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第七章 千夜聖戦・斬曲編

第二百五話「分からない思い」

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 秘匿任務:行方不明者の捜索及び奪還、誘拐犯の討伐
 遂行者:黒神大蛇、丸山雛乃
 犠牲者:0名

 東京都足立区 地球防衛組織ネフティス本部――
 
 天空あまつそらさんから秘匿任務の詳細を聞き終え、俺は逃げるようにこの休憩室に来た。

「はぁ、はぁ……」

 ――俺は別に雛乃さんを嫌っているわけではない。だが初対面であそこまでグイグイ迫られると、誰だって警戒するだろ。

「……あの人とは、任務開始まで一旦距離を置く事にしよう。それよりあいつらの様子が気になる。それにあいつらには裏切り者の捜索を……」

 いや、あいつらに言ってしまえば余計怪しまれるか。いきなり任務を押し付けるようなものだ。それにさっき天さんも言っていたが、今回の秘匿任務というやつは俺と雛乃さんだけに下された任務。決して他の者にこの事を口にしてはいけないと言われたばかりだ。
 ……ならここは言わない方が正解なのか。否、それでは今度は急に姿を消した事であいつらやネフティスの皆を心配にさせてしまう。それだけは避けたい。そしてこういうところからも、死の宿命は襲ってくるのだから。

「……どうするべきか」

 皆を心配にさせないかつ秘匿任務を遂行させるために、まず何をすればいいのか。
腕組みをしながら壁にもたれかかって頭を悩ませているその時、誰かがこの休憩室に入ってきた。

「……大蛇君」
「……凪沙さん」

 普段からは想像もできない程の暗い……いや、無の表情を浮かべながら俺の名を呼んだ。だがそれも無理はない。あのハロウィン戦争で凪沙さんの長年の相棒であった蒼乃さんは北条に殺されたのだから。
 俺で言う亜玲澄に近い……いや、それよりも深い関係だった存在が自分の所属する組織の内乱で命を落とした事への悲しみは、決して誰にも分からない。

「……」

 とりあえずそっとしておくようにし、俺はこっそり休憩室を出ようとした刹那、右腕が勢い良く後ろに引っ張られた。

「……行かないで」
「えっ……」
「もう、これ以上私からいなくならないでっ……!!」
「凪沙さん……」

 蒼乃さんも正嗣総長もネフティスからいなくなってしまった今、凪沙さんはもう『大切な存在』を失いたくないのだ。たとえ任務を放棄してでも、『運命に見捨てられる』のが嫌なのだろう。
 俺はふぅ……と深呼吸をし、一切振り向かずに言い放った。

「……これ以上こんな目に遭いたくなければ、抗え! 今を受け入れろ!!」
「っ――!!」
「今、凪沙さんが俺達では計り知れないほど辛いというのは分かっている。簡単に今を受け入れるのは無理に近いだろう。だがそうやって己の宿命から逃げていたら、今いる凪沙さんの『大切な存在』は当然、自分自身すら守れない! 蒼乃さんからその銃を受け継いだだろ! このまま逃げ続けて、蒼乃さんの死を無駄にする気なのか!!」

 そうだ。俺の知る凪沙さんはどんな運命に直面しても決して逃げなかった。俺が廻獄結界に封印されていた時も、凪沙さんは真っ先に動いて俺を救ってくれた。それだけではない、あらゆる任務の中で彼女は『誰一人犠牲を出さない』事を意識して遂行に励んでいたことも博士や総長から聞いている。そしてそういう凪沙さんだからこそ、蒼乃さんは彼女を相棒とし、これまで上手くやってこれたのだ。

 しかしそんな俺の思いが届かなかったのか、凪沙さんはふと俺の前に現れて一発の強烈な平手打ちを喰らわせた。その威力は部屋中に渡る反響音が示していた。

「っ――」
「……大蛇君に何が分かるの!! 私は一生の相棒を失って、その挙句頼れる総長もネフティスから消えたんだよ! もう運命は私を見捨てたんだよ! なのに受け入れろって、抗えって……勝手な事言わないでよっ!! 何も知らないくせに……何の気持ちも知りもしないくせに私を追い込もうとしないで!!!」

 ……そうか。そうだよな。俺は凪沙さんの事をほぼ外面的でしか知らなくて、その中に抱えてる思いなんて知ってるはずがない。我ながら自分勝手だ。凪沙さんがこれまででどれほど辛い思いをしてきたか、そして背負ってきたかなんて知りもしないで受け入れろ、逃げるななんて言ってしまった。余計に悲しませてしまった。辛くさせた。
 ……だが、それは俺自身も例外では無い。

「――凪沙さん。実は俺、
「えっ……」
「信じろとは言いません。ですが俺……『八岐大蛇』は、凪沙さん達が生まれる前……いや、のから転生してきたんです。蒼乃さんの母親である智優美さんとも実際に話していました。そして、殺しました」
「っ――!」
「その時の俺は何故か身体の支配権を『暗黒神』を名乗る者に奪われていて、俺の意志に関係なく俺のは智優美さんを殺めていた……辛かったですよ、あの方も一応かつての俺を救ってくれた恩人なので。
 そんな恩人を勝手に俺の身体で殺されたんです。その時も……今の凪沙さんのように、逃げようとした。いや、実際に逃げました」
「大蛇君……」
「しばらくするうちに、ふと吹っ切れたんです。どれだけ現実を否定しても、もう失ったものは二度と戻ってこない。って」
「……!!」

 ずっと掴まれたままの右腕をゆっくりと引き離し、ドアノブに手をかける。

「――俺は信じていますから。凪沙さんが今を受け入れて、この不条理な世界から皆を守ると誓ってくれるのを」

 この言葉だけを残し、俺は休憩室を後にした。一人になった凪沙さんはその場でずっとうついていた。

「……蒼乃ちゃん」

 ――まだ辛いよ。唯一の相棒はもうここにはいないんだから。それでも今を生きろって言われるんだから、この世界は本当に残酷だよね。不条理だよね。死にたいのに、逃げたいのに簡単に逃げ出す事が出来ないんだから。

「でも、ごめんね。今はちょっと……このままでいたい…………」

 かつての相棒が愛用していた氷銃を優しく抱きしめながら、両頬から透明な雫が伝った。

 今はただ、枯れ果てるまで泣いていたいから――
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