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第一章 海の惑星編

第二十話「『裁き』其の五 〜集結、そして決戦の時〜」

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 『生きとし生けるもの全ては罪を犯す時、相応の裁きが下る』――

 緊急任務:『海の魔女』アースラの討伐、マリエルの救出

 遂行者:黒神大蛇、白神亜玲澄、武刀正義、マリエル、カルマ、エイジ、トリトン、人魚4姉妹

 犠牲者:???



 エレイナの死の寸前で時が止まる。赤い空を再び塗りつぶす白の世界。地獄へと誘う火球はただの置物と化していた。

 「ちっ、どこまでも私の邪魔をしたら気が済むんだい!」

 アースラは無数の足で俺達を襲う。俺――大蛇と亜玲澄が足に気を取られている内に足でエレイナを捕える。

 だが、足がエレイナの首を締める寸前に大蛇が左手で足を掴む。


「たかが人間の手で私の足に勝ると思うなよ!」
「……っ!!」

 その刹那、俺に掴まれたまま足を右へ左へと足を大きく振り回しては見えない床に強く叩きつける。その衝撃波でエレイナが後ろに大きく吹き飛ばされる。

「このまま潰れて死になっ!」

 一本の足で俺を叩き潰しつつ、残りの無数の足で亜玲澄の妨害兼エレイナの捕獲を行う。これ程の集中力と無数の足を持っているアースラだからこそ出来る技だ。確実に俺達を死へと近づけさせる。

「チッ! さっきから俺様の邪魔ばっかしやがってよ!!」

 両手に持った時変剣スクルドで一本ずつ確実にタコ足を斬っていくが、斬っては襲ってきての繰り返しだ。

 これでは切がないと判断し、亜玲澄は滑り込むように無数のタコ足を掻い潜っては一旦引き下がり、エレイナを狙う足を横に斬り払う。すぐ再生する前に勢いを保ったままエレイナを左腕に抱え、無数のタコ足を避ける。
 
 
「お兄ちゃん……!」
「あのタコ如きにお前を奪われてたまるかよっ!」

 よし、エレイナは何とかなった。後は大蛇だけか。
 何とかなるだろうと思いつつもあのやられようだと流石に助けが必要になる。……だが、エレイナを守りながら大蛇を助けるのは無理だ。それ以前に無数のタコ足が襲ってきやがる。

「くそっ! これじゃあ大蛇に近づけねぇ!!」
「お兄ちゃん、大蛇君は大丈夫だよっ!」
「はぁ!? あれのどこが大丈夫なんだ!」

 どう考えても四方八方に振り回されてる状況で大丈夫なはずが無い。むしろ生きているかどうか不安になる程だ。エレイナは一体何を考えて大丈夫と言ったのか。


「ほら、あそこを見てっ!」
「何だよっ……って、あれは……!?」

 ふと指を指された方向を見ると、大蛇が掴んでるアースラの足から紫色の糸のようなものが出現していた。

 更によく見ると、その糸は俺の左手の五本指の先からアースラの足を貫通して、もう一本の足へと繋いでいくようにも見える。

「まさか、あいつ……」

 刹那、そのまさかが訪れた。俺の指先から出現した糸は無数の足を縫い合わせ、一枚の板のようにしていた。

「おいおいマジかよ……!」
 
 これには亜玲澄も驚きを隠せなかった。大蛇が振り回されてる間ずっとこのタコ足の板を作っていたと考えると逆に恐ろしい。アースラなんかよりずっと。

「っ……!! お前、一体何をしたんだいっ!?」
「見れば分かるだろう、簡単な『裁縫』だ」

 いつの間にか振り回してた足が止まり、大蛇の姿もはっきり見えるようになった。何度も叩きつけられたせいか、大蛇の額からは血が流れていた。それでも左手の指先から放たれる糸は無数のタコ足を一つにする。

「お前、よくも私の足をっ!!」

 糸を引きちぎろうと足に力を入れた途端、無数のタコ足が一気にバラバラに分散した。

 黒い液体を鮮血のように吹き出し、白い地に黒い池を作り出す。全ての足を一気に失ったアースラは思わず後頭部から倒れる。


「これから死にくお前に教えてやる。この糸は『闇糸剣シュナイデン』。無理に足掻あがこうとすれば斬れるぞ。一応これでも剣だからな」

 左手でむちのように糸を振り回し、付着した黒い液体を振り払う。だが、アースラの足はすぐに再生し、体制を整えた。

「へぇ~っ、人間如きがそんなのも使えるんだねぇ。でもそれで勝った気になるんじゃないよっ!『最期之審判アルティニウム・ジャッジ』!!」
「ちっ! またかよっ!!」

 唱えた瞬間、再び視界が赤くなる。しかも亜玲澄は魔力的にこれ以上禁忌魔法を使えない。今度からはこの赤い空の中戦わなくてはならなくなる。

 それよりも、忘れてはいけないのがもう一つ。

「……っ!!」
「やべぇ、エレイナが!!」

 そう、巨大な火球が再び動き始めた。前とは違って距離はあるものの、ここに落ちれば今度は水星リヴァイスごと消滅してしまう。


「あの距離だと止められないな…」
「おい、どうしようも無ぇのかよっ!!」


 火球が海に落ちるまであと3秒。


 火球付近の海面は蒸発していく。それでも火球は容赦なく海に吸い込まれていく。

「あっはは! この時点で君達の負けは決定してるんだよっ! 全く、大人しく私の『裁き』を受けていれば良かったものを……自分の身どころか、仲間さえも巻き込む道を選ぶとは随分ずいぶん愚かだねぇ……お嬢さんっ!」


