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「我がフリードリヒ・フォン・レゼクティルの名においてアンティエーヌ・フォン・フォリクス公爵令嬢との婚約を破棄する!」
生まれながらに決められていた我が国の第一王子であるフリードリヒ様。
今日は貴族子女が通う王立学園最後の日、十八才となり明日からは大人として社交界の仲間入りし貴族としての日々を迎える前日。
子供として立場関係なく振る舞えれる最後の日。
卒業式も終わり、在校生と最後のお別れでもありデビュタントとは違う貴族として華々しい姿をお披露目する祝賀パーティー。
本来ならフリードリヒ様は卒業生代表として在校生と来賓や親族の貴族の前で乾杯の挨拶を行う筈でしたのに……私との婚約破棄の宣言ですか。
私は貴方の婚約者ではありますが、貴方に恋をしていた訳ではありませんのよ。
だって私、知っていましたもの。
貴方が私との婚約を無かった事にすると。
「私の恋しいアリスを虐げ、邪険にする等貴族令嬢にあるまじき行い!」
……何をもって虐げたと言うのでしょう。邪険とはいったい何の事でしょう。全くもって分かりません。
「お前の様な下劣な女を妻に迎えるなぞ到底出来ぬ!」
何を言ってるのでしょう……フリードリヒ様、貴方は王子であって一介の平民では無いのですよ。
ご自分のお立場を理解しておいでなのかしら?
「殿下、今仰った事は誠でございましょうか?」
お父様の冷え冷えとした声が静まったホールに響く。
私はお父様に一礼し、先程フリードリヒ様からの宣言を受けた事を詫びなければならない。
「お父様、私には身に覚えの無い事です。」
「そんな事は分かっておる。そなたの身の潔白は王家より逐一聞き及んでおる。」
ああ……やはり影がついておりましたのね。いつからか感じていた違和感、あれは影でしたのね。
「殿下、アンティエーヌは今この時を持って自由の身になったのでしょうか?」
「ああ、そうだ!私はアリスを妻に迎えるのだからな!」
フリードリヒ様がどこもかしこもフワフワとした可愛らしいだけの令嬢の手を取り微笑んでいる。
私は軽い溜息を吐き出しフリードリヒ様を見つめ美しいと評されたカーテシーを取る。
「フォリクス公爵家より王家の元に嫁ぐよう今まで努力して参りましたが楽しゅうございました。一臣下となる身なれば殿下のお言葉しかと受け止めましょう。今までありがとうございました。アリス様、王子妃となる日々を迎える事となりましょうが殿下と一緒になる為とどうか頑張って下さいませ。私は殿下とアリス様の幸せを願っておりますわ。」
「アンティエーヌ様……」
「おい!何だその言い方は!アリスはお前と違って素晴らしい令嬢なのだ!頑張らなくたって私の妻になれるに決まっているだろうが!」
そうなのかしら?大分オツムもフワフワとしてる様だけど。
「左様ですか。隣接する国々の言葉に政治経済、輸出入に関する事に夫人や令嬢の事等覚える事は沢山ありますがアリス様ならば大丈夫なのですね。そのお言葉を聞いて私安心致しましたわ。」
「そうだな、アンティエーヌが十年以上掛かった事もかの令嬢ならば程なく覚えると殿下が仰ったんだ。私達はこの祝いの場に相応しく無いだろうし下がろうじゃないか。」
「はい、お父様。では殿下、失礼致します。」
頭を下げ歩こうとした時だった。
「待って!隣接する国々の言葉にって……そんなに覚える事あるの?」
アリス様が真っ青な顔でガクガクと震えてるわ。
「ええ、勿論ですわ。どちらの国もお言葉が少しずつ違ってらっしゃいますし、覚えませんと失礼に当たりますでしょう。政治的なお話も出来なくては下に見られますし、中々に皆様一癖も二癖もある方ばかり……ですがアリス様なら大丈夫ですわ!何と言っても殿下が惚れたような素晴らしい方なのですもの!」
この世界を乙女ゲームの世界と思って攻略を推し進めたのだもの、この程度の覚悟は出来てるのでしょう?到底私では出来ない事だもの。悪役令嬢もヒロインもね……
「ムリよ!そんなのムリに決まってるじゃない!簡単に言わないでよ!」
あらあら、如何したと言うのかしら?困ったわ、既に婚約破棄を受け入れた私には関係の無い話しなのに。
