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屋敷の戸と窓は大きく開いている。
春の生暖かい風がいっぺんに吹くとなぜだか涼しく感じた。
畳の上には三人の若者がおり、その内の二人は盲目だ。
一人の盲目は白と青の羽織に皺を作らぬよう気をつけて座った。白い目隠しを整えて左隣の青年に言った。
「兄上、この少女はどんな様子ですか?」
向牙は目の前に横たわる少女を一瞥して答えた。
「目をやられている。危篤の状態だが処置をすれば命は助かるだろう」
向思は水桶の手ぬぐいを絞って、汚れているであろう少女の腕や足にあてがい、手探りだが慣れた手つきで拭いて傷を確かめた。
「あの妖獣の鋭い爪で切り裂かれているのか…幸い血は止まっていますが、兄上この娘の目の傷はどうですか?」
向思は顔も同じく拭こうとしたが手を伸ばすと濃い邪気を感じ、指先に幾重もの切り傷が触れて手を引っ込めた。
「…眼球が破裂し中の水が漏れ出している。瞼の奥まで爪が届いたのだろう。噴き出した血も凝固し、自力では目を開けることができない…」
向思は盲目であっても優秀な陰陽師であり、今まで何千といった重篤の者や凄惨な死体を扱っていたが、脳裏にこの少女の顔が浮かび胸が締め付けられた。
「まだ幼いのに盲目になるなんて…世話をしてくれる者が居なければ彼女は生きていけないだろう…」
自身が盲目であるからというだけでなく、ただただ可哀想で少女の身を案じて慈悲の目で見つめる。
静寂の中で、向牙の薬を混ぜる音だけが小さく響いている。
彼は目元を引きつらせていた。
向思は端にある棚に移動し少女のために可愛らしい目隠しと杖を探した。少女自身は見ることができないが、他人の目に映る少女の姿は良いものであった方がいいだろう。
彼はある程度探し、やっと自分ではその「可愛らしい」杖を見分けられないことに気づき恥ずかしそうに向牙に手伝いを乞うた。
「兄上、その子の傷を隠せる顔隠しと杖を探してくれませんか?その子に合いそうな可愛らしいのがいいでしょう…桃色かお花の柄があれば良いのだけれど…。
ハハ、ハ…兄上、私は馬鹿だ。私は目が見えないことを忘れていた…」
言い終わる前に彼は血を吐き出した。
腹部が冷たくなり視線を落とすと激しい痛みが広がった。
彼の背中から腹に向かって銀色の剣が刺さり、その刀身から鮮血が滴り落ちる。貫通した刀身は上手く臓器を外れてはいたが、痛みに耐えかね床に手を着いた。
向思は未だ剣が刺ささったまましゃがみこみ、落ち着いていてそんな彼の背後で向牙は拳を握り締め口を開いた。
「急所は外した。俺の薬を使えばすぐ治る。」
「兄上が何を怒っているのか分かりませんが、他人もいるのにこれはないでしょう…薬は要りませんあの子の傷を治すのに使って下さい。あの子は今は意識もなく、起きても目が見えない。
しかし盲目だからこそ私たちの空気を察します。辛いのはあの子自身なのですから要らぬ心配をかけさせないであげて下さい。」
向牙は彼の叱責を黙って聞き、向思う も剣をゆっくりと抜いて置いた。
「もうすぐあの子も起きるでしょう。目覚めてすぐは痛いので目を冷やしてあげないとですね。兄上この杖はどんな色ですか?
私が幼い頃に使っていた杖なので、大きさは良いと思うのですが…」
そこまで言って彼は邪気を感じ話を止めたが、遅かった。案の定、怒りを顕にした声が聞こえた。
「目が見えなくても空気を察するって?
そうか、盲目のお前が言うんだから間違いないんだろうな。さっきから盲目盲目ってしつこいんだよ…俺へのあてつけか?」
向思は理解できずに立ち尽くし、側に立ち怒る向牙の気配を感じていた。
「お前が小さい時の杖まで取り出して、俺によく見ろって?やっぱり恨んでるんだろう?お前のことを盲目にさせた俺を…!」
向思は頭を下げ、杖に手を触れ彼がいつのことを言っているのかを理解した。
それは幼い頃の記憶だ。
春の生暖かい風がいっぺんに吹くとなぜだか涼しく感じた。
畳の上には三人の若者がおり、その内の二人は盲目だ。
一人の盲目は白と青の羽織に皺を作らぬよう気をつけて座った。白い目隠しを整えて左隣の青年に言った。
「兄上、この少女はどんな様子ですか?」
向牙は目の前に横たわる少女を一瞥して答えた。
「目をやられている。危篤の状態だが処置をすれば命は助かるだろう」
向思は水桶の手ぬぐいを絞って、汚れているであろう少女の腕や足にあてがい、手探りだが慣れた手つきで拭いて傷を確かめた。
「あの妖獣の鋭い爪で切り裂かれているのか…幸い血は止まっていますが、兄上この娘の目の傷はどうですか?」
向思は顔も同じく拭こうとしたが手を伸ばすと濃い邪気を感じ、指先に幾重もの切り傷が触れて手を引っ込めた。
「…眼球が破裂し中の水が漏れ出している。瞼の奥まで爪が届いたのだろう。噴き出した血も凝固し、自力では目を開けることができない…」
向思は盲目であっても優秀な陰陽師であり、今まで何千といった重篤の者や凄惨な死体を扱っていたが、脳裏にこの少女の顔が浮かび胸が締め付けられた。
「まだ幼いのに盲目になるなんて…世話をしてくれる者が居なければ彼女は生きていけないだろう…」
自身が盲目であるからというだけでなく、ただただ可哀想で少女の身を案じて慈悲の目で見つめる。
静寂の中で、向牙の薬を混ぜる音だけが小さく響いている。
彼は目元を引きつらせていた。
向思は端にある棚に移動し少女のために可愛らしい目隠しと杖を探した。少女自身は見ることができないが、他人の目に映る少女の姿は良いものであった方がいいだろう。
彼はある程度探し、やっと自分ではその「可愛らしい」杖を見分けられないことに気づき恥ずかしそうに向牙に手伝いを乞うた。
「兄上、その子の傷を隠せる顔隠しと杖を探してくれませんか?その子に合いそうな可愛らしいのがいいでしょう…桃色かお花の柄があれば良いのだけれど…。
ハハ、ハ…兄上、私は馬鹿だ。私は目が見えないことを忘れていた…」
言い終わる前に彼は血を吐き出した。
腹部が冷たくなり視線を落とすと激しい痛みが広がった。
彼の背中から腹に向かって銀色の剣が刺さり、その刀身から鮮血が滴り落ちる。貫通した刀身は上手く臓器を外れてはいたが、痛みに耐えかね床に手を着いた。
向思は未だ剣が刺ささったまましゃがみこみ、落ち着いていてそんな彼の背後で向牙は拳を握り締め口を開いた。
「急所は外した。俺の薬を使えばすぐ治る。」
「兄上が何を怒っているのか分かりませんが、他人もいるのにこれはないでしょう…薬は要りませんあの子の傷を治すのに使って下さい。あの子は今は意識もなく、起きても目が見えない。
しかし盲目だからこそ私たちの空気を察します。辛いのはあの子自身なのですから要らぬ心配をかけさせないであげて下さい。」
向牙は彼の叱責を黙って聞き、向思う も剣をゆっくりと抜いて置いた。
「もうすぐあの子も起きるでしょう。目覚めてすぐは痛いので目を冷やしてあげないとですね。兄上この杖はどんな色ですか?
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