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ニ
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────ますます夜が深まり一層静まり返った山道。聴こえ始めたのはゆったりとした蹄のパカパカとした音と、少しの会話。
男の押しにありがたく乗せてもらうことにした卯一は、動き出した牛車によろけつつも隅っこに腰を落とした。
「お前さんしか居ないんだからもっと広々と使っていいんだよ。そんなせせこましくしとらんで」
「お気遣いありがとうございます。でも…ここで大丈夫です」
牛車の荷台の部分は大人二人は寝転んでも平気な空間なので、わざわざ人ひとり分の場所を開けて座る彼に男は違和感を持った。
しかし青年がそう言うのでそれ以上言うことはなく、ふと見た備え箱に青年が入れたであろうお金を捉えて、再び不思議に思った。
そこには二人分のお金が置いてあった。
既に昨日の客のお金は取り出していたので、この青年が置いたのは確かだがと首をかしげ、結局お礼の分も含めているのだろうと何も言わずに納得し手綱を握り直した。
声をかけられた卯一は卯一で、先程までの失礼な態度に申し訳なく思い特段優しい声で答えたのが、変ではなかっただろうかと別のことを心配している。
そもそもあんな態度を取ってしまったのには理由があった。
警戒していたのもあるが、なにより卯一は疲れていた。
もっと言えば荒魂に冒されていたのだ。荒魂とは恨み辛み等の負の感情が募り和魂が姿を変え、その字面のとおり荒々しい一面を引き出し、制御がつかなくなってしまうのだ。
卯一はここ一週間、覡として妖魔や悪霊が現れたという噂を聞いては現場に行って退治し、お清めを行っていた。それこそ一睡もせずに、己の魂を追い詰めるかのように。
けれども自身の限界も考えずにところ構わず霊力を使い、荒魂になる寸前になった挙句、人に当たった言い訳にはならない。
深く深呼吸をして森の澄んだ空気を吸い込む。
「あの、本当に大丈夫だったんですか?あなたの行こうとしていたところと逆だったのに…何か理由があるんじゃないですか?」
「気にせんでええ。ただ帰ろうとしてただけだし、ちょっと遠回りするだけだ、特に理由はないよ」
「隠さなくてもいいですよ。さすがに面識のない私を送るためだけに、来た道を引き返すなんて普通はしないと思いますし、本当のことを言ってください」
夕方ならいざ知らず、既に日付が変わっているにも関わらず、なんの理由もなく反対方向に乗せる人はいないだろうことは、いくら抜けている彼でも分かっていた。
なにより男が先程から自身に含みのある視線をチラチラ送っていることにも気づいていたのだ。
(カエデにも人の好意には裏があるって注意されてるし…でもちゃんと気づいたからカエデも怒らないよね?)
男は図星だったらしく、しばらく黙ったあと言いにくそうに話し始めた。
「ハハハ、バレてたみたいやね。実はとあるいわく付きの屋敷に怨霊がいてな。だから覡のお前さんに祓ってほしいんだ」
「もしかして…さっき言っていた事件と関係ありますか?」
話によると麓の少女が失踪したことが事件の発端らしい。当然少女の親は誘拐事件だと思っていたものの、麓の者たちが捜索してもいっさい有力な情報が掴めず、結局少女自ら失踪したとして話は落ちついた。
しかしその後一人、二人、三人と突然いなくなる者が増えていくことになる。それもなぜか若い女性だけであった。
失踪者が十人を超えた頃、流石に可怪しいとついに麓中で事件について認識が変わり、誘拐事件として武士の警備を強めた。
その後も被害者は増えるものの犯人が明るみに出ることはなく、半年後に二十四名の被害者が遺体で見つかった。
麓から離れたこの静かな山中の屋敷の一室に無造作に積み重なり、誰が誰なのか、凶器の判別すらもつかないほど無惨な姿で。
