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第九話「暴徒の奇襲」
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あらすじ
「オロチ、耐えろっ……!」
「ああああああああ!!!」
『ネフティス』という単語を聞くだけで錦野智優美を殺したあの記憶がフラッシュバックし、精神を蝕まれ暴走した八岐大蛇《やまたのおろち》。
そんな彼を落ち着かせようと車の中にも関わらず全身で拘束して抑えるアレス。しかし、家に着く寸前にその手を離してしまい――
「ああああああ!!!」
俺――八岐大蛇はアレスの拘束から解かれ、無意識に後部座席を開けて後ろを向き、強く雪で埋まった地を蹴った。
「しまった、大蛇がっ――!」
アズレーン博士がドアを開けて振り向いた時にはもうオロチの姿は無く、無慈悲に冷たい吹雪が顔を襲う。
「アレス! ……っておい、アレス! しっかりしろ!」
「ううっ……、気持ち悪い……」
……しまった、車酔いか。やはり事前に酔い止め薬を飲むべきだったか。
「一旦着いたから家に入るぞ」
そう言って博士は猛吹雪の中、車酔いしたアレスを肩に乗せ、家のドアを開けた。
◇
――偽りの英雄よ。元々お前は厄災を齎すヤマタノオロチなのだ。
なら殺せ。ここで殺す事でお前はお前でいる事が出来るのだ――
「ああああああああ!!!」
我を忘れてひたすら暴走する。全身を襲う冷気と痛みなど気にもせず、竜翼のような精霊の羽を背中に生やして猛吹雪の中を飛ぶ。
何度も何度も暗黒神の声が脳内再生される。それが嫌で嫌でたまらなかった。
下を向くと今の俺と同じように暴れまわる狂犬のような魔物《まもの》を見つけては奇襲を仕掛ける。
「うあああああああ!!!」
右手から黒剣……『黒歪剣』を召喚し、右上に大きく振りかざしては目の前にいる魔物めがけて上空からの突進の速度を乗せた一撃を喰らわせる。
「――!!」
黒剣の刃先が縦に放物線を描き、魔物は勢いよく赤黒い血を純白の地に撒き散らかした。それに気づいたのか、無数の魔物達が赤い眼光を俺に突きつける。
「おあああああああっ!!」
魔物より先に俺が速く地を蹴り、まずは左にいる魔物を左から地面と平行に斬り払う。
横に真っ二つに斬られた魔物を気にも留めずに次の魔物を黒剣で斬っていく。
――これはお前の運命なのだ。ここであの女を殺せ。運命には誰も逆らえないのだ――
「あああっ!! うあああああ!!」
そうだ。今俺がしているのは単純に八つ当たりだ。神の冒涜なんかに惑わされ、最終的に大切な人をこの手で殺めた。
その怒りと自分の無力さをどこから来たかも分からないこの魔物達にぶつけているのだ。
「うぅっ! ああうっ! うあああああ!!!!」
何匹来ようが関係ない。視界に入ったものは全部殺す。
……さあ、受け入れろ。これが運命だ。ここがお前の終点だと思え――
斬っては返り血を浴びての繰り返し。それでも魔物は俺を殺そうと必死だ。……あぁ、今の俺も同じなんだろう。命を殺めるのに精一杯なんだ。
「らああああああああ!!!!」
無意識に右手の剣を振り回す。バタバタと魔物は倒れるが、猛吹雪の奥からまた更に増えていく。猛獣のような雄叫びを上げながら一斉に突進してくる。
「ああああああああああ!!!」
俺は声が裏返る寸前まで叫びながら魔物の群れに音速に近い速さで突進する。
後ろに構えた黒剣が桃色の放光を放つ。勢いをつけたまま目の前の魔物の首めがけて、全身のひねりを使って右下から斬り上げる。
その直後に左にいる魔物に対して、今度は逆向きに回転しながらひねり、左斜めに桃色の放物線を描く。
「くそっ! くそっ!」
一つ、二つ……数えるあれも無くひたすら桃色の軌跡を描く。その度に剣の放光が強くなり、魔物が血を噴き出しながらバタバタと倒れては黒い塵となって消える。
この技は『風奇限斬』。敵を斬っている間は威力が上がり続ける技だ。しかし、斬ってから一秒で効果は消える。
「うらあああああ!!!」
目にも止まらぬ速さで突進しながら四方八方に軌跡を描く。それはまるでプロミネンスのように。
