黒彩色

じゃぱろう

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盲目の神像

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 丘を越えた先に神を祀る社があった。獣道は荒れ果て社殿も汚れ、中にある唯一の神像も表面の塗装が剥がれて傾いている。氏子どころか立ち寄る人もいないのだろう。

 修験者は神像をただ眺め、花雄は立て札に近寄り、とある文字を見た。

「盲」

 ほとんど埃を被り読めなかったが「盲」という字だけが見える。
 花雄は不思議に思い、修験者に質問した。

「なあ、この札に盲って書いてあるけど、つまりこの神様は盲目なのか?神なのに盲目なんてことあるのか?」

 男は柔らかい声で言った。

「確かにこの神様は盲人のようだね。神も元は人間だから人間だったときに盲人だったのなら、神になってもそのままだ」

 花雄は納得できなかった。

「盲目なら目が無いか奇形になるんじゃないか?なのにこの神像は普通の目だし、盲人がする目隠しもしてない。それに神になったのに目を治せないのか?」

 修験者は彼の言葉が可笑しくて、微笑ましそうに見つめた。

「わざわざ神像まで盲人にする必要はないだろう?それに神様になったとしても無理なものは無理だよ。
 だからここに祀られているのは恐らく邪神だ」

「邪神」の一言で花雄は悪寒が走り身震いした。

 修験者は彼の恐怖心を悟り、彼の不安を拭うため一段と優しい声で続ける。

「邪神と言っても無闇矢鱈に危害を加える訳ではないよ」

「じゃ、じゃあ、どうしたら危害を与えてくるんだ…!」

 彼の声は震え、修験者の近くに寄って何か良からぬことをしてしまわないように注意を払った。

「願いだ」

 修験者そう言ったあと少し沈黙して、再び口を開いた。

「邪神は他の神と違って代償を払わせる代わりに、必ず願いを叶えてくれる。だから水雲も神頼みをしたのだろう。彼の願いは言うまでもない。
『有名な画家になりたい』
 彼は昔から絵、一筋でお金が欲しかったわけではなかったのだろう。彼の幸せはずっと応援してくれていた妻のためにも、自分が絵で成功し二人で暮らすことだ」

 修験者はハッキリと言いきったが、花雄は水雲が殺人犯であることを疑っておらず、難色を示した。

「妻を殺したのに彼がそんな願いをするとは思えない。
 当時丘の上には寝そべる錦子と丘に登って隣で絵を描く水雲の二人しかいなかったと聞いた!精神病を患っている彼女が邪魔で眠っているすきに殺したんじゃないのか?」

 修験者は顎に手を当て、しばし唸ったあと顔を上げた。

「そこだよ。二人しかいないかったのだから、もう一人錦子を殺せる犯人がいるじゃないか」


「村人が言うには水雲はその日昼食を摂りに戻らず、錦子も昼食を摂らずに庭の手入れをしていたらしいじゃないか。
 その後丘で横になる錦子の姿は村人にとってはいつもどおり彼女が療養しているように見えた。    
 しかし彼女の心のはいつもとは違った。水雲が約束を破ったからだ。
 精神を病んでいた彼女はたった一度の出来事でも絶望したのだろう」

 要は彼女が腹を自ら裂いて自殺したのだと言いたいのだ。

 花雄はそれを理解した。
 それでもその先を聞きたくなく、
「それはおかしい…」
 と小さく反論したが、何がおかしいのか自分でもよく分かっていなかった。

 修験者は頷き彼の言葉を肯定した。

「水雲が丘に登ったのを目撃されたのは錦子が自殺を図った直後だろう。彼は草地にできた血だまりに横たわる妻を見たはずだ。
 しかし村人が見たのは彼が寝そべる錦子の横で絵を描く姿だ」

 つまり自殺した彼女に処置もせず、放っておいたことになる。

 言い換えると水雲は見殺しにし、間接的に殺害した!
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