殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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リンネの失敗

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(大丈夫だ、証拠は残していないはずだ)

 魔法学園体育教師のライアン・アダムスは、サッカーをする生徒たちを見つめながら、自身のこれまでの行動を振り返った。

(錬金術棟の中庭で栽培されているクサレナシアマズルの汁を、学年随一のハンサム、レオナールの首に注射器でかけたところは誰にも見られてはいない。そしてその後、自分が証拠を残していないかを確認するために、錬金術棟にも赴いた。注射器も元の場所に戻しておいたし、村の自警団団長のレポートを盗み見たが、急性心不全と判断されていた。完璧と言える。しかし、そういえば俺が錬金術棟に行くルートに、二人がいたような。しかしそんな事を言えば他にも何人かいたか・・・。杞憂だ。あまり考えすぎるとボロが出る)

 ライアンはボールを全く防ごうともせず、微動だにしないキーパーのリンネ・ボーンを見る。この国では珍しくない金髪碧眼の、中の上といった顔立ちの少女だ。ゴール前でボールを弾くたびに、彼女のショートボブが弾み、爽やかな汗を散らすが、ライアンはそんなリンネを冷めた目で見つめていた。

(女なんて・・・)

 ライアンが親指の爪を噛んでいると、男子の蹴ったサッカーボールが自分を目指して飛んできた。

「危ないんぬッ!」

 ビャクヤがライアンの前に立って、ばさりとマントでボールを弾いた。

「すいませーん、先生大丈夫でしたかー? おーい! ビャクヤ! ボールをこっちへ蹴ってくれ!」

 ボールを蹴った男子がが手を振ってビャクヤに頼んだ。

「承知ッ!」

 とは言ったものの、ビャクヤはシュバシュバと奇妙なポーズをとって中々蹴らない。そうしている間に男子はボールを取りに来た。

「もういいわ、いっつも変なポーズばかり決めて・・・」

「ぬはっ!」

 ビャクヤの仮面の表情は照れ笑いをしている。その仮面の下はどんな顔なのだろうかとライアンは興味を持った。

(そういえば、この変態仮面の素顔を見た者はいないな・・・)

 ライアンは値踏みするようにビャクヤを見る。

(こいつ、なんて種族の悪魔だったかな。常に仮面を被っていて、シルクハットにパンイチマントだ。半裸や裸の悪魔は結構いるが、インキュバスか? いやインキュバスなら美少年の姿で現れるはず。美しさで人間を誘惑するのが仕事の悪魔が、素顔を隠したりはしないだろう。とはいえ、青い肌に白い幾何学模様があるのは、どう見ても人間じゃないな。でも仮面の下が美少年だったらどうする? 悪魔の美少年を殺して、寵愛の館に持っていけば・・・)

「ライアン先生ぇッ!」

 ライアンはビャクヤの粘っこい声で、妄想から引き戻されてハッとする。

「今日は殺人事件があったのに、学校は休みにならないのですねッ!」

「こら、ビャクヤ。勝手に殺人事件にするな。レオナールが額から血を流して、死んでいたからそう思ったのかもしれんが、あれは倒れた時に頭を強く打ったんだ。あまり変な事を言いふらすと、学園の名に傷がつくだろ。片田舎の魔法学園といっても、一応王国政府運営の学園なんだぞ」

「それは失礼しまんしたッ! で、彼の死因はなんだったのですかね?」

「急性心不全だそうだ」

「なるほど、急に倒れたと目撃者の生徒たちも言ってましたものねッ! しかしおかしいですねッ! レオナール君の死因はまだ公表されていないはずですよッ! 吾輩もッ、自警団団長のサムスさんに死因をお聞きしましたが、まだ発表の段階ではないと追い返されましたガッ!」