唯一分かることは、遺体が失踪したとされていた人たちであることのみだ。
女性を狙った強姦魔に狙われた者の中には、まだ十五にも満たない少女もいた。
男の押しにありがたく乗せてもらうことにした卯一は、動き出した牛車によろけつつも隅っこに腰を落とした。
「お前さんしか居ないんだからもっと広々と使っていいんだよ。そんなせせこましくしとらんで」
「お気遣いありがとうございます。でも…ここで大丈夫です」
牛車の荷台の部分は大人二人は寝転んでも平気な空間なので、わざわざ人ひとり分の場所を開けて座る彼に男は違和感を持った。
しかし青年がそう言うのでそれ以上言うことはなく、ふと見た備え箱に青年が入れたであろうお金を捉えて、再び不思議に思った。
そこには二人分のお金が置いてあった。
既に昨日の客のお金は取り出していたので、この青年が置いたのは確かだがと首をかしげ、結局お礼の分も含めているのだろうと何も言わずに納得し手綱を握り直した。
声をかけられた卯一は卯一で、先程までの失礼な態度に申し訳なく思い特段優しい声で答えたのが、変ではなかっただろうかと別のことを心配している。
そもそもあんな態度を取ってしまったのには理由があった。
警戒していたのもあるが、なにより卯一は疲れていた。
もっと言えば荒魂に冒されていたのだ。荒魂とは恨み辛み等の負の感情が募り和魂が姿を変え、その字面のとおり荒々しい一面を引き出し、制御がつかなくなってしまうのだ。
卯一はここ一週間、覡として妖魔や悪霊が現れたという噂を聞いては現場に行って退治し、お清めを行っていた。それこそ一睡もせずに、己の魂を追い詰めるかのように。
けれども自身の限界も考えずにところ構わず霊力を使い、荒魂になる寸前になった挙句、人に当たった言い訳にはならない。
深く深呼吸をして森の澄んだ空気を吸い込む。
「あの、本当に大丈夫だったんですか?あなたの行こうとしていたところと逆だったのに…何か理由があるんじゃないですか?」
「気にせんでええ。ただ帰ろうとしてただけだし、ちょっと遠回りするだけだ、特に理由はないよ」
「隠さなくてもいいですよ。さすがに面識のない私を送るためだけに、来た道を引き返すなんて普通はしないと思いますし、本当のことを言ってください」
夕方ならいざ知らず、既に日付が変わっているにも関わらず、なんの理由もなく反対方向に乗せる人はいないだろうことは、いくら抜けている彼でも分かっていた。
なにより男が先程から自身に含みのある視線をチラチラ送っていることにも気づいていたのだ。
(カエデにも人の好意には裏があるって注意されてるし…でもちゃんと気づいたからカエデも怒らないよね?)
男は図星だったらしく、しばらく黙ったあと言いにくそうに話し始めた。
「ハハハ、バレてたみたいやね。実はとあるいわく付きの屋敷に怨霊がいてな。だから覡のお前さんに祓ってほしいんだ」
「もしかして…さっき言っていた事件と関係ありますか?」
話によると麓の少女が失踪したことが事件の発端らしい。当然少女の親は誘拐事件だと思っていたものの、麓の者たちが捜索してもいっさい有力な情報が掴めず、結局少女自ら失踪したとして話は落ちついた。
しかしその後一人、二人、三人と突然いなくなる者が増えていくことになる。それもなぜか若い女性だけであった。
失踪者が十人を超えた頃、流石に可怪しいとついに麓中で事件について認識が変わり、誘拐事件として武士の警備を強めた。
その後も被害者は増えるものの犯人が明るみに出ることはなく、半年後に二十四名の被害者が遺体で見つかった。
麓から離れたこの静かな山中の屋敷の一室に無造作に積み重なり、誰が誰なのか、凶器の判別すらもつかないほど無惨な姿で。
唯一分かることは、遺体が失踪したとされていた人たちであることのみだ。
女性を狙った強姦魔に狙われた者の中には、まだ十五にも満たない少女もいた。
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