「隠しキャラは出ないし、アンタも悪役令嬢のクセにちっとも悪役の振るまいしないし!バグにしてもオカシイでしょ!アンタも転生者なんでしょ!ザマァ返しとかするつもりなのね!」
嫌だわ、いきなり口が悪くなって。
「転生者?何かしら……アリス様は私には分からない言葉を知ってらっしゃるのね、さすがですわね。」
クスリと心の中で嗤う。ご自分が低位とは言え貴族令嬢だと理解してないのかしら?
「何言ってんのよ!アンタ!白々しい!」
全く……ツバが飛んで来たわ。女として恥ずかしくないのかしら?いやぁね。
「ちょっと!聞いてんの?」
本当に下品。お顔もそんなに歪めて、まるで平民と変わらなくてよ。周りで遠巻きにしている方々が嗤ってらっしゃる事に気が付いてらっしゃらないのかしら?
「聞いておりますわ。ですが私は殿下の婚約者ではありませんし、アリス様に関わるのは殿下の気にさわりますでしょう?ですから下がろうと思っておりますのよ。フリードリヒ殿下、構いませんわよね?私のようなアリス様を虐げ邪険にするような女は下がっても。」
「う……あ……」
嫌ですわ。アリス様の化けの皮が剥がれた程度でしどろもどろになるなんて。皆の前で宣言する程お気に召したのなら、堂々として下されば良いのに。全く不甲斐ない方。
「アンティエーヌ、話しは終わったようだね。そろそろ行こうか。」
お父様が面白い物を見たと黒い笑顔で殿下を見てらっしゃるわ。実際面白いのでしょうけど。
「はい、お父様。お待たせして申し訳ありませんでしたわ。ではフリードリヒ殿下、アリス様ご機嫌よう。」
再度カーテシーを殿下達に行い、やっと帰れる喜びで心からの笑顔でお父様のエスコートで出口へと向かう。
お父様の男らしい大きくて固い……でも温かい手が私の手を包んで下さりホールから出た瞬間ホォッと息を吐いた。
そんな私をお父様はクスリと微笑んだだけで、屋敷に帰る最中も屋敷に着いてからもお叱り一つ無くただ労って下さりました。
私は自分の部屋に戻り、侍女達に寝る支度を整えて貰うと侍女達全員を下げる。
一人ぼっちの部屋で机に向かう。
鍵付きの引き出しの中、更に人目に触れぬようしまった鍵付きの日記帳を取り出す。
革張りの豪華な装丁の日記帳を撫で、パラリとページを開く。
「本当に愚か。乙女ゲームの世界だって分かってるなら、その様に振る舞うとか陳腐なロールプレイやる訳無いじゃない。」
でも、あの子はやったのよね。この世界の……貴族社会のルールを破って。
新しいページに今日の出来事を日本語で書き記していく。
ずっといつも感じていた違和感が無くなった。
フリードリヒ殿下の婚約者では無くなった私に王家の影はつかない。あれ程の……多くの貴族の前でやらかしたのだ、無かった事には出来なかったのだろう。近いうちに正式な書類が交わされるだろう。
本当にこの世界が乙女ゲームの世界だと思っていたのかしら?
転生者がいないと思っていたのかしら?
私は思わなかったわ。この世界に良く似た乙女ゲームは私もやっていたし、やり込んでいたわ。だからといって態々断罪される為に行動を起こすなんて愚かだと思わないのかしら?
だいたい乙女ゲームの設定にかなり無理があるって分かりそうなものなのに分からないって子供じゃあるまいし。
いえ……まさかね?でも、こちらの世界で十八年生きてきたのだから分かるわよね……
それとも理解したくなかった?
パタンと日記帳を閉じて机にしまい直す。
想い出せば忙しない毎日……飛び交う暗いニュースは毎日の事で時間に追われあっという間に疲れ果て一日が終わる。
物は溢れかえり便利で豊かな暮らしだったけど、心は満たされず疲れる日々……
懐かしい日本……こことは違う世界。
私は日本の事を思い出し、この世界の事を知り乙女ゲームの事を思い出した。
でも私はこの世界で生きるならばこの世界のルールに従うと心に決めた。
郷に入っては郷に従う。ただそれだけだった。
世界に、国に、コミュニティにルールは存在する。それに従うのは当たり前の事。
日本で生きていた時だってそうだった、海外旅行先のルールやマナーは下調べして行ったもの……
私はこの世界のこの国で公爵家の娘として誕生したのなら、それに相応しくあろうとした。
王子妃となるように求められたから努力した。
恥ずかしくないように、いつでも胸を張って生きていられるように。
「愚かしい事に付き合わされたわ、本当……久し振りに疲れたわ。」

