾輩の頬を殴ってください!」
「デ、デンプシー?」
膝まづいて仮面を取り、モザイクのかかる顔を差し出すビャクヤを前にリンネが困惑していると、詰め所の入り口のドアが開いた。
「やぁ! リンネ君にビャクヤ君!」
「キラキ様!」
「タクト?」
キャスが、小説に出てくるタクトの挿絵ににそっくりな美形のキラキを見て驚く。
「いや、私の名は! キラキ・キラキだよ! お嬢さん」
「ごめんなさい、キラキ様の事は知っています。でも間近で見た事がなかったので、思わずタクトが現れたのかと・・・」
「ああ、その小説は知っているよ。確か『銀河の美しい少年 煌めくタクト』だね?」
キャスが正面からでもよく見える鼻腔を広げて興奮する。
「キラキ様もあの小説を読んでいるのですか! 白星(しろぼし)☆!」
キャスは興奮のあまり作中に出てくるポーズを取ったので、リンネが慌てて前に出てキャスを身で隠す。
「キラキ様に失礼だよ、キャス」
「白星☆ッ!」
ノリの良いキラキは、キャスと同じく顔の前で手で丸を作ってそう返した。
「キャーー!! タクトォ!」
キャスが目にハートを作ってキラキに飛びつきそうになったので、リンネは仕方なく学友に【眠れ】の魔法をかけて眠らせた。
「おっと!」
倒れるキャスをキラキはキャッチして、長椅子に寝かせる。
「す、すみません。キラキ様。キャスが変な事して・・・」
リンネが恐縮して苦笑いをしていると、今度はビャクヤがキラキの白いズボンに縋って泣いた。
「キラキ様! キリマルが! キリマルがいなくなってしまいました! 全て吾輩が悪いのですッ! 彼に厳しい制約を課したからッ! あおっ! あおっ! あおおおおお!」
キラキのズボンをずり下げる勢いで泣くビャクヤを、リンネは引き離す。
「ああ、映像は見ていたさ。彼はあっさりとこの世界から消えてしまったね。でも悪魔に制約を課すなんてのは、主として当然だし気に病む事はないよ、ビャクヤ君。(本当は凄くがっかりしているのだがね。君たちも欲しい人材ではあるが、一番の目当てはキリマル君だから・・・)」
「あうぅ、キラキ様はお優しいッ!」
「ところでビャクヤ君、キリマル君とは契約が無効になった感じがするかい? 悪魔と契約が切れたり、使い魔が死んだりすると、主は直感で感じ取ることができるからね。私も初めての使い魔を、離れた場所で死なせてしまった時は直感でわかった。あの時は悲しかったなぁ。三日三晩泣いたよ」
それを聞いて意識を集中していたビャクヤだったが、ハッ! と顔を上げて仮面を付けた。
「まだ僅かにですがッ! 彼の気配を感じますッ! それはとても細い糸のような繋がりで心許ないですがッ!」
「となると、まだ望みはあるね。彼は完全にこの世界からは消えてはいない。だが、今日はもう遅い。明日、キリマル君を再び召喚できるような魔法か、アイテムがないかを魔法院の書庫に調べに・・・。いや、無理か。君たちが今、魔法院に行くのはよろしくないな・・・。サムシンが捕まったとはいえ、ウィザード達の恨みを買うキリマル君の主である君たちが行くのは、何かと問題が起きそうだ。いいだろう、私だけでいこう。貴族嫌いのグレアトもショックで寝込んでいるのでね。今なら私が行っても大丈夫だ」
「いいんですかい!? 旦那ぁ!」
「なんでそんな喋り方なのよ!」
キラキにもう一度縋ったビャクヤが下卑た喋り方だったので、リンネがシルクハットを取って頭頂部を軽く叩く。
「ああ。問題ないさ。それからリンネ君。君は将来は王宮ウィザードを目指していたのだったかね?」
「ええ、どうしてそれを・・・」
「いや、魔法学園の生徒の目指す先は大体そうだから、そう言ってみただけさ。しかし今回の件で君が王宮入りするのは難しくなったのではないかな? 王宮ウィザードの殆どが魔法院と関わりがあるからね」
「あ・・・!」
青い顔をするリンネの頬をキラキはするりと撫でて、女殺しと呼ばれる爽やかな笑顔を見せた。
