殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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 裸の美少女はどこか生気がなく人形の様だった。まぁ幻だから当然か。

「うふふ」

 さっきから笑ってばかりで何もしてこない。まさかこれで時間が稼げると思っているのか? 俺はリアルなぬいぐるみを前にして威嚇するアホな猫じゃねぇんだぞ。

「私は貴方とエッチがしたいの」

「うるせぇ、死ね。何がエッチだ。これから見る地獄のスケッチでもしてろ」

 ビュッ!と刀で幻を斬ってみる。まぁ幻だけあって一瞬乱れた映像のようになって元に戻った。

「私は貴方とエッチがしたいの」

「つまらん・・・。エッチよりもエッジの聞いた皮肉でも言ってみろよ」

 俺は無視して城へ向かって歩き出す。

 俺の好みに合わせたのだろうか? ボーイッシュな黒髪の日本人少女の幻は同じことしか言わねぇ。活発そうな女子は好きだが、俺はロリコンじゃねぇぞ。それにできれば日焼けしてくれてた方が良かったな。

 にしてもイービルアイってのはアホなのか? こんな幻で俺様がなんとかなると思ったのなら、城の主は使い魔を選び直した方が良いぜ。

「あぶない、キリマル」

 刀から平坦な声が聞こえてきた。アマリだ。

「それ以上進むと崖から落ちる」

「は? 崖だと?」

 俺が向かっているのはネクロマンサーの城だ。

 そう思って足元を見ると確かに崖があり、俺が城だと思って目指していた場所は高台にある断崖だった。

 近くを見ると幻の少女は消えており、上空でイービルアイが舌打ちをしていた。目玉しかねぇのにどうやって舌打ちしたんだ?

 どうやら俺は奴の幻術にしっかりとかかっていたようだ。少女の幻は俺に歩かせるよう促してたってわけか。やるじゃねぇか、イービルアイ。正確な発音はイーヴォアイ。

「助かったぜ、相棒」

「私偉い? 私の事、愛してる?」

「ああ。偉いし、愛してるさ(白目)」

 俺は背後で人差し指と中指を交差させてそう言った。

「嬉しい」

 アマリはカタカタと震えて喜んでいる。実にチョロいなぁ、おい。

「さてさて、雑魚専門の俺様が、雑魚相手に時間をかけるわけにはかねぇんだわ」

 次の魔法をイービルアイにかけられる前になんとかしねぇとな。あいつは警戒して中々空から降りてこねぇ。ギリギリ神速居合斬りも届かねぇしよ。

 なんか投げるもんねぇかな・・・。アマリを投げるか? いや、コイツの事だ。後でネチネチと文句を言うに違いねぇ。根暗なオタク美少女みたいな見た目だから、きっと根に持つタイプだ。本当はどうだか知らねぇが。

 俺は足元の石を探していると、コートに突き刺さっている、鋭く尖ったスケルトンの骨を見つけた。

「あ~あ、またコートを買い直す必要があるな。まぁでも良いもんがあるじゃねぇか」

 尖った骨片を手に取るとイービルアイを見る。

 俺は能力的には侍と忍者のハイブリッドらしい。【知識の欲】って変な名前の魔法は、鑑定した人物の向いている職業を見抜く。

 実際、その職業を目指して生きると人生が楽になるそうだ。食い扶持にあぶれて飢え死にするという事はなくなる。

 腕自慢なら戦士や傭兵。賢いなら魔法使い。器用で素早いならスカウトや盗賊。創造性と器用さがあるなら職人。

 早い段階で自分の進むべき道が解るってのはありがてぇ話だな。俺も進むべき道しるべがありゃあ殺人鬼になってなかったかも?