後日、正式に婚約が解消され私は自由の身となった。
本当に僅かな間だったけど。
いったい何時聞きつけたのか解消された翌日には隣国の王弟殿下から婚約の申し込みの使者がやって来て驚いたわ。
いつでも良くして下さる方で、数年前に夫人を亡くされ今もまだ独り身でいらっしゃる優しく優秀な方……そんな方から申し込まれれば嫌な気持ちにはなりませんわ。
お父様も面識あるお方だけに喜び、その申し込みを受ける事になった。
十才年上の大人の王弟殿下はとても気遣いの出来る方で、私はとても幸せだと感じて日々を過ごしておりました。

私は無事王弟殿下の元へ輿入れし、子供に恵まれ幸せな日々を暮らしておりました。
そんなある日お父様から手紙が届けられ、夫からも話されました。
「アンティエーヌの祖国で立太子の式典が行われる。私達も呼ばれたから参列するよ。」
私と夫は子供を連れて旅立ちました。
私達はフォリクス公爵家に滞在する事となり、お父様もお母様も私達の子供に大喜びして下さいました。
此度の立太子式典は第二王子だったアルフレート殿下が王太子になるとの事です。何でもフリードリヒ殿下はアリス様を娶ったは良いが、アリス様はとんとお出来にならないばかりか不平不満を隠しもせず貴族令嬢として話しにならないと臣籍降下されたのだそう。
それも本来なら公爵位を賜るのが普通なのに、もう一段下の侯爵位を賜ったそう。貴族達の中では伯爵位で良いではないかと紛糾したとか…どこまでも残念な方だったのね、アリス様ったら。

