白衣の覡は紅に染まる

じゃぱろう

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 沈黙が流れ一瞬、時が止まったような錯覚に陥る。
 しかし卯一にとってその沈黙こそが答えであった。

 被害者の遺体は見るも無残な惨状だったはずなのに、男は鞭で打たれたのだと凶器の名を挙げている。

 この男こそが犯人なのだろう。

 だから事件の一室に男が近づいた途端、負の感情が強まったのだ。

 その時、男は懐に忍ばせていた短刀を取り出し卯一の肩を掴む。下卑た笑みを浮かべる口から笑い声が漏れる。

「ハハハ、そうだよ。俺がヤッたんだ、殺したんだよ。まぁそれも昔の話だからなぁ、最近は溜まってたんだよ。のこのこここまで付いてきて、まさか何もしないとでも思ったのか?」

 ヘラヘラと笑いながら舐めるように視線を這わせてくる男に、卯一は嫌悪感を顕にした。

「貴方は最低な人間だ…!今からでも、彼女たちに謝って罪を償いなさい!!」

 男が卯一の体に視線を移していたその瞬間、刃物を持つ手を掴み、諭すような声で言った。
 しかし男は手を緩めるどころか、高笑いをしてみせた。

「覡の分際で俺に説教する気か?神に使える奴らは確か純潔じゃないといけないらしいからな。それとも既に誰かに食われたあとか?」

 男は掴まれていた逆の手で卯一の腰を弄り、袴の上から無理やり撫で回した。その手つきからも目つきからも、明らかな情欲を纏っていることが伺える。

 覡である卯一は性的な知識どころか、そういった情欲を向けられることに馴れていなく、体を弄る手から逃げることも叶わずただ硬直した。

 ────気持ち悪い。

 初めて他人に欲を向けられたことで、頭が真っ白になっていた。抑えきれない憎悪がふつふつと湧いてくる。落ち着けていた荒魂が暴走しそうになる。

 ────殺さなければ。

 そう思った時には、目の前が真っ赤に染まっていた。大きな叫び声とともに仰け反った男の胸元には斜めの切り傷がついており、そこから血を吹き出している。

 斬ってしまった。

 覡である彼が一般人に危害を加えるなんてあってはならないことで、たとえ殺人鬼といえども人を斬ったことに気が動転した。
 荒魂に冒されていた彼は少しの心の機微ですら、侵食のもとになってしまう。ざわつく魂を必死で落ち着けていく。

 一瞬我を忘れていた卯一であったが、彼の血を全身で浴びて冷静になったのか、男がそのまま倒れるのを見ていた時、やっと我に返った。
 肩で息をしていた彼はそのまま震える手で男の鮮血の滴る刀を地面に置き、仰向けに倒れた男の側に膝をつく。

「し、止血を…」

 すぐに包帯を取り出し、止血をしようと男に声をかけた彼の言葉は途切れる。

 太ももを撫でられる感触に背筋が震える。
 男は切られても尚も卯一に触れることをやめない。激しい憎悪の感情を抑えて、煮えたぎる荒魂に乗っ取られないよう意識を保つので精一杯だった。

 そんな彼の葛藤を知ってか知らずか、男は下卑た声を漏らす。

「ハハハ、俺を殺すのか?神に使えるお前が殺すのか?ハハハハ!!コロせ!この人殺し!」

 男の声が雑音のように頭に響く。ココロが、タマシイが乗っ取られる恐怖に全身から冷や汗を吹き出した。
 
 尚も男は笑うのを止めず、彼の殺意は一瞬のうちに隠すまでもないほど膨れ上がった。制御が効かず刀に手を伸ばす。




────グサッ。


 心臓に刀が突き刺さった反動で胸を浮かし、男は短い悲鳴を上げ絶命した。
 刀を刺したのは卯一ではなかった。

「ほら、言ったでしょう?優しい言葉をかけてくる奴には気をつけてって」




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