 ―――いや。

 どう進もうが俺は間違いなく人は殺してただろう。なんたって他人が俺の手によって死んでいく様を見るのが好きだからなぁ? これはどうしようもない事だからよぉ。真っ当に生きるなんて無理な話よ。

 案外、神様が俺の困った性質を見かねて、この世界に送ってくれたのかもな。ここじゃあ人を殺し放題だ。神様ありがとうよ!

「ヒヒヒ」

 もしかしたらこの世界に送ってくれたかもしれない神様に感謝しながら笑っていると、いつの間にかイービルアイの目玉のど真ん中に穴が開いていた。

 俺が考えに浸っている間に、体が勝手に動いて奴を仕留めていたらしい。

「流石は半分忍者の俺様だな。鋭い骨片を苦無のように投げやがったか」

 穴の開いた目玉から水を零しながら萎れて落下するイービルアイは、萎れた水風船のようだった。

「雑魚でも油断ならねぇな。身構えて意識する前に魔法をかけられると、俺でもどうにもならねぇわ。気を付けねぇと」

 俺は萎れたイービルアイをグリグリと踏みつけて、死んでいるのを確認してから城へ向かって歩き出した。



 ビャクヤは未だにソファで寝転ぶリンネの前に転移魔法で現れると、自分の祖父がまだ車椅子に頼っていなかった頃にやっていたタップを真似て踏む。

「んんんなるじ様ッ!」

 カカカと鳴るはずだったタップの音は絨毯に吸収されて、ドタドタとした音に変わった。

「ドタドタうるさい」

「あれ! そんな口をきいてもいいのですか? 主様!」

 ビャクヤは不機嫌そうにこちらを見るリンネに、マントの下から日記をちらつかせる。

「お父さんの顔の本・・・。やだ、かっこいい。なにそれ!」

 半身を起こしてリンネは本を手に取ろうとしたが、ビャクヤがその手を意地悪に避けた。

「たっぷりと吾輩を褒めてナデナデしてくれてもいいのですよッ! 我が主様ッ! これはアトラス様の日記でんすッ!」

「え、どうやって手に入れたの? 返却してくれたの?」

「え? ・・・はい、その通りです。クライネ様の家まで行って返してもらいまんしたッ!(嘘は言っていないッ!)」

「ありがとう、ビャクヤ! じゃあ特別に好きな所を撫でてあげる。どこを撫でてほしい?」

「ナヌッ! ではここをばッ!」

 ばッ! とマントを跳ね上げてビャクヤはビキニパンツの股間を突き出す。

「言うと思った!」

 股間のふくらみをリンネにビンタされたので、ビャクヤは苦痛で床を転げまわる。

「しどい! 主様! それは撫でるではなく、叩くですよッ!」

「変なとこ突き出すからよ。それから一人にしてくれる? お父さんのプライバシーは守らないといけないから」

 ビャクヤはスッと起き上がると頭を下げた。

「御意ッ!」

 顔を上げてビャクヤはリンネを少しの間観察する。具合が悪そうだ。精神的ショックのせいか、或いは単純に体調を崩したか。

 心配しつつもビャクヤは踵を返して裏口に向かい庭へと足を運んだ。

「吾輩は庭で日向ぼっこなどをしておりますので、何かあったら呼んでくださいましッ! 主様ッ!」

「うん、ありがとね」

 ビャクヤがいなくなったのを確認するとリンネは日記を開こうと試みた。この魔法の日記は合言葉がないと開かないが、リンネは父親の口癖を思い出して、それを言ってみる。

「んん~! 筋肉マッソォ! (恥ずかしい~)」

 日記は一瞬光って簡単に開いた。日記は365枚あり、見たい年月を言えばその時に書いた内容を見せてくれる。今は最新の状態なので白紙が多い。最後に書かれたページを探してリンネは読み始めた。

 ―――急いで金を払いに行かないと。最近、あのネクロマンサーは維持費用の金額をつり上げてきた。年月を経る毎に維持が大変で触媒の量が増え、それらの値段も馬鹿にならないからだそうだ。これまでは給金で何とか支払えたが、今やリンネへの仕送りもままならない金額になってしまった。もう三か月も仕送りをしておらず、娘は進級したというのに退学させられる。なんとかせねば・・・―――
 
