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第二章 シンデレラ宮殿編

第三十五話「悪魔の囁き」

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 緊急任務:パンサーと名乗る怪盗を逮捕、シンデレラ宮殿の象徴「スタニッシュリング」を奪還

 遂行者:黒神大蛇、白神亜玲澄、武刀正義、エレイナ、錦野蒼乃、涼宮凪沙、桐谷正嗣、桐谷優羽汰、桐雨芽依
 


 あれからかなり時間が過ぎ、外はもう暗くなってしまった。芽依は俺と凪沙さんに手を振りながら病室から出た。凪沙さんは芽依に同じように手を振り返す。

 恥ずかしさも無事に打ち消し、布団から頭を出した俺は病室の窓から見える綺麗きれいな月を眺めていた。

「……パンサー、今頃宮殿から財宝盗んでるんだろうな」

 こればかりは仕方が無い。明日にでも完治させると心に誓い、ひとまず眠る事にした。

 その刹那、何者かの声が聞こえた。

『久しぶりだな、。やはりお前は我にとっては逸材いつざいだ』
「お前は――」

 目を瞑りながらその声の者に話しかける。  
 ……間違いない。宿命あいつだ。俺がこの身を犠牲ぎせいにしてでも殺さなければならない者。

『あぁ、そうさ。忘れていなかったようで安心したぞ。まぁ、あれ程お前を痛みつけてやったのだ。忘れようにも忘れるはずが無いだろう』
「今も散々さんざんてめぇに痛みつけられてるがな。あのまま俺を死なせとけば良かったものを!」
『それはお前の過ちが償われていないからだ。あの時も言ったはずだ。過ちを償うために人を殺せと』
「俺の身体を使ってもてあそんどいて、それで過ちが償われる……か。ふざけるのも大概たいがいにしろ! お前のしている事は過ちが積み重なるだけだ!!」
「大蛇君……?」

 一人天井に向かって激怒している俺に凪沙さんは疑問混じりで俺の名を呼ぶ。しかし、天井との謎の言い合いは終わらない。

『お前と過ちは永遠につむがれる。放置すればするほど過ちの呪いは強力になってはお前の身体をむしばむ。
 過ちにも賞味期限があるのだよ。過ちに苦しんで死にたくなければ、切れる前に新たな人を殺せと言っているのだ。それがお前の生きる道であり、課せられた宿命なのだ』

「は、何が宿命だ……そんなの受け入れてたらとっくに俺は自殺している。そうしてでももう大切な人を殺すのは御免ごめんだからな。
 お前という呪われた宿命に復讐する。それだけが……、俺が今を生きる意味の全てだ」

 ――あの時俺はあの子に、この身に誓ったんだ。一度失ってきたものを今度こそ守ると……てめぇが創った運命を破壊して正しき未来に変えると。

 そのために、今の俺はいる。何度も辛い思いをしてきては乗り越えてきた。ただ俺を運命のおもちゃとしか見れないお前はこの意思など知らぬだろうに。

『ふははは!! これだからお前は逸材なのだ、八岐大蛇! さぁ、我と直接対面する際も同じような事が言えるか今から楽しみだよ……!』

 まるで俺自身を試してるかのように言い放つ。だがこれはいずれ通る道。遅かれ早かれ絶対にこの手で殺さなければならないのだ。

「おい……おいっ!」

 何度声をかけてもあの声はしない。それが分かった途端、病室が沈黙ちんもくに包まれた気がした。

「……まぁ、笑われても仕方ない。俺の生きる理由は……復讐する理由はこんなにもちっぽけで夢物語にも無いようなしょうもない理由だからな」

 ぼそっと独り言を吐く。その後、小さく誰かの嗚咽が聞こえた気がした。左を向くと涙をこらえている凪沙さんが俺の方を向いていた。

「大蛇君……っ」

 包帯で顔がよく見えないが、唯一見える左目からは一滴の雫が口元の包帯を伝っていた。

「君も……ぐすっ、見えない誰かと戦ってるんだね……。私と同じなんだねっ……!」
「凪沙さん……」

 凪沙さんにとっての見えない誰か。それは間違いなくパンサーだろう。あれほど芽依との関係を持っていて、更に複数人も怪盗がいる中、死ぬ覚悟で本物を捕まえなければならない。