「サムス殿に直接、聞いたんだが?」

「嘘だね!」

 ライアンの後ろでガサガサと茂みが揺れた。

「リンネ・ボーン!」

 金色の髪に葉っぱを数枚乗せたリンネが茂みから出てくる。

「ではあのゴールキーパーをしているリンネは?」

 ライアンはゴール前で、微動だにしないリンネを見た。

「残念! あれはビャクヤの作り出した幻影だよ。途中からまったく動いてないのにおかしく思わなかったの? ライアン先生! いや、ライアン!」

 ビシッと指を刺したリンネの顔には、証拠を掴んだという顔で満ち溢れていた。

「自警団団長に私は訊いたもんね。現段階ではまだあらゆる可能性があるから、死因はレオナール君の両親にも教えていないって! それなのに貴方に話すわけないじゃない! なんならここにサムスさんを呼んで確認してもいいんだけど?」

 しかしライアンの表情は変わらない。

「教師を呼び捨てするとは何事か! 私はサムス殿のレポートをたまたま見たからそう言ったまでだ! 私はレオナールを殺してはいないぞ! 証拠はあるのか!」

「おや? 今問い詰めているのは、ライアン先生のついた嘘であって、レオナール君殺しの件ではありませんよ?」

「突き詰めれば私が殺したかどうかを問うているのだろう? だったら同じことだ、ビャクヤ!」

「ライアン先生は吾輩が【読心】の魔法を使えることをご存じない。貴方が錬金術棟の中庭から盗んだ、クサレナシアマズルの汁を、レオナール君の首に注射器でかけた事も吾輩は知っていますッ!」

「嘘を言うな! 使い魔のいう事など誰が信用するものか! ハハハ!」

「ではなぜ、錬金術師でもない体育教師である貴方がッ! 錬金術棟に行ったのですかッ!」

「錬金術科のビーク先生に、器材を取りに行くように頼まれたからだ」

「残念ながらッ! それもビーク先生に確認済みですッ! 危険な薬品や植物がある錬金術棟に行くには、校長の許可がいるはずです! 嘘に嘘を重ねているのはやはり貴方がッ! レオナール君を殺した証拠ッ!」

 ここまで追い詰められも、ライアンは眉毛をピクリとも動かさない。

(ライアン先生は悪い意味で、豪胆な方だッ!)

 寧ろビャクヤはまだ証拠が足りなかったと後悔し始めた。まだまだ自分は若い。詰めが甘かったかという考えが頭を巡る。

(時期尚早過ぎましたか。クッ! 浅はかな自分を呪いますよッ!)

「確かに私は錬金術棟近くには行ったが、それはあの辺で屯する不良を見に行っただけのこと。(どうやら俺が錬金術棟に入っていくのは見てないようだな)私が錬金術棟に入って毒の植物を盗み、その汁をレオナールにかけた証拠はどこにもない! ビャクヤの妄想の中以外ではな! ハッ!」

 自信満々なライアンを見て、リンネは心配そうにビャクヤを見る。

「どう、いけそう?」

「ふぬぬぬっ!」

「(駄目そう・・・。次にいつ生徒が殺されるか心配で、私がビャクヤを急かしたのが失敗だったわね)解りました、ライアン先生。疑った事を謝ります。でも先生は色々証言に疑問があります。錬金術棟に器材を取りに行ったと言った後に、不良がいないか見回りに行ったと言ってみたり、レオナール君の死因だって、サムスさんのレポートをしっかりと読まないと解らないはずです。だからたまたま見るなんて事はあり得ないはずですよ」

「何と言おうが、証拠はない。それが全てを物語っている」

 身長180センチのライアンは、小さなリンネを見下ろすと、割れた顎を摩って鼻で笑った。

 見下されていると感じたリンネは悔しいので、少しでもライアンの動揺を誘おうと考える。

「でもこの学園の中で、貴方が一番犯人に近い存在なのは間違いありませんよ。一応これらの事は魔法水晶に録画しておきました。サムス団長に提出しておきますね」

「ああ、構わん。私の罪を決めるのは君ではないからな、リンネ・ボーン」

 この対決に区切りをつけるようにして、授業の終わりをチャイムが告げた。

「つまらん探偵ごっこに付き合わされて授業を無駄にした。これは減点扱いにさせてもらう」

 ライアンは力任せにリンネを突き飛ばそうとしたが、ビャクヤがマントでそれを防ぐ。

「か弱き乙女に体罰はよろしくないですねッ! ライアン先生ェ!」

「チッ!」

 ギロリとビャクヤを睨むとライアンは足早にその場を立ち去った。
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