「だが、絶望しなくてもいい。なぜなら生きる道は一つではないからね。私はいつでも君とビャクヤ君と、それからキリマル君を歓迎するよ。竜騎兵騎士団は来年から、メインジョブがスペルキャスターの魔法騎士部隊を立ち上げるつもりでいる。勿論、君が他人の悪意を跳ね返して王宮入りを目指したり、メイジが入団しやすい王国魔法騎士団を選ぶのもありだがね。でも、私は君たちを高く評価している。王宮や魔法騎士のドロドロしたしがらみの中で埋もれるよりは、畑違いだが王国竜騎兵騎士団に入団して、活躍する方が素敵だとは思わないかい?」
「でもワイバーンやドラゴンを操れるか心配です・・・」
「操縦は竜騎士に任せればいいさ。君は補助席で魔法を撃ったり、攻撃されて竜が落下しそうになったら【浮遊】で落下スピードを緩めてくれればいい」
「それだったら、できそうです!」
よし! とキラキは心の中でガッツポーズをとる。彼女の心は竜騎兵騎士団になびいていると確信したからだ。
リンネの魔法の腕は平凡だが精神が安定しているせいか、どんな場面でも平均的な力を出せる、という悪くない特徴を持っている。
そしてリンネの使い魔である自称大魔法使いのビャクヤのその力は、自称などではないという事をキラキは知っていた。
メイドに何度もビャクヤやキリマルの偵察に行かせて、報告を聞いた中で一番驚いたのが、この仮面の男が最上位魔法を連続で四回も唱えられるということだ。
しかも物理攻撃無効のマントでそうそう沈むこともない(代わりに防御中は攻撃もできなくなるが)。こんな即戦力になる新人が他にいるだろうか? 否っ!
「よし! おじさん、将来の部下の為に頑張っちゃうぞ! 明日は死ぬ気で情報を集めてくるよ!」
キラキの据わりの良い笑顔が、暗かった詰め所の空気を明るくする。
「はい! お願いします! キラキ様! 私たちはキリマルには何度も助けられていますから、このまま放っておくなんて事はできません。今度は私たちが彼を救う番なのです!」
そう言ってリンネは深々とお辞儀をした。
心の底から真心を籠めてお辞儀をするリンネを見て、キラキは人材確保に必死になっていた自分が恥ずかしく思えてくる。
(なんと心に訴えかけてくるお辞儀か・・・。彼女にしてみれば何でもないお辞儀かもしれないが、仲間を救いたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。派閥争いの世界に生きる私が、真心の籠ったお辞儀を見たのはいつだっただろうか? この子に比べれば私もまた、王宮や魔法院の淀みに蠢く蛆虫たちと、なんら変わりないのだろうな・・・)
「ああ、任したまえ! では失礼するよ」
颯爽と立ち去るキラキをリンネとビャクヤが見送る。
「いい人だなぁ、キラキ様って」
「本当にッ! あの人に任せていればッ! なんだか全て上手くいきそうな気がする~ッ! ところで主様。安心したらお腹が減りまんしたッ!」
「今からだと酒場しか開いてないよ?」
「構いません。行きましょうッ!」
「ビャクヤの奢りだからね? さっき私を騙したんだし」
「あれは・・・、いや言い訳をすまいッ! ・・・・ではッ! このッ! ツィガル帝国次期皇帝であるッ! 吾輩がッ! リンネ様の為にッ! 盛大にッ! 豪勢にッ! ・・・・パンを一個奢ります」
「せこっ! 女子に嫌われるよ! ケチな男子は!」
「いい~んです。吾輩はリンネ様にさえ愛していただければッ!」
「パンだけ?」
「では、特大ソーセージも付けまんすッ! ビャクヤの青ソーセージッ!」
「馬鹿。でも・・・ビャクヤの・・・、ソーセージは今すぐ頬張りたいかも・・・」
「えっ!」
リンネが恥ずかしそうにモジモジしながら言うので、ビャクヤは息を荒くしてマントを広げて主を中へと誘う。
しかしリンネは踵を返して扉へと向かった。
