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起死回生
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そう、俺様は『小説家になろう』や『アルファポリス』なんかに出てくる、ご都合主義の異世界チート主人公なんかではなかった。
ぽっと出の悪魔である俺なんかよりも、明らかに格上であるヴァンパイアロードに対して、爆発の手が発動するわけもねぇか・・・。
「くそが!」
力で抗おうにも、戦士として最低限の筋力しかない俺には、力の強いヴァンパイアロードの羽交い絞めは外せなかった。
「今はまだ体力とマナを吸っている段階だが・・・」
俺の焦りを感じ取ったマーセルは、余裕の籠った声でエナジードレインの解説を耳元で始める。
「君が抵抗もできなくなるほどに、体力を吸い取ったらどうなると思う?」
「知るか、ボケ」
「次に吸うのは君の能力だ。今は体力とマナと・・・、それからこれまで培ってきた戦いの記憶を吸い取っている」
そう言われれば、相手をどうやったら効果的に苦しめられるか、どこに刀を刺しこめば骨が外れるかなどの知識や記憶が消えていくような気がする。いや、消えていってるぜ・・・。
「吸い取ったところでその経験や知識は、私の物になるわけではないのだが・・・。それらはヴァンパイアにとって美味なのだよ。今、記憶を探って君の歪んだ人生の歩みを見ているのだがね、ほうほう、やるじゃないか。沢山の人間を殺してきたのだね。でも最期は銃で撃たれてハチの巣になっている。それから悪魔となってこの世界に転生したと。死に際に、シブヤとかいう街で見た空は、綺麗だったのだねぇ。生憎こっちの世界で青い空は見れそうにないようだ。なぜなら、ここは城の中だからね! ハハハ!」
調子ぶっこいてんな、こいつ。なんか手立てはねぇか? なんかあるだろ。こいつの顔を恐怖に歪ませる手段がどこかに。ボッコボコにしてやるからな!
ふと前を見ると怯えた地走り族のディンゴが、まだ頭を抱えて椅子に座ったままだった。
「おい! 小僧!」
「ぼ、僕は小僧じゃない!」
「死にたくなかったら、そのティーカップを俺によこせ!」
訳がわからないという顔をするディンゴを見て、マーセルが笑う。
「なにかね? 最後にお茶でも飲みたくなったのか? この体勢だと辛うじて飲めるかもな? 首を無様な亀のように伸ばせばそれも可能。いいだろう。子供、彼の手に茶の入ったティーカップを」
「僕は子供じゃないぞ!」
「ほら、マーセル様から許可を貰ったんだ。さっさとしろ、ディンゴ」
俺は皮肉を込めてマーセル様と呼んだが、マーセルはそれが命乞いを含めた遜りだと思ったらしい。
「フハハ! 卑屈になったところで、この羽交い絞めを解く気はないぞ?」
小さなディンゴはテーブルの上に乗ると、テーブル近くで羽交い絞めにされている俺に、熱々の紅茶が入ったティーカップを渡した。俺はカップの持ち手に指を通して顔に近づける。
が、マーセルはわざと腕を揺らせてお茶を零させる。
「あっつ! くそが! (まじで殺すからな、見とけ)」
俺はティーカップを何とかして、背後のマーセルの顔に当てようとした。
「お茶の熱で私を驚かそうと言うのなら無意味だ。私には感覚というものがないのでね」
余裕ぶっこいてろよ? そーら、もう少しで・・・。
―――ボンッ! パリンッ!
「ギャ!」
マーセルが爆発に驚いて、羽交い絞めを緩めた。
俺も爆発に巻き込まれて後頭部と人差し指がジンジンするが、このチャンスを逃しはしなかった。腕からスルリと抜けて、刀を構える。
「ハハハ! アホが!」
(直接が無理なら、間接的に爆発攻撃をするまでだ!)
「貴様~~~! 能力持ちだったのか! 卑怯者め!」
「殺し合いに卑怯も糞もあるか! 死ね、マーセル!」
経験や知識を吸われたにもかかわらず技を閃いた。このタイミングで閃くとは、俺はいよいよ戦いの天才かもしれねぇ。
「お前の怯え顔を拝めないのは残念だがよ・・・。いくぜぇ! くらえ!」
絶対に許せねぇ。俺は俺に対して、余裕の顔を見せる奴が大嫌いなんだわ! あの神の子ヤイバを思い出すからよぉ!
