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第六章 ハロウィン戦争編

第百八十話「差し伸べられたその手は」

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 最優先緊急任務:東京都渋谷区に起きた異常事態の調査

 遂行者:ネフティス全メンバー
 犠牲者:???


 ――ある時、ふと夢を見た。俺にしては珍しく、いい夢を見た。今の仲間達と馬鹿みたいなことで騒いで、エレイナと共に愛をはぐくみ、輝くような未来に子孫を残して死ぬ。そんな普通の人間になったかのようないい夢を見た。

 ……いや、『俺が過去の宿命に打ち勝った世界線』と言うべきか。ともかく夢に現れる程まで俺――黒神大蛇はそれを望み、叶えるために剣を握っている。


「…………生きてた、か」

 なら、こんな所で寝ていられない。あいつらのために動かなくては。

 足元に気を付けながら俺は何とか起き上がり、身体の調子を確認する。

(体力は多少眠ったおかげか、かなり回復している。魔力も一回だけなら禁忌魔法も使えるくらいには戻っている。あとは……)

「……来い、反命剣リベリオン殺歪剣エリミネイト

 両手を伸ばして召喚の構えをとる。しかし、殺歪剣エリミネイトのみが右手にしっかりと剣の重みを伝えてくれたが、左手には何も感じなかった。

「ちっ、まさかあの時……」

 あの頼もしかった水晶の剣は、北条との戦闘で限界を迎えてしまったのを今思い出した。もうあれと共に戦う事は出来ない。
 つまり、『果てをも穿ちし逆鱗の花エドレイト』も使えなくなったのだ。

「……俺かハロウィンか、どっちが先に限界を迎えるかの耐久戦になりそうだな」 

 一先ひとまず今のままでは未だ洗脳されたネフティスメンバーと互角に戦うことなんて出来ない。少しでも身体を休ませなくては。

 そう思って右足を駅の方に一歩踏み出した。するとすぐに右足に激痛が走った。

「っ……!!」

 恐らくこれまでの戦いで右足首の骨を折った。精神的に動ける身体だとしても、まだ肉体的にはとても動ける状態では無かった。

「くそっ、最悪だ……」
 
 仕方が無いのでしばらくこの場で安静にしておく。日が昇ってきたとはいえこの時期の朝はよく冷える。俺は朝の寒さに耐えながら右足首の痛みを和らげなければならない。

「……っ」

 分かっている。どうせこの後また俺にピンチが襲い掛かるパターンだろ。こんなの分かりきっている。今までこのパターンに何度もかかっては死の恐怖を嫌というほど思い知らされたからな。

「ぐっ……!」

 右足の痛みに耐えられなくなり、魔剣を杖のように床に突き立てる。じんじんと波が来るような痛みが俺の右足を襲う。脳が『痛い』と叫べ、と全身に命令しているようだ。

「おいおいどうした暗黒神……俺を殺すには今が最大のチャンスだぞ?」

 もう恐怖に慣れてしまったせいか、その恐怖を待ち受けている自分がいる気がした。気味が悪い。自分から死にたいと言ってるようなものなのだから。今俺がしていることと明らかに矛盾が生じる。だから、気味が悪い。

「……この腰抜けがっ――」

 その時、突如背後から眩しい程の光が俺の視界を照らした。ふと振り向いた先には無数のバイクが走ってきて、俺の目の前でブレーキ音を立てながら止まる。

「あれは……」

 すると目の前のバイクに乗っていた巨体の男が降りてきて、俺に向かって右手を差し出してきた。

「……タテヨ、オレノヒーロー」
「っ……!?」

 俺の前にやってきたのは確かに一度俺に死の恐怖を与えた者であり、同時に俺を英雄と称える者でもあった。その後ろにいる特攻服の人達も、恐らくあの時フランスで戦った不良軍団だろう。

「Je ne laisserai personne d'autre tuer mes admirateurs. Seul moi, Sárchez, peut vous surpasser !(俺の憧れを他の奴らに殺させるわけにはいかねぇ。お前を超えるのはこの俺サーシェスだけだ!)」
「サーシェス……」

 相変わらず読み取れないフランス語でペラペラと話すサーシェスだが、覚悟に満ちたかのような表情と強い口調であの男の強さを改めて実感した。

 ……ならば俺も不良なんかに負けていられない。

「……ここで死ぬなんて、俺も御免だ」

 右足に体重をなるべくかけないようにゆっくりと立ち上がりながら、差し伸べられたサーシェスの右手を同じく右手で強く掴む。

「……ヘッ」

 俺の意志が届いたのか、あるいはわざと強く握ったことによる痛みを我慢するためなのか分からないが、サーシェスはこちらに振り向いてにやりと白い歯を見せつけた。『黒き英雄』はこうでなくてはな、と言わんばかりの笑みを浮かばせているのが目に見えて分かる。

 少しばかりじっとサーシェスの顔を眺めていると、突然バイクの後部座席に指を指しながら俺に片言の日本語で指示した。

「……ウシロ、ノレヨ」
「……! おい待て、こっちは怪我してるっ――」
「ジカンガネェンダ。ケガナンテイッテルアレジャネェゼ」

 一瞬右足首の怪我の悪化を過ったが、どうやら時間が無いらしい。今この瞬間も誰かが亡霊達にやられていて、誰かがそれを少しでも阻止すべく戦っている。このハロウィン戦争のキーマンとなりえる俺がずっと黙っている訳にはいかない。
 おまけに今のサーシェスの日本語が若干早口だったので尚更焦っているのだろう。

 サーシェスや周りの不良達に身体を支えられながら、何とかバイクの後部座席に腰を下ろせた。不良に支えてもらう事に対してとてつもない違和感を覚えた。

「……テメェライイカ!? オレニツイテコイッ!!」

 おおおおおおっと不良達が雄叫びを上げながら勢いよくバイクを発進させた。振り落とされないように、俺は咄嗟とっさにサーシェスの背中に両手を回す。
 その直後に、サーシェスは俺にボソッと呟いた。

「……イマカラアイツノトコニイクゾ。アノアオイヘアーノオンナノトコニナ」

 声には出さなかったものの、まさか亡霊達と戦わずに知らない女の所に行くとは思わなくて、驚きを超えてもう何も感じなくなった。拍子抜けなんて言うレベルじゃない。この男は変を極めた最強の変人だ。

「はぁ……」

 思わず深いため息をついたが、至る所から響き渡るバイクの走行音によってかき消された。サーシェスもそんな俺の感情など知らずに徐々にバイクの速度を上げていく。
 しかしこの謎な行動に隠された真実は、そう遠くない内に明かされる事となる――
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