 火球が海に落ちるまであと2秒。

 恐らくこの海の下にはトリトン王達がいるはずだ。頑張って彼らに止めてもらうしか術は無い。そもそもこの真下にいるかどうかの話だが。


「大蛇君……」
「亜玲澄、エレイナを頼む。こいつは俺がカタをつける」
「ちょ、おい待てっ……!」


 亜玲澄の言葉を無視し、大蛇は右手に反命剣リベリオンを召喚しながらアースラに向かって一気に飛んだ。アースラも勢いをつけて飛ぶ俺との間合いを詰める。


 火球が落ちるまであと1秒。

「ふっ……!」

「そのなまくら剣ごとお前を地獄に叩き落としてやるよっ! 『制裁之雷パルスインパクト』ォォ!!」

 神器とはいえ剣一本で間合いを詰めてくる|の頭上から、突然雷が落ちた。音速をも超える速さの雷を大蛇は避けられなかった。

「くっ……!!」
「あはははっ! 情けないねぇ、これくらいのも避けれないなんてっ!!」

 雷は容赦なく俺に襲いかかる。それでも速度を落とす事なく間合いを詰める。

「その言葉は俺が死んでからにしろ……!」
「は……? 何で生きてるんだい!!」


 刹那!俺の斬撃が左胸めがけて軌道を描き、アースラはとっさに硬直化させた足で受け止める。更に俺の背後から6本の剣が飛び回り、足を斬り裂く。

「チッ! 随分と邪魔くさいわねっ!!」

 ひたすら無数の足で叩き落とそうとするが、剣達はするりと避けては足の根本めがけて突進してくる。抵抗するだけ時間の無駄だ。

「でも良いのかい? 私ばっかり気を取られてたら……あれ、落ちちゃうよ??」
「お前の心配は不要だ」


 俺は左手から先程と同じ糸を生成し、アースラの全身をしっかりと絡ませる。足までは絡ませる事が出来なかったものの、6本の霊剣が足を根こそぎ刈っていく。


「どんなに足掻こうとも、もうお前達の『裁き』は下される。水星リヴァイスごと地獄行き決定だあああっ!!!」


 火球が落ちるまで、あと0秒――



 悪魔のような笑い声と共に、水星リヴァイスの海に裁きの火球が落とされた。まるで神の鉄槌てっついの如く。神はこの星を不要と判断し、焼却という道を選んだ。そこに住むもの全てを焼き払ってでも。

 海が消える。消滅の音と水蒸気がこの星を覆う。それでも火球は沈む。全てを滅ぼす火球が。
 糸に絡まれたまま『海の魔女』は笑う。魔女を捕える俺と、その下でエレイナと亜玲澄が火球の行く末を見届ける。向かう先は消滅しか無いのに。

 しかし、アースラの思い通りに『裁き』は下らなかった。それを断ち斬るは空を裂く一筋の閃光。一直線に火球を真っ二つに斬るかのように押し上げていく。咆哮を上げながら。


「おらああああああっっっ!!!!」

「「っ……!!?」」

 その赤い閃光に続くかのように、螺旋状らせんじょうの風とそれによって巻き込んだ海の渦が火球を押し上げる。


「お兄ちゃん、あれ……!」
「な、何だあれはっ!?」

 3つの力で押しやられ、火球は呆気あっけなく散り果てた。そこから赤い閃光が流れてきて、亜玲澄とエレイナの右隣を通過して、俺の目の前で消える。その中からは右手に刀を持った赤髪の青年が姿を現した。

「正義……」

 ふと赤髪の青年の名を口にする。正直来てくれるとは思わなかった。でも何でここまで……

「おい黒坊っ! てめぇ勝手に勝負の途中に抜け出すんじゃねぇ!! お陰様で兎3匹も捕まえちまったぜっ!!」
「……かたじけない。その勝負はお前の勝利と言うことで話をつけよう」
「よっしゃ乗ったっ! ならこっちも許したるわ!!」

 
 俺と正義がこんな状況でも下らない話をしている中、亜玲澄とエレイナはゆっくりと海面に降り立ち、トリトン王と4姉妹、そしてディアンナと目を合わせた。全員が二人の無事に安堵しているような表情をしてくれた。