死ね死ね死ね死ね! ヤイバの分も上乗せだ!
「白雨みじん切り!」
アマリが必殺技を叫ぶ。へぇ・・・そんな名前だったのか。
俺の太刀筋を見極めて回避しようとしたマーセルに、野太刀で一刀両断したかのような、太い斬撃筋が何本も撃ち込まれる。
「ブッ!」
断末魔の叫び声をあげる事もできなかったマーセルは、あっという間に肉塊と化して地面に落ちた。
「きゃあ!」
テーブルの上でディンゴが、女みたいな悲鳴を上げてマーセルの死体から視線を逸らす。
「んだ? お前は死体に慣れてるだろ。何を驚いてんだ」
「こんなにグロい死体は初めてだよ! おげぇ!」
確かにマーセルはスライスされた断面図のようになっていたが、その肉塊の山の中に、人体の不思議展にありそうな、縦に綺麗にスライスされた肉片が乗っかっているのだから、グロいと言われればグロい。
「ハァハァ。糞が。余計な事せずにさっさと死んどけば良かったんだ、マーセルの糞野郎」
俺は肉塊を蹴散らしてから、フラフラとしながら椅子に座る。
「あ~疲れた。今度は正式に茶をくれや、ディンゴ」
「あ、ああ。・・・わかった。それから・・・、その・・・。助けてくれてありがとう・・・。ございます」
お茶を入れながらディンゴは恥ずかしそうに礼を言う。
「な~に、いいってことよ。その代わり俺に困った事があったら助けてくれよな」
「も、勿論さ!」
よしよし。こいつを味方にしておけばいざって時にアトラスを脅せるぜ! きっとネクロマンサー以外がゾンビを家で飼えば違法だろうしな。それをネタに脅せるだろうよ。
俺はほくそ笑むと紅茶を一口飲んでから、ティーカップを置いた。
「それにしても腹が減ったな・・・。なんか食い物はねぇか?」
「う~ん、何か出してあげたいんだけど、メイドたちが死んじゃったからね・・・。僕も台所のどの棚にお菓子が入っているかは知らないんだ。彼女たちにそういうのを全て任せちゃったから・・・」
「そうか。ん~、そろそろか?」
俺は腕時計を見ながら紅茶をもう一度飲む。
「なにが?」
訝しむディンゴの後ろで吸血鬼だったメイドたちが起き上ったので、ディンゴの目は丸くなった。
「ひえっ!」
小さな地走り族は驚いて俺にしがみ付く。
「うぜぇな。引っ付くな。そいつらはもうマーセルの下僕でも花嫁でもねぇ。それどころか吸血鬼でもねぇぞ。メイドどもの目をよく見てみろ」
ディンゴは恐る恐るメイドたちを見上げる。赤黒かった目が普通の目になっているのを確認して、怯えるのをやめた。
「うわ! ほんとだ! レッサーオーガ! ・・・じゃなかった! 人間に戻ってる! なんでだ?」
好奇心たっぷりのキラキラした目で俺を見るな。吐き気がするわ。
「俺は殺意を持って斬った相手を蘇生できるんだよ。正確にはこの魔刀アマリのお陰だがな」
「すすす! 凄い! その刀見せてよ!」
「残念ながら俺以外がアマリを持つと、頭がおかしくなるんだわ」
「ちぇっ! 残念。僕はさ、神様を信じているつもりだったけど、実際は信仰心が少しだけ足りなくてさ僧侶になれなかったんだ。だから蘇生の祈り以外の蘇生術を研究したくてネクロマンサーになった。でも全くもって成果なんて出なかったよ。なのに君はあっさりと、神に頼らないで蘇生を実現している」
「何でこの力が神の力じゃないと解るんだ?」
「蘇生の時に神の気配を感じなかったからさ。君とその刀が行う蘇生術は、祈りに依るものじゃないのは確かさ」
「ふ~ん(どうでもいい)」
蘇ったメイドたちは困惑しながらも、互いに抱き合ってキャアキャアと喜んでいる。チッ! うるせーな。
「あの! ありがとうございます! 人修羅様! 今の話を聞いていたのですが、この奇跡は人修羅様のお陰ですよね?」
「ん? まぁな」