――我はザクト。この者の運命を導く神なり。
「ふざっ……けるな……!! おらあああ!!」
何が神だ。何が俺の運命を導くだ。今ではただ破滅の道へとまっしぐらではないか。
――さあ、大蛇。智優美をこの手で殺せ。そうすれば君の過ちは償われる。
「何で……何で殺さないといけねぇんだ!! よりによって智優美さんをおおおお!!!」
この結末は止められた筈だ。もっと早く注意していたら……いや、あの時の血塗れの職務室の時点で遅かったかもしれない。
――ふふっ……そうだね。これで本当に……人殺し、だね…………
おっ君――
「うああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
もう俺は神なんか信じない……運命なんか信じるものか。こんな結末を見せるくらいなら楽に死なせて欲しかった。過去の罪と共に――
「ああああああああああああ!!!」
眼の前の魔物に思い切り剣を振りかぶろうとした刹那、何者かに右腕を掴まれる。
「オロチ、もうやめろ! これ以上は十分だろ!」
白い貴族が着てそうな服を身に纏い、左手で俺の右腕を強く抑える。
「……何の真似だ」
「俺は討伐任務でここに来た。ここら辺で魔物に襲われている人が多いからな。だがそれにしても殺し方が酷すぎる。周りを見るに、血の散らばり方が異常だ」
ふと俺は周囲を見る。真後ろには溶岩のように赤黒い血で白い雪道が塗りつぶされていた。
「お前の辛い気持ちは分かる。何より俺はその被害者の一人だからな。……またやったんだろ? 人殺し」
「――黙れ、お前には関係ない」
「生憎関係があるんだな、これが。これでも俺はアズレーン博士同様に、ネフティスの一員だ。本部長が殺されただなんてすぐ知らされる」
「なっ――!」
アレスがネフティスに……!? ならつまり、あの時俺を本部に引き連れたのは……
「ははっ、驚いてるな。そうだよ、あの時お前を本部に連れてきたのは俺だ」
……そうか。そうだったのか。いや、そうじゃないとおかしいよな。普通こんな俺を助ける筈がない。何より誰かも分からない人を本部の治療室に送る方がおかしい。
「とりあえず、お前はやり過ぎだ。魔物だったから良かったもの、これが人だったらどうするんだ。お前があまりにも暴走するようだからそこがとにかく心配だったよ」
「アレス……」
『お前も呪いに縛られているのか』
――あぁ、そういう事だったのか。俺にとっての呪いは過去の過ちだったんだな……。それを解くには新たな人を殺すのでは無く、今生きる人全てを守らなければならない。
アレス。お前はあの時から俺の全てを知っていたのか。そしてそうならないようにこうして声をかけて……
「アレス……、お前も俺に優しくし過ぎだ! あの時俺はお前を殺したんだぞ! 妹と一緒に! お前の家族も、故郷も、思い出も……っ!」
――全部、俺が滅ぼしたと言うのに。何故そこまで優しくできるんだ。一発……いや、いっそ死ぬまで殴ってくれ。
知らぬ間に暖かい雫が頬を伝った。全身の力が抜け、右手の黒剣が滑り落ちては雪道に跡を作った。両目が熱くなる。思わず声を上げたくなる。
「オロチ……」
静かに涙を流している所をアレスは俺を暖かく包んだ。まるで過去の過ちを許すかのように……
「過去なんてもうどうでもいい。確かにあれは悲劇の権化とも言い切れる聖戦だった。妹もお前に殺されて悔しかった。そして俺も、お前も……」
「……!」
「だが今じゃあの叙事詩を知る者は誰一人いない。万人がお前を責める理由も根拠も無い。
だからよ……ただ過去に苦しみ、嘆いている暇があるなら目の前の未来を見ていろ。俺達が変えられるのは未来しかねぇ」
「――!!」
そう言ってアレスは俺から離れ、その場から去っていった。振り向くと姿も足跡も猛吹雪で消えていた。
「……未来、か。俺にそんなものが与えられて良いのだろうか」
寒さで顔を真っ赤にしながら俺はそっと吹雪に呟いた。返答は当然返ってこない。代わりに寒さによる痛みが全身を襲った。
「お前も呪いに縛られている……よく考えたらそうだな。俺の母を殺したのもお前だからな、『太陽神アレス』。って、もう古いなこの名前は」