隣国の王弟夫妻としてアルフレート殿下の立太子式典を見届け王家主催の祝賀のパーティーへと参加致しました。
多くの貴族と挨拶をして回る中、一人ポツンと壁の花になっているアリス様をお見かけ致しました。
学園時代あんなに輝いていたアリス様は笑顔を浮かべる事無くつまらなさそうに不貞腐れておいででした。
懐かしい学友達と挨拶をし、楽しい一時を過ごした後いまだ壁の花のアリス様の元へと歩いて行く。
「ご機嫌よう、アリス様。」
驚いた顔で私を見つめる彼女を見て、笑顔を浮かべる。
「アンティエーヌ様……」
あら?アンタ呼ばわりはさすがにしないのね。でもボソリと呟くように返事をするのね。
「アリス様、乙女ゲームの世界は満喫出来ておりますか?」
私の問に目を見開き驚きを隠さない。
その様に心の内をお顔に出すから令嬢らしくないと言われるのですよ。
「アンタやっぱり……」
「勿論ですわ。でも私、公爵家に生まれたでしょう。令嬢としてあるべき姿でなければと育ちましたのよ。生まれた時からフリードリヒ殿下の婚約者として王家の影が付けられておりましたし、常に見張られ監視される毎日を過ごしておりましたのよ。自然と己の行いには気を遣うようになりますしてよ。ねぇ……想像出来て?自分の行動の全てが他人に報告される毎日って、それを記録される事。さすがにトイレや入浴までは覗かれなくてもいつ何時も包み隠される事無く記録され報告されるのよ。」
「そんなの……」
あら?顔色が悪くなったわ。
「王族は全て影がついてますのよ。勿論フリードリヒ殿下にもついていた筈です。アリス様とお過ごしになった時間も何を話したか何を行っていたか全て報告されていたでしょう。それが王族と共に過ごす事なのよ。たとえ侯爵夫人となってもフリードリヒ殿下の青い血は尊い。きっと今も影は付けられているでしょう。ご自身の振るまいにお気をつけて頑張りなさいませ。では、ご機嫌よう。」
無言で立ち尽くすアリス様を置き去りに私は夫の元へ戻った。
華々しい世界を美しく立ち回るには、それなりの覚悟と努力が必要でしてよ。
微笑みながら心の中で罵倒する……その程度は誰でもしている事。
「良い事でもあったのかい?」
優しい夫の言葉に小首を傾げコロコロと笑う。
「いいえ、特に何も。」

そうして恙なくパーティーは終わり、私達は公爵家へ行き数日間過ごした後隣国へと帰る。

ねぇ、アリス様。
私、面白かったのよ貴女が乙女ゲームそのままに日々を過ごすのを。
悪役令嬢のいない乙女ゲームの何て陳腐な事を。
でもごめんなさいね、私悪役令嬢をやる気がなかったの。
だってバカらしいでしょう。
一人で踊り続ける貴女は最高のプリマドンナだったわ。
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みんなの感想(5件)

千夜歌
2021.10.17 千夜歌

素敵なお話ありがとうございます。

冒頭
生まれながらに決められていた我が国の~
↑婚約者に が抜けてます。

後半 祝賀パーティーの場 アリスとの会話
自然と己の行動には気を遣うようになりま[す]してよ。ねぇ…
↑す不要です。

フリードリヒがアリスの捏造に加担したかの表記は無かったのですがアホっぽい王子なので疑う事無く鵜呑みにしたのでしょうね。
王子妃ならうま味を求めて屑が寄って来そうなものなのに、それすら無くす程フリードリヒの価値を貶めるアリスの存在(笑)
反撃も工作も無しで自分が幸せになることでの盛大な【ざまぁ】は爽快な読み応え!
フリードリヒが幸せで更に美しくなった姿を指を咥えて見てる場面も見たかったです。

これからのご活躍も楽しみにお待ち申し上げます。

解除
penpen
2020.01.15 penpen

読ませて頂きました(*´∀`)
ヒロイン(笑)はハピエン後を想像出来ない残念使用がよく分かりますね(´・ω・`)
何もしないのがざまぁになるなんてスゴいです(о´∀`о)

竹本 芳生
2020.01.15 竹本 芳生

ありがとうございます!
でも、どんな話しだったか忘れてて読み直しました(笑)
多分、乙女ゲームの矛盾をツッコんだらどうなる?が始まりだった気がします。
お金持ちって良いよね!では本当のお金持ちはどう思ってるのか?ってのと似てるのかな?
立場があれば、それに見合った振る舞いが要求されるし、それは思うより大変な事だと思うよ……って言うね。
実は普通の暮らしで少し贅沢出来る位が一番気楽で楽しいのかも?とか思ってる。
主人公の彼女はきちんと立場に見合った努力と義務を果たしていた。そこを評価され幸せになった。
でもヒロインだった彼女は?努力と義務は果たせてたか?努力したのか?
その結果がラストへと繋がっただけのお話しです。
きっと……(´Д`)

解除
まさたけ
2019.11.10 まさたけ

面白かったです👍

竹本 芳生
2019.11.10 竹本 芳生

ありがとうございます
(∩´∀`∩)

解除
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