「私たちは無理矢理マーセルに血を吸われて下僕にされていたのです! まさか再び人間に戻れる日が来るとは思っていませんでした! 本当にありがとうございます!」
四人のメイドは深々と頭を下げている。その下げた首を切り落としたい衝動を抑えて俺は鼻を穿った。
「ん、どういたしまして。で、お前ら、これからどうすんだ?」
顔を見合って、途方に暮れるメイドたちに俺は提案した。
「元の世界に帰る目途がつくまでディンゴに雇ってもらえばどうだ? 俺は腹減ってるし、今すぐ食い物を持って来てほしいんだわ。いいよな? ディンゴ」
「勿論さ! 何よりも命の恩人である君の頼みだからね!」
「どのみち、メイドは必要だろうしな」
「うん、これまで十何年もスケルトンに雑用をやらしていたんだけど、やつら、脳みそがないせいか頭が悪くてね。彼女らは細かい所まで気が利くし召喚して正解だったよ」
「ありがとうございます!」
メイドたちはまた頭を下げお礼を言ったと同時に、背後で男の声がした。
「う、う~ん・・・」
そう、メイドたちが人間に戻るという事は、マーセルも人間に戻って蘇生するという事だ。ヴァンパイアってのは一種の状態異常なんだって事がこれで解った。アマリは状態異常を全て消して、五体満足で生き返らせるからな。
「ハッ! フハハ! 私は消滅していなかったのか。天は我に味方したようだな! ・・・ってアレー!」
金髪の優男は自分の裸を見て驚く。
「逞しい体じゃなくなっている! こここ、これは私が人間だった頃の姿! 私は始祖様の直接の下僕なんだぞ! あの美しい体はどこへ!?」
「お前は人間に戻ったんだ。もう不死ごっこはお終いだ」
「えぇーー! そんなぁ!」
嘆くマーセルの前にメイドたちが仁王立ちする。各自が拳を鳴らしたり肩を回したりしている。
「よくも~! これまで~! 好き放題やってくれたわね! マーセル!」
下着が見えるのもお構いなしで、メイドの一人がマーセルの首を蹴った。
「ムシャクシャすると、私の手足を斬っては再生させて笑ってたでしょ!」
マーセルは頭と胴体の間でくの字を作って吹き飛び、ズサァと地面に転がったところを、もう一人のメイドのエルボーがわき腹に刺さった。
「忘れてないわよ! 他のヴァンパイロードの前でオナニーをさせた事を! 死ぬほど惨めで恥ずかしかったんだから!」
「いぎぃ!」
痛みに悶える元ヴァンパイアロードの綺麗な顔にモップがかかった。
「ぷわっ! 汚い!」
「貴方に雑巾で顔を拭かれた上に、絞り汁を飲まされた事を忘れてはいないんだからね!」
モップから逃れ、頭を抱えて亀のように縮こまったマーセルの丸出しの尻の穴に、メイドの鋭く尖ったハイヒールの先が突き刺さる。
「ぎぃぇええええ!」
「吸血鬼の再生能力がなかったら、私の肛門は今頃ガバガバだったわ! このアナルセックス大好き変態野郎が!」
「はは! 痛そうだな。もっと苦痛に喚け、マーセル」
俺はボロボロになっていくマーセルを見て気分がいいが、やっぱり腹が減った。
「あ~・・・。気持ち良くお仕置きをしてるところ、悪いがよ。そろそろ、食い物持ってきてくれねぇか?」
メイドたちはハッと我に返ると、悪意に満ちた顔を引っ込めて笑顔になり、急いで台所へと向かう。
俺は、ぼろ雑巾のようになって横たわる裸のマーセルを指さしてディンゴに訊いた。
「こいつどうする?」
「ん~。この世界に存在しない人物だし、殺しても捕まらないよね。死霊術の実験に使うとするよ」
「ああ、それがいいな」
マーセルが青い顔をして怯える。
「ひぃぃ! なんでもいう事をききましゅから! 殺さないで!」
メイドたちにボコボコに殴られて歯抜け顔となったマーセルは、俺の脚に縋って懇願してくるので蹴飛ばして向こうにやり、俺はディンゴに訊ねた。
「そういや、アトラスの娘リンネがどうしたって? 何か言いかけてたよな?」
「実は・・・」