いつか聞いた懐かしい言葉を口にして、俺も猛吹雪の中を歩いていく。
まだこの猛吹雪はしばらく続きそうだ――
「オロチ、耐えろっ……!」
「ああああああああ!!!」
『ネフティス』という単語を聞くだけで錦野智優美を殺したあの記憶がフラッシュバックし、精神を蝕まれ暴走した八岐大蛇《やまたのおろち》。
そんな彼を落ち着かせようと車の中にも関わらず全身で拘束して抑えるアレス。しかし、家に着く寸前にその手を離してしまい――
「ああああああ!!!」
俺――八岐大蛇はアレスの拘束から解かれ、無意識に後部座席を開けて後ろを向き、強く雪で埋まった地を蹴った。
「しまった、大蛇がっ――!」
アズレーン博士がドアを開けて振り向いた時にはもうオロチの姿は無く、無慈悲に冷たい吹雪が顔を襲う。
「アレス! ……っておい、アレス! しっかりしろ!」
「ううっ……、気持ち悪い……」
……しまった、車酔いか。やはり事前に酔い止め薬を飲むべきだったか。
「一旦着いたから家に入るぞ」
そう言って博士は猛吹雪の中、車酔いしたアレスを肩に乗せ、家のドアを開けた。
◇
――偽りの英雄よ。元々お前は厄災を齎すヤマタノオロチなのだ。
なら殺せ。ここで殺す事でお前はお前でいる事が出来るのだ――
「ああああああああ!!!」
我を忘れてひたすら暴走する。全身を襲う冷気と痛みなど気にもせず、竜翼のような精霊の羽を背中に生やして猛吹雪の中を飛ぶ。
何度も何度も暗黒神の声が脳内再生される。それが嫌で嫌でたまらなかった。
下を向くと今の俺と同じように暴れまわる狂犬のような魔物《まもの》を見つけては奇襲を仕掛ける。
「うあああああああ!!!」
右手から黒剣……『黒歪剣』を召喚し、右上に大きく振りかざしては目の前にいる魔物めがけて上空からの突進の速度を乗せた一撃を喰らわせる。
「――!!」
黒剣の刃先が縦に放物線を描き、魔物は勢いよく赤黒い血を純白の地に撒き散らかした。それに気づいたのか、無数の魔物達が赤い眼光を俺に突きつける。
「おあああああああっ!!」
魔物より先に俺が速く地を蹴り、まずは左にいる魔物を左から地面と平行に斬り払う。
横に真っ二つに斬られた魔物を気にも留めずに次の魔物を黒剣で斬っていく。
――これはお前の運命なのだ。ここであの女を殺せ。運命には誰も逆らえないのだ――
「あああっ!! うあああああ!!」
そうだ。今俺がしているのは単純に八つ当たりだ。神の冒涜なんかに惑わされ、最終的に大切な人をこの手で殺めた。
その怒りと自分の無力さをどこから来たかも分からないこの魔物達にぶつけているのだ。
「うぅっ! ああうっ! うあああああ!!!!」
何匹来ようが関係ない。視界に入ったものは全部殺す。
……さあ、受け入れろ。これが運命だ。ここがお前の終点だと思え――
斬っては返り血を浴びての繰り返し。それでも魔物は俺を殺そうと必死だ。……あぁ、今の俺も同じなんだろう。命を殺めるのに精一杯なんだ。
「らああああああああ!!!!」
無意識に右手の剣を振り回す。バタバタと魔物は倒れるが、猛吹雪の奥からまた更に増えていく。猛獣のような雄叫びを上げながら一斉に突進してくる。
「ああああああああああ!!!」
俺は声が裏返る寸前まで叫びながら魔物の群れに音速に近い速さで突進する。
後ろに構えた黒剣が桃色の放光を放つ。勢いをつけたまま目の前の魔物の首めがけて、全身のひねりを使って右下から斬り上げる。
その直後に左にいる魔物に対して、今度は逆向きに回転しながらひねり、左斜めに桃色の放物線を描く。
「くそっ! くそっ!」
一つ、二つ……数えるあれも無くひたすら桃色の軌跡を描く。その度に剣の放光が強くなり、魔物が血を噴き出しながらバタバタと倒れては黒い塵となって消える。
この技は『風奇限斬』。敵を斬っている間は威力が上がり続ける技だ。しかし、斬ってから一秒で効果は消える。
「うらあああああ!!!」
目にも止まらぬ速さで突進しながら四方八方に軌跡を描く。それはまるでプロミネンスのように。
――我はザクト。この者の運命を導く神なり。
「ふざっ……けるな……!! おらあああ!!」
何が神だ。何が俺の運命を導くだ。今ではただ破滅の道へとまっしぐらではないか。
