殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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マサヨシ死亡

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(突然呼び出して何事かと思えば、実力を示せだと?)

 サムシンは銀色の髪と、立派なひげを蓄える父親の前で委縮しながら、そう心の中でぼやいた。

「私が前魔法院の長に実力を見せて、その地位を勝ち取った事は知っているな? サムシン」

「はい。この国で平民が貴族に勝った瞬間でもありました。国内の平民にどれだけの希望を与えた事でしょうか」

「力を示す、というのは大事な事だ。力がなければ何もできん。理想の実現も、持論で周囲を納得させる説得力も、全て実力があってこそ。その結果が王国魔法院の長という地位と、お前の後ろに居並ぶ私の弟子の数だ」

「それは解りますが、なぜ今、僕に力を示せと?」

「私がお前をニムゲイン王国国立第十三魔法学園に、急遽転校させた理由が理解できていないのか? 気になるメイジがいただろう?」

「いえ。特に気になるメイジはいませんでした。それに田舎の学園で学べるような事など何もありませんよ」

「聖魔の話ぐらいは聞いた事があるだろう」

「父さんはあの噂を信じているので?」

「噂話などという安っぽいものではない。その話は事実だ。宗教庁の公式な資料にも、かの悪魔の話は記載されておる。お前は教会には行かないので知らんのだろうが、司祭たちは聖魔キリマルの噂話ばかりしておる。理不尽に殺された者たちを生き返らせる神の使徒だと」

(は? あのぶっきらぼうで、手足がザトウムシのように長いヒョロヒョロの悪魔がか?)

「その主は、ビャクヤという魔人族だったかな?」

「魔人族? 悪魔でしょう? ビャクヤとキリマルはリンネの召喚した悪魔なのでは?」

 ビャクヤに捕縛された時の事を思い出して、サムシンは奥歯を噛みしめる。

「リンネ・ボーンは悪魔使いではない。魔人族とは魔法に優れた種族だ。世界には多種多様な種族がいるが、人間とノームしか知らぬこの国の者にとって、それは未知なる種族であり恐怖の対象でしかない。なので無用な混乱を避けるために公にはされてはいないがな。どの道この国から出る事はほぼ不可能なのだ。知る必要がない」

「そのビャクヤがどうしました?」

「ビャクヤは、かなりの手練だと聞く」

「は? 魔法に優れた種族なのでしょう? 当然では?」

「鈍い奴だな。私が警戒しているのはビャクヤでもキリマルでもない。リンネ・ボーンだ。使い魔が主以上の力を持つ事はないと、お前でも知っておろう?」

 どんなに大きくて力の強い使い魔でも、頭が凄く悪かったりと、総合的な実力で主以上になる事はない。

「で、では・・・。あのリンネ・ボーンは、ビャクヤとキリマル以上の実力者と?」

 サムシンは顔にかかった茶色い前髪を耳にかけて疑いの目を父親に向ける。

「そういう事になるな」

「ばかな・・・」

 と言いかけてサムシンは黙った。自分はリンネの下らない魔法に一度負けているからだ。

 土の精霊に足を掴まれて、誰でも簡単に覚えられる共通魔法である【魔法の槌】で顔面を殴られそうになったのは誰か。

(慢心して油断していただけだ!)

 嫌な思い出を振り払ってサムシンは、後ろ手を組んで目の前に立つ父親を見る。

「では父さんは、リンネの実力を高く評価していて警戒もしていると?」

「そうだ。彼女は下級騎士の娘とはいえ貴族。私は貴族制度をこの国から無くす事を人生の目標としている。その為に、実力でもぎ取った魔法院を貴族ども返すわけにはいかんのだ。ゆえにお前には必ずや、私の後継ぎとなってもらわないと困る。だからあの田舎の学園に送ってリンネの実力を、身をもって体験してもらおうと思ったのだがな」

「魔法院の後継者なんてものは、僕の後ろに居並ぶ、父さんの弟子からでも選べばいいでしょう」

「皆、安定はしているが中庸の者ばかりだ。それに比べお前は、実力にムラがあるが伸びしろがある」

「親馬鹿の色眼鏡で子供を見すぎですよ、父さん」

「フハハ! 言ってくれる! 千人の弟子の実力を見てきた私が断言するのだ。お前は将来人を導くだけの力がある。今日は泣こうが喚こうが、アースゴーレムと戦ってもらい、実力を皆に示してもらうぞ。その様子は国内のあらゆる場所で魔法水晶によって投影される。大魔導士の息子が無様な姿を晒す、なんて事にはならないようにな」