「嘘だよ~だ!」
リンネが意地悪に笑って詰所から出て行く。
「あ~! 騙したなッ! こら~! 駄目なんだぞ~! 人を騙したらぁ~! 待て待て~!」
ビャクヤも嬉しそうに拳を振り上げながらリンネを追いかけていく。
その様子を長椅子で意識を取り戻したキャスは薄目で見ていた。
「あぁぁ・・・。私は身分でもボーンさんに負け、恋愛経験でも負けてる・・・。もしかしたら一生負け組人生なのかな、私・・・。黒星★ッ!」
「楽にしてくれたまえ、諸君」
王国竜騎兵騎士団団長は思いの外、ざっくばらんに話しかけてきたので騎士たちは表情を緩めた。
「こんな小さな詰め所に、まさかキラキ様がおいでになられるとは! 光栄です!」
「ああ、私は用があればどこにでもいく。なにせ普段はワイバーンに乗って、沿岸を飛んでいるだけだからね。暇で仕方がないのだ」
長髪の優男は騎士たちに、殊更女騎士たちにウィンクをして爽やかに笑う。
「ハハハ! ご冗談が上手い。ところで今日は何用でありましょうか? 我らは何も連絡を受けていないので無礼な質問だとは思いますが、ご容赦を」
今日の夜警を任された老いた騎士は、もう一度引継ぎの見落としがないかを書類で確認する。
「いや、今日は私人としてやってきたのだ。連絡がなくて当然。気を遣わせてしまってすまないね。ところで君は先の件を知っているだろう? 魔法院を壊滅させた悪魔の件を」
「ええ、悪魔が消えた数分後に、死んだはずのウィザードが全員生き返ったあれですな?」
「あの悪魔は、司祭たちが聖なる悪魔と呼んでいてね。奇跡の力を宿している神の使いだ。なので魔法院の関係者に何か問題があったから、聖魔が神罰を下したのではないかと思って、詳細が知りたくなったのだよ」
「ああ、そういう事ですか。確かにディダイドー魔法院長の息子であるサムシンが、幾人かの女を攫っては殺していたようです。告発状が提出されております」
「ほう。その書類を少し見せてくれるかね?」
「本当は正式な手続きを踏んでほしいのですが、キラキ様なら問題はないでしょう。どうぞ」
「悪いね」
キラキは告発状の差出人の名前を真っ先に見る。
「やはり。リンネ・ボーンが代表人となっているな。しかしあの三人は恐れ知らずの名探偵だな。今度は魔法院を相手にしたのか! フハハハ!」
「?」
何の事かわからない騎士の怪訝な顔を見て、キラキは笑うのを止めて狭い詰め所の中を見渡した。
「リンネ・ボーンとビャクヤ・ウィンは、まだここに?」
「ええ。彼女たちならまだ受付所にいますよ」
「ありがとう」
キラキは礼を言うと敬礼する騎士の横を通り抜け、律儀に裏口からでて正面玄関へと回った。
日が暮れて未だに被害者女性たちの調書を取る騎士の横で、仮面のメイジは四つん這いになっていた。
「おぶぇ! 全てはッ! ぐきききっ! 吾輩のせいなのですッ! 主様ッ! キリマルを魔法院に置き去りにしたのも吾輩のせいッ! 厳しい制約を課してこの世界から消してしまったのも吾輩ッ! どうか、どうか吾輩の顔を打ってくださいませ、主様! この愚かなる吾輩に罰をッ!!」
キリマルを失った後悔が徐々に心を侵食し始めたビャクヤは、今になって嗚咽と共に涙を零していた。
「違うよ、キリマルの行為を残酷かどうかを判定するのは私だったんでしょ? だったら私のせいだよ!」
「しかしッ! その制約を作ったのは吾輩ッ! やはり吾輩が悪いのですッ! さぁ思いっきりデンプシーロールで吾輩の頬を殴ってください!」
「デ、デンプシー?」
膝まづいて仮面を取り、モザイクのかかる顔を差し出すビャクヤを前にリンネが困惑していると、詰め所の入り口のドアが開いた。
「やぁ! リンネ君にビャクヤ君!」
「キラキ様!」
「タクト?」
キャスが、小説に出てくるタクトの挿絵ににそっくりな美形のキラキを見て驚く。
「いや、私の名は! キラキ・キラキだよ! お嬢さん」
