三里話

じゃぱろう

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不老不死の妖怪

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「ほらあそこの孤児院を見てご覧よ」

 泥で汚れた白い寺院を指して祖父は言うが、孫娘は彼の昔話に夢中で、とっくにつまらない行商路では無くなり、
「いいから、いいから!話の続きは?なんでその人は成仏しないの!?」
 と続きをせがんだ。




 ────美人の占い師と一緒に、青年は白塗りの孤児院の前に立っていた。

「貴女は霊を祓えると言った。なのにどうして真っ白な遊女は成仏しないのか?」

「私は霊を祓える。しかし師匠のような偉大な占い師ではない。
 知っているか?この孤児院はここ数年、特に多くの子が預けられ、ある噂が立った。預けられた子は皆同じ母親の子で、その母親は子の生気を少しずつ貰っては生きながらえる、所謂不老不死の妖怪だ。
 そして三つの噂や霊障が、この三里の間に起こった」

 祖父は彼女が何を言っているのか理解できなかったが、何でも尋ねるのはよくないと思い、長い熟考の末、ある答えが浮かび、彼女に視線を向ける。

「成仏しない遊女、占いの妊婦、不老不死の妖怪…これらの話は、全て同じ女性のことなのか…??」

 いつのまにか占い師の冷たい雰囲気も和らぎ、青年と視線をかち合わせ頷く。

「そうだ。私の師匠が占った妊婦は、その廃墟となった遊郭の遊女だ。
 彼女が客の子を妊娠した時、客引きの合間をぬって占いに来たのだろう。そして自分の寿命が残り僅かだと知った。
 出産した後も遊女として働き二子にし三子さんしと身ごもり、彼女の寿命は延ばされ続けた」

「でも堕胎だたいさせられるはずでは?
 それなら十五歳になる前にとっくに子供は殺され、その女性も死んでるはずだ…。
 もし子供が生きていたとしても彼女が何百年も生きるには、何百回も出産したということになる…体が持たないだろう…」

「ああ、確かに遊女にとって妊娠は恥とされ、堕胎させられる。しかし彼女はまたしても客引きの時に抜け出し、あの孤児院に預けた。
 私の師匠はその未来も視えていたはずだ。
 だから子が十五歳になるまでの命だと言ったのだろう。
 そしてなぜ彼女が何百回もの出産に耐えられたのかだが…。彼女は二子目を出産した時点で死期が延ばされ、運命が変わってしまった。
 つまり彼女はもう人じゃなくなっていたんだ」

 不老不死の妖怪の噂は、遊女が何百人もの子を預けたことでできたのだろう。

「最初から孤児になると分かっていたのなら、なぜ生かしたのか…」

 青年はそこまで言って自分の思考に怖くなった。
 
 つまり小さな命なら将来を案じて殺しても構わないと…。

 彼の言葉が震えたのを聞き、占い師の女は優しく言った。

「彼女はたとえ孤児になると知っていても堕胎させられなかった。なぜならそれは遊郭の店主や客と同じ様に、命を粗末に扱うことになるからだ。
 なにより赤子の泣き声を聞いて、殺すことなどできなかったのだろう」




 ───夕暮れ時。

 占い師は青年を遊郭の前まで送り、青年は彼女の背中を見送ったが、結局その遊女を成仏させる方法をはぐらかされたことに気づいて、慌てて呼びかける。

「お姉さん!どうしたら彼女を成仏させれるのか!彼女はあそこに留まり続けている!!」

 占い師は目元をほんの少し緩ませ、振り返って言った。

「彼女は死んでいない。生きてもいない。私は霊しか祓えない。
 ただ彼女の子供が寿命を全うするまで待ちなさい。
 それと遊郭は早く取り壊した方がいい。あと彼女のために小屋を建ててやれば迷惑もかけないだろう」

 不老不死の遊女は死者でも生者でもない、小さな命を大切にする一人の母親なのだ。





「今日は良い話を聞いたわ!」

 西日が一人の老人と少女を紅く染める。
 長い行商路だったが不思議な話を聞き、少女は色々な考えを得た。

 二人の周りには前方から女の人が向かって来るだけで、ひと気も少なくなっていた。その女性は若くて美しく全身が真っ白で、二人とすれ違う時赤い口を綻ばせ、会釈をした。
 その表情はとても穏やかで若いはずなのに、歳をとった老婦人を想わせる温かさがあった。  

 どうやら子供が大好きな人のようだ。慈愛に満ちた微笑みについ、少女も笑顔を返す。

 少女は祖父の話を聞いて、一つだけ確かな考えを持った。

 恐らく祖父も同じだろう。

 不老不死の遊女が未だ生きているなら、きっと彼女の子供は今でも元気に生きている。

 一人の母親の選択は、間違いではなかったのだと。


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