(チィ。助かったのは良いが、今度はアースゴーレムに叩き潰される可能性が出てきたぞ・・・)

 これでは運が良かったのか悪かったのかはわからない。アースゴーレムは相性のいい相手とはいえ、たった一人で挑むには少々荷が重いからだ。

(くそ。アースゴーレムを倒すしかないな。倒した暁には暗殺者の報告を祝杯としようではないか)




 纏めて死ねと放った無残一閃は、煌びやかな着物を着た、女の暗殺者二人の首を刎ねたが、奴らは動きを止める事はなかった。

「おい、こいつら死なねぇぞ!」

 アサッシン二人は首無し状態でもリンネを襲おうとしたので、俺はリンネを抱き寄せてビャクヤに押し付ける。

 すぐさまカウンターの薙ぎ払いをして、暗殺者たちの胸に傷を作ったが・・・。

 それでも奴らは倒れる事はないし、血すら出ていねぇ。

「またアンデッドか何かか?」

「キリマルは本当に何も知らないのだねッ! 敵の首を良く見てみたまえ」

 ビャクヤに言われるまま、目を凝らして敵の首の付け根を見てみた。

「なんだありゃ。切り口から歯車が見えるぞ。そんな原始的な部品なんかで、人と同じように動いてんのか?」

「それはッ! あれらが自動人形オートマトンだからだッ!」

 はいはい、オートマトン、オートマトン。

 漫画とかで見るが、詳しくは知らねぇよ。「オートマトンだからだッ!」で全てが説明できると思うなよ、ビャクヤ。

 首無し人形二体は、赤い着物をはだけて平べったくなり、手と足だけを地面に水平になるように折り曲げて、四つん這いになった。

 首のなくなった人形なのになぜか視線を感じる。奴らがこちらの様子を窺っていると、はっきりと感じ取れるのだ。

(平べったくなったのは、無残一閃が広範囲の水平斬りだと学習したからか? 人形だけあって無理な体勢でも疲れねぇんだな)

「おい、ビャクヤ。あれが人形なら、命令を出したり操ったりしている奴が、どこかにいるってことだな?」

「そうだッ! だがしかしッ! お菓子ッ! あのオートマトンが普通のものではなく、魔法傀儡なのであれば、操り主を探すだけ無駄だと言えるでしょうッ!」

 俺とビャクヤが話をしている間に、魔法で攻撃を試みようとしたキャスが、オートマトンのターゲットとなってしまい、刺突武器であっという間に胸を刺されて死体となった。

 キャスの死体を見て、主への攻撃を警戒したビャクヤは、リンネをリフレクトマントに包みこんで守っている。

 最早生き返るのが前提になっているせいか、誰もキャスの死を気にしてねぇのが笑えてくるわ。

「その魔法傀儡ってのはなんだ」

「その名の通りだよッ! 普通のオートマトンより魔法処理されている割合が大きい傀儡の事だ。ある程度の命令を自立思考で実行することが出来る、厄介な人形さッ!」

「こいつらが、そうだって可能性は?」

「高いんぬッ!」

 首の穴から針を飛ばしたオートマトンの攻撃を躱して、俺はまだ持っていた骨ムカデの骨片を、その穴に投げこもうとした。

 俺の能力を一切知らない傀儡の一体は、それを手で叩き落そうとしたが、爆発に巻き込まれ粉微塵になる。

「クハハ! アホめ!」

 破壊されなかったもう一体が飛び退いて、俺だけを警戒し始めた。

「やはりッ! この傀儡は学習をしているッ! 魔法傀儡で間違いありませんッ! もう爆発骨片を投げても警戒されて当たりまへんでッ! キリマルッ!」

 なんで急に下手糞な関西弁になった? ビャクヤよ。

「だったらビャクヤの魔法で倒せ」

 変態紳士はノンノンと人差し指をメトロノームのように振って、ブーツのつま先で地面をトントンと叩く。

「奴は吾輩が詠唱しようとすると、小さな針を飛ばしてきて邪魔をしてくるのだよッ! 出来ればリフレクトマントを使わずに済むように吾輩を守ってくれたまえ、キリマルッ! あぁ、吾輩にもヤイバ様のような強靭な肉体があればッ! 魔法詠唱の中断など気にしなくて済むのだがねッ!」

