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第五章 廻獄厄死篇

第百二十五話「今に遅し真実」

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 時、空間、呼吸、心臓の音すらも聞こえない。ただその領域には何も無い。強いて言えば『無』のみがある。
 そんな禁忌魔法に蒼乃さんは飲み込まれた。蒼乃さんはキョロキョロと真っ暗な視界を見渡す。

「これが……大蛇さんの……」

 しかし、禁忌魔法を放った当の本人が目の前に……いや、領域内にいないのはどういう事なのだろうか。

「禁忌魔法『黒光無象ブラックバリスタ』は対象を含む範囲内を虚無に誘い、過去の記憶による精神的苦痛を物理的に与える魔法……」
「ですが、その対象がここにいませんが」
「これは俺自身を対象にしてるからな。俺は今この虚無と化して蒼乃さんを閉じ込めている」

 パチンッと指を鳴らす音が聞こえた刹那、過去の記憶が蒼乃さんの目の前に映し出された。


『おっ君の……人殺しっ!!』
「――!!」

 この声は、間違いない。お母さんの声だ。幼い頃しか顔を見なかったけどこの声は鮮明に覚えている。冷たくも暖かい、とても優しい声だ。
 
『ち、智優美さんっ! 本当に俺は何もしていない!!』
『言い訳はやめて。これ程の証拠が出ている以上、おっ君は罪を免れる事は無いわ』

 あれは……過去の大蛇さん、なんでしょうか。というか、お母さんが生きている時に大蛇さんも生きているのは何故でしょうか。それも今の大蛇さんと同じくらいの年齢で。

「もしかして、大蛇さんは……」

 思いもよらない予感を察している間にも記憶は映画の如く流れ続ける。

『おっ君、このまま死んで成仏出来ると思わないでね。私は永遠に、おっ君が犯したこの『過ち』を嘆いて、恨んで、地獄の果てまで呪うわ』
『そうですか……、それが智優美さんの選択、ですか……。それなら好きにしてください。それでも俺は貴方と戦う気は無い!』
「これは……」

 本当に、殺していないのだろうか。現時点で大蛇さんには殺意どころか戦う気すら無いように見える。

 しかし、驚きを隠せなくなったのはここからだった。

 バキバキバキッ……

「この音は……氷?」

 恐らくお母さんに撃たれたであろう氷が砕け散っていく。更に大蛇さんの身体が禍々しい闇の魔力を纏っているのが目に見えた。

よ。元々お前は厄災を齎《もたら》すヤマタノオロチなのだ。なら殺せ。ここで殺す事でお前はお前でいる事が出来るのだ』
「――!?」

 今、誰かの声が聞こえた。当然大蛇さんの声では無い。この声はもはや闇に墜ちた神……いや、闇の権化と言ってもいいほどに聞くだけで背筋が凍りつく程に恐ろしい気配が声だけで感じられる。


『何を驚く。これはお前の運命なのだ。ここであの女を殺せ。運命には誰も逆らえないのだ』
『やめろっ……!』
『さあ、受け入れろ。これが運命だ。ここがお前の終点だと思え』
『おっ君……!』
『抗うな。抗うだけ無駄だ。力を抜け。そして我にされるがままに身体を委ねるのだ』
『智優美、さん…………逃げ、て……っ!!』
『――っ!!』
「お母さんっ……!!」

 私は必死に手を伸ばす。こんな事しても、届かない事なんて分かってる。でも気づいた。気づいてしまった。大蛇さんが、お母さんが死んでしまった真実を教えてくれた。私に自分と同じような道を歩んでほしくないから。

『逃げろおおおおおッッ!!!』
『おっ君――!!』
「お母さん――!!!!」

 刹那、映像にヒビが入る。徐々に周りにヒビが増え、白い光が入り込む。

 そして、ガラスが割れるような音と同時に砕け散っては粒子となって消えた。

「はぁ、はぁ……」

 また、病院に戻ってきた。私自身に怪我は無かった。しかし、青年の人影すらも見えなくなった。

「大蛇……さん?」

 周りを見回しても、人が来る気配すら感じられなかった。
 まさか、これを伝えるために身を犠牲にして――

「あっ……あぁっ……」

 私はふと天井を見上げた。溢れてきそうなものが溢れないように――
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