黒彩色

じゃぱろう

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極彩色

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 ボロボロの神社の中は西日で朱色に染められている。日が沈み始め、二人はもと来た道を戻った。再び彼らがあの丘を通ったとき、花雄はどうしても聞きたいことがあり、考える前に口を開いていた。

「水雲は彼女をなぜ見殺しにしたのだろう…」

 彼は殺しはしなかったが見殺しにはした。相当深い恨みがあったのだろうか…。

 修験者は彼の質問には答えず、代わりに質問をした。

「神が水雲の願いを叶えるには何を与えればいいと思う?」

 男の質問は至って簡単なものだった。

 才能。

 花雄は真っ先にそれを思い浮かべたが、出た言葉は違った。

「手を…すごい絵を描ける手を与える…」

 修験者は「才能」と言う言葉を堪えた彼が面白いようで、また笑いながら言った。

「確かに画家なのだから彼に絵の才能を与えるか、才能のある画家の手を彼と交換すればいい!」

 修験者は全て分かっているはずが、花雄の思考が面白いようで、ハッキリと言わず含みを持たせている。
 花雄はそんな揶揄いを気にかけることすらできなかった。
 良からぬ思考で埋め尽くされていたからだ。
 彼は「交換」という単語を聞いて、村人の言葉を思い出した。

(あいつは神の目を貰ったんだ…)

 なぜ絵かきなのに手ではなく目なのか?
 邪神は必ず願いを叶えてくれる。そして代償を必ず勘定してくる。
 あの邪神が代償として水雲の目と自分の目を交換したのかもしれない…。
 ならなぜ水雲の目は盲目ではないのか?
 邪神は本当に盲目なのだろうか…?

 彼の思考を読んで男が先に口を開いた。

「あの邪神は本当に盲人だよ。でも目が見えないわけではない。
 あれは色が見えないんだ」

 あの立て札に書いてあった「盲」の字は、盲目の意ではなく色盲の「盲」だったのだ!

 神になっても自然に色盲が治るわけではない。                        
 だから邪神になり、願いの対価として正常な目と交換したのだ。
 それなら水雲の目が見えるのも不思議ではない。
 
 そして彼は血だまりに横たわる妻に気づかず、
愛する妻の寝顔と風景を横で描いていた。
 風通しの良い丘の上では血の匂いも霧散し、色盲の彼がどうしたら気づくことができただろうか。
 彼は色のない世界で妻を描いた。
 その妻が自殺を図り血まみれであることなど知らずに…。



 日がすっかり落ち、花雄は宿を出て深い山奥の山道を下っていた。
 帰路につきながら彼は考えていた。

 水雲はなぜ色盲になって描いた絵が評価されたのか?
それは花雄が北の地で摘み取った白い薔薇と同じ理由だろう。

 珍しいからだ。

 北の地に咲く白薔薇は南の地には咲かない。
 数年前に見た水雲の色鮮やかな壁画は平凡で珍しくもなかった。
 しかし色盲になり全てが黒く映る中で彼は、認識することのできなくなった絵の黒を使うのではなく、黒色だけを妻に残してもらい敢えて黒だけで塗ったのだ。

 黒の濃淡だけで塗られた絵は、水墨画とも違うため、普通の人には思いつきもしないのだろう。
 彼はとっくに世界から色が消えていた。
 そして愛する妻もいなくなり心の色も消えてしまった。

 水雲が最後に描いた絵を花雄は忘れることができなかった。

 丘の上で眠っている女の、真っ黒な絵を。
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