「あいつの名を出すな。胸糞悪い」

 いつか大神聖と刃の親子を超えてやると決めてんだ。こんなところで人形なんかに手こずってられっか。

 ん? なんか匂うな・・・。亜空間からサムシンの館に戻って来てから、嗅いだことのない新しい匂いがする。

 俺は匂いのする方に素早く向いた。

「チィ! 後ろか! おい! 今すぐ回避行動をとれ! マサヨシ!」

 後衛で影を潜めていたマサヨシの安否を確認する。

「おぎゅ・・・。そんなぁ・・・」

 チッ! 遅かったか。マサヨシの脂肪で垂れた胸の間から、小太刀の切っ先が顔を出していた。

 背後から心臓を貫かれて即死したマサヨシは、白目をむいて地面に倒れる。

「ハ! どうせ生き返る」

 キャスの時同様、マサヨシの死を誰も気にしてねぇ。普通ならあり得ないこの状況は、やっぱギャグ漫画みたいで糞面白いわ。

 敵に体臭があるという事はマサヨシを殺した奴は人間だということだ。そいつは自身が暗殺者で、尚且つ傀儡使いで間違いないだろう。

 マサヨシに気を取られていた俺を見てチャンスだと思ったのか、魔法傀儡が襲い掛かってきた。

「キヒヒ! 当たらねぇんだな、これが」

 傀儡は先の尖った十手のようなもので俺の残像を突き、手応えが無い事に驚いて周囲を探る。

「残念だったな」

 俺は傀儡の背後に現れると、背中に触れてすぐに離れる。

 ボンと音がして―――、何の素材でできているのかわからねぇが―――、人間の肌のように柔らかそうに見えた装甲が破裂して、傀儡が派手に壊れた。体の装甲と共に中の歯車やらよくわからない部品が床に散らばる。

(やはり傀儡は格下扱いになるのか。爆発の手が効いた)

「魔法傀儡二体の大破は手痛い出費だな・・・」

 闇から忍者と黒子の中間みたいな奴が現れて、赤く光る糸を操った。

「喰らえ! 魔力妖斬糸!」

 暗殺者の手から伸びた糸が、ふわりと俺の前で踊る。

 こりゃ、クドウが使った技じゃねぇか。だったら俺には効かねぇ!

 ヒュンと音をさせて俺は糸を全て切った。

 ―――いや、切ったつもりでいた。

「ぐぁ!」

 ビャクヤの防御魔法がなければ今頃、俺の四肢はなくなっていただろう。中程度の傷で済んでいる。

「糞が! 危うく俺が達磨になるところだったぜ・・・」

 すぐにリンネがビャクヤのマントの中から、水魔法の【再生】を唱えて俺の傷を癒す。悪魔の再生能力も手伝って、随分と治りが早い。ぶじゅぶじゅと傷口が泡立って塞がっていく。

 いつでも必殺技を放つぞと刀で敵を威嚇しながら、俺は油断した事を恥じた。こいつは未熟な忍者モドキのクドウと違ってプロだったんだわ。

「クドウのように魔力で糸を強化して敵を斬るのではなく、魔力で練ったマナの糸で攻撃したのか。やるじゃねぇか」

 魔力で練られた糸なんてもんはよ、魔法の類と同じなんだわ。こちとら魔法攻撃と認識していなかったのだからよ、アマリで斬れるわけがねぇ。

「そこまで見抜いているとは、流石は人修羅。しかし、これでは割が合わないな・・・。悪魔がいるとは聞いていたが、上位悪魔の人修羅とは聞いていない。しかも高価な魔法傀儡を二体も失った。お前たちを殺しても報酬で補えるはずもなく・・・。契約主が情報を意図的に隠していた可能性があるな・・・。これは契約違反だ」