「これだけじゃ話が見えてこないわ。お父さんはネクロマンサーに何かを依頼してたのね。維持費って何かしら・・・?」

 便利な魔法の日記とはいえ、何十年と書かれた膨大な日記の内容の中から詳細を探るのは難しい。リンネはあてずっぽうにページを開いて読んでみる。

 適当に開いたページだったが意外な内容にリンネは驚いた。

 ―――妻は今日も地下室で呻きながら壁を引っかいている。これが人として間違っているのは解っているが、私にはこれしかなかったのだ。蘇生にかかる費用は膨大で、一下級騎士に支払える額じゃない。だからネクロマンサーを頼ったのだ。妻は今日もゾンビとして暗くて寒い地下室にいる―――

「うそ・・・。お母さんが地下室にいるの・・? 12歳までこの家に居たけど全然気が付かなかった・・・。地下室は大事な家宝があるから近づくなって言われてたから・・・」

 リンネは急いで地下室へと向かった。重いハッチを開くと階段を下りて、厳重に鍵のかかった扉の前に立つ。そして幾重にも開いた鍵穴にワンドを向けた。

「【開錠】!」

 カチカチカチと音がして鍵が開いていき、扉が勝手に開いた。

「お母さん・・・」

 暗い地下室の中を仄かに照らす魔法の光は椅子に座って目を閉じ、青白い顔で微動だにしない母親を照らしだしている。ゾンビにしては状態がすこぶる良い。

 思い出の中の母親が、そのままの姿で目の前にいる。しかし、もう動くことも喋る事もない。ネクロマンサーの術が解けてしまっているからだ。

 口元を押さえて声を殺して泣き、リンネはその場に崩れ落ちる。あまり大声で泣くと通気口から声が漏れてビャクヤが飛んでくるかもしれないからだ。

 ひとしきり泣くと目を擦って立ち上がり、息をしない母親の顔を近くで見る。

「私はお父さんの気持ちがわかるよ。こんな死体遊びみたいな事、世間では許されないのだろうけど、それでも愛する人に傍に居てほしいって気持ちは私も同じだよ」

 リンネは愛おしい母親の冷たい頬を撫でてから肩を落として地下室を出ると、階段を上がって居間に戻り、ソファに寝転んだ。

「はぁ・・・。辛い」

 と心の声を漏らしてから、ふと誰かの存在を忘れている事に気が付いた。腰まである長い黒髪。眉毛のない怠そうな垂れ目。背が高くてヒョロっとしてるけど、強くてぶっきらぼうなあの人修羅。

 人を斬って蘇生させる彼は今どうしているだろうか?

 彼さえいれば!

 奇跡の悪魔キリマルがいれば! 父親も母親も生き返える!

「そうだ! キリマルがいたんだったわ!」

 リンネは体調が悪いのも忘れて跳ね起きた。

「そうよ! そうそう! 何も問題はないじゃない!」

 よくよく考えれば自分はなんて幸運なのだろうか。変態だと思っていた使い魔は、数多くの高レベルな魔法を操るメイジ! 怖くて陰気そうな悪魔は人を殺してから、生き返らせる能力を持つ人修羅!

 こんな強力な二人を私は従えている!

「あれ? こんな凄い二人がいるのに、なんで私はクヨクヨしているのかな」

 憂いが晴れて気分の良くなったリンネは、また適当に日記を開いて鼻歌を口ずさむ。

「ふんふふーん♪ お父さんには申し訳ないけど、もう少しプライベートを覗かせてもらおうかしら」

 自分は悪い娘だと思いつつ、開いたページの内容を読んでいると、徐々に自分の目が大きくなるのが解った。

「うそ・・・でしょ?」
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