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第二章 シンデレラ宮殿編

第三十二話「深まる謎」

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 緊急任務:パンサーと名乗る怪盗を逮捕、シンデレラ宮殿の象徴「スタニッシュリング」を奪還

 遂行者:黒神大蛇、白神亜玲澄、武刀正義、エレイナ、錦野蒼乃、涼宮凪沙、桐谷正嗣、桐谷優羽汰
 犠牲者:???   


 巨大バーガーを二十分かけて食べ終え、無事喫茶店を出た。少女の長話もあってか、ここまでで約一時間を奪われた。日が沈まないうちにあいつらと合流しなければ。

「そんなに仲間の事、気になるの?」
「……お前には関係無い」
「関係無くないよ! 僕達の仲じゃん!」
「俺はお前にただ振り回されてるだけだ」

 あたかも前から共に近い関係のように見えるが、今日会ったばかりだ。何なら突然俺を連れ去らっては振り回す。

 現状俺の抱く少女のステータスとしては、『赤の他人を振り回して困らせる自称怪盗』だ。疑った俺が馬鹿だった。こんな奴がパンサーなわけがない。絶対にあり得ない。
 改めて少女に対して吹っ切れていた俺に、隣で歩いていた少女は突然目の前に現れて言った。

「ね、名前教えてよ」
「……知ってるだろ」
「違うよ、今の君じゃ無くて『』」
「――!?」

 背筋が凍りついた。そこから放たれる凍気が全身を震わせた。彼女は今、俺の黒神大蛇という名前では無く、本当の名前を聞いてきたのだ。しかも聞き方もまるで俺の全てを知っているかのような聞き方だ。

 こいつは何者なんだ……?


「あっはは! 別に悪用しようだなんて思わないよ! ただ興味本位で聞いただけっ♪」
「怪しいな……」

 あれは興味本位としての聞き方じゃないだろ。何かしらの形で俺の名前が利用される事は間違いない。もしやあの遊園地の少女二人組の仲間という可能性も十分にあり得る。

「そんなにらまないでよ~っ! ボクはホントに興味本位で聞いてるんだよ!」
「それにしては俺の過去を知ってるような聞き方だったぞ」
「えっ!? そ、そうかな~あはははっ……」
 
 遠回しに諦めの悪い少女の反応に深くため息を吐き、諦めて少女に本当の名前を言う事にした。これ以上聞いても時間と体力を無駄にするだけだ。

「……『八岐大蛇やまたのおろち』。それが俺の本当の名だ」

 言ってしまった。まだ正義にも言っていないのに。これで一度でもこの名が広まってしまえば……
 しかし、少女は俺の想像を裏切る反応を見せた。

八岐大蛇やまたのおろち……やっぱり君なんだね。良かったあ~っ!」
「……は?」
「いやだって、初対面で『英雄君』だなんて言っちゃったから変な人だって思われたら嫌だったんだよっ! でも君があの『黒き英雄』本人でちょっと安心したよ~!」
「はぁ……」

 あぁ、本当に疑ってた俺が馬鹿馬鹿しい。それに『黒き英雄』という二つ名だけで英雄呼ばわりされるのも素直に喜べない。

 顔には出していないが、内心落ち込んだ俺に、少女はにっこり笑いながら言った。

「じゃあ私の本当の名前も教えるね。君だけじゃ不公平でしょ?」
「……いや、お前の名はパンサーだろ」

 何を言ってるんだという一言だけが俺の脳内に浮かんだ。

 長い金髪にエメラルドのような色の瞳、黒と裏地の赤いマントが風に揺られ、ピンクのタキシードとスカートを身にまとっているその姿はパンサー以外にあり得ない。

 底抜けに明るい性格を除いたら完璧かんぺきにパンサーだ。

 しかし、少女の口から放たれた言葉は俺の確信を大きくゆがめた。


「へ? パンサー? ……誰??」
「は……? いやお前、その格好で自分の名を疑うのか」
「いやパンサーって誰なの! ボク知らないんだけど!?」
戯言たわごとを言うな。この街で怪盗はパンサーしかいねぇ」
「ボクはパンサーじゃないってば! もうっ! なら教えてあげるよ! ボクはメイ。『桐雨芽依きりさめめい』だからね!!」
「きりさめ……めい」

 こうなると段々だんだんややこしくなってくる。怪盗の身でありながらパンサーを知らない者が出てきた。という事は、自然的に芽依とは別の怪盗がこの街にいることになる。

 だが、完全に芽依がパンサーでは無いと決めつけたわけではない。仮に今日の夜、俺の側から姿を消せば、そういう事だ。


「これからよろしくね、おっ君!」
「いきなりあだ名で呼ぶな。それと仲間になったつもりはない」
「ボクにとってはおっ君は大事な仲間になったの! だからほらっ、手繋ごうよっ!」

 輝くような笑顔で手を差し伸べてきた芽依に対し、さっきよりも浅いため息を吐きながら太陽に照らされて輝く芽依の右手を握った。

「はぁ……仕方無い、どこまでも俺を振り回しやがれ」
「ふふっ、どこまでも振り回すから覚悟しててよね、おっ君♪」
「だからそのあだ名やめろ」

 ここまで来たら振り回されるのに抗うだけで疲れる。まだ完全に信用していないが、任務達成のためならどんな怪盗だって使ってやる。芽依がパンサーなら話は別だが。

「よしっ、自己紹介は終わり! じゃあ次の場所に行こ!」
「は? ……お、おい引っ張るな」

 芽依は俺の手をぐいっと引っ張って左の直線を走った。これからどこに連れ去られるかは分からないが、この少女――芽依はどこでも俺を振り回す事だろう。

 今日一日は亜玲澄達と合流出来ないと覚悟して、崩しかけた体制を取り戻した。


 ……あいつら、今頃俺を探しているのだろう。俺だけを連れ去った事への謎を抱きながら。せめて蒼乃さんと合流出来ていれば良いのだが。

 心配しつつ、とても申し訳ない気持ちになりながら、芽依に手を繋がれながら後ろを走る。


 ――その時だった。



「Hé, c'est toi la Panthère ?(おい、てめえがあのパンサーかあ?)」
「De longs cheveux blonds et un smoking rose ...... Woo hoo ! Il n'y a aucun doute à ce sujet ! C'est une panthère !(長い金髪にピンクのタキシード……うおほっ! 間違いねぇ! こいつはパンサーだ!!)」

「Très bien, j'ai pris ma décision ! Je vais te tuer et prendre la prime avec moi ! Ha-ha-ha-ha-ha !(よぉし決めた! お前を殺して懸賞金ガッポガッポだぜえ!! ぎゃはははは!!!)」

 俺と芽依は突如目の前に現れた三人の不良に驚く。逃げようと振り向くと、後方からぞろぞろと同じ不良軍団がこちらに向かって歩いてくる。

 日本の不良とは違い、全員がジャージのようなものを着ている。中には鉄パイプや銃、剣を持っている者もいる。

「ねぇ、これどうすれば……」
「心配無用だ、すぐに終わらせる」

「Salauds ! Tuez-les ! !!!!(てめぇら! 殺っちまえええ!!!!)」

 フランス語で不良達に指示し、前後方一斉にこちらに迫ってくる。

 本来敵対する側の俺が怪盗を助けるのは不本意だが、俺の任務の邪魔をする奴らに情けは無用だ。

「……俺から離れるなよ、芽依」


 時刻はまだ正午を過ぎていないが、この時初めて俺が敵と見なした者を助ける瞬間となった。
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