ぽっと出の悪魔である俺なんかよりも、明らかに格上であるヴァンパイアロードに対して、爆発の手が発動するわけもねぇか・・・。
「くそが!」
力で抗おうにも、戦士として最低限の筋力しかない俺には、力の強いヴァンパイアロードの羽交い絞めは外せなかった。
「今はまだ体力とマナを吸っている段階だが・・・」
俺の焦りを感じ取ったマーセルは、余裕の籠った声でエナジードレインの解説を耳元で始める。
「君が抵抗もできなくなるほどに、体力を吸い取ったらどうなると思う?」
「知るか、ボケ」
「次に吸うのは君の能力だ。今は体力とマナと・・・、それからこれまで培ってきた戦いの記憶を吸い取っている」
そう言われれば、相手をどうやったら効果的に苦しめられるか、どこに刀を刺しこめば骨が外れるかなどの知識や記憶が消えていくような気がする。いや、消えていってるぜ・・・。
「吸い取ったところでその経験や知識は、私の物になるわけではないのだが・・・。それらはヴァンパイアにとって美味なのだよ。今、記憶を探って君の歪んだ人生の歩みを見ているのだがね、ほうほう、やるじゃないか。沢山の人間を殺してきたのだね。でも最期は銃で撃たれてハチの巣になっている。それから悪魔となってこの世界に転生したと。死に際に、シブヤとかいう街で見た空は、綺麗だったのだねぇ。生憎こっちの世界で青い空は見れそうにないようだ。なぜなら、ここは城の中だからね! ハハハ!」
調子ぶっこいてんな、こいつ。なんか手立てはねぇか? なんかあるだろ。こいつの顔を恐怖に歪ませる手段がどこかに。ボッコボコにしてやるからな!
ふと前を見ると怯えた地走り族のディンゴが、まだ頭を抱えて椅子に座ったままだった。
「おい! 小僧!」
「ぼ、僕は小僧じゃない!」
「死にたくなかったら、そのティーカップを俺によこせ!」
訳がわからないという顔をするディンゴを見て、マーセルが笑う。
「なにかね? 最後にお茶でも飲みたくなったのか? この体勢だと辛うじて飲めるかもな? 首を無様な亀のように伸ばせばそれも可能。いいだろう。子供、彼の手に茶の入ったティーカップを」
「僕は子供じゃないぞ!」
「ほら、マーセル様から許可を貰ったんだ。さっさとしろ、ディンゴ」
俺は皮肉を込めてマーセル様と呼んだが、マーセルはそれが命乞いを含めた遜りだと思ったらしい。
「フハハ! 卑屈になったところで、この羽交い絞めを解く気はないぞ?」
小さなディンゴはテーブルの上に乗ると、テーブル近くで羽交い絞めにされている俺に、熱々の紅茶が入ったティーカップを渡した。俺はカップの持ち手に指を通して顔に近づける。
が、マーセルはわざと腕を揺らせてお茶を零させる。
「あっつ! くそが! (まじで殺すからな、見とけ)」
俺はティーカップを何とかして、背後のマーセルの顔に当てようとした。
「お茶の熱で私を驚かそうと言うのなら無意味だ。私には感覚というものがないのでね」
余裕ぶっこいてろよ? そーら、もう少しで・・・。
―――ボンッ! パリンッ!
「ギャ!」
マーセルが爆発に驚いて、羽交い絞めを緩めた。
俺も爆発に巻き込まれて後頭部と人差し指がジンジンするが、このチャンスを逃しはしなかった。腕からスルリと抜けて、刀を構える。
「ハハハ! アホが!」
(直接が無理なら、間接的に爆発攻撃をするまでだ!)
「貴様~~~! 能力持ちだったのか! 卑怯者め!」
「殺し合いに卑怯も糞もあるか! 死ね、マーセル!」
経験や知識を吸われたにもかかわらず技を閃いた。このタイミングで閃くとは、俺はいよいよ戦いの天才かもしれねぇ。
「お前の怯え顔を拝めないのは残念だがよ・・・。いくぜぇ! くらえ!」
絶対に許せねぇ。俺は俺に対して、余裕の顔を見せる奴が大嫌いなんだわ! あの神の子ヤイバを思い出すからよぉ!