 お前らの都合など知った事か。

「白雨微塵斬り!」

 夕立のような斬撃が、忍者モドキを微塵斬りにする。

 手応えはあった。

 が、俺が斬ったのは、忍者モドキの身代わりとなった木の幹だった。

 は? お前ら忍者モドキは、常に木の幹を持ち歩いているのか? 糞が。

「出来れば貴様を倒したかったが・・・。しかし我らは暗殺者は契約の中で生きる身。契約に問題があった場合どうなるか、それは同じく契約を遵守する、悪魔の貴様が一番知っている事だろう。こうなった以上は、この場に留まる義理はない。さらばだ」

 忍者モドキの気配が消えた。陰に潜んで逃げたのだろう。

 俺は構えを解いて刀を鞘に戻す。

「お前ごときに俺が倒せるものか。負け惜しみ言いやがって・・・」

「キリマル、早くキャスとマサヨシを!」

 リンネが蘇生を催促してきた。

「へいへい」

 俺は嫌々キャスとマサヨシの胸をアマリで突く。五分後に生き返ったキャスを見て、部屋の壁際で息を潜めていた女たちがどよめく。

「もしかして私たちも、ああやって生き返らせてもらったのかしら?」

「後で莫大な蘇生料を請求されないかな・・・」

 命が助かって喜ぶどころか、支払いを気にする糞女どもめ。爆発の手で殺してやろうか。

「ねぇ、キリマル。マサヨシが生き返らないんだけど・・・」

 リンネがマサヨシの下膨れの頬を触って、体温がない事に気が付く。

「普通に蘇生を失敗したんじゃねぇのか? アマリだって失敗する事もあるだろうよ・・・。いや待てよ。そいつは自身の能力で何度でも蘇ると言っていた。だから蘇生を受ける必要がねぇんだ。気にする必要はねぇぞ」

「そうなの? だったらいいけど、もし普通に死んでいるのだとしたら可哀想・・・」

 リンネはマサヨシの冷たくなった頬にキスをした。

「味方になってくれたお礼に、頬にキスするって約束だったから・・・」

 ビャクヤが嫉妬すると思ったが、彼は周囲にまだ敵が潜んでいないかを警戒していた。

「律儀だな、リンネは。運が良ければそいつとはまた会えるだろうよ」

「うん・・・」

 少し沈んだ顔をするリンネの横顔を、光が照らす。

 サムシンが置き忘れていった受信用魔法水晶がテーブルの上で作動して、壁に何かを映し出したのだ。

 そこにはアースゴーレムを、竜巻のような魔法で倒すサムシンの姿が映っていた。

「あいつ、今どこにいやがんだ?」

「んッ! あれは王都にある魔法院だねッ!」

 魔法水晶の中でサムシンのどや顔が大きく映る。どや顔をするって事はアースゴーレムを圧倒したのか?

 頭を掻きながら、サムシンは白々しく周囲のウィザード達を見渡す。

「あれ? 僕はなんかやっちゃいました? アースゴーレムなんて僕じゃなくても倒せて当然でしょ? どうしたの皆。そんなに驚いて」

 魔法院のウィザード達が歓声を上げている。

「流石は大魔導士グレアト様のご子息だけはある! ゴーレムのコアを狙うなんてありきたりな事などせずに、【竜巻】のごり押しで倒したぞ!」

 俺はそれがどれだけ凄いのかわからないので、ビャクヤに聞く。

「これは凄い事なのか?」

「魔人族にしてみればッ! 大したことではないッ!」

 魔力が魔人族程高くはない人間のメイジにとっては、きっと凄いのだろう。この騒ぎようは尋常じゃないからな。

「で、どうする? サムシンをこのまま放置しておくわけにはいかねぇぞ?」

「ふむッ! 捕まえるまでの時間が空けば空くほどッ! サムシンは自分に有利な状況を作っていくだろうねッ! だが、そんな事はさせまセンテンスッ! 魔法水晶で場所を特定できたので・・・。今すぐに、飛びますッ! 飛びますッ!」

 嘘だろ。いきなり魔法院に突っ込むのか? ウィザードがわんさかいる中へ?

「おい、待て。おい!」

 ビャクヤはいつものように、俺の呼び止めを聞こうとはしない。

「道半ばで倒れたマサヨシが残せしマナでッ! ロケーション☆ムー―――ヴッ! ありがとう! マサヨシ!」

 そう叫んで奴はワンドを頭の上で回転させていた・・・。おえっぷ・・・。
 
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