「ごめんなさい、キラキ様の事は知っています。でも間近で見た事がなかったので、思わずタクトが現れたのかと・・・」
「ああ、その小説は知っているよ。確か『銀河の美しい少年 煌めくタクト』だね?」
キャスが正面からでもよく見える鼻腔を広げて興奮する。
「キラキ様もあの小説を読んでいるのですか! 白星(しろぼし)☆!」
キャスは興奮のあまり作中に出てくるポーズを取ったので、リンネが慌てて前に出てキャスを身で隠す。
「キラキ様に失礼だよ、キャス」
「白星☆ッ!」
ノリの良いキラキは、キャスと同じく顔の前で手で丸を作ってそう返した。
「キャーー!! タクトォ!」
キャスが目にハートを作ってキラキに飛びつきそうになったので、リンネは仕方なく学友に【眠れ】の魔法をかけて眠らせた。
「おっと!」
倒れるキャスをキラキはキャッチして、長椅子に寝かせる。
「す、すみません。キラキ様。キャスが変な事して・・・」
リンネが恐縮して苦笑いをしていると、今度はビャクヤがキラキの白いズボンに縋って泣いた。
「キラキ様! キリマルが! キリマルがいなくなってしまいました! 全て吾輩が悪いのですッ! 彼に厳しい制約を課したからッ! あおっ! あおっ! あおおおおお!」
キラキのズボンをずり下げる勢いで泣くビャクヤを、リンネは引き離す。
「ああ、映像は見ていたさ。彼はあっさりとこの世界から消えてしまったね。でも悪魔に制約を課すなんてのは、主として当然だし気に病む事はないよ、ビャクヤ君。(本当は凄くがっかりしているのだがね。君たちも欲しい人材ではあるが、一番の目当てはキリマル君だから・・・)」
「あうぅ、キラキ様はお優しいッ!」
「ところでビャクヤ君、キリマル君とは契約が無効になった感じがするかい? 悪魔と契約が切れたり、使い魔が死んだりすると、主は直感で感じ取ることができるからね。私も初めての使い魔を、離れた場所で死なせてしまった時は直感でわかった。あの時は悲しかったなぁ。三日三晩泣いたよ」
それを聞いて意識を集中していたビャクヤだったが、ハッ! と顔を上げて仮面を付けた。
「まだ僅かにですがッ! 彼の気配を感じますッ! それはとても細い糸のような繋がりで心許ないですがッ!」
「となると、まだ望みはあるね。彼は完全にこの世界からは消えてはいない。だが、今日はもう遅い。明日、キリマル君を再び召喚できるような魔法か、アイテムがないかを魔法院の書庫に調べに・・・。いや、無理か。君たちが今、魔法院に行くのはよろしくないな・・・。サムシンが捕まったとはいえ、ウィザード達の恨みを買うキリマル君の主である君たちが行くのは、何かと問題が起きそうだ。いいだろう、私だけでいこう。貴族嫌いのグレアトもショックで寝込んでいるのでね。今なら私が行っても大丈夫だ」
「いいんですかい!? 旦那ぁ!」
「なんでそんな喋り方なのよ!」
キラキにもう一度縋ったビャクヤが下卑た喋り方だったので、リンネがシルクハットを取って頭頂部を軽く叩く。
「ああ。問題ないさ。それからリンネ君。君は将来は王宮ウィザードを目指していたのだったかね?」
「ええ、どうしてそれを・・・」
「いや、魔法学園の生徒の目指す先は大体そうだから、そう言ってみただけさ。しかし今回の件で君が王宮入りするのは難しくなったのではないかな? 王宮ウィザードの殆どが魔法院と関わりがあるからね」
「あ・・・!」
青い顔をするリンネの頬をキラキはするりと撫でて、女殺しと呼ばれる爽やかな笑顔を見せた。
「だが、絶望しなくてもいい。なぜなら生きる道は一つではないからね。私はいつでも君とビャクヤ君と、それからキリマル君を歓迎するよ。竜騎兵騎士団は来年から、メインジョブがスペルキャスターの魔法騎士部隊を立ち上げるつもりでいる。勿論、君が他人の悪意を跳ね返して王宮入りを目指したり、メイジが入団しやすい王国魔法騎士団を選ぶのもありだがね。でも、私は君たちを高く評価している。王宮や魔法騎士のドロドロしたしがらみの中で埋もれるよりは、畑違いだが王国竜騎兵騎士団に入団して、活躍する方が素敵だとは思わないかい?」