「……マリエル」
「姿が変わっても、結局顔はマリエルのままねっ!」
「お父様っ……姉さん……本当にごめんなさいっ!!」

 エレイナは泣きながら姉妹達に抱きつく。これまでの思いが全て込み上げてきた。アースラに頼ってまで人間になりたいと思った事、人間を否定するトリトン王に対して全力で逆らった事……言い出したら切がない。

 全部涙という形で蘇ってくる。それを姉妹達は優しく受け止め、エレイナを慰める。

「大丈夫ですよ、こうして無事でいてくれたならそれで良いんですよ」
「まぁ、こうなるって分かってたけどね~っ」
「サリエル……、それは言わない方が……良いと、思います……!」
「そ、そうですよ~っ! そんな所で能力使わないでくださいっ!!」
「ふふっ、皆ありがとう。こんな私を受け入れてくれて……」


 あぁ、これだ。本当に大切なものはこれなんだ。無理に遠くへ行かなくても良かったんだ。こんな近くに掛け替えのないものがある事に何で気づかなかったんだろう。

 姉妹達の前で笑いながらそんな事を頭の中で考えていると、後ろからトリトン王の声が聞こえた。

「マリエル、すまなかった。何も考えずに人間を、お前の夢を侮辱するような事をしてしまった。許さなくても構わん。それ程の事を私はしてしまった……」
「ううん、違う。悪いのは私の方よ。たかが人間になりたいが為にアースラの力を借りちゃって……、それで皆に迷惑をかけて……」

「気にするでない。こうしてお前が無事ならそれで良いのだ。とりあえず今は、あのアースラを倒す。詳しい話はその後にしておくれ」
「うん、分かった。気をつけてね……」
「安心したまえ。我々には大蛇君達がついているからなっ! がっはっは!!」


 姉妹達と共に海の渦に乗りながら大袈裟おおげさっぽく笑うトリトン王を見送り、ふと後ろを向く。そこには亜玲澄ともう一人の女性が話していた。


「ちょっと! あのまま置いていくのは良くないと思います! せめて終わってから様子を見に行くとか無いんですか!!」
「悪かったって! というか相手が相手で中々様子を見る暇も無かったんだよ」
「全く……、でもお互い無事ならそれで良いです! あとそういえば、カルマとエイジはどうですか?」
「えっと……」

 しまった、こいつにまだ言ってなかったな。二手に別れてマリエルを探してたけど今だこの状況に恐らく二人は気づいてないという事に。
 流石にこの赤い空や火球、そして嵐といった異変には気づいているとは思うが、ここまで大事になっている事には気づいてないだろう。

「あれだ、あいつらには先に城に向かわせるようにこっちで指示してある。非常時の剣も持たせてあるから安心しとけ!」
「そうなんだ……。でもそっちも無事そうで良かったです!」


 何とか誤魔化せて安堵しながらエレイナの方を向く。偶然かは分からないが、同じタイミングで二人の顔が合った。お互い少し驚いた直後にくすっと笑った。

「んじゃ行くか」
「うん、アースラを倒そう!」

 そう言うと亜玲澄はエレイナを抱き寄せた。しっかり左手で支え、海面を両足で勢いよく蹴って飛んだ。ディアンナと姉妹達もそれに続く。

「……お兄ちゃん」
「心配すんじゃねぇよっ! あんなタコ如きで死ぬ身じゃねぇからよ」

 そう言って安心させるのは良いが、やはり心配するだろう。だが、それでこそ兄妹ってやつか。

 そう考えてる間にいつの間にか大蛇が隣にいた。もうそこまで来たのかと思うが、ここからは邪念を全て遮断する。意識を全て戦闘に集中させる。

「……準備は良いか」
「あぁ、糸解くなら今の内だぜ」

 言いながら亜玲澄は左手で抱えたエレイナを後ろにいた姉妹達に預けた。これで戦闘に全集中出来る。

「おやおや、いつの間にかオールスターが集まってるじゃないかっ! 全員殺しがいがありそうだねぇ!!」

 トリトン4姉妹とエレイナが後ろの渦で見守る中、その前には大蛇、亜玲澄、正義、トリトン、ディアンナがアースラの前に立ち塞がる。


「……糸を切るぞ。切った瞬間一斉に突撃しろ」
「どれだけ人数が来ようとも結果は同じだよ! 全員『裁き』で地獄に叩き落としてあげるから、早くかかってきなっ!!!」


 五対一。だが無数の足がある限りはアースラの方が有利と言える。それでも戦わなくてはならない。これは任務であり、最終的にはこの『歪んだ宿命』を創り出した暗黒神に復讐ふくしゅうするためである。


 今正に、その第一歩となる決戦が幕を開ける。俺の左手が捕える糸を切れば。


「……『海の魔女』アースラ。今からお前という名の宿命に復讐ふくしゅうする!」
「やれるものならやってみな!」


 すぐに俺は左手で糸を勢い良く引っ張り、アースラを束縛する糸が千切れた。

 この瞬間から、『海の魔女』との最終決戦の火蓋ひぶたが切られたのだった――
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