――さあ、大蛇。智優美をこの手で殺せ。そうすれば君の過ちは償われる。
「何で……何で殺さないといけねぇんだ!! よりによって智優美さんをおおおお!!!」
この結末は止められた筈だ。もっと早く注意していたら……いや、あの時の血塗れの職務室の時点で遅かったかもしれない。
――ふふっ……そうだね。これで本当に……人殺し、だね…………
おっ君――
「うああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
もう俺は神なんか信じない……運命なんか信じるものか。こんな結末を見せるくらいなら楽に死なせて欲しかった。過去の罪と共に――
「ああああああああああああ!!!」
眼の前の魔物に思い切り剣を振りかぶろうとした刹那、何者かに右腕を掴まれる。
「オロチ、もうやめろ! これ以上は十分だろ!」
白い貴族が着てそうな服を身に纏い、左手で俺の右腕を強く抑える。
「……何の真似だ」
「俺は討伐任務でここに来た。ここら辺で魔物に襲われている人が多いからな。だがそれにしても殺し方が酷すぎる。周りを見るに、血の散らばり方が異常だ」
ふと俺は周囲を見る。真後ろには溶岩のように赤黒い血で白い雪道が塗りつぶされていた。
「お前の辛い気持ちは分かる。何より俺はその被害者の一人だからな。……またやったんだろ? 人殺し」
「――黙れ、お前には関係ない」
「生憎関係があるんだな、これが。これでも俺はアズレーン博士同様に、ネフティスの一員だ。本部長が殺されただなんてすぐ知らされる」
「なっ――!」
アレスがネフティスに……!? ならつまり、あの時俺を本部に引き連れたのは……
「ははっ、驚いてるな。そうだよ、あの時お前を本部に連れてきたのは俺だ」
……そうか。そうだったのか。いや、そうじゃないとおかしいよな。普通こんな俺を助ける筈がない。何より誰かも分からない人を本部の治療室に送る方がおかしい。
「とりあえず、お前はやり過ぎだ。魔物だったから良かったもの、これが人だったらどうするんだ。お前があまりにも暴走するようだからそこがとにかく心配だったよ」
「アレス……」
『お前も呪いに縛られているのか』
――あぁ、そういう事だったのか。俺にとっての呪いは過去の過ちだったんだな……。それを解くには新たな人を殺すのでは無く、今生きる人全てを守らなければならない。
アレス。お前はあの時から俺の全てを知っていたのか。そしてそうならないようにこうして声をかけて……
「アレス……、お前も俺に優しくし過ぎだ! あの時俺はお前を殺したんだぞ! 妹と一緒に! お前の家族も、故郷も、思い出も……っ!」
――全部、俺が滅ぼしたと言うのに。何故そこまで優しくできるんだ。一発……いや、いっそ死ぬまで殴ってくれ。
知らぬ間に暖かい雫が頬を伝った。全身の力が抜け、右手の黒剣が滑り落ちては雪道に跡を作った。両目が熱くなる。思わず声を上げたくなる。
「オロチ……」
静かに涙を流している所をアレスは俺を暖かく包んだ。まるで過去の過ちを許すかのように……
「過去なんてもうどうでもいい。確かにあれは悲劇の権化とも言い切れる聖戦だった。妹もお前に殺されて悔しかった。そして俺も、お前も……」
「……!」
「だが今じゃあの叙事詩を知る者は誰一人いない。万人がお前を責める理由も根拠も無い。
だからよ……ただ過去に苦しみ、嘆いている暇があるなら目の前の未来を見ていろ。俺達が変えられるのは未来しかねぇ」
「――!!」
そう言ってアレスは俺から離れ、その場から去っていった。振り向くと姿も足跡も猛吹雪で消えていた。
「……未来、か。俺にそんなものが与えられて良いのだろうか」
寒さで顔を真っ赤にしながら俺はそっと吹雪に呟いた。返答は当然返ってこない。代わりに寒さによる痛みが全身を襲った。
「お前も呪いに縛られている……よく考えたらそうだな。俺の母を殺したのもお前だからな、『太陽神アレス』。って、もう古いなこの名前は」
いつか聞いた懐かしい言葉を口にして、俺も猛吹雪の中を歩いていく。
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