「でもワイバーンやドラゴンを操れるか心配です・・・」
「操縦は竜騎士に任せればいいさ。君は補助席で魔法を撃ったり、攻撃されて竜が落下しそうになったら【浮遊】で落下スピードを緩めてくれればいい」
「それだったら、できそうです!」
よし! とキラキは心の中でガッツポーズをとる。彼女の心は竜騎兵騎士団になびいていると確信したからだ。
リンネの魔法の腕は平凡だが精神が安定しているせいか、どんな場面でも平均的な力を出せる、という悪くない特徴を持っている。
そしてリンネの使い魔である自称大魔法使いのビャクヤのその力は、自称などではないという事をキラキは知っていた。
メイドに何度もビャクヤやキリマルの偵察に行かせて、報告を聞いた中で一番驚いたのが、この仮面の男が最上位魔法を連続で四回も唱えられるということだ。
しかも物理攻撃無効のマントでそうそう沈むこともない(代わりに防御中は攻撃もできなくなるが)。こんな即戦力になる新人が他にいるだろうか? 否っ!
「よし! おじさん、将来の部下の為に頑張っちゃうぞ! 明日は死ぬ気で情報を集めてくるよ!」
キラキの据わりの良い笑顔が、暗かった詰め所の空気を明るくする。
「はい! お願いします! キラキ様! 私たちはキリマルには何度も助けられていますから、このまま放っておくなんて事はできません。今度は私たちが彼を救う番なのです!」
そう言ってリンネは深々とお辞儀をした。
心の底から真心を籠めてお辞儀をするリンネを見て、キラキは人材確保に必死になっていた自分が恥ずかしく思えてくる。
(なんと心に訴えかけてくるお辞儀か・・・。彼女にしてみれば何でもないお辞儀かもしれないが、仲間を救いたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。派閥争いの世界に生きる私が、真心の籠ったお辞儀を見たのはいつだっただろうか? この子に比べれば私もまた、王宮や魔法院の淀みに蠢く蛆虫たちと、なんら変わりないのだろうな・・・)
「ああ、任したまえ! では失礼するよ」
颯爽と立ち去るキラキをリンネとビャクヤが見送る。
「いい人だなぁ、キラキ様って」
「本当にッ! あの人に任せていればッ! なんだか全て上手くいきそうな気がする~ッ! ところで主様。安心したらお腹が減りまんしたッ!」
「今からだと酒場しか開いてないよ?」
「構いません。行きましょうッ!」
「ビャクヤの奢りだからね? さっき私を騙したんだし」
「あれは・・・、いや言い訳をすまいッ! ・・・・ではッ! このッ! ツィガル帝国次期皇帝であるッ! 吾輩がッ! リンネ様の為にッ! 盛大にッ! 豪勢にッ! ・・・・パンを一個奢ります」
「せこっ! 女子に嫌われるよ! ケチな男子は!」
「いい~んです。吾輩はリンネ様にさえ愛していただければッ!」
「パンだけ?」
「では、特大ソーセージも付けまんすッ! ビャクヤの青ソーセージッ!」
「馬鹿。でも・・・ビャクヤの・・・、ソーセージは今すぐ頬張りたいかも・・・」
「えっ!」
リンネが恥ずかしそうにモジモジしながら言うので、ビャクヤは息を荒くしてマントを広げて主を中へと誘う。
しかしリンネは踵を返して扉へと向かった。
「嘘だよ~だ!」
リンネが意地悪に笑って詰所から出て行く。
「あ~! 騙したなッ! こら~! 駄目なんだぞ~! 人を騙したらぁ~! 待て待て~!」
ビャクヤも嬉しそうに拳を振り上げながらリンネを追いかけていく。
その様子を長椅子で意識を取り戻したキャスは薄目で見ていた。
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