「総長の言ってた事……ようやく分かった気がするよ。君は皆とは違うって、君は私と同じように、今までずっと辛い思いを抱えてたんだって……」

 凪沙さんは言い切る前についに泣き出してしまった。こんな夜中に一人の女性を泣かせてしまったからか、とても罪悪感が湧いてくる。

 ひとまず泣き止ませないといけないと判断し、無理矢理重い身体を起こして凪沙さんに近づき、その頭を優しく撫でた。

「凪沙さんにも聞こえたんですね、悪魔の囁きが」

 さっきのあいつの声が聞こえるということは、きっと俺と同じく宿命の呪いを受けていることになる。まさか俺だけでは無いとは思わなかったが、少し心強かった。

 しばらく撫で続け、泣き止んだ所で凪沙さんが口を開いた。

「うん……言ってる事はよく分からなかったけどね。でも、大蛇君がここまで命を賭けて戦う気持ちは私にも伝わったよ。さっき独り言で大蛇君はあんな事言ってたけど、私はそうは思わないよ。
 私ね、実は幼い頃に両親と弟を殺されて、私はただ一人置いてかれたんだ。そんな中、今の総長に拾われてネフティスに入ったんだ。そこから蒼乃ちゃんやマヤネーン博士、そして大蛇君達とも出会えた。
 だから私はこれ以上家族の事で悲しむのはやめて、今生きている皆を守りたい……あんな事で悲しい思いをするのは私で最後にしたい。そのために私はこの命を賭けて戦っているの。
 ……だからね、大蛇君。独り言でも君の生きる理由をちっぽけだなんて言わないでっ……!」

 言い終わった後、再び凪沙さんは泣き出した。涙脆いなと思いながらため息をつきながら、優しく頭を撫でる。しばらくすると凪沙さんはゆっくりと俺の胸に顔を埋めてわんわんと泣き出す。

 恐らく凪沙さんも、道は違えど似たような意思を持つ人と会えて……自分の気持ちを分かってくれる人とようやく会えて安心しているのだろう。それが大粒の涙となって現れる。
 俺とこうして出会うまではきっと誰にも分かって貰えなかったのだろう。叶う訳がない、夢でも見てるのかと散々言われてきたのだろう。
 
 俺も似たような意思を持っているからこそ、伝えられるものがある――

「……凪沙さんにもあるんですね」
「こ、こんな私に何があるんだろう……?」

「そんなの単純シンプルですよ、守るべきものですよ。さっきの芽依とのやり取りを見ていて、凪沙さんにとって芽依はかけがえのない大切な存在……守るべきものなんだなって思ったんです。もちろん蒼乃さんや総長、博士もその中の一つなんでしょうけど。
 そんな大切な人達のために戦っている凪沙さんの事……尊敬、してます」

「大蛇君っ……」

 凪沙さんは小声で呟いた。このまま泣かせてしまうのかと不安になるが、その後凪沙さんはふにゃりと微笑み、涙を拭いながら言った。

「もうっ、そんな事言われると照れちゃうじゃん!
 ……でもありがとね、大蛇君。私も自分の生きる理由に自信が持てた気がしたよ。もちろん私も大蛇君の事、尊敬してるし応援してるよっ♪」

「凪沙さん……」

 あれだけ泣いていたのに、随分切り替えが早い人だな……と少々呆れながら苦笑いする。
 というか、そう面と言われると流石の俺も恥ずかしさが理性に勝ってしまう。それと同時に左手が凪沙さんの頭の上にあるのが見えてしまい、思わず手を離す。しかし、凪沙さんは両手で頭から離れる俺の手を抑えた。

「泣き止んだからってその手離しちゃやだよ、大蛇君っ♪ もっと凪沙お姉さんの事撫でないとダメだぞ~っ!」
「包帯ぐるぐる巻の頭を撫で続ける俺の身にもなってくださいよ……」
「そうは言っても~、最初に撫でてきたのは大蛇君でしょ? もぉ~大胆だなぁ!」
「この野郎っ……」

 ひとまず、凪沙さんの元気を取り戻す事に成功した。思わずとってしまった行動とはいえ、これで少しは運命を変えられたのではないだろうか。
 あの時の俺なら間違いなく、このタイミングで奴に身体を乗っ取られて凪沙さんを殺していたはずだから。

 もう、宿命に復讐する事をちっぽけだなんて言えなくなったな……
 そう思いながら、俺はめいいっぱい甘えてくるネフティスNo.3の実力者を徹夜覚悟で甘やかした。亜玲澄達がここに来ない事をただ祈って――
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