死ね死ね死ね死ね! ヤイバの分も上乗せだ!
「白雨みじん切り!」
アマリが必殺技を叫ぶ。へぇ・・・そんな名前だったのか。
俺の太刀筋を見極めて回避しようとしたマーセルに、野太刀で一刀両断したかのような、太い斬撃筋が何本も撃ち込まれる。
「ブッ!」
断末魔の叫び声をあげる事もできなかったマーセルは、あっという間に肉塊と化して地面に落ちた。
「きゃあ!」
テーブルの上でディンゴが、女みたいな悲鳴を上げてマーセルの死体から視線を逸らす。
「んだ? お前は死体に慣れてるだろ。何を驚いてんだ」
「こんなにグロい死体は初めてだよ! おげぇ!」
確かにマーセルはスライスされた断面図のようになっていたが、その肉塊の山の中に、人体の不思議展にありそうな、縦に綺麗にスライスされた肉片が乗っかっているのだから、グロいと言われればグロい。
「ハァハァ。糞が。余計な事せずにさっさと死んどけば良かったんだ、マーセルの糞野郎」
俺は肉塊を蹴散らしてから、フラフラとしながら椅子に座る。
「あ~疲れた。今度は正式に茶をくれや、ディンゴ」
「あ、ああ。・・・わかった。それから・・・、その・・・。助けてくれてありがとう・・・。ございます」
お茶を入れながらディンゴは恥ずかしそうに礼を言う。
「な~に、いいってことよ。その代わり俺に困った事があったら助けてくれよな」
「も、勿論さ!」
よしよし。こいつを味方にしておけばいざって時にアトラスを脅せるぜ! きっとネクロマンサー以外がゾンビを家で飼えば違法だろうしな。それをネタに脅せるだろうよ。
俺はほくそ笑むと紅茶を一口飲んでから、ティーカップを置いた。
「それにしても腹が減ったな・・・。なんか食い物はねぇか?」
「う~ん、何か出してあげたいんだけど、メイドたちが死んじゃったからね・・・。僕も台所のどの棚にお菓子が入っているかは知らないんだ。彼女たちにそういうのを全て任せちゃったから・・・」
「そうか。ん~、そろそろか?」
俺は腕時計を見ながら紅茶をもう一度飲む。
「なにが?」
訝しむディンゴの後ろで吸血鬼だったメイドたちが起き上ったので、ディンゴの目は丸くなった。
「ひえっ!」
小さな地走り族は驚いて俺にしがみ付く。
「うぜぇな。引っ付くな。そいつらはもうマーセルの下僕でも花嫁でもねぇ。それどころか吸血鬼でもねぇぞ。メイドどもの目をよく見てみろ」
ディンゴは恐る恐るメイドたちを見上げる。赤黒かった目が普通の目になっているのを確認して、怯えるのをやめた。
「うわ! ほんとだ! レッサーオーガ! ・・・じゃなかった! 人間に戻ってる! なんでだ?」
好奇心たっぷりのキラキラした目で俺を見るな。吐き気がするわ。
「俺は殺意を持って斬った相手を蘇生できるんだよ。正確にはこの魔刀アマリのお陰だがな」
「すすす! 凄い! その刀見せてよ!」
「残念ながら俺以外がアマリを持つと、頭がおかしくなるんだわ」
「ちぇっ! 残念。僕はさ、神様を信じているつもりだったけど、実際は信仰心が少しだけ足りなくてさ僧侶になれなかったんだ。だから蘇生の祈り以外の蘇生術を研究したくてネクロマンサーになった。でも全くもって成果なんて出なかったよ。なのに君はあっさりと、神に頼らないで蘇生を実現している」
「何でこの力が神の力じゃないと解るんだ?」
「蘇生の時に神の気配を感じなかったからさ。君とその刀が行う蘇生術は、祈りに依るものじゃないのは確かさ」
「ふ~ん(どうでもいい)」
蘇ったメイドたちは困惑しながらも、互いに抱き合ってキャアキャアと喜んでいる。チッ! うるせーな。
「あの! ありがとうございます! 人修羅様! 今の話を聞いていたのですが、この奇跡は人修羅様のお陰ですよね?」
「ん? まぁな」
「私たちは無理矢理マーセルに血を吸われて下僕にされていたのです! まさか再び人間に戻れる日が来るとは思っていませんでした! 本当にありがとうございます!」
四人のメイドは深々と頭を下げている。その下げた首を切り落としたい衝動を抑えて俺は鼻を穿った。
「ん、どういたしまして。で、お前ら、これからどうすんだ?」
顔を見合って、途方に暮れるメイドたちに俺は提案した。
「元の世界に帰る目途がつくまでディンゴに雇ってもらえばどうだ? 俺は腹減ってるし、今すぐ食い物を持って来てほしいんだわ。いいよな? ディンゴ」
「勿論さ! 何よりも命の恩人である君の頼みだからね!」
「どのみち、メイドは必要だろうしな」
「うん、これまで十何年もスケルトンに雑用をやらしていたんだけど、やつら、脳みそがないせいか頭が悪くてね。彼女らは細かい所まで気が利くし召喚して正解だったよ」
「ありがとうございます!」
メイドたちはまた頭を下げお礼を言ったと同時に、背後で男の声がした。
「う、う~ん・・・」
そう、メイドたちが人間に戻るという事は、マーセルも人間に戻って蘇生するという事だ。ヴァンパイアってのは一種の状態異常なんだって事がこれで解った。アマリは状態異常を全て消して、五体満足で生き返らせるからな。
「ハッ! フハハ! 私は消滅していなかったのか。天は我に味方したようだな! ・・・ってアレー!」
金髪の優男は自分の裸を見て驚く。
「逞しい体じゃなくなっている! こここ、これは私が人間だった頃の姿! 私は始祖様の直接の下僕なんだぞ! あの美しい体はどこへ!?」
「お前は人間に戻ったんだ。もう不死ごっこはお終いだ」
「えぇーー! そんなぁ!」
嘆くマーセルの前にメイドたちが仁王立ちする。各自が拳を鳴らしたり肩を回したりしている。
「よくも~! これまで~! 好き放題やってくれたわね! マーセル!」
下着が見えるのもお構いなしで、メイドの一人がマーセルの首を蹴った。
「ムシャクシャすると、私の手足を斬っては再生させて笑ってたでしょ!」
マーセルは頭と胴体の間でくの字を作って吹き飛び、ズサァと地面に転がったところを、もう一人のメイドのエルボーがわき腹に刺さった。
「忘れてないわよ! 他のヴァンパイロードの前でオナニーをさせた事を! 死ぬほど惨めで恥ずかしかったんだから!」
「いぎぃ!」
痛みに悶える元ヴァンパイアロードの綺麗な顔にモップがかかった。
「ぷわっ! 汚い!」
「貴方に雑巾で顔を拭かれた上に、絞り汁を飲まされた事を忘れてはいないんだからね!」
モップから逃れ、頭を抱えて亀のように縮こまったマーセルの丸出しの尻の穴に、メイドの鋭く尖ったハイヒールの先が突き刺さる。
「ぎぃぇええええ!」
「吸血鬼の再生能力がなかったら、私の肛門は今頃ガバガバだったわ! このアナルセックス大好き変態野郎が!」
「はは! 痛そうだな。もっと苦痛に喚け、マーセル」
俺はボロボロになっていくマーセルを見て気分がいいが、やっぱり腹が減った。
「あ~・・・。気持ち良くお仕置きをしてるところ、悪いがよ。そろそろ、食い物持ってきてくれねぇか?」
メイドたちはハッと我に返ると、悪意に満ちた顔を引っ込めて笑顔になり、急いで台所へと向かう。
俺は、ぼろ雑巾のようになって横たわる裸のマーセルを指さしてディンゴに訊いた。
「こいつどうする?」
「ん~。この世界に存在しない人物だし、殺しても捕まらないよね。死霊術の実験に使うとするよ」
「ああ、それがいいな」
マーセルが青い顔をして怯える。
「ひぃぃ! なんでもいう事をききましゅから! 殺さないで!」
メイドたちにボコボコに殴られて歯抜け顔となったマーセルは、俺の脚に縋って懇願してくるので蹴飛ばして向こうにやり、俺はディンゴに訊ねた。
「そういや、アトラスの娘リンネがどうしたって? 何か言いかけてたよな?」
「実は・・・」
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